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日守こよみの章
記憶の中へ
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「そう言えばお前、赤島出姫織に対しては何か仕返しをしたのか?」
ふと思い出し、私はそんなことを訊いてみた。新伊崎千晶は、自分をイジメた碧空寺由紀嘉と黄三縞亜蓮をいがみ合わせるように仕向けたりと、ちまちまとした嫌がらせをしてたからな。当然、赤島出姫織に対しても何かしていると私は思ったのだ。
だが、こいつのノートPCを調べた石脇佑香からは赤島出姫織に関する話が出てこなかったらしい。すると、こいつは意外なことを言い出した。
「きおちゃんは…特別だから……」
『きおちゃん』? 『特別』? 何を言っとるんだこいつは。
腑に落ちないものを感じていた私に、
「きおちゃんは、私が小さかった頃から優しくしてくれたんだ。他の奴とは違う……だから私はきおちゃんの為だったら何でもする…」
と新伊崎千晶が言うように、こいつは、赤島出姫織とは幼馴染だったらしい。しかもどうやら実際に<特別な関係>だったらしい。と言っても、色っぽいとかそっち方面での特別ではない。主従関係と言うか、まあ、今の私とこいつの関係に近いものだったようだ。友達の少なかったこいつにとって唯一と言っていいくらいの友達と言えたのが、当時の赤島出姫織だったということだ。
「ふむ。それにしたってただ優しいというだけでそこまで慕うか? お前のそれはもはや<信仰>だ」
「そんなこと言われたって…きおちゃん以外に優しくしてもらった覚えとかないし……」
と、なぜそこまで赤島出姫織のことを慕っていたのかは、こいつにも分からないらしいがな。だがそこまで聞いて私は、少々興味深いものを覚えた。こいつの記憶、ところどころ抜け落ちてるな。特に、赤島出姫織に関する記憶が曖昧だ。奴は魔法学校に通ってたらしいのは既に分かっている。これは何か関係あるのかも知れん。となればこいつも、実は魔法学校に絡んでいる可能性がある。
そこで私は、こいつの記憶に潜ってみることにした。ブレインダイブだ。昔はよくやったが、久しぶりでしかも人間の肉体を持った状態でやるからな。さて、うまくいくかどうか。
と言ってる間にも、私はダイブを開始した。一年前、二年前、三年前、特に変わった様子はない。小学校の頃からこいつは他人と諍いばかり起こしているな。態度が攻撃的なのだ。他人の感情を逆撫でするということ自体がもはや特技という感じか。
さらに遡る。五年前、十年前。両親が再婚する以前は、それこそロクな家庭環境じゃない。仕事もせずパチンコ三昧の父親に、生活に手一杯で子供を見てない母親。こんなものは『育てた』とは言わんな。ただの飼育だ。しかも仕方なく飼ってるだけという。母親が再婚してからも、まあ、暴力はなくなったが心理的な圧迫はむしろ増してるか。
まあそれは今回は関係のない話だ。それよりも。
小学生の頃の記憶に欠落がよく見られるようだ。しかも、単なる忘却とは違う。明らかに何者かが意図的に記憶を操作した形跡がある。その記憶の一つに触れてみる。
そこは、何処かの家だった。新伊崎千晶の家ではない。それよりは大きなものだ。表札を見ると、赤島出となっていた。なるほど、これが赤島出姫織の家か。そこに、六年前、だから八歳くらいの新伊崎千晶が訪ねてきていた。生意気そうな印象がある、今とさほど印象の変わらん顔に、絆創膏がいくつか貼られている。どうやらケンカによるものか。
「きおちゃん、きたよ」
インターホン越しにそう声を掛けると、同じく八歳当時の赤島出姫織が「いらっしゃい」と言いながら玄関を開けた。こちらはまた随分と、今とは印象が違うな。陰険で神経質そうなのとはかけ離れた、いかにも親に大切にされて幸せいっぱいに育ってますという感じで、ぷよぷよと柔らかそうだった。これがどうしてああなってしまったのやら。
