宿角玲那の生涯

京衛武百十

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宿角玲那編

傀儡

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来支間克光きしまかつあきが何故、甥の手によって命を落とすことになったのか説明する必要があるだろう。

発端は偶然だった。いや、全体の因縁から考えれば必然だったのだろうが、誰かがその結末を意図してそうなったのではないという意味では間違いなく偶然だった。

久美ひさみが自分を滅茶苦茶にした客の一人の娘であることを知ってしまった玲那だったが、最初に顔を合わせた時こそ大きく動揺したものの、それ以降は落ち着いたものだった。久美ひさみの前でもさほど変わった様子は見せず、彼女の家に大人しく寝泊まりしていた。

「ねえねえ、伊藤さん。伊藤さんのこと、玲那って名前で呼んでもいい?」

自分の家に寝泊まりして、しかも一緒のベッドに二人で寝ても大丈夫なのだからそれくらいはもう平気な筈と思って、久美ひさみはそんなことを言い出した。その時も玲那は、普段と変わらぬ感じで「別にいいけど…」と応えただけだった。

しかし、玲那にしても、その姿を見るだけでパニックに陥るほどの人間の自宅になどよく泊まれるものだと思う向きもあろう。だがこの時点では、実は玲那自身、何故自分がそんなことをしているのかがまるで分っていなかったと思われる。

もちろん、偶然といえど憎い相手の弱みを握ったようなものだからそれを利用して相応の報いを受けさせてやりたいということも考えた。

まずは、

『あの男の娘のこいつを、私と同じ目に遭わせてやろうか…?』

と考えた。だが、『誰に?』『どうやって?』という、最初の時点で行き詰まってしまった。この頃の玲那の周辺には、わざわざ彼女の為に動いてくれる人間など誰一人いなかった。久美ひさみに乱暴させようと思っても、その依頼を聞いてくれる人間がいないのだ。

とは言え、別に自分と付き合いがある人間に直接頼む必要はないだろうが。例えば、ネットには痴漢やレイプをプレイとして楽しみたいという女性もいて、それに協力してくれる、つまり、自分を痴漢したりレイプしたりしてくれる男性を募集する為のサイトなどもあるのだという。そこに、久美ひさみに成りすまして彼女の詳細を書き込み、それにまんまと乗せられた男達に乱暴させるという方法も考えられただろう。が、玲那にはそんなサイトが存在するという知識がまずなかった。

これまでずっと、心を閉ざし、何も考えないようにすることで自分の置かれた状況に耐えようとしていた彼女にとっては、テレビのアニメくらいしか気晴らしになるものがなく、情報源ももっぱらテレビに頼っていた。しかもアニメ以外には一部のドラマやバラエティー番組くらいしか見ないので、入ってくる情報は非常に偏っている。インターネットもやったことがない。パソコンでもアニメを見られると知ったのは、つい先日、久美ひさみから教えてもらってようやくである。

実はそれを聞いたことにより、これまでの仕事で得た<給料>が蓄えとして銀行口座に残っていたので、家電量販店に行って自分のパソコンを買ったのだが、

「玲那の家、インターネットとかできるの?」

久美ひさみに訊かれて、

「え…? パソコンがあればできるんじゃないの…?」

などと応える始末であった。その後、久美ひさみに設定してもらって彼女の家で、テレビで見たいアニメがやってない時にはパソコンの方でアニメを見るという形で時間を過ごしている。ちなみに自宅の方は、母親がリフォームのついでにインターネット回線を引く手筈を整えていたりもしたが。自分も新しい夫と一緒に住むつもりなので、その辺りのインフラは抜かりなく整備しようとしていた。

そうやってようやくインターネットに触れ始めたばかりの玲那は、そこに溢れている情報にはまだ気付いてさえいない状態だった。なので、久美ひさみを誰かに襲わせるという案は保留となった。

次に考えたのは、自分が被害者として警察に克光かつあきの卑劣な行為を訴え出て逮捕させようというものだった。

さりとて、ドラマの中で被害者が自分がどんなことをされたというのを警察官に延々と語るというシーンを見たことで、自分がされたことを警察に打ち明けなくてはいけないということは辛うじて知っていた玲那は、

『他人に言うのはイヤだな……』

と尻込みしてしまった。憎いのは憎いし今さら自分がどうなろうと構わないという自暴自棄な気分にもなっているものの、それはあくまで肉体的に乱暴されるのは今さらという意味であって、関係のない人間に自分が何をされてきたのかをわざわざ教えたいとまでは割り切れていなかった。だからこれも今の時点ではできればやりたくない。

となればやはり、自宅でイメージトレーニングに励んでいたように包丁を手にして自分の手で直接―――――

『……いや、ダメだ。今はまだダメだ。今の私の力じゃ確実にあいつを殺せないかもしれない。私が復讐する相手はあいつだけじゃない。失敗はできない。もし殺せても、それで警察に逮捕されたりしたらあいつらまで殺せなくなってしまう……』

玲那が言う『あいつら』とは、実の両親のことである。それが玲那の最終目標だった。宿角健雅すくすみけんがもイメージトレーニングの相手にはなっているものの、それはあくまで母親を殺す際の障害として相手をしないといけないかもしれないという意味での重要な相手という認識だった。少なくともこの時点では。

なんていう諸々の思考を、久美ひさみの部屋で彼女が次々と渡す様々な衣装に着替えながら、玲那は延々と行っていたのだった。

「うわ~、やっぱり玲那、何着ても似合うな~」

興奮気味にそう口にする久美ひさみの前で、玲那はただ人形のように言いなりになっていた。こうやって他人の言いなりになるのは慣れたものだ。だからこの時の玲那は、それこそ等身大サイズのリアルな着せ替え人形のようなものだっただろう。またそれが久美ひさみの言うようにとても似合っていた。もっとも、玲那自身は、心の中で呆れながらため息をついていたりしたのだが。

このように、自分の中に膨れ上がる憎悪を自覚しつつも、まだ十三歳にもならない玲那には、それをどう形にすればいいのかを具体的に思い付くほどの知識や経験は備わっていなかった。正直、玲那自身が、自らの中にある憎悪を持て余している状態だったと言えるだろう。だから彼女が成長し知識や経験を身に付けるまではまだ猶予があった筈だった。

なのに、一体、どこの悪意を持った何者かによる干渉なのか、ようやく辛うじて心を持っただけの人形のようなものだった玲那の前に、この時の彼女が最も必要としていたものが現れてしまったのだ。



久美ひさみの家に寝泊まりするようになって一週間。いつものように帰宅してきた久美ひさみと玲那の前に、立ち塞がる人影があった。

「トシ兄……」

戸惑う久美ひさみの口から言葉が漏れる。来支間敏文きしまとしふみだった。大学生となり、更に青年らしくなった敏文が、苦々しい表情を浮かべて久美ひさみを見ていた。

小学校での運動会のあの日以来、彼女と敏文の間にできた溝は埋まることがなかった。久美ひさみは彼を避けるようになり、顔を合わせば挨拶くらいはするものの、彼が玲那の話題を持ち出そうとするとそれを察して耳を塞ぎ逃げ出すようになっていた。

久美ひさみにしても、彼のことは今でも嫌いという訳ではない。頼りになるお兄ちゃん的な存在として慕う気持ちも残っている。でもだからこそ、彼の口から自分の友達のことを悪く言うような言葉を聞きたくなかったのだ。彼のことを嫌いになりたくないが故に。

だがそれとは別に、この時の二人を見ていた玲那の顔が禍々しい笑みで歪んでいたことに、久美ひさみは気付かなかったのであった。

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