紳士転生~異世界奮闘記~

アケミナミ

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第一章 砂漠の姫君

会食、その前に

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 自室で寛いでいたら、姫様が髪を振り乱して飛び込んできたのだが……。

(あ……そう言えば、何も言わずにこっちに帰っちゃってた)

 女性を置き去りにして一人帰ってくるなんて、紳士失格である。

(しまった……色々あり過ぎてすっかり忘れてた)

 ここは素直に謝る他無いだろう。
 せっかく誕生日祝にと連れて行ってもらったのに、神域の祭儀場を破壊して彼女を置き去りにし、警備兵や文官の皆さんに迷惑をかけ、先に帰って飯はまだかとふんぞり返っているなんて……。

(これは嫌われたかな……)

「ノンノ、今日は色々とすみませ……」

 姫様の大きな瞳が涙で潤む。
 彼女の様子に、言葉が出てこなかった……。

「よかった……本当に……」

 彼女は怒ってなどいなかった。
 只々私のことを心配し、身を案じてくれていたのだ。

「ノンノ……」
「待っててジミー、今、助けるから」
「え? ノンノ待っ――」

 彼女の口から出た以外な言葉に、一瞬混乱して静止が遅れてしまう。
 私の言葉を掻き消すようにして、炎を纏った姫様がトローネに向かって飛び蹴りを放つ。
 トローネを見ると、座ったまま片手を出そうとしていただけだったが、なんだか無性に嫌な予感がした。
 こういう時は何故かよく当たるのだ。
 私は互いが衝突しないように間に割り込む。

「なっ!?」

 姫様はもう止まれないのか、蹴りが吸い込まれるようにして私に――。
 後ろから肩越しにスッと手が差し出され、私と姫様との間に緑色の壁が広がる。

 ドゴッ

 鈍い音がした後凄まじい炎が向こう側に見え、すぐに熱気と異臭を残して消え去った。
 壁が枯れるようにして崩れる。
 そこには、焼け焦げた部屋と、驚愕に染まった姫様の顔があった。

「どうして……」

 悲しみ、焦燥、困惑など、幾つもの感情が綯い交ぜになった姫様が後ずさろうとしたところで、またも部屋に飛び込んでくる人影が一つ。

「姫様!」

 それは、帝都前で私達のところへ会食の話を持ってきた文官さんだった。

「ああ……姫様よくぞご無事で……。ですが、これはまずいことになりました。この件は皇帝陛下も無視できないでしょう……」
「ええ……」

 これはもしかして私達というか、トローネに攻撃をしたことが問題になっているのだろうか。
 後ろからガシャガシャと音を立てて兵士達も雪崩込んでくる。

(これは、なんか色々と放っておくのはまずそうだな)

 姫様の立場が悪くなるのは本意ではないし、先手を打たねば。

「あの、どうやら色々と行き違いがあったようですが、こちらに怪我ははありませんし、ひとまず落ち着いて話をしませんか?」

 私の提案に、文官さんと姫様は首肯すると、私とドリュアス達は別の会議室のような場所へと案内されるのだった。


  ◆  ◆  ◆


「で? これはどういうわけなの?」

 姫様が、腕を組んでふんぞり返りながら文官に問いただす。

「え、えーですから、この度受肉された精霊様が帝国へとご尊来されたため――」

 ドンッ

「そんなことはもういいのよ。私が聞いているのは、なんで契約精霊が三体も同化せずにいて、皆女性で、ジミーとこんな……って、ちょっと聞いてるの!?」

 彼女は机を力任せに叩いて文官を黙らせると、胸ぐらをつかんで激しく揺すりながらそんなことを聞いている。
 彼女は初め、憔悴したような燃え尽きたような様子で移動するときなども黙っていたのだが、ここに着て皆が席についた途端「ブチッ」という音がして、何か吹っ切れたような、自棄になったような態度に変わったのだ。
 先程よりは普段の彼女に近いものの、なんとなく寒気がする。

