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トーイの章

作る気になれないんなら

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「どうだ、リーネ? 食事の用意はできそうか? 無理なら今日は果実と木の実だけで食べよう」

俺は、家の脇に荷車を置いて、リーネにそう問い掛けてみた。別に無理をさせるつもりはない。作る気になれないんなら、ウサギについてはまた明日以降に料理するか、俺が捌いて串焼きにでもすればいい。

でも、彼女は、

「いえ、大丈夫です。やります」

日が暮れてきた中でも分かるくらい青い顔をしたままだったが、気丈にもそう言ってくれた。彼女がやると言うのならと、ウサギを渡す。

男の子の方は布を体に巻き付けて家の陰にしゃがみこんで、動かなくなった。一応、目だけは俺の方に向けてるが、それも要するに警戒してのことだろうな。あんなきつい言い方をしたんなら当然か。

なのでそれには構わず、俺は<戦利品>を次々と家に運び込んだ。鍋、服、桶、裁縫道具、鋏、食器、等々。前世じゃ、

『他人が使った鍋とか食器とか使えるか!!』

と俺も思ったものだが、こっちじゃそんなことは言ってられない。使えるものは何でも使う。それが『当たり前』だ。下手すると、俺が今回持ってきたものだって、あの集落の奴らが、他の<戦場になった集落>からガメてきたものかもしれない。<潔癖症>なんてのは、平和で便利な社会だからこそのものだろうな。こういうところじゃ、<潔癖症>すら重度の精神疾患にあたると思う。

<眼鏡>はすでに発明されているかもしれないが、少なくとも俺達が住んでいた村には眼鏡を持っている奴はいなかった。明らかに視力が低い奴もいたものの、眼鏡というものがあるかどうかすら知らなかった。だから、視力が低く他人と同じことができない奴は、<無能>、<お荷物>、<ごく潰し>、<厄介者>と蔑まれる。

<障害>と呼ばれるものすら、社会状況によって変わるのが分かる。ここじゃ<潔癖症>も<強度の近視>も、社会生活さえままならず、侮蔑や迫害、場合によっては排除の対象にもなる。なのに、俺の前世の世界じゃ、潔癖症も強度の近視も、精神疾患と診断されるようなものや<弱視>と言われるものじゃなければ、<障害>として認定されることさえなくなった。

『お前のような役立たずは死ねばいい』

と言われていた者が、生きることを許されるようになったんだ。

所詮はその程度の、いい加減な基準だ。それをつくづく実感する。なのに、前世の俺は、さも分かったように、

『役立たずは死ねばいい。そんな奴らを生かしてるから、俺達みたいな真面目で善良な人間が馬鹿を見る』

と思っていた。

実際には大した能力を持ってるわけでもないのに『立場が上』というだけでパワハラを正当なものだと思ってたような俺こそが、

<社会に必要のないゴミ>

だったかもしれないのにな……

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