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第一章 砂漠の姫君
砂漠
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私は今、砂漠のど真ん中を歩いていた。
日差しはだいぶ傾いていて、数時間もすれば日が落ちるだろう。
岩石砂漠に走る一本道をひたすら歩く。
「んうぅ……」
背中の姫様が身動ぎする。
私は彼女を背負い直すと出芽で作った日傘の角度を調整し、直射日光が当たらないようにした。
(ふぅ、なんとか日があるうちに休める場所を探さないとな)
水筒から水を一口飲み、また歩きだす。
なぜこんな場所にいるのかというと、サラマンドラの暴走を抑えた私は、その後神域の破壊と宮中での魔力行使を咎められて追放処分になったのだ。
まあ、どちらもやったかと言われれば、やったと言わざるをえないので罪を受けるのはいい。
(だけど、なんで姫様までこんな……。児童虐待どころじゃないぞ、あのクソ皇帝)
声に出すと消耗するので、心の中で皇帝に悪態をつく。
私が追い出される時、皇帝はまだ目覚めていない彼女をも一緒に追い出したのだ。
確か理由は精霊に見放されたとかなんとか言っていた気がするが、伝えに来たヒゲモジャのおっさんに殴りかからないようにするので精一杯で、細かい口上は覚えていない。
(精霊と言えば、あれからサラマンドラの気配を感じないな)
暴走していたのを取り込んでから、うんともすんとも言わないが大丈夫だろうか?
ルチアにわからされた方法を使って精霊の位置を探る。
(あー、いたいた。でもやけに弱ってんね)
精霊というものに触れてみてわかったのだが、彼らは基本的にエネルギー体のような存在らしい。
体の中で私が力を動かすと、風に揺れる蝋燭のようにゆらゆらと頼りなく揺れている。
(まあ、姫様が起きるまではそっとしておきますか)
「あ」
その時、休むのに丁度よさそうな岩が重なってできた場所を見つけた。
「なんとか見つけれてよかった」
出芽でベッドを二つ作り、その一つへ姫様をそっと寝かせる。
先程まで使っていた日傘もそうだが、歩いている最中に練習して、出芽による植物創造にもだいぶ慣れてきていた。
机を作り、水分の多い物と食べられる物をその上にまた作り出す。
あとは入り口をカモフラージュしつつ塞いで野営地の完成である。
着の身着のままで放り出されたにも関わらず、ここまで歩いてこれたのは偏にこの力のおかげであった。
(ルチア達にまた会う機会があったら、ちゃんとお礼を言わないとな)
彼女達とは帝都で別れている。
姫様と共に追放を告げられた後、彼女達が帝都に残る意思表示をしていることを伝えられたのだ。
だが、姫様のこともあって皇帝達を信用できなかった私は、すぐに面会を求めたのだが……。
びっくりするくらいあっさりと「残る!」なんてルチアに言われてしまい、面食らってそのまま別れを告げて出てきたのだ。
道中は帝都から離れるほど感じる現実感の無さが、砂漠の熱気と相まって私を朦朧とさせていた。
彼女達とは長く連れ添っているつもりだった私だが、こうして砂漠を彷徨いながら思い返してみると、合ってまだ一日と経っていないことに気がつく。
(ルチアなんて、なんだかずっと一緒にいたような気がしてたんだけどな……)
私の中では、生まれたときから知っている弟みたいな存在だった。
ルチア、トローネ、ガレット……彼女達のことが走馬灯のように順繰りに思い浮かんでは消えていく。
「まあ、別れることもあれば、出会うこともあるでしょ」
自分を励ますようにそう口にしてみるも、やはり寂しいものは寂しかった。
砂漠のど真ん中で話し相手もいない状況は、色々考えてしまってどうもいけない。
私は気分転換に外へ出る。
「うう、さむ」
結構時間が経ってしまっていたのか、空にはもう星が見え始めていた。
(こっちに来てまだ二年か……)
もっと時間が経っている気がしてならない。
