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第一章 砂漠の姫君
会食にてノーニャは
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会場は窓のない、装飾された柱に取り囲まれた長方形の空間だった。
床には豪奢な絨毯が幾枚も敷かれ、壁面はタペストリーや垂れ布で飾り付けられている。
昼間にも関わらず若干薄暗いその空間には、既に多くの食事が床に敷かれた布の上に並べられている。
(これは未だに慣れないな)
帝国では料理を敷物の上に並べ、あぐらをかいて食事するのだそうだ。
普段の食事などは客室のテーブルで摂るため、こういった様式はそれこそ会食で数回経験しただけだった。
初めての会食では「インドとかって、どんなマナーだっけ?」などと焦ったものだが、転生前は畳のある家だったこともありなんとか見苦しい振る舞いはせずにすんでいる……と思う。
私達は案内された場所へと各々移動する。
(第三皇子が来ませんように、第三皇子が来ませんように、第三皇子が来ませんように)
入り口の方へ向かって念を送っていると、皇帝達が到着したのか使用人によって扉が開かれた。
入ってきたのは皇帝ラージャ・ウェルニッケとノーニャ……そして、第三皇子のイヴァン・ウェルニッケだった。
(あー、来ちゃったよ……)
私は帰りたい衝動を押さえながら、皇帝に促されて着席する。
(今回は一体何を聞かれるやら)
今までの会食でも、セント王国やコルトー家のことから私のことまで色々と探られてきたが、年齢などを盾に知らぬ存ぜぬで誤魔化してきた。
(まぁ、実際は本当に知らないことが多すぎて、誤魔化したことなんて殆ど無いけど)
ただ今回はドリュアス達もいるため、彼女達に聞かれたら誤魔化しようがない。
一応彼女達には前もって、なるべく穏便に、だけど余計なことは喋らないようにと良い含めてあるけれど……。
(不安だ……)
さて、どうするかと考えながら私は皇帝の挨拶を聞くのだった。
◆ ◆ ◆
会食は拍子抜けするほど何事もなく進んでいた。
(初めは陛下や兄様がかなり踏み込んでいくと思っていたけど……)
やはり、あの文官がジミー達に害意がないと報告したのが大きいのだろうが、だからと言ってそれをそのまま信じる二人ではない。
この憲法術数渦巻く宮中においては、私を含め皇族全員が相手の言葉を額面通り受け取ることの危険性を理解しているのだから。
だからこそ、私は皇帝とイヴァンが動かないことが不思議でならなかった。
(ジミーは呑気に食事してるし……)
彼はここまで何事もなくすんでいるためか、気を抜いて食事を楽しみ始めているようだった。
(というか、彼女達になんて格好をさせてるのよ、アイツー!)
この場に来た時に一番驚いたことは彼女達の服装だ。
踊り子の衣装とは言え、布面積的には娼婦と大差ないのだから。
(後で絶対とっちめてやるんだから!)
陛下たちも、あまりにこの場に相応しくない服装なので、一瞬表情が変わったほどだった。
今まであまり話しが進まなかったのは、もしかしたらそのせいかも知れない。
だが、このままで終わるはずがないことはわかるが、幼く経験の浅い自分では、彼らが何を狙っているのかがわからなかった。
「ところでルチア殿、出会って間もないと聞くが、なぜコルトー殿と一緒におられるのかな?」
二人の思惑に考えを巡らしていると、陛下が動いた。
「ん?」
ルチア様が口いっぱいに食べ物を入れて顔を上げる。
今までずっと食べることに終止していたのか、大量の皿が片付けられ、彼女の周囲には次から次へと新しい食事が運ばれていた。
「ほぇふぁえー、おぁあえっはぇえはんかあぁお」
「ルチア様、一度口の中のものを食べきってしまいましょうか」
隣のトローネ様が、詰め込みすぎて喋れないルチア様に進言する。
薄々感じてはいたが、こうして間近で見ると、トローネ、ガレット両氏がルチア様に使えているというのがよく分かる。
初めは二人が保護者のような存在なのかとも思ったが、どうやら力関係はルチア様の方が上のようで、常に二人が彼女に対して意識を向けているのだ。
おそらく陛下もそのことを分かっていて、ルチア様に話しかけたのだろう。
「んぐんぐ……(ゴクン)。んぱぁー」
口の中が空になったのをトローネ様に見せる姿は、凄まじい力をその見に宿しているとは思えないほど可愛らしい。
「はい、大丈夫です」
「ン! じゃあ、えっと、ジミーと一緒にいるのはねー、お腹がいっぱいになるからだよ!」
(よだれ垂れてる……可愛い……)
何故か決め顔でお腹をポンポンと叩く彼女だが、その仕草といい、口の端から垂れてる涎といい、全く決まっていなかった。
今なんて運ばれてくる皿に目移りしている始末だ。
「ほう、そうであるか。そういえば、コルトー殿は非常に多くの魔素を保有していたのだったな」
そう言って陛下がジミーに視線を移した。
だが、それは彼自身知らないことだ。
「へ?」と言った感じで一瞬呆けた後、彼は当然陛下に聞き返す。
「陛下、それはどういうことでしょうか?」
「おや? 聞いておらぬのか。確か……ノーニャが種族検査と魔力測定を行ったと聞いていたが。結果を聞いていなかったのかね?」
聞いているはずなどある分けがない。
そもそもそれらの検査をやったことすら知らないはずだ。
なぜなら……。
(私が話していないのだから!)
