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【 4章 】

2話 〔41〕

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 少し考えを整理したい。

 寝覚めのコーヒーでもたしなんで、人心地着くことにするのはいい思いつきだった。
 そうなると、手の中の結晶は邪魔になるので、制服の左ポケットに仕舞っておく。

 お気に入りのマイカップを収納してある棚の戸に指をかける。

 …………!?

 戸は固着して、力をこめても開けることができない。

「なんなのよもう……。調子狂っちゃうわ!」

 さっきのイスといい、いくら何でもおかしすぎる……。

「なんか、イヤな予感がするわね……」

 部室の窓ガラス越しに外の景色を観る。
 そこにある現実に、強烈な目眩を覚えた……。

(まだ……夢なの……?)

 夢であってほしいというのが本心だ。
 なんでもっと早く気が付かなかった? 私の姿が、あらゆるガラスというガラスには映りこんでいない。

「これって、相当やばい状況なんじゃないの……!?」

 あまりの異常事態に脚の震えを止めることができなくなり、ぺたんと床に座り込んだ。
 私に何が起きているのか? パニックになりそうな頭にブレーキとアクセルを同時に操って無理やり答えを捻り出す……。

「昨日の出来事はたぶん夢じゃなかったんだわ。そうよ、いまの有様はきっとそれが原因としか……」

 『私』という意識と身体は、確かに今も尚、残されている。けれど、死んでいるとも生きているとも、まだ判断はつけられない……。

 身に着けているのは……。服、腕時計、学校の内履き、ポケットに入っていたハンカチと最低限の物しか無い。あと、忘れてはいけない例の謎の結晶。

 左手首の腕時計を覗く、針は六時五十分を指して秒針ごと止まっている。昨日の事件があったのはのそのあたりだった気がするので、そこで停止してしまったのだと考えられる。

「役立たず。こんなんじゃ、時計として意味ないじゃない……」

 おそらくは、時計の電池から電子の移動、つまり電気を作るといったことができなくなったのだろう。リューズを引いて回すと針を機械的に動かすことは可能だった。

 再び、部室の掛け時計を見返し、あることを確認する。六時二十二分……秒針もしっかり動いていた。確かに時間は進んでいるらしい。

「どうやら、あたし以外の時間が止まった閉鎖空間。ってことはなさそうね」

 時間が経過しているなら日付も変わっているはず……。今がいつなのか、壁掛けの日めくりカレンダーがある場所に視線を移した。

 …………?

 けれど、そこにあるはずのカレンダーは跡形もなく、いまは白い壁がえる。

「あれ? どこいったかしら」

 やはり記憶との齟齬そごがみられる。

 案外冷静になれたことで、震えが止んで立ち上がれるようになると、その付近を見回す。

 代わりに、窓際の物置台に小さな卓上のカレンダーを発見した。けれどそのカレンダーは、どこかで見覚えがあった物で、それが何だったのか近寄って確かめる。一番上に記載されていた西暦と月は……。

 ……!

六月?」

 思い出した。この卓上カレンダーは、私が二年生のときにここにあったカレンダーだ。
 あると思っていたはずの壁掛けの日めくりカレンダーは、私達が三年になってから由那が掛けた物だったはずだ。
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