それだけ密度が濃かったと言えば聞こえはいいが、その内容の過酷さは同年代の比ではないと思う。
そう、まだたったの二歳なのだ。
(なんで二歳児が人一人抱えて砂漠で彷徨ってるんだろう……)
改めて考えると、自分の置かれた現状が意味不明過ぎて泣けてくる。
私は溜め息をついて中へと戻ろうとした。
ヒュッ
風切り音がしたのでしゃがむと、頭の上を何かが通過していった。
すぐに野営場の中へ転がり込む。
(全く……子供二人砂漠に放り出してもまだ足りないのか)
予めこういう場合に備えて、穏便に対処するため考えていた物を作り出す。
そして姫様を守るために幾重にも壁を作り、私は星明りしかない薄暗い外へと飛び出した。
◆ ◆ ◆
ウェルニッケ帝国の非公式な特殊部隊の中に、その部隊はある。
誘拐、拷問、暗殺などを主な任務とするところは他の国の暗部と大差ないが、その部隊の構成員は全員精霊契約者であるという点で大きく違った。
貴重な精霊契約者のみで構成された部隊の力は凄まじく、今まで様々な任務を危なげなくこなしてきており、失敗したことなど一度もないほどである。
今回も、そんな数ある任務のうちの一つだった。
「隊長、ようやくですね」
「ああ。まったく……随分と遠くまで来てくれたせいで今日は泊まりだ」
今回の対象は子供が二人、着の身着のままで砂漠に放り出されていると聞いていたので、当初は手を出すまでもないと考えていた。
だが、片方の子供がどこからともなく色々なものを取り出し、砂漠の日差しも、喉の渇きも、乗り越えてしまったのだ。
しかも、子供とはいえ人一人抱えながら、日が落ちるまでかなりの速度で歩いていた。
それを目の前で見ていて、自分は目がおかしくなったんじゃないかと思ってしまったのは仕方がないだろう。
相手はどう見ても五、六歳の子供なのだから。
言い訳をするならば、子供の異常性に驚き、またそれを警戒していたために、こんな時刻になっても自分達は任務が果たせないでいた。
(お……一人だけ出てきたな)
標的の内、少女の方は道中眠り続けていたためあまり警戒はしていないが、万が一を考えるならば、二人が離れた時に仕掛けるのが道理だろう。
彼らの野営地を囲むようにして岩場の影に潜ませている部下たちへ、手信号で指示を伝える。
ヒュッ
少年が後ろを向いた瞬間、正面の岩影から仲間が矢を射た。
矢は真っ直ぐに彼の体へ吸い込まれていく。
(よし、あとは……)
矢には当然致死毒が塗ってあるため、「当たりさえすれば問題ない」と今度は少女に意識を向けようとした時、少年が矢を避けた。
(な、馬鹿な!?)
初めての経験だった。
あそこまで接近した矢を避けられるなど考えられない。
あるとするなら動きが筒抜けで読まれていた場合だが、今の今までこちらの動きが察知されていた節は全くなかったのだ。
ともすれば、彼は矢の音を聞いてから避けたのだろうか。
(いや、だがそんなこと……)
できるはずがない。
長くこういう仕事をしてきた自分ですら、不意打ちでは無理だと断言できる。
それを、あんな小さな少年がやるなど……。
「ありえない」
気づけばそう呟いてしまっていた。
少年は矢を避けた直後に野営場所へ逃げ込んだようである。
「隊長、どうしますか?」
「バレたところで袋のネズミだ、問題ない。戦闘準備!」
隊員たちが一斉に装備を整えていくが、その動作に焦りや動揺は見られない。
全員が淡々と流れるようにして用意をしている。
(よし、いつも通りだ。何も問題はない)
隊員達の様子を確認することで僅かに動揺した心を落ち着け、自分もまたルーチンの流れに沿って準備をしていく。
弓を置き、腕にスリングをはめてボルトをセット。
そして投擲物のパックとシミターを装備して、顔を上げ周りを見る。
隊員達はこちらと目が合った時に頷くことで、いつでも大丈夫であると示してきた。
(全員準備はできているな。じゃあ……行くか)
スっと手振りで戦闘開始の指示を出す。
各々が役割ごとに得意な武器を手にして、目標の隠れている場所へと足音を立てずに走っていく。
ドゴッ!