赤島出姫織の部屋に入った二人は、何やら本を読んでいた。覗き込んでみると、おっと、これは魔導書というやつだな。しかも地球に出回っている玩具の様なものではない。本物だ。だが、新伊崎千晶の方はあまり意味が分かっていないようだ。赤島出姫織が語る内容を聞いているだけで、しかも本当は興味も無い。唯一といっていい友達が語って聞かせてくれてるから仕方なく付き合ってる感じなのだろう。この頃の、仕方なくオカルトに付き合ってるという経験が、逆にオカルトに対する興味を失わせたのかも知れん。
それにしても、どうやらこの頃には既に赤島出姫織の方は魔法学校に関わりを持っていたようだな。すると、突然立ち上がって、クローゼットを開け放った。と、そこからの記憶がない。思い出せないのではなく、完全に欠損しているのだ。
だがその時、クローゼットの中から現れたものがあった。それは、記憶ではなかった。記憶とは別の何かだ。
「ゴーレムか…」
私は呟いていた。輪郭が曖昧な、黒い靄を固めたようなそれのことだ。腕ばかりが異様に大きな歪なその姿に、私は見覚えがあった。かつて私が、反逆した魔法使いと一緒になって徹底的に蹂躙した魔法使い共の惑星で使役されていた低級な怪物に間違いなかった。やれやれ。奴ら、滅びかけて一からやり直すことになったというのに、また同じ轍を踏んでるというのか? 生き残った連中は、魔法そのものを禁忌として封じ、身の丈に合った生き方をすることにしたのではなかったのか? どこまで愚かなんだ。
でもまあ、必ずしもそうとは限らんか。もしかすると交流があった他の惑星がかつて輸入したものという可能性もあるしな。現れたゴーレムの姿は、幼い赤島出姫織と新伊崎千晶には見えていなかった。と言うか、その先がない記憶だから、同じことをリピートするだけだ。魔導書を二人で眺めている子供部屋の中で、私とゴーレムは対峙していた。
恐らくこいつは、消された記憶を探ろうとする者を始末する為に仕掛けられた物だな。記憶を探ろうとしなければ発動しない為、普段は気配すら発していない。私に向かって伸ばされたゴーレムの腕を掴み引き寄せ、頭と思しきところに頭突きをかましてやった。上半身が弾け飛ぶように仰け反ったが、こいつは痛みは感じなかった筈だ。仰け反った上半身を引き戻す勢いに乗せてゴーレムも私に頭突きをかましてきた。優に二メートルは超えているこいつと、身長約百五十センチしかない私では、さすがに体格差が大きく、私の体がぐらついた。
もっとも、今の私とこいつは物理的な存在ではない為、あくまでもイメージに引っ張られた反応だ。しばらく人間への転生を繰り返し、人間の身体的な感覚に慣れてしまったが故の反応ではある。だからダメージがないと私が思い込めばダメージは生じない。逆に、もし、自分が死んだと思い込めば本当に肉体も死んでしまうのだがな。
無論、私がこんなことでダメージを負う筈もない。こいつが頭突きで勝負を挑むというのなら、受けて立ってやる。再び腕を引き寄せ頭を打ち付ける。負けじとゴーレムも頭を叩き付けてくる。
『ハハハ! これはいい!』
楽しくなってきてしまった私は、ゴッ、ゴッ、っと何度も何度も頭をぶつけ合う。だが、しばらくそれを繰り返すと、ゴーレムの方が形を維持できなくなりつつあった。頭と思しき部分の輪郭がさらに曖昧になり、固さを感じなくなっていく。
『なんだ、もうお終いか?』
潮時だと感じた私は、最後に、一切の手加減なく、爆発させるかのような勢いで頭を叩き付けてやった。
頭の部分が崩れ去り、それが体全体へと広がるようにゴーレムは消滅した。もう少し楽しみたかったのだが、まあこんなものか。
だがこれだけでも、私には概ね分かってしまった。あのクローゼットが、魔法学校への入り口になっているのだ。しかも、これは赤島出姫織の両親も承知してることだな。
