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リーネの章

今はこっちが現実なんだ

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そこからまた七年間。俺は、施設の職員をいびることをささやかな楽しみにしてつましい生活をしてきた。

目上の人間を敬うのが人の道ってもんだからな。施設の職員は目下なんだから、目上の俺を敬うのが当然だ。ちょっと嫌味を言われるくらい、我慢するのが目下のあるべき姿ってもんだろ。

なのに、八十を迎える直前になって、俺は風邪をこじらせて肺炎を発症した。

苦しい…息ができない……なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ……!?

俺は頑張ってきたじゃねえか…! 俺が会社を支えてきたんだぞ……!? ふざんけんな! ふざけんな! ふざけんな……!!

死にたくねえ…! 俺はまだ八十だ!? 体はちょっと思うように動かねえが、頭はまだしゃんとしてる! 俺にはまだできることがある……! 八十年も生きたんだから寿命だってか? 寝惚けんな!! 俺にはまだ生きる権利があるんだよ……!!

俺はまだ、生きていたいんだ……!!

……

……

……って……?

「……夢…か……?」

ナイフを掴んでいたはずの手を伸ばして、俺は、自分が天を仰いでるのに気が付いた。

そうだ……今はこっちが現実なんだ。落ち葉と枯草に埋もれて、山の中で野宿してるこっちがな。

左手には、柔らかい感触。リーネの手だ。いつの間にか眠っちまってたのか……

満点の星空に向けて伸ばしてた右手を下ろして、そっとリーネの頬に触れる。まだ少し熱がある感じだが、それでもいくらかマシになった気がする。寝息も落ち着いたものだ。

『娘も……ゆかりも、こんな風に熱を出したことがあったんだろうか……?』

そんなことを思う。思いながら、夢で見た自分の前世を振り返る。

『我ながら、くそムカつく奴だな……』

ああ、そうだよ。そういうことだ。客観的に見て、前世の俺はマジでムカつく奴だ。そんなムカつく奴に尽くしたいと思うか? ずっと好きでいられるか? 敬いたいと思えるか? 結局、そういうことなんだよな。自分自身から見ても、関わりたいとは思えない。女房が、娘が、リサが俺に愛想を尽かした理由が、今なら分かる。

転生したことで自分の前世を客観的に見られるようになったんだ。生まれ変わって、<アントニオ・アーク>になって、<阿久津あくつ安斗仁王あんとにお>という人間を振り返ってみたら、自分がいかにロクでもない人間だったかが分かっちまった。

『自分の前世って言ったって、今の俺はアントニオ・アークだ。阿久津あくつ安斗仁王あんとにおじゃねえ……』

そう思う。だったら、客観的に見てマジでくそムカつく奴だった自分でいる必要がどこにある? 

それだけのことだ。

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