天才軍師、顔の良い生首を拾う。~孔明じゃない諸葛さんの怪異譚~

久保カズヤ

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一章

二、犬は将軍になれるか

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 別に助けてやる義理もない。諸葛恪はそう思って馬の足を止める。
 ただ、人里に進んで降りて来た落頭民がどうなるのかを見てみたいという興味はあった。
 楊甜は荒くれ者達に腕を掴まれており、それを振り解こうとしても単純な力の差を覆せないでいる。
 本当に首が離れること以外、何ら人間と変わらない。あまりにも非力であった。

「なぁ、俺達は親切で言ってるんだぜ?こんなとこに居たら危ないだろ?」
「だ、だからってどこに連れて行こうというんですか」
「俺らの兵舎を宿として使わせてやろうって言ってるんだよ。断る理由がどこにあんだよ」
「僕は、娼妓じゃない!」
「娼妓じゃない女がこんなところで一人うろついてる方が危ないぞ?」

 男達はその細い腰に手を回そうとし、楊甜は身をよじって振り払う。
 最初の方は反応を楽しんでいたのだろうが、やけに頑なな楊甜の態度に男達も苛立ちを覚え始めた。
 ただでさえ血の気の多い兵士達だ。楊甜は腕を更に強く握られ、思わず顔を歪ませる。

「あんま抵抗すんな、な?」
「だから娼妓じゃない!僕は男だぞ!」
「え」

 思わず腕を離し、男達は目を丸くして顔を見合わせる。
 楊甜はようやく離された腕を胸元に寄せ、じんじんと痛む箇所を何度も擦った。

「もう僕は行きますね。だからちょっとそこをどいてください」
「そうか、男だったのか。おいお前らコイツは男らしい」
「いや、それはそれで」
「むしろそっちのほうが」
「だよな」
「え」
 
 この時代、男色は別に珍しい話ではない。

「こんな上物を買えるなんて運がいいぜ。ほら、来い」
「嫌だ!やめろ!!」

 再び腕を掴まれそうになり、楊甜は思わずその手を引っ叩いた。
 その瞬間、男は楊甜の足を払ってその体を押し倒す。
 これ以上の抵抗は許さない。苛立ちの籠った男達の眼差しは、楊甜に死を感じさせる圧があった。

 それでも楊甜は歯を食いしばり、組み敷かれそうになる前にその頭を胴から外した。
 一束に編まれた髪を両腕で掴んで、頭を思い切り振り回す。
 楊甜の頭はガツガツと鈍い音を響かせながら周囲の脛を払い、男達は岩で殴られたかのような痛みに飛びあがる。

「痛ぇえ!なんだコイツ!?」
「あんまり舐めるなよ!僕にだって誇りはある!」
「こ、こいつ落頭民だ!」

 男達は全員揃って剣を抜き、楊甜を包囲。
 やはり姿形が人間とほとんど変わらないからか、怪異だと分かっても男達は逃げようとはしなかった。
 そして楊甜もまた逃げようとしない。その目には怯えの色は見えず、明らかに怒りに燃えていた。

「僕は、僕はこの国で成り上がるんだ!お前らなんかに負けてられるか!!」
「怪異のくせして人間様の世界に割り込んでじゃねぇぞテメぇ…」
「何に生まれたかなんて関係ないだろ!」
「おめぇら、落頭民なんて人間と対して変わらねぇ怪異だって話だ。殺して褒美を貰おうや」

 北から多くの人間が流れつき、形成された国家がこの呉王朝。
 呉王朝は元々長江以南に暮らしていた異民族や少数部族に対して強硬的な弾圧策を執った。
 怪異も勿論、その対象である。故に呉王朝は"怪異掃討令"を広く発布し、褒賞も出していた。

 荒くれ者だが、最前線に駐屯する兵士である。しかも狂暴と名高い朱桓軍の兵。
 殺気に満ちた剣先は全て楊甜に向いている。
 それでも楊甜は折れない。覚悟を決めているのだ。

 すると突如、一騎が男達の間に割って入った。
 諸葛恪はこの本物の馬鹿を、少し面白いと思った。

「悪いな。この落頭民は俺の奴婢だ、殺されると困る」
「な、なんだお前」
「この国の"左輔都尉(首都圏の警備長官補佐)"だ」
「大将軍閣下の、若君っ」

 兵士達は一瞬で顔を青ざめさせ、剣を放り出し、その場に平伏した。
 楊甜は何が何だか分からず男達と諸葛恪を交互に見つめながら、外していた首をくっつける。
 諸葛恪が短く「行け」と告げると、彼らは蜘蛛の子を散らすように立ち去っていった。

「…僕は奴婢じゃない」
「二度も命を助けてもらった身分で偉そうな口を叩くな馬鹿が」
「ありがとう、ございます」

 馬上から見下ろす楊甜の姿はやはり華奢で弱そうで頼りない。
 だが、自分の命をかけられるほどの誇りと気高さを持っていた。そこに興味を引かれた。

「お前さっき、なんて言ってた」
「え、何がですか?」
「落頭民のくせしてこの国で成り上がるつもりらしいな。お前は、犬が将軍になれると思うか?」

 その言い草に楊甜はあからさまにムッとした。だがこの例えは事実だ。
 人間と怪異には大きな隔たりがある。それを理解できていないのなら、この馬鹿に用は無かった。

「僕は犬じゃない。娼婦でも奴婢でもない。貴方と同じ言葉を話し、夢を見ることが出来る。もう隠れて暮らすのはまっぴら御免だ」
「そうか、じゃあお前はどんな夢を見る」
 
「…毎晩、狼に怯えながら眠りにつき、呉人に親を殺された日の夢を見る。そして目が覚めても、暖かな部屋で明日の食料に困らず過ごしたいという夢を見る。こんな思いをするのは、もう沢山なんだ!」

 それは覚悟の涙だった。命を懸けるに値する、ささやかな夢であった。
 この国に親を殺され、しかしそれでもこの国で成り上がることを決めた理由。諸葛恪はフンと鼻を鳴らす。

「俺も呉の人間だぞ、憎いか」
「全てが憎いからこそ、偉くなって幸せに暮らすんだ」
「そうか。で、お前は何が出来る」
「な、何って、それはこれから…」
「夢を語るだけなら稚児でも出来る。それに見合うだけの力が無ければ野垂れ死ぬしかない」

 相変わらず諸葛恪の目は冷めていた。
 しかし楊甜は涙を流しながらも、その視線から目を逸らすことはない。
 まずは馬の世話の世話からだ。諸葛恪はそう言って馬首を返した。
 
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