ノーニャは強く唇を噛みしめる。
もともとは結果を教えることも考えていた。
だが、とても教えられるような結果ではなかったのだ。
(しかしなぜ陛下は今更そんなことを……。しかも簡易検査ではなく、あえて種族検査という俗称を言うなんて……)
もともと魔力測定が開発される以前、今の簡易検査が魔力測定として用いられていた。
だが、それは非常に大雑把かつ不正確だったのだ。
その理由は長い間謎のままだったが、研究者たちの努力により魔力測定が開発されたことで判明した。
現在簡易検査は、あらゆる種族が共通して持つ魔力容器の数を表しているとされている。
そして数が同じであっても、容器の大きさに種族内で違いがあるため、かつての魔力検査では検査結果が不正確になってしまっていたのだった。
そこで新しい検査法を魔力検査とする一方、魔力容器の数が同種族内で同じになることを利用し、元々の魔力検査を種族確定のための簡易検査としたのだが……ハーフなどの種族差別が酷くなったため、ヒューマン以外では特に種族検査という呼び方がされていた。
「いえ、そもそも検査をした覚えなんて…………あ」
きっと、私が適当な理由をつけて血液を貰ったりした時のことを思い出しているに違いない。
「心当たりがあるようだな」
「ええ、ですが、そんなこと一言も……」
(ああ……ジミーが驚いたような、悲しいような、そんな顔で私を見てる……)
謝らなければ。
今謝らなければ、彼が遠くへ行ってしまう気がする。
「ぁ……」
「それはそうでしょう。コルトー殿の秘密を解き明かすのが、彼女の楽しみなのですから」
謝ろうと口を開きかけた時、図ったかのようにイヴァン兄様が口を出してきた。
彼の言い方はまるで、私がジミーをオモチャか何かのように思っているかのようで……。
(!?)
ジミーの表情の変化に思わず息を呑んだ。
殆ど変化がないように見えるが、毎日見ていたせいか分かってしまう。
彼の中で、私がノンノからノーニャへと変わってしまった気がしたのだ。
「ぅ……ぁぅ……」
下を向いて、前髪で表情を隠す。
私は、今にも泣き出しそうだった。
嗚咽が漏れそうなのを我慢する……息が詰まりそうだ。
「そもそもおかしいとは思いませんでしたか? なぜ遠く離れた異国の皇族が、体を張ってまで会ったこともないご自分を助けに来たのだろうか、と」
なぜ、兄様は私を虐めるのだろう?
なぜ、陛下は私を助けてくれないのだろう?
なぜ、私はあの時彼に嘘をついたのだろう?
