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第3章 高平陵の変
第24話 羨望
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「姜維将軍が居らぬと、軍議に冴えが無い。鄧芝将軍も、結局、軍権を離さずに帰ってしまわれた。この二人だけなのだろうか、気骨があり、先を見据えている軍人と言うのは」
「むしろ、伯約は先が見えすぎています。あの天才と諸将を並べるのは、些か酷で御座いましょう」
軍議における姜維と費褘の議論は、誰も割って入る事が出来ない程に冴え渡っている。
この二人の天才の話に、誰も着いていけないのだ。
唯一、鄧芝はその溢れんばかりの剛毅さで軍議に割り込んではいたものの、主導は変わらずこの二人によるものである。
諸将を取りまとめるはずの馬忠は、元来その性格は温和である。
軍を率いる時も、その抜きんでた統率力で軍をまとめ、実戦は諸将に任せる事が専らであった。
自分の主張を何が何でも突き通すという人間では無い。
「姜維が居ない時に私が軍議を仕切れば、十分な話し合いも起きずにまとまってしまう。しばらくは、馬忠殿にお任せした方が良いかもな」
「私が、伯約の代わりを務めましょうか?」
陳祇は妖しく微笑み、費褘は一瞬間の抜けた顔をしたが、大口を開けて笑った。
「やめておけ。お前は政治の人間だ、戦略に秀でてはいない」
「そうはっきりと申されますと、些か心に刺さりますね」
「なんだ、戦がしたかったのか?」
「憧れていただけです。もう、己の能力と、向き不向きは弁えております」
「こんな時代に生まれたのだ、憧れるのは当然だろう。良い男だな、お前は。なればこそ、不思議でならん」
「何がでしょうか?」
どうも費褘が居ると仕事が捗らない。
少し不満げに返事をしてみたが費褘は気にするでもなく、にたりと笑みを浮かべている。
「聞いたぞ、近頃は奥方殿と仲が悪いとか?お前ほどの男がなぁと、思っていたところだ」
陳祇には妻が居た。子も、二人いる。
かつてこの国の名士達の代表であり、その名声が天下に広く知られていた人物がいた。
名を「許靖(きょせい)」と言い、諸葛亮に次ぐ官位である司徒を務めた大人物である。
許靖は陳祇の祖父の弟であり、血の繋がりがあった。
両親が早世した陳祇を引き取って養育したのは、この許靖である。
当時、許靖は身寄りのない子供の養育もしており、陳祇の妻もまた、ここで引き取られて養育されていた名家の娘であった。
妻は名を「李蔡(りさい)」。非常に教養の良い女性であり、極めて穏やかで慎ましい性格である。
決して仲が悪い訳ではない。妻も子も、陳祇は心から愛していた。
ただ、心が突き動かされるような、そういった情愛を妻に感じたことは無い。
仲が悪いと周囲に見られているのも、その淡白な関係性から来てるのだろう。
加えて、費褘の補佐役として多忙を極めている今、中々落ち着いて家に戻ることも出来ていない。
「御心配には及びません、生憎ながら仲は良いですよ。もう子も二人いるのです、そろそろ落ち着く頃だと」
何食わない陳祇の表情に、費褘は明らかにがっかりしていた。
費褘がこれほど砕けた態度を見せるのは、陳祇のみだった。だからこそ、陳祇もあまり叱る気になれない。
「先日、鄧芝殿と姜維殿と宴席を設けたらしいが、どうであった?」
「どう、と言われますと」
「北伐推進派の主要な三人が集まったのだ。反対派の私が敵情視察として聞いてるのさ」
「随分と直接的すぎやしませんか?それで口を開く程、私もお人好しではありません」
残念。費褘はしばらく部屋の書物に目をやり、眺め始めた。
一度読んだ書物の内容を決して忘れない。
恐らくこの部屋にある書物も全て、費褘の頭の中に入っているだろう。
つまり、本当にただの暇潰しらしい。陳祇はようやく仕事に戻る事が出来た。
「なぁ、陳祇」
一通り眺め終わったのか、費褘は再び口を開いた。
この頃には既に仕事にもあらかた区切りがついて来たので、陳祇は体ごと費褘へ向き直った。