最初の一人が野営地に辿り着いたその瞬間、鈍い音を立てて吹き飛んだ。
だが、我々は止まらない。
普段から戦闘が始まった時点で目標達成を最優先にするよう訓練しているのだ。
仲間が吹き飛ばされた程度で反応する者は一人もいないだろう。
少年が飛び出してくる。
「「シッ!」」
部下が左右から切りかかった。
少年は回転するようにしてそれらを素手で逸らすと、一人の腕を掴んで誘導し、もう一人に斬りかからせた。
「ぐぅっ」
我々は隠密行動が求められることが多く、着ている物は殆ど布製なので、何の抵抗もなくシミターが部下の脇腹に突き刺さる。
ドサッ
ここで、我々は少年に対して近距離戦をすることを止めた。
彼は、どうやら近接戦闘に自信があるらしく、乱戦を望んでいると悟ったからだ。
少年がもう一人を処理しにかかる。
彼が流れるようにして体を回転させつつ巻き込み、いつの間にか奪い取った武器を背中に突き刺していた。
ドサッ
「かヒュッ。ヒュ、ュ――」
ご丁寧にも剣を引き抜くことで、完全に動けなくしている。
(それにしても、慣れすぎている……)
少年は、実戦が初めてではないようにしか見えなかった。
彼の技術は確かに並外れたものがあるが、それよりも驚愕すべきはその合理性である。
普通、初めて実戦に出たものは僅かにでも動きが鈍るものだし、的確に骨の隙間を狙うことも、狙う場所を選ぶこともしないものだ。
そして、無駄な動きの分だけ流れが悪くなる。
だが、彼の場合どうだろうか。
演武でも見せられているような澱み無いその動きは、一切の無駄が排されており、まるで歴史を継承する達人のようなのだ。
ヒュヒュッ
ヒュヒュッ
ヒュヒュッ
少年を遠巻きにして動きつつ、二方向から順番に攻撃していく。
再装填の時間をカバーしあうので隙は無い……はずだった。
ココン、ココン、ココンッ
「ぐっ」
彼はわずかに丸みを帯びた深緑の手甲を使い、投擲物を弾くのではなく、逸らしていた。
そのせいで投げる二人の位置によっては、逸らされた物が味方に当たってしまっている。
ココン、コンッ
シュッ
「ぁぐっ」
そして逸らされて同士討ちにならないよう位置取りを変えると、今度はこちらが投げた物を掴んで投げ返してきた。
(馬鹿な……。なんてことだ、これではもう……)
次々と戦闘不能になっていく部下達。
もう何人も残っていない。
直に我々は負けるだろう。
(だが……任務は達成されなければならない!)
残った部下と視線を交わし、一斉に少年へと突撃する。
と、少年は一瞬立ち止まり……全力で逃げ始めた。
(気づかれた!? くそっ!)
歩幅はこちらの方が圧倒的なはずなのに、次第に離されていく。
尋常ではない脚力によって土煙が立っているのか、先程から非常に視界が悪い。
それは、少年の姿を見失いそうになるほどだった。
(くっ、どこだ!?)
一際濃い砂埃に阻まれて、彼の姿を見失ってしまう。
コンっ
顎に軽い衝撃を感じた途端、視界が揺れ、崩れ落ちるように膝をつく。
首に何か柔らかいものが巻き付いた。
(や、やつが、いる……きば……く……を……)
そこで目の前が真っ暗になり、意識を失った。
日差しはだいぶ傾いていて、数時間もすれば日が落ちるだろう。
岩石砂漠に走る一本道をひたすら歩く。
「んうぅ……」
背中の姫様が身動ぎする。
私は彼女を背負い直すと出芽で作った日傘の角度を調整し、直射日光が当たらないようにした。
(ふぅ、なんとか日があるうちに休める場所を探さないとな)
水筒から水を一口飲み、また歩きだす。
なぜこんな場所にいるのかというと、サラマンドラの暴走を抑えた私は、その後神域の破壊と宮中での魔力行使を咎められて追放処分になったのだ。
まあ、どちらもやったかと言われれば、やったと言わざるをえないので罪を受けるのはいい。
(だけど、なんで姫様までこんな……。児童虐待どころじゃないぞ、あのクソ皇帝)
声に出すと消耗するので、心の中で皇帝に悪態をつく。
私が追い出される時、皇帝はまだ目覚めていない彼女をも一緒に追い出したのだ。
確か理由は精霊に見放されたとかなんとか言っていた気がするが、伝えに来たヒゲモジャのおっさんに殴りかからないようにするので精一杯で、細かい口上は覚えていない。
(精霊と言えば、あれからサラマンドラの気配を感じないな)
暴走していたのを取り込んでから、うんともすんとも言わないが大丈夫だろうか?