(なぜ……なぜ……なぜ…………)
私は誰も見方の居なくなった世界に、ぽつんと座っていた。
色が薄れ、歪んでいる。
こんな気持になるくらいなら、彼に興味なんて持つんじゃなかった……。
こんなことなら、精霊門まで使って彼を助けに行くんじゃなかった……。
彼にあの目で見られるのが怖い……。
彼と一緒にいるのが怖い……。
彼が……彼が、居るのが……怖い。
◆ ◆ ◆
「これは何?」
ある日の食事の際、見慣れない金属の棒が置いてあった。
それはナイフの先端が丸くなったようなものと、棘のようになったものだった。
「それらは、西方のセント王国において今急速に普及しているスプーンとフォークという物で、食事の際に用いるそうです」
「ふーん……」
特に使い方も必要性も感じなかった私は、説明を聞きながらスプーンをくるくると回していた。
「そして彼らは、それらとナイフを組み合わせ、テーブルマナーなるものを競い習得していると聞きます」
「デーブルマナー?」
またしても聞いたことのない言葉。
先を促すように給仕を見る。
「何でも、食事をより美味に、より愉快にする決まり事だそうです。それを食事の席で行うことにより、食事というものが全く別物のように映るのだとか」
なんだかよくわからないが、彼女の言葉を聞く限り試してみたくなる不思議な魅力を感じたのだった。
「そう、じゃあ、私もやってみようかな。誰か詳しい人が居るの?」
「いえ、テーブルマナーについて書かれた書物があるのです。嘘か誠か、なんでもその書やスプーン、フォークを提案して広めたのは一歳児なのだとか」
「一歳児? そんな馬鹿なこと……」
ありえない。
神童と呼ばれている私ですら、書物を書くことはもちろん、テーブルマナーなるものを作り出すなんて到底出来そうにないのだ。
私よりも幼い子供が考えたなんて、どこぞのホラ吹きか親馬鹿の妄言だろう。
「私もそう思いましたが、どうやらその子供、コルトー家の嫡男だそうです」
「ああ、あの」
少し前、悪魔付きとして有名だった侯爵家の第一子である。
彼の風聞の中に確か、生まれつき異常な賢さを持っているというのがあったはずだ。
「では侯爵がそんな出鱈目を?」
「いえ、話を広めているのは、その子供と面会した貴族や職人が主だとか」
それを聞いた私は、今度は興味ありげに「ふーん」と言って彼女に更なる情報を求めるのだった。
部屋に戻った私は、使用人の持ってきた“テーブルマナーの基礎”という本を呼んでいた。
「なにこれ……面白い!」
私が普段本を読む時というのは、全く“知らない”ことを知るためなのが殆どで、後はせいぜい宗教書で儀式の確認をするくらいだ。
だがその本には、食事という既に“知っている”ことの視点を変えることで、未知の、しかもより魅力的なものへと変えてしまい、好奇心や探究心を沸き立たせる力があった。
(こんなものを本当に一才の子が? もし本当なら会ってみたい!)
私はその後、専ら彼について自分なりに情報を集めることが楽しみとなっていた。
私は彼の話が入ってくる度にワクワクさせられ、周囲から神童と言われて育った自分と重なる彼に対し、会ったこともないのにどこか親近感のようなものを抱いてすらいたのだ。
今思えばこの頃から既に、彼のことが特別な何かに感じられていたのだと思う。
「いつか会えるかな……」
それはそう遠くない未来に、彼の暗殺計画を知ったことで叶うのだが、その時の私はまだ知る由もなかった。
床には豪奢な絨毯が幾枚も敷かれ、壁面はタペストリーや垂れ布で飾り付けられている。
昼間にも関わらず若干薄暗いその空間には、既に多くの食事が床に敷かれた布の上に並べられている。
(これは未だに慣れないな)
帝国では料理を敷物の上に並べ、あぐらをかいて食事するのだそうだ。
普段の食事などは客室のテーブルで摂るため、こういった様式はそれこそ会食で数回経験しただけだった。
初めての会食では「インドとかって、どんなマナーだっけ?」などと焦ったものだが、転生前は畳のある家だったこともありなんとか見苦しい振る舞いはせずにすんでいる……と思う。
私達は案内された場所へと各々移動する。
(第三皇子が来ませんように、第三皇子が来ませんように、第三皇子が来ませんように)
入り口の方へ向かって念を送っていると、皇帝達が到着したのか使用人によって扉が開かれた。
入ってきたのは皇帝ラージャ・ウェルニッケとノーニャ……そして、第三皇子のイヴァン・ウェルニッケだった。
(あー、来ちゃったよ……)
私は帰りたい衝動を押さえながら、皇帝に促されて着席する。
(今回は一体何を聞かれるやら)
今までの会食でも、セント王国やコルトー家のことから私のことまで色々と探られてきたが、年齢などを盾に知らぬ存ぜぬで誤魔化してきた。
(まぁ、実際は本当に知らないことが多すぎて、誤魔化したことなんて殆ど無いけど)
ただ今回はドリュアス達もいるため、彼女達に聞かれたら誤魔化しようがない。
一応彼女達には前もって、なるべく穏便に、だけど余計なことは喋らないようにと良い含めてあるけれど……。
(不安だ……)
さて、どうするかと考えながら私は皇帝の挨拶を聞くのだった。
◆ ◆ ◆
会食は拍子抜けするほど何事もなく進んでいた。
(初めは陛下や兄様がかなり踏み込んでいくと思っていたけど……)
やはり、あの文官がジミー達に害意がないと報告したのが大きいのだろうが、だからと言ってそれをそのまま信じる二人ではない。
この憲法術数渦巻く宮中においては、私を含め皇族全員が相手の言葉を額面通り受け取ることの危険性を理解しているのだから。
だからこそ、私は皇帝とイヴァンが動かないことが不思議でならなかった。
(ジミーは呑気に食事してるし……)
彼はここまで何事もなくすんでいるためか、気を抜いて食事を楽しみ始めているようだった。
(というか、彼女達になんて格好をさせてるのよ、アイツー!)
