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第一章 砂漠の姫君
会食、紳士はその時
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会食は拍子抜けするほど何事もなく進んでいた。
(気にしすぎだったかな?)
迂闊にもそう思ってしまうほど皇帝と第三皇子は大人しく、食事がいつもよりも美味しいこともあって気が緩んでいた。
だが私はもっと警戒しておくべきだったのだ……。
それは、皇帝の一言から始まった。
「そういえば、コルトー殿は非常に多くの魔素を保有していたのだったな」
(は? 魔素? 一体何のことだ?)
全く見に覚えのない情報。
魔素という聞きなれない単語。
私は、半ば反射的に聞き返していた。
「陛下、それはどういうことでしょうか?」
「おや? 聞いておらぬのか。確か……ノーニャが種族検査と魔力測定を行ったと聞いていたが。結果を聞いていなかったのかね?」
一体全体どういうことだろうか。
私は殆ど食事に割かれていた思考をストップし、考える。
(姫様からはそんな検査をするだなんて話、一度も聞いたことが無い。だけどなぜか、私の検査結果とやらを皇帝が知っている……)
皇帝がカマをかけている……のは考えにくい。
私の年齢や略歴を知っているのだろうから、本人が知っているかも怪しい内容を、娘の信用を貶めてまでカマかけするのは阿呆のすることだ。
皇帝ともあろう人物が、大した理由も無しに身内を消費なんてしないだろう。
後は皇帝か姫様のどちらか、或いは両方がこっそり検査していた場合だが……。
「いえ、そもそも検査をした覚えなんて……」
(そもそも検査方法がわからないと、されたのかどうかもわからないか……。まあでも、検査って言うと大体機械で何かしたり、画像撮ったり、あとは血液……)
「……あ」
「心当たりがあるようだな」
確かに採ったといえば採ったが……。
(あれは“血を採った”と言っていいのか?)
以前姫様と中庭を歩いていた時に、バラによく似た植物があったので触ろうとして……噛じられたのだ。
ウィミックという魔物の一種らしいが、どこにでも自然発生するので偶に噛じられることがあるのだとか。
因みに初エンカウントした魔物は、姫様の踏みつけ攻撃で瞬殺された。
私は噛まれた時に指を怪我してしまっていたので、姫様が持っていた紙テープみたいな物を巻いてもらったのだが、それが何度変えても血に触れる端から一瞬で真っ赤になり切れてしまって、一向に巻けなかったのだ。
そしてその時に、姫様が「ごめんなさい。しょうがないから医務室に行きましょう」と言ってテープの残骸を使用人に渡していたのだが……あんなもので検査などできるのだろうか?
(DNA検査は流石に無いだろうし、違うと思うけど)
「ええ、ですが、そんなこと一言も……」
(言っていないし、そうとも思えないが……)
まあどうせ勘違いだろうと姫様を見ると、まるで「私やりました」と言わんばかりに表情を曇らせ、唇を噛み締めていた。
(嘘、でしょ……)
あまりに以外過ぎて、驚いたらいいのか、悲しんだらいいのか、怒ったらいいのか、よくわからない。
(でも、どうして?)
当然理由が気になった。
私は彼女が表裏のある人間じゃないと思っていたし、それならば言えない理由があったのではないか、と。
何か言おうとしているのか、唇が僅かに震えた……。
しかし、その時横から茶々が入った。
「それはそうでしょう。コルトー殿の秘密を解き明かすのが、彼女の楽しみなのですから」
第三豚皇子の言葉は、まるで私のことを謎の詰まった、面白いオモチャとしか見ていないような発言だった。
彼女の表情は殆ど変わらない。
だが、数ヶ月の間毎日のように一緒にいたせいか、わかってしまう。
彼女は僅かに瞳を震わたのだ。
(今はどうか知らないが、そういう時があった、ということか……)
そういう扱いを受けたことは以前にもあった。世界が変わる前だ。