ただこうなると、新伊崎千晶自身も魔法学校にそれなりに関わっていたということになる。しかしこいつの方は全くそれを覚えていないようだ。消された記憶の中に何かがありそうだなと、私は思ったのだった。
ふと思い出し、私はそんなことを訊いてみた。新伊崎千晶は、自分をイジメた碧空寺由紀嘉と黄三縞亜蓮をいがみ合わせるように仕向けたりと、ちまちまとした嫌がらせをしてたからな。当然、赤島出姫織に対しても何かしていると私は思ったのだ。
だが、こいつのノートPCを調べた石脇佑香からは赤島出姫織に関する話が出てこなかったらしい。すると、こいつは意外なことを言い出した。
「きおちゃんは…特別だから……」
『きおちゃん』? 『特別』? 何を言っとるんだこいつは。
腑に落ちないものを感じていた私に、
「きおちゃんは、私が小さかった頃から優しくしてくれたんだ。他の奴とは違う……だから私はきおちゃんの為だったら何でもする…」
と新伊崎千晶が言うように、こいつは、赤島出姫織とは幼馴染だったらしい。しかもどうやら実際に<特別な関係>だったらしい。と言っても、色っぽいとかそっち方面での特別ではない。主従関係と言うか、まあ、今の私とこいつの関係に近いものだったようだ。友達の少なかったこいつにとって唯一と言っていいくらいの友達と言えたのが、当時の赤島出姫織だったということだ。
「ふむ。それにしたってただ優しいというだけでそこまで慕うか? お前のそれはもはや<信仰>だ」
「そんなこと言われたって…きおちゃん以外に優しくしてもらった覚えとかないし……」
と、なぜそこまで赤島出姫織のことを慕っていたのかは、こいつにも分からないらしいがな。だがそこまで聞いて私は、少々興味深いものを覚えた。こいつの記憶、ところどころ抜け落ちてるな。特に、赤島出姫織に関する記憶が曖昧だ。奴は魔法学校に通ってたらしいのは既に分かっている。これは何か関係あるのかも知れん。となればこいつも、実は魔法学校に絡んでいる可能性がある。
そこで私は、こいつの記憶に潜ってみることにした。ブレインダイブだ。昔はよくやったが、久しぶりでしかも人間の肉体を持った状態でやるからな。さて、うまくいくかどうか。
と言ってる間にも、私はダイブを開始した。一年前、二年前、三年前、特に変わった様子はない。小学校の頃からこいつは他人と諍いばかり起こしているな。態度が攻撃的なのだ。他人の感情を逆撫でするということ自体がもはや特技という感じか。
さらに遡る。五年前、十年前。両親が再婚する以前は、それこそロクな家庭環境じゃない。仕事もせずパチンコ三昧の父親に、生活に手一杯で子供を見てない母親。こんなものは『育てた』とは言わんな。ただの飼育だ。しかも仕方なく飼ってるだけという。母親が再婚してからも、まあ、暴力はなくなったが心理的な圧迫はむしろ増してるか。
まあそれは今回は関係のない話だ。それよりも。
小学生の頃の記憶に欠落がよく見られるようだ。しかも、単なる忘却とは違う。明らかに何者かが意図的に記憶を操作した形跡がある。その記憶の一つに触れてみる。
そこは、何処かの家だった。新伊崎千晶の家ではない。それよりは大きなものだ。表札を見ると、赤島出となっていた。なるほど、これが赤島出姫織の家か。そこに、六年前、だから八歳くらいの新伊崎千晶が訪ねてきていた。生意気そうな印象がある、今とさほど印象の変わらん顔に、絆創膏がいくつか貼られている。どうやらケンカによるものか。
「きおちゃん、きたよ」
インターホン越しにそう声を掛けると、同じく八歳当時の赤島出姫織が「いらっしゃい」と言いながら玄関を開けた。こちらはまた随分と、今とは印象が違うな。陰険で神経質そうなのとはかけ離れた、いかにも親に大切にされて幸せいっぱいに育ってますという感じで、ぷよぷよと柔らかそうだった。これがどうしてああなってしまったのやら。