「トローネさん、彼女の言ってることはそんなにおかしな事なのですか?」

 私はまだまだこの世界の常識に疎いので、精霊のことならと本人に聞いてみる。

「そうですねぇ~。色々と思い違いがあるのでなんとも言えませんが、精霊契約というのは普通単体で受肉できない、力の弱い精霊が行うものなのです。なので、もしかしたら契約精霊は必ず同化するものと思っているのかもしれないですね」
「え!? 私って皆さんと契約しているんですか?」
「いいえ、してないですよ?」
「なら……」
「そこがそもそも間違っているんですよね~」

 なるほど、つまり姫様は私が精霊と契約していると思っているのか。

(でも、だからって何か問題があるのか?)

「因みに精霊契約すると、精霊は魔力や精気と引き換えに契約者に力を与えるのですが、精霊の位階が高くなるほど要求される物も多くなるのです。例えば私やガレットくらいですと、寿命を大きく削っても足りないくらいです」
「凄いんですね」
「ルチア様程ではありませんが、それなりには」

 トローネやガレットがそんなに凄い存在だったとは。
 精霊自体がどのくらい凄いのかわからないが、信仰の対象になったり、精霊契約者とそれ意外とでは越えられない壁があることを考えると、結構凄いのだろう。

(で、そんな彼女達と契約していると思っているってことは……)

「ノンノ、私が契約によって危険な状態ではないかと心配しているんですか?」
「え? ええ、そうね。それも心配ね」

 文官さんの胸ぐらを掴んだままの姫様が答える。

(今、それもって言ったよな……?)

 となるとあと考えられるのは、彼女達が暴れること?
 さっきも一触即発の状況になったし、向こうからしたら無くもないのか。

「それに関しては誰とも契約していないので、大丈夫ですよ。ご心配をおかけしてすみません」
「え? 契約して、ない、の?」

 あれ、おかしいな。心なしか残念そうだ。

「ええ。それと、彼女達は何もしなければ別に暴れたりすることもないと思いますよ。ですよね?」

 そう言って両隣のドリュアスに目で確認する。
 トローネは微笑みながら、ガレットは表情を変えずに首肯してくれた。

「あぃ!」

 ルチアは膝の上でピッと手を上げて、肯定だろう返事をする。

「だからノンノ、心配しなくても大丈夫ですよ」
「ええ……そうね。その辺りの事については、だいぶ気が楽になったわ。でも……そのほら、まだ私に何か言うことがあるんじゃない?」

(まだ何か……?)

 あからさまに表情が緩む文官さんや兵士達と違って、彼女の表情は未だ浮かないままだ。
 考え込む私に向かって、急速に頬を膨らますことで遺憾の意を表す姫様。
 何か、何か、何か……。

(そうか!)

 ピンときた私はルチアをトローネに任せ、机を回って姫様のところまで行き彼女を立たせると、抱きしめてお礼を言う。

「言うのが遅れてすみません。ノンノ、今日はありがとうございました。心配をおかけしましたが、身体は問題ありませんし、とても楽しかったです」

 相変わらず彼女は、普段ませている割に顔を真赤にして茹でダコのようだ。
 最後にもう一度「ありがとう」と言って抱きしめて席に戻る頃には、轟沈して椅子に崩れ落ち、机に突っ伏して頭からは煙を出していた。

「ふぅ。私としたことが感謝を伝えるのを忘れるとはね、反省、反省」

 女性は相手に望む行動がある時、男性と違ってはっきり言うことは少ないため、紳士はこれを機敏に察知して動かねばならないのだ。
 今回のように相手が口にした時には遅すぎる。
 姫様も最後通告のつもりだったことだろう。

「ジミー様……」

 何故かトローネが残念そうなものを見るような目で私を見てくる。
 しかも、文官や兵士達からはなにやら生温い視線が……。

(ぬぅ……なんだかすごく不名誉な視線に晒されている気がする)

 その後、結局あの視線の意味はわからず、姫様の復活を待って私達は会食の準備をするために一度部屋へ戻ることになった。
 部屋へ戻ると、大量の服と女性の使用人数名が待っていた。
 ルチア達はこのままここで服選びをするため、私だけ別室に移動し着替える。

