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第一章 砂漠の姫君
精霊信仰
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「さて、片付けをしますか」
襲ってきた集団を穏便な方法で処理した私は、追いかけっこの末に気絶させた数人を拾い集めながら、野営場所まで戻ってきていた。
まずは生きているのが起きた時のために、服をひん剥いて裸にし、縛り上げた上で支えを作って回復体位をとらせる。
(しっかしこいつら……どんだけ火薬仕込んでやがるんだ)
火薬の量と爆発の大きさの関係など詳しく知らないが、それでも人間一人くらいならバラバラの粉微塵に出来るのではないかという量を彼らは隠し持っていた。
こんなのが帰国してから昼も夜も襲ってきたら、流石の私とて堪ったものではない。
ここは紳士的な話し合いで解決するのが最善だろう。
出来るなら、この国にとって私達に手出しすることがメリットにならない、という方向に話を持っていきたいところである。
(でもなぁ……)
私には何一つ交渉に使えそうな物が無かった。
唯一あるとすれば、ルチアに教えてもらった力くらいだろうか。
視線を落として自分の手の平を見つめる。
私が今、これで出来ることといったら……。
出芽で水分の多い植物を作り、噛んで喉を潤す。
(まぁ、せいぜい自給自足の生活くらいか)
どう考えても国家を止めるような力はないだろう。
「他にって言うと、精霊くらいか……」
国教で精霊が信仰されているのなら、精霊を味方につければ……とも一瞬思ったが、それで具体的にどうしたらいいのかが思い浮かばない。
(そもそも普通の精霊って話せるのか?)
出会ったことのある精霊というのはその多くが肉体を持ち、かつ知性的な存在だった。
しかし、一般的な精霊というものにはまだ一度しか出会っていないので、話せはしなくても意思疎通が出来るものがいるのかといった事がわからない。
さらには精霊契約というものもよくわからなかった。
姫様の契約していた精霊はそれなりだと聞いていたが、実際に見たのはただのモヤだったのだ。
流石に口も手も何も無いのでは話など出来ようはずもないし、一体どのようにして契約を結ぶのか皆目見当がつかない。
ルチア達のように身体があれば、話せなくとも身振り手振りでなんとかなるのだろうが、契約精霊というのはそれが出来ないからするものだという話だったはずだ。
矛盾しているようにしか思えない精霊契約のことを考えていると、何やら体の奥がほんのり温かくなってくる。
「ん? これは……」
意識するとその存在がはっきりと分かる。
臓器で言ったら肝臓の辺だろうか。そこは、先刻サラマンドラの存在が感じられた場所だった。
(なんか、点滅してるような)
サラマンドラの存在強度とでも言うような、そこに確かにあるという感覚が、強まったり弱まったりを繰り返していた。
まるで、どこぞの3分間しか変身できない誰かさんの様だ。
(しかも段々弱まってる?)
少し様子を見ていると点滅する度に存在が弱まっていき、今ではもう以前の半分もなかった。
「え!? おい、それは困る!」
サラマンドラはあくまで姫様からの預かりものなのだ。そんな勝手に消えてもらっては困る。
私は慌てて何か出来ないか考え、取り敢えず心肺蘇生法のイメージでモヤを揉んでみたが、モヤがそれで形を変えることはあっても存在の減少が止まることはなかった。
「くそっ、どうしろっていうんだ」
さらに弱まり、既に風前の灯になってしまったサラマンドラ。
(こうなりゃヤケだ!)
私は精霊を体に出し入れする要領で、周囲に存在する力の源のような物をモヤに詰め込み始めた。
モヤが激しく波打つ。
滅多矢鱈に詰め込んだせいで、もうそれがサラマンドラなのか詰め込んだ何かなのか、全く解らなくなっていたが、ただひたすらに詰め込んでいく。
ふと気がつくと、私の中でそれはかなりの大きさになってしまっていた。
(取り敢えず、こんだけやってダメなら素直に謝ろう……)
サラマンドラだったものは、存在だけで言えばかなりはっきりと感じられるようになっていた。
これで駄目ならば、もう私にできそうなことは何も無いだろう。
精霊が無事なことを祈って、よくよく確かめてみる。
それは境界明瞭な球体として感じられた。しかもあの気持ちのいい柔らかな温もりは消え失せ、蝋燭の火のような儚さではなく無機質な確固たる存在感がそこにあった。
(なんか、サラマンドラっぽくないような……)
「いや、まあ、大丈夫でしょ。たぶん」
ものすごく嫌な予感がしたため、細かいことは気にしないことにした。
さっそく新生サラマンドラを見てみようと、体の中から出してみる。
「ん、あれ。でな、い……?」
まるで喉に何かがつっかえたような、出そうで出てこない微妙な感覚。
何度か引っ張り出そうとしたものの全く駄目だった。
「んー。どうしたもんかな」
なぜかは分からないが出すことが出来ないので、このままではサラマンドラがどうなっているのか確かめることも、そして姫様に返すことも難しい。
何かないかと考えていると、野営地が目に入った。
(出芽ってそもそも自分の一部を出す行為だったよな……)
徐ろに手を前に出す。
体の中を何かが移動していく非常に不快な感覚を覚え、吐きそうになりながらその何かを手の平から出芽させた。
シュルシュルシュル……
茎が生え、その先に蕾ができ、どんどんと大きくなっていく。
私の身長と同じかそれ以上にまで膨れ上がった蕾が開きながら萎れ、胡桃のような物が現れた。
「出せたけど……なにこれ?」
胡桃を残して全て萎れた後、赤黒い表面の巨大なそれは、うんともすんとも言わず地面の上に転がっている。
周囲をぐるっと一回りしながら軽く胡桃を叩いてみると、中身の詰まった重い音が返ってきた。
「まさか死んでないよね?」
サラマンドラとは似ても似つかぬそれを前にどうしたものかと首をひねっていると、いつの間にか暗殺者達が気がついていた。
彼らは身動きの取れないよう縛られて転がされているため、顔だけこちらに向けている。
私を見るその顔は驚愕に染まっており、こちらと目が合うなり恐怖へと変わった。
(大きいとは言え、胡桃程度に何を怖がっているんだか。というか、精霊を信仰しているんじゃないの?)