ルチアにわからされた方法を使って精霊の位置を探る。
(あー、いたいた。でもやけに弱ってんね)
精霊というものに触れてみてわかったのだが、彼らは基本的にエネルギー体のような存在らしい。
体の中で私が力を動かすと、風に揺れる蝋燭のようにゆらゆらと頼りなく揺れている。
(まあ、姫様が起きるまではそっとしておきますか)
「あ」
その時、休むのに丁度よさそうな岩が重なってできた場所を見つけた。
「なんとか見つけれてよかった」
出芽でベッドを二つ作り、その一つへ姫様をそっと寝かせる。
先程まで使っていた日傘もそうだが、歩いている最中に練習して、出芽による植物創造にもだいぶ慣れてきていた。
机を作り、水分の多い物と食べられる物をその上にまた作り出す。
あとは入り口をカモフラージュしつつ塞いで野営地の完成である。
着の身着のままで放り出されたにも関わらず、ここまで歩いてこれたのは偏にこの力のおかげであった。
(ルチア達にまた会う機会があったら、ちゃんとお礼を言わないとな)
彼女達とは帝都で別れている。
姫様と共に追放を告げられた後、彼女達が帝都に残る意思表示をしていることを伝えられたのだ。
だが、姫様のこともあって皇帝達を信用できなかった私は、すぐに面会を求めたのだが……。
びっくりするくらいあっさりと「残る!」なんてルチアに言われてしまい、面食らってそのまま別れを告げて出てきたのだ。
道中は帝都から離れるほど感じる現実感の無さが、砂漠の熱気と相まって私を朦朧とさせていた。
彼女達とは長く連れ添っているつもりだった私だが、こうして砂漠を彷徨いながら思い返してみると、合ってまだ一日と経っていないことに気がつく。
(ルチアなんて、なんだかずっと一緒にいたような気がしてたんだけどな……)
私の中では、生まれたときから知っている弟みたいな存在だった。
ルチア、トローネ、ガレット……彼女達のことが走馬灯のように順繰りに思い浮かんでは消えていく。
「まあ、別れることもあれば、出会うこともあるでしょ」
自分を励ますようにそう口にしてみるも、やはり寂しいものは寂しかった。
砂漠のど真ん中で話し相手もいない状況は、色々考えてしまってどうもいけない。
私は気分転換に外へ出る。
「うう、さむ」
結構時間が経ってしまっていたのか、空にはもう星が見え始めていた。
(こっちに来てまだ二年か……)
もっと時間が経っている気がしてならない。
それだけ密度が濃かったと言えば聞こえはいいが、その内容の過酷さは同年代の比ではないと思う。
そう、まだたったの二歳なのだ。
(なんで二歳児が人一人抱えて砂漠で彷徨ってるんだろう……)
改めて考えると、自分の置かれた現状が意味不明過ぎて泣けてくる。
私は溜め息をついて中へと戻ろうとした。
ヒュッ
風切り音がしたのでしゃがむと、頭の上を何かが通過していった。
すぐに野営場の中へ転がり込む。
(全く……子供二人砂漠に放り出してもまだ足りないのか)
予めこういう場合に備えて、穏便に対処するため考えていた物を作り出す。
そして姫様を守るために幾重にも壁を作り、私は星明りしかない薄暗い外へと飛び出した。
◆ ◆ ◆
ウェルニッケ帝国の非公式な特殊部隊の中に、その部隊はある。
誘拐、拷問、暗殺などを主な任務とするところは他の国の暗部と大差ないが、その部隊の構成員は全員精霊契約者であるという点で大きく違った。
貴重な精霊契約者のみで構成された部隊の力は凄まじく、今まで様々な任務を危なげなくこなしてきており、失敗したことなど一度もないほどである。
今回も、そんな数ある任務のうちの一つだった。
「隊長、ようやくですね」
「ああ。まったく……随分と遠くまで来てくれたせいで今日は泊まりだ」
今回の対象は子供が二人、着の身着のままで砂漠に放り出されていると聞いていたので、当初は手を出すまでもないと考えていた。
だが、片方の子供がどこからともなく色々なものを取り出し、砂漠の日差しも、喉の渇きも、乗り越えてしまったのだ。
しかも、子供とはいえ人一人抱えながら、日が落ちるまでかなりの速度で歩いていた。
それを目の前で見ていて、自分は目がおかしくなったんじゃないかと思ってしまったのは仕方がないだろう。
相手はどう見ても五、六歳の子供なのだから。
言い訳をするならば、子供の異常性に驚き、またそれを警戒していたために、こんな時刻になっても自分達は任務が果たせないでいた。
(お……一人だけ出てきたな)
標的の内、少女の方は道中眠り続けていたためあまり警戒はしていないが、万が一を考えるならば、二人が離れた時に仕掛けるのが道理だろう。
彼らの野営地を囲むようにして岩場の影に潜ませている部下たちへ、手信号で指示を伝える。
ヒュッ
少年が後ろを向いた瞬間、正面の岩影から仲間が矢を射た。
矢は真っ直ぐに彼の体へ吸い込まれていく。
(よし、あとは……)
矢には当然致死毒が塗ってあるため、「当たりさえすれば問題ない」と今度は少女に意識を向けようとした時、少年が矢を避けた。
(な、馬鹿な!?)
