JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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日守こよみの章

赤島出家の現状

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新伊崎千晶にいざきちあきの消された記憶に何かがありそうだと睨んだ私は、少し思案していた。記憶を巻き戻してみるかと考えたりもしたが、そこまでする価値はないかと思い直した。それなら直接、赤島出姫織あかしまできおりの方を当たってみるのが確実だろう。久々のブレインダイブを終了し、私は風呂場に戻ってきた。時間にすればほんの一秒二秒のことだ。当然、こいつはそんなことをされたとは気付いてない。

新伊崎千晶が湯船から上がった後で、私も湯船に浸かる。先に出て行くのを見送り、一人、先程の内容を思い返していた。八歳ごろの様子を見るに、赤島出姫織の性格が歪んだのは、魔法学校が絡んでいる可能性がありそうだ。そこでの経験があいつを変えてしまったのだろう。それでも、新伊崎千晶にとっては友達だったということか。中学に入ってからは大して交流もなかったようだがな。だから私もこいつらが友人だったということを知らなかった。

赤島出姫織には私に構わなければこちらからも構わないとは言ったが、例のクローゼットのことがやけに気になってきてしまった。だから、深夜、山下沙奈やましたさなが眠ってしまった後で、私は家を抜け出していた。私が人間ではないことを知って強い因縁ができてしまった赤島出姫織の意識を見付けることは容易だった。寝ててもな。

ということで家に訪れてみたのだが、はて? 新伊崎千晶の記憶にあったものと随分と違うな。それは、私の家よりさらに狭小な家だった。ということはあのクローゼットもここにはないか。となると意味はないな。仕方なく家に戻ろうとした時、私はふと思い出していた。

そう言えば、魔法使い共は、人材を確保する為に物心両面での支援等も提供していたりしたな。まあ要するに餌だ。つまり、赤島出姫織が魔法学校に通ってた頃にはその支援のおかげで裕福だったが、辞めたことでそれを切られてこの様《ざま》ということかも知れん。うむ、有りそうな話だ。

そんなことを考えていると、人間が一人、私の方に歩いてくることに気付いた。中年の女だった。足元がおぼつかず、一目で泥酔していると分かる。

私は気配を消している為、人間には知覚出来ない。その私の前を通り過ぎ、その女は赤島出姫織の家のドアを乱暴に叩いた。

「こらーっ! 帰ったぞーっ! 開けろーっっ!!」

深夜十二時を過ぎているというのに近所中に響く声で喚きながらその女はドアを叩き続けた。すると家の中で明かりが点き、ドアが開けられた。

「ママ! もう何時だと思ってるの!? 静かにしてよ!」

とか言いつつ結構大きな声だった。赤島出姫織だ。そうか、こいつが母親か。

「あんた親に向かってその口はなに!? 誰のおかげで生活できてると思ってんの!?」

うわあ……これは駄目な親の典型だ。自分は深夜に近所の迷惑も顧みず騒いでおきながら子供には恩着せがましく振る舞う。こいつの家もこのレベルだったか。まったく、どいつもこいつも……

母親は家に入ってからも喚き続け、ガシャンと食器か何かが割れる音も響いていた。

「せっかく入れた学校も辞めちゃうような不良が、いっちょ前の口きくんじゃないよ!」

そう怒鳴ったかと思うと、バチンと頬を平手ではたくような音が響いてきた。これは本当に酷いな。『せっかく入れた学校を辞めた』ね。魔法学校のことだろうか。家の中には他の人間の気配はない。この二人だけのようだ。魔法学校で性格が歪まなくともこれでも十分に歪むか。こいつも月城こよみの大らかさに嫉妬した口かもしれん。

しかしこの調子だとそう遠くないうちに事件になりそうだ。また教師共が頭を抱えるな。

だがその時、私は別の気配も捉えていた。街灯の明かりが届かない隙間のような暗闇に、ギラギラと輝く目が二つ。犬だった。ボクサー犬らしき、きちんと首輪もしている犬だ。毛並みも悪くない、栄養状態もすこぶるいい、どこかの飼い犬だろう。ただし、その様子は普通じゃなかった。明らかに狂気をはらんだ目で私を睨み、だらだらと涎を垂らしている。狂犬病の症状にも似ているが、これは違う。