「先ほど、姜維将軍の代わりを務めると、そう言ったな?」
「確かに申し上げました」
「少し付き合ってくれ」
二人は揃って、部屋を出て、中庭に出た。
「むしろ、伯約は先が見えすぎています。あの天才と諸将を並べるのは、些か酷で御座いましょう」
軍議における姜維と費褘の議論は、誰も割って入る事が出来ない程に冴え渡っている。
この二人の天才の話に、誰も着いていけないのだ。
唯一、鄧芝はその溢れんばかりの剛毅さで軍議に割り込んではいたものの、主導は変わらずこの二人によるものである。
諸将を取りまとめるはずの馬忠は、元来その性格は温和である。
軍を率いる時も、その抜きんでた統率力で軍をまとめ、実戦は諸将に任せる事が専らであった。
自分の主張を何が何でも突き通すという人間では無い。
「姜維が居ない時に私が軍議を仕切れば、十分な話し合いも起きずにまとまってしまう。しばらくは、馬忠殿にお任せした方が良いかもな」
「私が、伯約の代わりを務めましょうか?」
陳祇は妖しく微笑み、費褘は一瞬間の抜けた顔をしたが、大口を開けて笑った。
「やめておけ。お前は政治の人間だ、戦略に秀でてはいない」
「そうはっきりと申されますと、些か心に刺さりますね」
「なんだ、戦がしたかったのか?」
「憧れていただけです。もう、己の能力と、向き不向きは弁えております」
「こんな時代に生まれたのだ、憧れるのは当然だろう。良い男だな、お前は。なればこそ、不思議でならん」
「何がでしょうか?」
どうも費褘が居ると仕事が捗らない。
少し不満げに返事をしてみたが費褘は気にするでもなく、にたりと笑みを浮かべている。
「聞いたぞ、近頃は奥方殿と仲が悪いとか?お前ほどの男がなぁと、思っていたところだ」
陳祇には妻が居た。子も、二人いる。
かつてこの国の名士達の代表であり、その名声が天下に広く知られていた人物がいた。
名を「許靖(きょせい)」と言い、諸葛亮に次ぐ官位である司徒を務めた大人物である。
許靖は陳祇の祖父の弟であり、血の繋がりがあった。
両親が早世した陳祇を引き取って養育したのは、この許靖である。
当時、許靖は身寄りのない子供の養育もしており、陳祇の妻もまた、ここで引き取られて養育されていた名家の娘であった。
妻は名を「李蔡(りさい)」。非常に教養の良い女性であり、極めて穏やかで慎ましい性格である。
決して仲が悪い訳ではない。妻も子も、陳祇は心から愛していた。
ただ、心が突き動かされるような、そういった情愛を妻に感じたことは無い。
仲が悪いと周囲に見られているのも、その淡白な関係性から来てるのだろう。
加えて、費褘の補佐役として多忙を極めている今、中々落ち着いて家に戻ることも出来ていない。
「御心配には及びません、生憎ながら仲は良いですよ。もう子も二人いるのです、そろそろ落ち着く頃だと」
何食わない陳祇の表情に、費褘は明らかにがっかりしていた。
費褘がこれほど砕けた態度を見せるのは、陳祇のみだった。だからこそ、陳祇もあまり叱る気になれない。
「先日、鄧芝殿と姜維殿と宴席を設けたらしいが、どうであった?」
「どう、と言われますと」
「北伐推進派の主要な三人が集まったのだ。反対派の私が敵情視察として聞いてるのさ」
「随分と直接的すぎやしませんか?それで口を開く程、私もお人好しではありません」
残念。費褘はしばらく部屋の書物に目をやり、眺め始めた。
一度読んだ書物の内容を決して忘れない。
恐らくこの部屋にある書物も全て、費褘の頭の中に入っているだろう。
つまり、本当にただの暇潰しらしい。陳祇はようやく仕事に戻る事が出来た。
「なぁ、陳祇」
一通り眺め終わったのか、費褘は再び口を開いた。
この頃には既に仕事にもあらかた区切りがついて来たので、陳祇は体ごと費褘へ向き直った。
「先ほど、姜維将軍の代わりを務めると、そう言ったな?」
「確かに申し上げました」
「少し付き合ってくれ」
二人は揃って、部屋を出て、中庭に出た。
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