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第22話 料理屋「黒猫亭」開店

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「ぐはっ!」
 不意にみぞおちを突かれた衝撃で、ジャックはそんなうめき声を上げて飛び起きた。

 見ると既に目を覚ました子供達が部屋の中で運動会を始めていた。どうやらジャックのことは障害物競走の障害程度にしか見えていないらしい。
 この町に着くまでの野宿生活ではこんなことは無かったから、やはり家の中というのはそれだけで安心できるのだろう。ジャックは町に来てこの環境が手に入ったことに改めて感謝した。

「さあ、今日は大忙しだよ。みんなにも働いてもらうからね!」
 子供達より早起きだったであろうルースは、朝食のパンを配りながら子供達にはっぱをかけている。

 ジャックも朝食をとりながら、ざっとやるべきことを確認した。店の外の雑草取りや店内の掃除は子供達に任せるにしても、やはり厨房周りの汚れは簡単に落ちそうにないし、鍋、釜の痛みも酷い。
 となると当面のジャックの仕事は厨房周りを使えるようにすることになりそうだ。


「おー、やっとるね」
 お昼過ぎにそういって声をかけてきたのは、昨日酒場にいたこの店のオーナーだった。
 引退したといっても、かつて何十年も経営していた店が朽ちていくのは寂しかったのだろう。こうしてその店が若者の手によって蘇ろうとしているのが嬉しくてたまらないといった様子で目を細めている。

「あ、この店のオーナーですね。後ほどご挨拶に伺う所でした。ルースと申します。この度はこんな立派なお店を貸して下さってありがとうございます」
 ルースはそう言うと深々と頭を下げた。

「いやいや、他ならぬジオ様のお連れの方じゃし、この店が料理屋として蘇るのはわしとしても大歓迎だからのぉ」
 オーナーは昔を懐かしむような遠い目をしている。

 それにしてもジオを知る者は必ずと言っていい程、昔を思い出す時にとても良い顔をする。
 何をしたら? 何を言ったら? ここまで人の心に思い出を刻み込めるのだろう? いつしかジャックはこんなことを考えるようになっていた。

「何か困ったことがあったら相談して下され。それから……ジオ様はしばらく我々の家を転々と飲み歩くそうじゃから、しばらくここには戻ってこれんと思うよ」
 そういうとオーナーは帰って行った。

 ジオがまた「何でもやってやる」なんて言って色々引き受けてきそうでジャックは怖かったが、みんなもジオと飲みたいのだろう。店のこともあるし、ジオにはしばらく好きなようにしていてもらおうとジャックは黙ってオーナーを見送った。

 そして二週間ほどが経過した。
 店の方は新築同様にピカピカ……とまで都合良くはいかなかったものの、取り敢えず見た目で客が敬遠しない程度にすることは出来た。
 ただ、それだけでは料理屋としてやっていくことは出来ない。料理屋として重要なのは言うまでもなく料理そのものだ。

 ここ数日、復活させた厨房でルースが作ってくれた食事は普通に美味しかった。恐らく出されて文句を言う客はいないだろう。ただ、あくまでもなのだ。これをわざわざ金を出してまで食べに来る客がいるかというと、疑問符がついてしまう。
 ジャックは客を引き込むためのが足りないと思っていた。

 すると厨房から香ばしい、とてもいい匂いが漂ってきた。

「これが当店の看板メニューでございまーす」
 ルースが得意げな顔で自慢の一品をジャックに差し出した。取り敢えず食べてみろということらしい。

 見た目は肉の塊。とても贅沢な料理に見える。
 ジャックは料理を凝視してよだれを垂らしている子供達をあえて無視して、その肉にナイフを突き立てる。意外なほど柔らかいその肉はすっと切れ、中からはたっぷりの肉汁が溢れ出す。
 一口食べるとこれまで食べたことが無い食感……

「うまいっ!」
 ジャックは感嘆符が目に見えるのでは? と思う程大きな声でそう言った。
 ルースはその後、子供達にもその看板メニューを振舞い得意顔だ。

「この料理はもしかしたら?」
 ジャックはかつてのジオの提案を思い出していた。

「そう。私の友達が貴族の家で仕入れてくれたメニューだよ。ハンバーグっていうんだって」
 この料理はかつての仕事仲間が仕入れてくれたメニューであることをルースは明かした。

 貴族の屋敷では、専属のシェフ達が彼らに気に入られる為に日夜料理を生み出している。その内いくつかは貴族の間で持てはやされ、時間をおいて庶民の間で流行する。
 このハンバーグという料理は貴族からしたらちょっと目先の変わった肉料理という位置付けなのだろうが、肉の塊など滅多に口に出来ない庶民からしたら御馳走だ。

「でもこれ、高いんじゃないか?」
 美味しくても高かったら町の料理屋では受けない。ジャックはそう懸念してルースに尋ねた。

「ステーキと違って、肉の切れ端とかからでも作れるから安いのよ。繋ぎも入れるしね」
 ルースの目には自信がみなぎっている。
 安価にこのメニューが提供できるのなら、町の人達に受け入れられるだろう。ジャックはルースが自信をみなぎらせている理由を理解した。

「じゃあ最後の仕事は店の名前を決めることだな!」
 ジャックがそう言うと、ルースはもう決まっているとばかりにこう答えた。
「黒猫亭!」

 義賊とはいえ、隣町の窃盗団であった「黒猫団」から名前を取るのは無用の誤解……実際は誤解ではないが、余計な詮索の的になるのではとジャックは懸念した。
 だが、もうルースの中では決定してしまっているらしい。

 ジャックはそこから半日ほどかけて木の板をナイフでゴリゴリ削って「黒猫亭」と書かれた看板を手作りし、店の前にかけた。

「あとは開店するだけだ」
 ジャックとルースはお互いの目を見て頷いた。
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