この場に来た時に一番驚いたことは彼女達の服装だ。
踊り子の衣装とは言え、布面積的には娼婦と大差ないのだから。
(後で絶対とっちめてやるんだから!)
陛下たちも、あまりにこの場に相応しくない服装なので、一瞬表情が変わったほどだった。
今まであまり話しが進まなかったのは、もしかしたらそのせいかも知れない。
だが、このままで終わるはずがないことはわかるが、幼く経験の浅い自分では、彼らが何を狙っているのかがわからなかった。
「ところでルチア殿、出会って間もないと聞くが、なぜコルトー殿と一緒におられるのかな?」
二人の思惑に考えを巡らしていると、陛下が動いた。
「ん?」
ルチア様が口いっぱいに食べ物を入れて顔を上げる。
今までずっと食べることに終止していたのか、大量の皿が片付けられ、彼女の周囲には次から次へと新しい食事が運ばれていた。
「ほぇふぁえー、おぁあえっはぇえはんかあぁお」
「ルチア様、一度口の中のものを食べきってしまいましょうか」
隣のトローネ様が、詰め込みすぎて喋れないルチア様に進言する。
薄々感じてはいたが、こうして間近で見ると、トローネ、ガレット両氏がルチア様に使えているというのがよく分かる。
初めは二人が保護者のような存在なのかとも思ったが、どうやら力関係はルチア様の方が上のようで、常に二人が彼女に対して意識を向けているのだ。
おそらく陛下もそのことを分かっていて、ルチア様に話しかけたのだろう。
「んぐんぐ……(ゴクン)。んぱぁー」
口の中が空になったのをトローネ様に見せる姿は、凄まじい力をその見に宿しているとは思えないほど可愛らしい。
「はい、大丈夫です」
「ン! じゃあ、えっと、ジミーと一緒にいるのはねー、お腹がいっぱいになるからだよ!」
(よだれ垂れてる……可愛い……)
何故か決め顔でお腹をポンポンと叩く彼女だが、その仕草といい、口の端から垂れてる涎といい、全く決まっていなかった。
今なんて運ばれてくる皿に目移りしている始末だ。
「ほう、そうであるか。そういえば、コルトー殿は非常に多くの魔素を保有していたのだったな」
そう言って陛下がジミーに視線を移した。
だが、それは彼自身知らないことだ。
「へ?」と言った感じで一瞬呆けた後、彼は当然陛下に聞き返す。
「陛下、それはどういうことでしょうか?」
「おや? 聞いておらぬのか。確か……ノーニャが種族検査と魔力測定を行ったと聞いていたが。結果を聞いていなかったのかね?」
聞いているはずなどある分けがない。
そもそもそれらの検査をやったことすら知らないはずだ。
なぜなら……。
(私が話していないのだから!)
ノーニャは強く唇を噛みしめる。
もともとは結果を教えることも考えていた。
だが、とても教えられるような結果ではなかったのだ。
(しかしなぜ陛下は今更そんなことを……。しかも簡易検査ではなく、あえて種族検査という俗称を言うなんて……)
もともと魔力測定が開発される以前、今の簡易検査が魔力測定として用いられていた。
だが、それは非常に大雑把かつ不正確だったのだ。
その理由は長い間謎のままだったが、研究者たちの努力により魔力測定が開発されたことで判明した。
現在簡易検査は、あらゆる種族が共通して持つ魔力容器の数を表しているとされている。
そして数が同じであっても、容器の大きさに種族内で違いがあるため、かつての魔力検査では検査結果が不正確になってしまっていたのだった。
そこで新しい検査法を魔力検査とする一方、魔力容器の数が同種族内で同じになることを利用し、元々の魔力検査を種族確定のための簡易検査としたのだが……ハーフなどの種族差別が酷くなったため、ヒューマン以外では特に種族検査という呼び方がされていた。
「いえ、そもそも検査をした覚えなんて…………あ」
きっと、私が適当な理由をつけて血液を貰ったりした時のことを思い出しているに違いない。
「心当たりがあるようだな」
「ええ、ですが、そんなこと一言も……」
(ああ……ジミーが驚いたような、悲しいような、そんな顔で私を見てる……)
謝らなければ。
今謝らなければ、彼が遠くへ行ってしまう気がする。
「ぁ……」
「それはそうでしょう。コルトー殿の秘密を解き明かすのが、彼女の楽しみなのですから」
謝ろうと口を開きかけた時、図ったかのようにイヴァン兄様が口を出してきた。
彼の言い方はまるで、私がジミーをオモチャか何かのように思っているかのようで……。
(!?)
