Gの愉悦

京衛武百十

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難儀

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今の私はゴキブリなのだから、ほんの僅かな隙間さえあればこの部屋を抜け出すことは容易だろう。

なのでまずその隙間を探す。

ドアや窓の隙間などがあればそれこそ余裕だ。

が、どうもこの部屋は、古びた洋館っぽい印象がありながら、細部まで非常に丁寧に作られているらしく、今の私でさえ通れるような隙間がなかった。

ドア自体も、男はしっかりと閉めていった。まったく。

いくら三倍の速度で動けようとも、所詮はゴキブリ。人間の住宅のドアが開けられるような体のつくりにはなっていない。

ここまで気密性が高い部屋で燻蒸式の殺虫剤でも使われたらそれこそ一巻の終わりだな。

『だが、ゴキブリには無理でも、人間ならば……』

私は思い立ち、どうやら監禁状態にあるらしい小娘をここから逃げ出させることで、ついでに私も脱出をと考えた。

「ははは……あははははは……」

だが、小娘は正気を失った状態で、力なく笑い続けているだけだ。完全に現実逃避に走っているな。目の焦点は合っておらず、口から涎まで垂らしている有り様だ。

「しっかりせんか! この馬鹿者が!!」

と罵りたかったのだが、いかんせんゴキブリの体では人間の言葉など発することができず、ただ小娘の周りを走るしかできなかった。

やれやれこれは難儀だぞ。

さりとて早くしなければ男が戻ってきてしまう。

そこで私は、小娘の視界にしっかりと入って動き回ってみせた。

普通ならこれで、それこそパニックを起こし大騒ぎになるはずだ。

しかしこの時の小娘にとってはさすがにそれどころじゃなかったらしく、私の姿すら気付いていなかったようだ。

おのれこの小娘が……!

年齢としては推定、十代半ば。今の<人間体の私>と同じくらいかやや上という感じだろう。それが、気が付いたら自分の足がなくなっていたとなれば正気を失っても仕方ないだろうが、今はそれより大事なことがある筈だ。

足を失ったことなど、ここを脱した後で思う存分嘆けばいい。だが今はとにかく脱出が先だ。

仕方ないので、私は、床に転がった小娘の眼前で走り回り、羽を広げ、とにかく気付かせるように努めた。

が、一考に気付く様子がない。だから私は、思い切り羽を広げて飛び、小娘の目の辺りに思い切りぶつかってやった。

だが、小さな虫けらでしかないゴキブリの体でそれをすると結構なダメージがあった。

体の節々に大きな負担がかかり、危うく首が取れそうにさえなった。昆虫の体は関節部分が弱いからな。

しかしさすがにこれは効果があったようだ。焦点が合わなかった目には意識の力が戻り、小娘はしっかり私を見て、

「ひ…い……っ!?」

などと小さく悲鳴を上げたのだった。

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