初めての経験だった。
あそこまで接近した矢を避けられるなど考えられない。
あるとするなら動きが筒抜けで読まれていた場合だが、今の今までこちらの動きが察知されていた節は全くなかったのだ。
ともすれば、彼は矢の音を聞いてから避けたのだろうか。
(いや、だがそんなこと……)
できるはずがない。
長くこういう仕事をしてきた自分ですら、不意打ちでは無理だと断言できる。
それを、あんな小さな少年がやるなど……。
「ありえない」
気づけばそう呟いてしまっていた。
少年は矢を避けた直後に野営場所へ逃げ込んだようである。
「隊長、どうしますか?」
「バレたところで袋のネズミだ、問題ない。戦闘準備!」
隊員たちが一斉に装備を整えていくが、その動作に焦りや動揺は見られない。
全員が淡々と流れるようにして用意をしている。
(よし、いつも通りだ。何も問題はない)
隊員達の様子を確認することで僅かに動揺した心を落ち着け、自分もまたルーチンの流れに沿って準備をしていく。
弓を置き、腕にスリングをはめてボルトをセット。
そして投擲物のパックとシミターを装備して、顔を上げ周りを見る。
隊員達はこちらと目が合った時に頷くことで、いつでも大丈夫であると示してきた。
(全員準備はできているな。じゃあ……行くか)
スっと手振りで戦闘開始の指示を出す。
各々が役割ごとに得意な武器を手にして、目標の隠れている場所へと足音を立てずに走っていく。
ドゴッ!
最初の一人が野営地に辿り着いたその瞬間、鈍い音を立てて吹き飛んだ。
だが、我々は止まらない。
普段から戦闘が始まった時点で目標達成を最優先にするよう訓練しているのだ。
仲間が吹き飛ばされた程度で反応する者は一人もいないだろう。
少年が飛び出してくる。
「「シッ!」」
部下が左右から切りかかった。
少年は回転するようにしてそれらを素手で逸らすと、一人の腕を掴んで誘導し、もう一人に斬りかからせた。
「ぐぅっ」
我々は隠密行動が求められることが多く、着ている物は殆ど布製なので、何の抵抗もなくシミターが部下の脇腹に突き刺さる。
ドサッ
ここで、我々は少年に対して近距離戦をすることを止めた。
彼は、どうやら近接戦闘に自信があるらしく、乱戦を望んでいると悟ったからだ。
少年がもう一人を処理しにかかる。
彼が流れるようにして体を回転させつつ巻き込み、いつの間にか奪い取った武器を背中に突き刺していた。
ドサッ
「かヒュッ。ヒュ、ュ――」
ご丁寧にも剣を引き抜くことで、完全に動けなくしている。
(それにしても、慣れすぎている……)
少年は、実戦が初めてではないようにしか見えなかった。
彼の技術は確かに並外れたものがあるが、それよりも驚愕すべきはその合理性である。
普通、初めて実戦に出たものは僅かにでも動きが鈍るものだし、的確に骨の隙間を狙うことも、狙う場所を選ぶこともしないものだ。
そして、無駄な動きの分だけ流れが悪くなる。
だが、彼の場合どうだろうか。
演武でも見せられているような澱み無いその動きは、一切の無駄が排されており、まるで歴史を継承する達人のようなのだ。
ヒュヒュッ
ヒュヒュッ
ヒュヒュッ
少年を遠巻きにして動きつつ、二方向から順番に攻撃していく。
再装填の時間をカバーしあうので隙は無い……はずだった。
ココン、ココン、ココンッ
「ぐっ」
彼はわずかに丸みを帯びた深緑の手甲を使い、投擲物を弾くのではなく、逸らしていた。
そのせいで投げる二人の位置によっては、逸らされた物が味方に当たってしまっている。
ココン、コンッ
シュッ
「ぁぐっ」
そして逸らされて同士討ちにならないよう位置取りを変えると、今度はこちらが投げた物を掴んで投げ返してきた。
(馬鹿な……。なんてことだ、これではもう……)
次々と戦闘不能になっていく部下達。
もう何人も残っていない。
直に我々は負けるだろう。
(だが……任務は達成されなければならない!)
残った部下と視線を交わし、一斉に少年へと突撃する。
と、少年は一瞬立ち止まり……全力で逃げ始めた。
(気づかれた!? くそっ!)
歩幅はこちらの方が圧倒的なはずなのに、次第に離されていく。
尋常ではない脚力によって土煙が立っているのか、先程から非常に視界が悪い。
それは、少年の姿を見失いそうになるほどだった。
(くっ、どこだ!?)
一際濃い砂埃に阻まれて、彼の姿を見失ってしまう。
コンっ
顎に軽い衝撃を感じた途端、視界が揺れ、崩れ落ちるように膝をつく。
首に何か柔らかいものが巻き付いた。
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