そういう人間に会う度、反応すること自体が彼らの餌になるのだと気がつくのに時間がかかったものの、気付いてからは彼らに一切の興味を無くすように癖をつけ……。
かつての事を思い出していたせいか、無意識に前世と同じ対応を姫様にしようとしていた。
(おっと、いけない、いけない)
はたと気がつくと、姫様は俯き身体をほんの僅かに震わせていた。
(やっぱり私はダメダメだな。紳士どころか、前世に引きずられてジェイムス・コルトーにすら成れていないじゃないか)
自分の愚かさ故にまた悲しませてしまったのかと反省し、彼女へ「大丈夫、心配しなくていい」と声をかけようとする。
「そもそもおかしいとは思いませんでしたか? なぜ遠く離れた異国の皇族が、体を張ってまで会ったこともないご自分を助けに来たのだろうか、と」
だがまたしても、見計らったかのようなタイミングで、第三顔面ミミガー様が邪魔をしてくれる。
(こいつ、キモいだけじゃなくて……ウザいな)
奴を一瞥し、再び姫様を見る。
「な!?」
彼女に視線を戻した私は、とんでもないものを目にした。
「浮いてる……」
姫様は、ボッボッボッボッボッと小さな炎を断続的に周囲へ出し、地面から一メートルほど浮遊していたのだ。
髪に隠れてよく見えないが、彼女は意識がないようで、空中でぐったりとしている。
「いったいどうしたって言うんだ?」
何が起きているのかわからない上、どうしたらいいのかも全くわからず、焦りと混乱で次第に頭が回らなくなっていく。
この状況を引き起こした張本人である皇帝と皇子は、自分達だけ兵士に囲まれてそそくさと遠ざかっていた。
こうなることを予想していたのか、二人の表情には驚きや焦燥はもちろんのこと、姫様を心配する気持ちなど無いように見える。
(家族なのに……)
そんな彼らの非道さに怒りまで湧き上がってきた。
頭の中がゴチャゴチャする。
(いったいどうしたらいいんだ!?)
「ジミー様、落ち着いて下さい」
トローネが肩に手を置いて、私を落ち着かせる。
「あれは精霊の暴走」
ガレットがそう言って姫様を指差す。
「精霊の暴走?」
「はい。自我のない低位の者は、契約者が精神的に激しく動揺するとそれを増幅、呼応してしまい、契約者の精神的安定が得られるまで原因を排除しようと暴走するのです」
トローネの言うとおりならば、暴れないように落ち着くまで抑えていればいいことになるが……。
はたしてそれでいいのだろうか?
姫様は炎を出しながら自分をも傷つけているようにも見えるのだ。
「トローネ、落ち着くまで待てば、元通りになるの?」
「いえ、そもそも原因がなくならないと収まりませんし、時間が立つほど彼女の身体も、精神も、精霊すらもすり減っていきます」
(それを早く言ってよ!)
彼女に文句を言っていても姫様は治らないので、文句は心の中に留めておく。
「トローネ達なら治せる?」
「私達がやると彼女の精霊を消滅させることになりますが、よろしいですか?」
「それは……」
精霊よりも命のほうが大事だと言ってしまえばそれまでだが、この精霊信仰の厚い国で精霊を失うということは、どういう意味を持つだろうか。
きっとあまりいい扱いはされないことは想像に難くない。
それに、彼女が末子にも関わらずある程度の自由を許されているのは、実のところ精霊を宿しているからではないかと思うのだ。
そんな彼女から精霊を取り去る……?
(できればやりたくないな)
「他に方法はないの?」
彼女もその精霊も傷つかない方法。
彼女達に出来ない時点で、あまりいい答えを期待できまいことは分かっていたが、聞かずにはいれなかった。
「…………」
(ダメか……)
「じゃあ、もう精霊を――」
「あるよー?」
もう、精霊を消滅させてでも彼女を助けてもらおうとした私に、以外なところから求めていた答えが返ってきた。
「ルチアが? え、ホントに?」
「むぅ……やっぱり知らない!」
へちゃむくれモードに移行して、そっぽを向いてしまうルチア。
(しまった!)
