あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない

京衛武百十

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生きるために戦う

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死の予感を超えた、確実に自分が死ぬという直感に、イティラは自分の心が折れるのを感じていた。

なのに、彼女の肉体の方は、生きることを諦めなかった。少しでも生きられる可能性のある選択を行おうとしていた。

完全に無意識のうちに自身の脇にあった枝に体を預けて、それがしなる反動で自身の体を跳ね上げ、同時に、迫ってきた金の瞳を持つ銀色の狼目掛けてその枝が奔った。

「!?」

自分目掛けて打ちつけてくる枝を避けるために狼が体を捻ったことで、枝の反動で跳んだイティラと大きく間合いが開く。

それに気付いたイティラが、ほとんど折れていた自身の心に喝を入れる。

「うおおおおおおあああああーっっ!」

雄叫びを上げた彼女は、渾身の力で奔った。狼から離れるために。

狼に立ち向かうのではなく、逃げるのだ。勝てないことを悟ったから。生きるために、死なないために、逃げる。

誇りプライド>? <恥>? なんだそれは? 野生の獣はそんなものに命は賭けない。死ねばお終いなのだ。だから生きるために一目散に逃げる。

どうやらあの狼は、続けて樹上を移動することはできないようだ。ウェアウルフとウェアタイガーのハーフでありながら<猿>のように枝から枝へと飛び移って逃げる彼女を、地上から追いかける。

すると、狼が突然、横っ飛びした。その瞬間、何かがその体をかすめて通り過ぎる。

けれど、イティラにはそれだけで分かってしまった。

「ウルイ!!」

そう。ウルイだった。狩りそのものはイティラに任せたもののあの<獣人の青年>のこともあり、万が一に備えて彼女を追っていたのだ。

とは言え、ただの人間にはイティラの脚には追いつけなかった。追いつけなかったのだが、彼女が必死に逃げたことで、間に合ったのである。

姿は見えないが、ウルイがいるのが分かり、イティラは涙がこみ上げそうになっていた。

さりとて、今は泣いている暇はない。

そして、ウルイがいるならもうなにも怖くはない。

この狼は強いが、

『ウルイと一緒なら……!』

イティラの全身に、力が漲る。

先ほどまでは見えなかった、感じ取れなかった<勝機>が、見えた。感じられた。

自身の爪や牙や体が何倍にも大きくなった気がした。

だから今度は、

『生きるために戦う』

危険な<敵>を退け、生き延びるために戦うのだ。

樹上に留まり、狼を見下ろす。

しかし、その途端に、今度は狼の方に緊張感が漲っているのが分かった。

状況が変わったことを察したようだ。

その狼目掛けて、短刀を手にしたイティラが身を躍らせる。

と、その次の瞬間、狼が身を翻して、走り出した。

全力で。

今まで自分が狙っていた<それ>が、もう、獲物には適さないと判断したのだろう。

欠片ほども躊躇のない、見事な撤退であった。

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