「ンクァライガキェルアか…」

<番犬>とも呼ばれ、割とよく使役される下等な化生だ。そいつが習性の似ている犬に憑いているのだ。魔法使い共もよく使役していたが……

ふむ。さては近所の犬に憑かせて赤島出姫織を監視していたか。雑魚過ぎて見落としていたな。しかし、ちょうどいい。監視役の貴様を潰せば魔法使い共もさすがに異変に気付くだろう。

ガアッと宙を舞い私に牙を向けたそいつの下の地面が一瞬で盛り上がり二つに裂け、それは巨大な口となってンクァライガキェルアを噛み砕いた。今日はちょっと趣向を変えてみた。犬の方は巻き戻してやったら、尻尾を股間に挟んで一目散に逃げだした。やはり力の差は感じ取れるか。どうやら本来は利口な犬のようだな。

さて、これで魔法使い共への挨拶も済んだだろう。後はいよいよ本格的に絡んできてくれるのを待つだけだ。新伊崎千晶がばら撒いた因縁と合わせて、イベントの準備はいよいよ順調ということかな。

ガチャン、と赤島出姫織の家の中でまた何かが割れる音を聞きながら、私はその場を後にしたのだった。



翌朝、山下沙奈と朝食を摂っているところに新伊崎千晶が「はよ~っす」と現れた。まだ時間に余裕があるのにどうしたことだと思ったが、自分の家よりこちらの方が居心地が良いということだろう。するとこいつは言った。

「なあ、あたしもこの家に住んでいいかな? ここは駄目だってんならあっちの家でもいいからさ」

とか言い出したが、お前が自分の家にいてくれないと餌にならんじゃないか。それは困る。が、縋り付くような目をしてるこいつを見てると、やれやれという気分になった。

「一緒にというのは無理だが、向こうの家とお前の部屋を繋げてやる。それならいいだろう」

頭を掻きながらそういう私に、新伊崎千晶は跳び上がるくらいに喜んだ。

「え? マジ!? やったあ!!」

そんなこいつの様子を、山下沙奈も嬉しそうに見ていた。本当にどこまでもお人好しな奴だな。

さっそく、もう一つの家の窓と新伊崎千晶の部屋の窓とを繋げてやった。これでいつでも行き来ができるが、ただ、条件がある。学校に行く時と帰る時は玄関を使え。でないと、娘が家から出入りしてる気配がないのに居たり居なかったりしては親が不信がるからな。認識を操作してもいいが、そこまでサービスする気はない。

「え~?」と少々不満そうではあったが、新伊崎千晶は渋々その条件を受け入れた。実質、一緒に住んでいるようなものだから、それくらいは我慢してもいいと思ったようだ。

また山下沙奈が用意した朝食を食い、その後で忘れ物をしたとか言ってさっそく私のもう一つの家の窓から自分の部屋に戻り、宿題を取ってきた。せっかくやった宿題を忘れてくるとか、何をやってるんだこいつは。

しかし実際に自分の部屋がこの家の一部のようになったことに満足したらしく、やけに上機嫌だ。

「~♪」

山下沙奈が私の髪をとく様子を眺めている時も鼻歌交じりで笑顔だった。

そうかこいつ、こんな顔で笑うんだなと私は改めて思った。それだけではない。こいつは、自分の家での様子も以前と変わったらしい。一言二言ではあるが、両親と言葉を交わすようになったようだ。娘の方から歩み寄ってもらってようやく言葉が交わせるようになるなど、情けない親だ。己の人生経験をまるで役立てられておらん。だがまあそれでも、娘の方がそれを気にしなくなっても、相変わらず娘を軽んじてる月城こよみの両親に比べればマシなのかも知れんがな。

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