あまりに予想外だったので、思わず彼女を疑ってしまった。
「ごめん、ごめん」と言いながら頬を押して怒気を排気し、頭を五割増しでよしよしする。
「もー、しょーがないな~。えっとねー、……」
彼女が話す気になってくれたことで、私は小さくグッと手を握る。
これでなんとかなると思ったのだが、ルチアの話が進むに従って、私は嫌な汗が溢れてくるのを感じた。
「だからね、あの人の精霊をぐいってやって、ぐって押し込んで、落ち着いたら、また出してぐってするの」
要約すると、姫様の精霊を引っ張り出し、彼女が落ち着いたら戻すのだとか。そして引っ張り出した精霊は霧散しないよう一時的に私が肩代わりして、後で彼女に返せばいいらしい。
「そもそも、精霊を移動させたりとか、そんなこと出来ないんだけど?」
それができるなら世話ないし、初めからやっている。
「えー、またー? もぅ、しょーがないなー」
そう言うと、徐ろに後ろへと回り込むルチア。
(ああ、またこれか……)
致し方ないとは言え、正直やりたくない。
ドスッ
彼女は声をかけること無く、両手の人差し指を私の側頭部に突き立てる。
「ぴみょっ!?」
また変な声が出るが、誰も気にしないでいてくれるのが、ありがたい。
「じゃーいくよ?」
そう言うと彼女は、私を操って姫様の近くまで行く。
近づいていくに従い様々な炎の攻撃が襲ってくるが、ドリュアスの二人が全て捌いてくれていた。
「んと、じゃあまず……こうやって……えい!」
私は肉体ではない何かを使って、力尽くで薄ピンクのモヤみたいなものを引き抜く。
すると、今まで狂ったように攻撃していた姫様が大人しくなって、スッと崩れ落ちた。
「あ!」
「大丈夫」
高さはそれ程でもないが、意識がなさそうだったので、落ち方によっては危険だろうと心配したが、ガレットが受け止めてくれた。
「ありがとうございます。大丈夫そうですか?」
「多少火傷があるけど問題ない。治しとく」
「よかった……じゃあ、お願ぁげぎっ!」
姫様が無事で安堵していると、急に首を動かされる。
「まだ途中だから、余所見はメッ!」
怒られてしまった。
不安定な精霊をこのままにしておくのは危険らしいので、ルチアの言うこともわかるが……。
(もうちょっと優しくして欲しい)
今ので首から変な音がした気がするので、後で誰かに診てもらおう……。
「じゃあ、これ、入れとくね」
そういって私、というか彼女は精霊を私の体の中へ入れていく。
精霊はほんのり温かく、スープを飲んだ時のように一瞬ポッと体が熱くなると、じんわり引いていき何も感じなくなった。
「ハイ、お終い! ン!」
指を引き抜くと、ルチアは頭を私に見せてくる。
「撫でれ」ということだろう。
「ん、ありがとうね。よしよしよしよしよしよし」
いつもの三倍撫でてあげた。
「んふふ~」
頬に手を当ててニマニマしている。
満足そうで何よりだ。
「じゃあ、姫様をどこか休める場所に運ぼうか」
紳士としては眠っている女性に触れるのは憚られたので、トローネに彼女を抱き上げてもらう。
そして、遠巻きにこちらを窺う兵士達を横目に私達は会場をあとにしたのだった。
(気にしすぎだったかな?)
迂闊にもそう思ってしまうほど皇帝と第三皇子は大人しく、食事がいつもよりも美味しいこともあって気が緩んでいた。
だが私はもっと警戒しておくべきだったのだ……。
それは、皇帝の一言から始まった。
「そういえば、コルトー殿は非常に多くの魔素を保有していたのだったな」
(は? 魔素? 一体何のことだ?)
全く見に覚えのない情報。
魔素という聞きなれない単語。
私は、半ば反射的に聞き返していた。
「陛下、それはどういうことでしょうか?」
「おや? 聞いておらぬのか。確か……ノーニャが種族検査と魔力測定を行ったと聞いていたが。結果を聞いていなかったのかね?」
一体全体どういうことだろうか。
私は殆ど食事に割かれていた思考をストップし、考える。
(姫様からはそんな検査をするだなんて話、一度も聞いたことが無い。だけどなぜか、私の検査結果とやらを皇帝が知っている……)
皇帝がカマをかけている……のは考えにくい。
私の年齢や略歴を知っているのだろうから、本人が知っているかも怪しい内容を、娘の信用を貶めてまでカマかけするのは阿呆のすることだ。
皇帝ともあろう人物が、大した理由も無しに身内を消費なんてしないだろう。
後は皇帝か姫様のどちらか、或いは両方がこっそり検査していた場合だが……。
「いえ、そもそも検査をした覚えなんて……」
(そもそも検査方法がわからないと、されたのかどうかもわからないか……。まあでも、検査って言うと大体機械で何かしたり、画像撮ったり、あとは血液……)
「……あ」
「心当たりがあるようだな」
確かに採ったといえば採ったが……。
(あれは“血を採った”と言っていいのか?)
以前姫様と中庭を歩いていた時に、バラによく似た植物があったので触ろうとして……噛じられたのだ。
ウィミックという魔物の一種らしいが、どこにでも自然発生するので偶に噛じられることがあるのだとか。
因みに初エンカウントした魔物は、姫様の踏みつけ攻撃で瞬殺された。
私は噛まれた時に指を怪我してしまっていたので、姫様が持っていた紙テープみたいな物を巻いてもらったのだが、それが何度変えても血に触れる端から一瞬で真っ赤になり切れてしまって、一向に巻けなかったのだ。
そしてその時に、姫様が「ごめんなさい。しょうがないから医務室に行きましょう」と言ってテープの残骸を使用人に渡していたのだが……あんなもので検査などできるのだろうか?
