宿角玲那の生涯

京衛武百十

文字の大きさ
10 / 39
伊藤玲那編

常連客

しおりを挟む
その日、来支間敏文きしまとしふみは酷く不機嫌だった。かと言って分かりやすく怒鳴り散らしたりものに当たったりする訳ではない。彼は周囲の人間には、真面目で正義感の強い、よく躾けられた行儀のよい子供だと思われていたからだった。

しかし、それは彼の表向きの姿でしかなかった。他人が見ている彼のその一面は、いわば仮面のようなものであったのだろう。さりとて、彼は実にそれをうまく使いこなしており、誰もその裏に秘めているものに気付くことはなかったのだった。

いや、気付こうとしていなかったと言った方がいいかもしれない。親類をはじめとした彼の周囲にいる人間は、表向きの顔さえそれなりに繕われていれば、その人間の裏の顔などとやかく言わない者達だったからだ。だから彼が、実の父親の双子の兄である来支間克光きしまかつあきに対して不穏な感情を抱いていようとも誰も気にしなかったのである。

もっとも、それが少々外に漏れたところで責める者もいなかっただろうが。

と言うのも、彼の伯父の来支間克光という人間は、銀行や役所関係の仕事に就いている者が殆どの来支間家にあってはやや異端とされる人物で、ある意味では一族の鼻つまみ者だったという事情もあったからだ。

来支間克光は、表向きはタレント事務所を経営しているという形を取ってはいたが、それは殆ど実態のない幽霊会社であり、実際には克光の性癖を満たす為の隠れ蓑と言った方が良かっただろう。

あどけない少女を食い物にするという、下劣な性癖の。

芸能界やモデルの仕事を餌に少女を懐柔し、その体を貪るというのが克光かつあきの日常だった。

しかし、殆ど実態のないタレント事務所でよくそんなことができるものだと疑問に感じる向きもあろう。だがその辺りの点では克光かつあきは狡猾だった。彼は実際に活動の実績のある芸能事務所と繋がりがあり、少女を何度か貪って飽きてきたら<事務所移転>と称してそれらの芸能事務所に実際に紹介していたのである。

こうなると、彼に弄ばれた少女の方も、結果として芸能界やタレント活動の為のきちんとした足掛かりを得ることになり、何かおかしいと思いつつも口をつぐむしかなかったというのもあったのだった。しかも本当にタレントとしての才能を見抜く目があるのか、彼が手を付けた少女達は不思議とそれなりに売れたりすることが多かった。

某公共放送の子供向け番組で人気を博し、一躍アイドル的存在になった子役タレントもその一人だったりもした。

だが、克光かつあきは非常に欲深く我慢の利かない性分の人間でもあり、芸能活動を餌に取り込んだ少女だけでなく、手っ取り早く金で少女を買うこともあった。少女を芸能事務所に紹介した際に謝礼をもらい、その金で別の少女を買うのだ。ある意味ではスカウト的な実績を評価されて、その報酬という形でもあった。だから『芸能人にしてあげる』という、少女を口説くときに彼が使う定番の殺し文句は、あながち嘘でもないという面もあるだろう。

なんにせよ、そんな形で援助交際目当ての少女を買うことも彼の日常であった。そして最近の彼のお気に入りは、少女も派遣してくれる裏風俗で見付けた、十歳の少女であった。

その少女は<れいな>と呼ばれていて、とてもおとなしく、いつも怯えたような表情をしていて、ついついイジメたくなってしまうタイプだった。

もう、十回ではきかない回数、れいなは克光かつあきの部屋に呼ばれ、幼い体を弄ばれていた。

れいなにとっては、特に嫌な客の一人でもあった。自分を見る目が陰湿で、行為もしつこく、時に苦しいことを強いてきたリもするからである。ベッドの上で腰だけを高く掲げて足を広げさせられて、まるで杭打機のように腰を叩き付けてくることもあって、無理な体制で首を圧迫され、意識が遠のいたことも何度もあった。にも拘らず、金払いが良いので、れいなが所属している店側としては大事な上得意でもあった。

「れいなちゃ~ん、今日も可愛いねえ」

ねっとりと絡みつくような男の声に、少女の体は強張った。とは言え、ここで抵抗などすれば事務所兼待機室に戻ってから何をされるか分かったものではない。それを思えば、目の前のこの男に逆らわずに言いなりになるのが一番、苦痛が少なく済んだ。

れいなは、伊藤玲那は、もうすぐ十一歳になるところだった。既に一年近くこの仕事を続けて、いや、続けさせられて、体の方はすっかり慣れていた筈だった。それでも玲那にとってこの仕事は苦痛以外の何物でもなかった。フィクションであれば無理矢理であってもいずれは甘い感覚にあどけない少女でさえ蕩けさせられるという演出があるのだろうが、少なくとも玲那にとってはそんなものは欠片もなかった。ただただ不快で、苦痛で、ゴミのように捨ててしまいたい行為でしかなかった。

膣への挿入も痛みしかなく、体への愛撫もやはり生理的嫌悪感しかもたらさない。彼女の体は、こういうことについて適性がないとでも言えばいいのかもしれない。

それを今日も我慢して、心を閉ざして何も考えないようにすることで耐え凌いだ。演技などする余地もない。また、彼女を組み敷いてくる客たちは、いつまで経っても慣れずにぎこちない態度を取る彼女を重宝がった。

「いい、いいよ、れいなちゃん。いつ見ても初々しい反応だねえ!」

克光かつあきも、スレることのない彼女を愛おしいとさえ思っていた。ただ、アイドルという形でこの少女が活きるかと言われればそれはないと克光かつあきは思っていた。むしろこの少女は、華やかなところでは活きない。こうやって惨めたらしく男に組み敷かれて涙を流す姿こそこの少女の価値だと感じていたのである。もう少し年齢がいって、大人びてきてしまえばもう用はない。大人になった彼女は、見た目には美しくなったとしてもそこに多くの人間を引き付けるような<華やかさ>は滲み出てくることないだろうと、彼は見積もっていた。

『まあ、せいぜい、オタクが集まるサークルで姫扱いが関の山かな』

そういう風には見積もりながらも、本当の少女である今の彼女のことはすごく気に入っていたのだった。もちろんそれは、玲那にとってはおぞましいもの以外の何物でもなかったが。

そして弄り倒され、ぐったりとなった玲那を、やはり母親が叩き起こしてシャワーを浴びさせ、連れ帰ったのだった。

その、見知らぬ中年女に連れられた小学生くらいの女の子が伯父の家から出てくる光景を、克光かつあきの甥である来支間敏文きしまとしふみは目撃してしまったのである。

元よりよからぬ噂のあった伯父の家から小学生の女の子が、いかにも子供のことなどペットか自分の付属物程度にしか思っていなさそうな母親らしき女に引きずられるように出てきてしまっては、それなりに頭の回転も悪くなかった敏文に、ロクでもない想像をさせることになったのも無理からぬことだった。

敏文は思った。

『あの男をそのままにしておいては、久美ひさみが不幸になる』

と。

久美とは、克光かつあきの娘であり、敏文にとっては従妹であると同時に実の妹のように可愛がっている六歳年下の少女である。この時、敏文は単純に妹のように思っていた少女の身を案じたからそう思っただけだった。

さりとて、まだ高校生でしかない自分に何ができるのかと言えば、何も思いつかず、それがまた彼を苛立たせた。早く大人になり、行政の重要な立場に就いて克光かつあきのような人間を監視し、久美ひさみを守りたいと思っていたのであった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...