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母娘

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椎津琴羽しいづことはさんについては、私に任せていただけないでしょうか?」

職員会議で、彼女に突っかかる琴羽をどうするかという話になった時、玲那はそう発言した。

「大丈夫なんですか?」

訝しげに問い掛けてくる教頭に、

「大丈夫です」

と返す。

そうやって玲那があまりにも自信満々に言うものだから、厄介事には関わりたくない、面倒なことは見て見ぬふりをしたいという空気が再び広まり、椎津琴羽しいづことはの件についても玲那に丸投げという形で様子を見ることになった。

あまり一度に何人もの対処を押し付けられては困るが、少なくとも今の時点ではまだ余裕があるので、問題はない。

こうして、放課後、<生徒指導の一環>という形で、琴羽を伴って真猫まなの自宅(母屋)へと赴いた。

しかしこれに驚いたのは、琴羽の母親の椎津琴乃しいづことのだった。いつものように真猫まなが帰ってきたと思ったら、今度は母屋の方に来客があり、対応に出たら、玲那に連れられた自分の娘がやってきたのだから。

『え? …え? 琴羽…!?』

頭の中ではそんな感じで焦っていたものの、それでもハウスキーパーとしての務めは果たすべく、極力動揺は圧し隠して、

「いらっしゃいませ。真猫まな様に御用でしょうか?」

と尋ねた。

だがそんな母親の姿を見た琴羽の表情はひどく冷めたものになっていく。そして、

「…ふ~ん、ママ、お客の前じゃそんななんだ…?」

などと、冷たく言い放つ。

それに対し、琴乃は、表情は変わらないように努めながらも、娘に対してではなく、娘と一緒にやってきた玲那に対して、

『なに、勝手にこの子を連れてきてんのよ…、この教師……!』

と、心の中で、娘とそっくりな悪態を吐いていた。琴羽の口ぶりが、母親譲りだというのがよく分かる。

だが、それは娘にはバレていた。イライラしている時の<臭い>を母親が発してることに気が付いたのだ。

「な~んだ。ママ。私達には偉そうなのに、仕事ってなったら猫被っちゃって」

そんなことを言えば後で家に帰ってから険悪なムードになるのは分かっているだろうに、琴羽は、この時とばかりに自分の母親を煽った。いや、煽らずにいられなかったのだろう。それだけ母親に対する恨みは深かったのだから。

このやり取りを確認したことで、玲那は、琴羽がこうなった原因がはっきりと察せられてしまった。推測はしていたが、裏付けが取れたということだろう。

正直、玲那にはその気持ちがよく分かる気がしていたのだった。

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