(DNA検査は流石に無いだろうし、違うと思うけど)
「ええ、ですが、そんなこと一言も……」
(言っていないし、そうとも思えないが……)
まあどうせ勘違いだろうと姫様を見ると、まるで「私やりました」と言わんばかりに表情を曇らせ、唇を噛み締めていた。
(嘘、でしょ……)
あまりに以外過ぎて、驚いたらいいのか、悲しんだらいいのか、怒ったらいいのか、よくわからない。
(でも、どうして?)
当然理由が気になった。
私は彼女が表裏のある人間じゃないと思っていたし、それならば言えない理由があったのではないか、と。
何か言おうとしているのか、唇が僅かに震えた……。
しかし、その時横から茶々が入った。
「それはそうでしょう。コルトー殿の秘密を解き明かすのが、彼女の楽しみなのですから」
第三豚皇子の言葉は、まるで私のことを謎の詰まった、面白いオモチャとしか見ていないような発言だった。
彼女の表情は殆ど変わらない。
だが、数ヶ月の間毎日のように一緒にいたせいか、わかってしまう。
彼女は僅かに瞳を震わたのだ。
(今はどうか知らないが、そういう時があった、ということか……)
そういう扱いを受けたことは以前にもあった。世界が変わる前だ。
そういう人間に会う度、反応すること自体が彼らの餌になるのだと気がつくのに時間がかかったものの、気付いてからは彼らに一切の興味を無くすように癖をつけ……。
かつての事を思い出していたせいか、無意識に前世と同じ対応を姫様にしようとしていた。
(おっと、いけない、いけない)
はたと気がつくと、姫様は俯き身体をほんの僅かに震わせていた。
(やっぱり私はダメダメだな。紳士どころか、前世に引きずられてジェイムス・コルトーにすら成れていないじゃないか)
自分の愚かさ故にまた悲しませてしまったのかと反省し、彼女へ「大丈夫、心配しなくていい」と声をかけようとする。
「そもそもおかしいとは思いませんでしたか? なぜ遠く離れた異国の皇族が、体を張ってまで会ったこともないご自分を助けに来たのだろうか、と」
だがまたしても、見計らったかのようなタイミングで、第三顔面ミミガー様が邪魔をしてくれる。
(こいつ、キモいだけじゃなくて……ウザいな)
奴を一瞥し、再び姫様を見る。
「な!?」
彼女に視線を戻した私は、とんでもないものを目にした。
「浮いてる……」
姫様は、ボッボッボッボッボッと小さな炎を断続的に周囲へ出し、地面から一メートルほど浮遊していたのだ。
髪に隠れてよく見えないが、彼女は意識がないようで、空中でぐったりとしている。
「いったいどうしたって言うんだ?」
何が起きているのかわからない上、どうしたらいいのかも全くわからず、焦りと混乱で次第に頭が回らなくなっていく。
この状況を引き起こした張本人である皇帝と皇子は、自分達だけ兵士に囲まれてそそくさと遠ざかっていた。
こうなることを予想していたのか、二人の表情には驚きや焦燥はもちろんのこと、姫様を心配する気持ちなど無いように見える。
(家族なのに……)
そんな彼らの非道さに怒りまで湧き上がってきた。
頭の中がゴチャゴチャする。
(いったいどうしたらいいんだ!?)
「ジミー様、落ち着いて下さい」
トローネが肩に手を置いて、私を落ち着かせる。
「あれは精霊の暴走」
ガレットがそう言って姫様を指差す。
「精霊の暴走?」
「はい。自我のない低位の者は、契約者が精神的に激しく動揺するとそれを増幅、呼応してしまい、契約者の精神的安定が得られるまで原因を排除しようと暴走するのです」
トローネの言うとおりならば、暴れないように落ち着くまで抑えていればいいことになるが……。
はたしてそれでいいのだろうか?
姫様は炎を出しながら自分をも傷つけているようにも見えるのだ。
「トローネ、落ち着くまで待てば、元通りになるの?」
「いえ、そもそも原因がなくならないと収まりませんし、時間が立つほど彼女の身体も、精神も、精霊すらもすり減っていきます」
(それを早く言ってよ!)