(はぁ~、会食かぁ……)

 私は会食を前にして、かなり憂鬱な気分になっていた。
 料理が合わないわけではない。
 むしろ故郷の王国と違いスパイスがよく効いていて、これはこれで美味しいと思う。
 私が嫌なのは会食の同席者だ。
 皇帝は軽薄そうな風を装っていて中身が全く見えないし、姫様以外の兄弟姉妹も皆腹に一物ありそうな人ばかりなのだ。
 あと、第三皇子、あれは特に……生理的な嫌悪感を感じる程、苦手だ。
 他の皇子皇女は皇帝に似て、健康そうで引き締まった体と小麦色の肌が特徴的なのだが、彼だけはその逆で、体は首の判別も難しいほどブクブクと肥え太り、病的な白い肌は脂でいつもテラテラとしていた。
 唯一マシそうなところは発言内容くらいだろうか。
 含みのある言い方や腹の探り合いをしようとする他の人達と違って、彼はいつも歯に衣着せぬ物言いをする。
 正直どっちもどっちな気もするが、私個人としては姫様や第三皇子のようなさっぱりとした物言いの方が、ゴチャゴチャと考える必要もなく好感が持てるのだ。

(でもあのガマ、動きもどこか変で……笑い方も「ニチャリ」と言った感じだから、どちらにせよお近づきになるのは御免だけどね)

「コルトー様、お時間でございます」
「あ、はい。今行きます」

 呼ばれてしまった。
 仕方がないので、私は座っていた椅子から重い腰を上げる。

(何事もありませんように……)

 使用人に付いて回廊を歩いていると、私の部屋の方から丁度ドリュアス達がやって来た。
 彼女達の格好は……とても扇情的なもので……。

「え……」

 思わず固まってしまった私に気がついた、あちらの使用人が説明するために耳打ちしてくる。

「すみません、コルトー様。本来ならあれは踊り子用の衣装なのですが、精霊様方がどうしても布地の多いものは……と申されまして」

 本当に申し訳無さそうな彼女は、きっとそれはもう一生懸命説明したのだろう。
 顔に隠しきれない疲れが見える。

「いえ、お気になさらないで下さい。彼女達がどうしてもと言うのでしたら、仕方がありませんし」
「本当に申し訳ありません」

 そう言って下がっていく彼女を見ながら、心の中で頭を抱える私。

(しかし、そうは言ってもこれはなぁ……)

 この国では、余程親しい間柄でなければ、女性はみだりに肌を晒すべきではないのだが……。
 ドリュアス達を見ると、何も問題ないといった風で気にした様子が全くない。
 ルチアなど、「どう、似合う? 似合う?」とすれ違う人に端から聞いて回る始末で、頭が痛い。

「ルチア、こっち。あんまり迷惑をかけちゃダメだよ」
「ぅぶー!」

 彼女と手を繋いでウロチョロ出来ないようにすると、「私不満です!」といった様子で頬を膨らませている。
 だが、これ以上彼女に恥の上塗りをさせる訳にはいかない。

「皆に聞いて回らなくてもルチアは十分可愛いよ。ほら、そんな顔してたらせっかくの可愛い顔が台無しだ」

 彼女の頬を押して、空気を吐き出させる。

「ぶぶぶぶぶぅー……」

 こうしていると、妹でも出来た気分だ。

(向こうでいたのは弟だったけど、なんだか懐かしいな……)

 あいつも小さい頃は私について回るような子だったけど……中学に上がったくらいからかな、急に反抗的になって……。

(よく喧嘩したなぁ)

 思い出を掘り起こしていると、誰かが袖を引いた。

「ジミー?」

 ルチアが今度は心配そうに私を見上げている。
 それ程物思いに耽っていたわけではない筈だが、感が鋭いのか何なのか、心配させてしまったようだ。

「大丈夫だよ。さ、行こうか」

 私は誤魔化すようにルチアの頭を一撫でして、また歩き出すのだった。

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