ジミーの表情の変化に思わず息を呑んだ。
殆ど変化がないように見えるが、毎日見ていたせいか分かってしまう。
彼の中で、私がノンノからノーニャへと変わってしまった気がしたのだ。
「ぅ……ぁぅ……」
下を向いて、前髪で表情を隠す。
私は、今にも泣き出しそうだった。
嗚咽が漏れそうなのを我慢する……息が詰まりそうだ。
「そもそもおかしいとは思いませんでしたか? なぜ遠く離れた異国の皇族が、体を張ってまで会ったこともないご自分を助けに来たのだろうか、と」
なぜ、兄様は私を虐めるのだろう?
なぜ、陛下は私を助けてくれないのだろう?
なぜ、私はあの時彼に嘘をついたのだろう?
(なぜ……なぜ……なぜ…………)
私は誰も見方の居なくなった世界に、ぽつんと座っていた。
色が薄れ、歪んでいる。
こんな気持になるくらいなら、彼に興味なんて持つんじゃなかった……。
こんなことなら、精霊門まで使って彼を助けに行くんじゃなかった……。
彼にあの目で見られるのが怖い……。
彼と一緒にいるのが怖い……。
彼が……彼が、居るのが……怖い。
◆ ◆ ◆
「これは何?」
ある日の食事の際、見慣れない金属の棒が置いてあった。
それはナイフの先端が丸くなったようなものと、棘のようになったものだった。
「それらは、西方のセント王国において今急速に普及しているスプーンとフォークという物で、食事の際に用いるそうです」
「ふーん……」
特に使い方も必要性も感じなかった私は、説明を聞きながらスプーンをくるくると回していた。
「そして彼らは、それらとナイフを組み合わせ、テーブルマナーなるものを競い習得していると聞きます」
「デーブルマナー?」
またしても聞いたことのない言葉。
先を促すように給仕を見る。
「何でも、食事をより美味に、より愉快にする決まり事だそうです。それを食事の席で行うことにより、食事というものが全く別物のように映るのだとか」
なんだかよくわからないが、彼女の言葉を聞く限り試してみたくなる不思議な魅力を感じたのだった。
「そう、じゃあ、私もやってみようかな。誰か詳しい人が居るの?」
「いえ、テーブルマナーについて書かれた書物があるのです。嘘か誠か、なんでもその書やスプーン、フォークを提案して広めたのは一歳児なのだとか」
「一歳児? そんな馬鹿なこと……」
ありえない。
神童と呼ばれている私ですら、書物を書くことはもちろん、テーブルマナーなるものを作り出すなんて到底出来そうにないのだ。
私よりも幼い子供が考えたなんて、どこぞのホラ吹きか親馬鹿の妄言だろう。
「私もそう思いましたが、どうやらその子供、コルトー家の嫡男だそうです」
「ああ、あの」
少し前、悪魔付きとして有名だった侯爵家の第一子である。
彼の風聞の中に確か、生まれつき異常な賢さを持っているというのがあったはずだ。
「では侯爵がそんな出鱈目を?」
「いえ、話を広めているのは、その子供と面会した貴族や職人が主だとか」
それを聞いた私は、今度は興味ありげに「ふーん」と言って彼女に更なる情報を求めるのだった。
部屋に戻った私は、使用人の持ってきた“テーブルマナーの基礎”という本を呼んでいた。
「なにこれ……面白い!」
私が普段本を読む時というのは、全く“知らない”ことを知るためなのが殆どで、後はせいぜい宗教書で儀式の確認をするくらいだ。
だがその本には、食事という既に“知っている”ことの視点を変えることで、未知の、しかもより魅力的なものへと変えてしまい、好奇心や探究心を沸き立たせる力があった。
(こんなものを本当に一才の子が? もし本当なら会ってみたい!)
私はその後、専ら彼について自分なりに情報を集めることが楽しみとなっていた。
私は彼の話が入ってくる度にワクワクさせられ、周囲から神童と言われて育った自分と重なる彼に対し、会ったこともないのにどこか親近感のようなものを抱いてすらいたのだ。
今思えばこの頃から既に、彼のことが特別な何かに感じられていたのだと思う。
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