彼女に文句を言っていても姫様は治らないので、文句は心の中に留めておく。
「トローネ達なら治せる?」
「私達がやると彼女の精霊を消滅させることになりますが、よろしいですか?」
「それは……」
精霊よりも命のほうが大事だと言ってしまえばそれまでだが、この精霊信仰の厚い国で精霊を失うということは、どういう意味を持つだろうか。
きっとあまりいい扱いはされないことは想像に難くない。
それに、彼女が末子にも関わらずある程度の自由を許されているのは、実のところ精霊を宿しているからではないかと思うのだ。
そんな彼女から精霊を取り去る……?
(できればやりたくないな)
「他に方法はないの?」
彼女もその精霊も傷つかない方法。
彼女達に出来ない時点で、あまりいい答えを期待できまいことは分かっていたが、聞かずにはいれなかった。
「…………」
(ダメか……)
「じゃあ、もう精霊を――」
「あるよー?」
もう、精霊を消滅させてでも彼女を助けてもらおうとした私に、以外なところから求めていた答えが返ってきた。
「ルチアが? え、ホントに?」
「むぅ……やっぱり知らない!」
へちゃむくれモードに移行して、そっぽを向いてしまうルチア。
(しまった!)
あまりに予想外だったので、思わず彼女を疑ってしまった。
「ごめん、ごめん」と言いながら頬を押して怒気を排気し、頭を五割増しでよしよしする。
「もー、しょーがないな~。えっとねー、……」
彼女が話す気になってくれたことで、私は小さくグッと手を握る。
これでなんとかなると思ったのだが、ルチアの話が進むに従って、私は嫌な汗が溢れてくるのを感じた。
「だからね、あの人の精霊をぐいってやって、ぐって押し込んで、落ち着いたら、また出してぐってするの」
要約すると、姫様の精霊を引っ張り出し、彼女が落ち着いたら戻すのだとか。そして引っ張り出した精霊は霧散しないよう一時的に私が肩代わりして、後で彼女に返せばいいらしい。
「そもそも、精霊を移動させたりとか、そんなこと出来ないんだけど?」
それができるなら世話ないし、初めからやっている。
「えー、またー? もぅ、しょーがないなー」
そう言うと、徐ろに後ろへと回り込むルチア。
(ああ、またこれか……)
致し方ないとは言え、正直やりたくない。
ドスッ
彼女は声をかけること無く、両手の人差し指を私の側頭部に突き立てる。
「ぴみょっ!?」
また変な声が出るが、誰も気にしないでいてくれるのが、ありがたい。
「じゃーいくよ?」
そう言うと彼女は、私を操って姫様の近くまで行く。
近づいていくに従い様々な炎の攻撃が襲ってくるが、ドリュアスの二人が全て捌いてくれていた。
「んと、じゃあまず……こうやって……えい!」
私は肉体ではない何かを使って、力尽くで薄ピンクのモヤみたいなものを引き抜く。
すると、今まで狂ったように攻撃していた姫様が大人しくなって、スッと崩れ落ちた。
「あ!」
「大丈夫」
高さはそれ程でもないが、意識がなさそうだったので、落ち方によっては危険だろうと心配したが、ガレットが受け止めてくれた。
「ありがとうございます。大丈夫そうですか?」
「多少火傷があるけど問題ない。治しとく」
「よかった……じゃあ、お願ぁげぎっ!」
姫様が無事で安堵していると、急に首を動かされる。
「まだ途中だから、余所見はメッ!」
怒られてしまった。
不安定な精霊をこのままにしておくのは危険らしいので、ルチアの言うこともわかるが……。
(もうちょっと優しくして欲しい)
今ので首から変な音がした気がするので、後で誰かに診てもらおう……。
「じゃあ、これ、入れとくね」
そういって私、というか彼女は精霊を私の体の中へ入れていく。
精霊はほんのり温かく、スープを飲んだ時のように一瞬ポッと体が熱くなると、じんわり引いていき何も感じなくなった。
「ハイ、お終い! ン!」
指を引き抜くと、ルチアは頭を私に見せてくる。
「撫でれ」ということだろう。
「ん、ありがとうね。よしよしよしよしよしよし」
いつもの三倍撫でてあげた。
「んふふ~」
頬に手を当ててニマニマしている。
満足そうで何よりだ。
「じゃあ、姫様をどこか休める場所に運ぼうか」
紳士としては眠っている女性に触れるのは憚られたので、トローネに彼女を抱き上げてもらう。
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