赤島出姫織の部屋に入った二人は、何やら本を読んでいた。覗き込んでみると、おっと、これは魔導書というやつだな。しかも地球に出回っている玩具の様なものではない。本物だ。だが、新伊崎千晶の方はあまり意味が分かっていないようだ。赤島出姫織が語る内容を聞いているだけで、しかも本当は興味も無い。唯一といっていい友達が語って聞かせてくれてるから仕方なく付き合ってる感じなのだろう。この頃の、仕方なくオカルトに付き合ってるという経験が、逆にオカルトに対する興味を失わせたのかも知れん。
それにしても、どうやらこの頃には既に赤島出姫織の方は魔法学校に関わりを持っていたようだな。すると、突然立ち上がって、クローゼットを開け放った。と、そこからの記憶がない。思い出せないのではなく、完全に欠損しているのだ。
だがその時、クローゼットの中から現れたものがあった。それは、記憶ではなかった。記憶とは別の何かだ。
「ゴーレムか…」
私は呟いていた。輪郭が曖昧な、黒い靄を固めたようなそれのことだ。腕ばかりが異様に大きな歪なその姿に、私は見覚えがあった。かつて私が、反逆した魔法使いと一緒になって徹底的に蹂躙した魔法使い共の惑星で使役されていた低級な怪物に間違いなかった。やれやれ。奴ら、滅びかけて一からやり直すことになったというのに、また同じ轍を踏んでるというのか? 生き残った連中は、魔法そのものを禁忌として封じ、身の丈に合った生き方をすることにしたのではなかったのか? どこまで愚かなんだ。
でもまあ、必ずしもそうとは限らんか。もしかすると交流があった他の惑星がかつて輸入したものという可能性もあるしな。現れたゴーレムの姿は、幼い赤島出姫織と新伊崎千晶には見えていなかった。と言うか、その先がない記憶だから、同じことをリピートするだけだ。魔導書を二人で眺めている子供部屋の中で、私とゴーレムは対峙していた。
恐らくこいつは、消された記憶を探ろうとする者を始末する為に仕掛けられた物だな。記憶を探ろうとしなければ発動しない為、普段は気配すら発していない。私に向かって伸ばされたゴーレムの腕を掴み引き寄せ、頭と思しきところに頭突きをかましてやった。上半身が弾け飛ぶように仰け反ったが、こいつは痛みは感じなかった筈だ。仰け反った上半身を引き戻す勢いに乗せてゴーレムも私に頭突きをかましてきた。優に二メートルは超えているこいつと、身長約百五十センチしかない私では、さすがに体格差が大きく、私の体がぐらついた。
もっとも、今の私とこいつは物理的な存在ではない為、あくまでもイメージに引っ張られた反応だ。しばらく人間への転生を繰り返し、人間の身体的な感覚に慣れてしまったが故の反応ではある。だからダメージがないと私が思い込めばダメージは生じない。逆に、もし、自分が死んだと思い込めば本当に肉体も死んでしまうのだがな。
無論、私がこんなことでダメージを負う筈もない。こいつが頭突きで勝負を挑むというのなら、受けて立ってやる。再び腕を引き寄せ頭を打ち付ける。負けじとゴーレムも頭を叩き付けてくる。
『ハハハ! これはいい!』
楽しくなってきてしまった私は、ゴッ、ゴッ、っと何度も何度も頭をぶつけ合う。だが、しばらくそれを繰り返すと、ゴーレムの方が形を維持できなくなりつつあった。頭と思しき部分の輪郭がさらに曖昧になり、固さを感じなくなっていく。
『なんだ、もうお終いか?』
潮時だと感じた私は、最後に、一切の手加減なく、爆発させるかのような勢いで頭を叩き付けてやった。
頭の部分が崩れ去り、それが体全体へと広がるようにゴーレムは消滅した。もう少し楽しみたかったのだが、まあこんなものか。
だがこれだけでも、私には概ね分かってしまった。あのクローゼットが、魔法学校への入り口になっているのだ。しかも、これは赤島出姫織の両親も承知してることだな。
ただこうなると、新伊崎千晶自身も魔法学校にそれなりに関わっていたということになる。しかしこいつの方は全くそれを覚えていないようだ。消された記憶の中に何かがありそうだなと、私は思ったのだった。
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