「全く、面倒くさい」
折角集めておいた生き残りが、押し合いへし合い無様に逃げ出そうとしている。
芋虫のように逃げようとする彼らを捕まえながら再び胡桃を見やると、パリパリと音を立てて二つに割れようとしていた。
(うわっ、出てきた)
「サラマンドラ……だよね?」
上部が割れて体が半分ほど見え始めている。
ドロドロとした赤く粘度の高い不透明の液体が、ゆっくりと流れ落ちることでその姿が次第にはっきりとしてきた。
人型のそれは牡鹿のような角を頭から生やし、中性的な顔や華奢な体には不思議な文様が浮き出ている。
私の言葉が聞こえていたのか、それが目蓋を開きこちらを見た。
「ジェイムス・コルトー様、はじめまして。契約者共々助けていただき、ありがとうございました」
そう言って頭を下げた精霊は、私の足元で必死にもがいている暗殺者達を見る。
その表情は憎々しく歪んでいた。
どうやら、彼がサラマンドラで間違いなさそうである。
「匿っていただきながら見聞きしていたのですが、もしその者達のことでお悩みのようでしたら、是非私に処理させてもらえないでしょうか?」
私としては願ってもない申し出のようだが、この精霊はいったいこの男たちをどうするつもりなのだろうか。
正直私もこの精霊と同じような気持ちなので、さっさと処理してしまいたいのはやまやまなのだが、その後が困るのである。
「お願いしてもいいのですけど、まだちょっと……」
男達を見ながら、理性と感情に挟まれて言葉を濁す。
そして申し訳なさそうにサラマンドラの提案を断ろうとすると、一瞬困惑した後何かに気がついた様子で聞いてきた。
「もしやこのような者達に付け狙われる事をご心配されているのですか?」
「ええ」
「ご安心下さい、それならばなんとか出来ると思います」
私の返答に得心がいったという様子で頷くと、彼は殆ど解決したような事であるかのように説明を始めた。
「コルトー様はこの国でなぜ我々精霊が、特に私のような火精が信仰されているとお考えですか?」
「超自然的な存在だからだと思ってるけど」
超自然は宗教の泊付けのためによく見られ、聖人が奇跡を起こしたといったものなどを言う。
これが実際に存在してヒューマンと契約したりしているのだから、それは十分信仰の対象足り得るだろうと考えていた。
「確かにそれもあるかとは思います。ですが彼らが私達精霊に抱いている感情の殆どは、精霊という存在に対する畏怖なのです」
「なるほど」
つまり精霊信仰とは純粋な信仰心から来るものではなく、自然災害の圧倒的な恐怖から逃れるための信仰に近いのだろう。
自然災害というのは時代を経るにつれ、科学の進歩により解明されて信仰の根源たる恐怖が薄れていくものだ。それが何であるかがわかり回避や対処の仕方がはっきりとする程、信仰対象がただの現象であり、信仰による神頼みが無駄なことであるとわかるのだから。
しかしここでは精霊というものが今現在も実際に存在していて、しかも殆どがコミュニケーションすら取れないモヤの状態ときた。
おそらく精霊信仰とは、言葉の通じない圧倒的な存在である精霊に対して恐怖し、自分達を見逃してもらおうと祈った事が元となっているのだと思う。
圧倒的な力を持つ存在に対して信仰のもとに人間がしてきたことと言えば、崇め奉ることや人身御供などだが、精霊契約ももしかしたらある種の人身御供なのかもしれない。
そう考えると、私と姫様が追い出され、殺されかけた事に合点がいく。
私は我が身可愛さに精霊契約を拒否した大罪人で、姫様はそのお役目を放棄したということになるのだろう。
「だからこいつらは私と姫様を狙ってきたと」
「おそらくそうでしょう」
男たちは恐怖のあまりガタガタと体を震わせ、呼吸も短く荒い。
「本当に、くだらない」
宗教や信仰心を馬鹿にする気持ちはない。それは信じる人にとって拠り所となるべき、必要不可欠なものなのだから。
しかし、それを人殺しの理由にすることを私は唾棄している。
宗教そのものを貶める行為であるし、今回の場合のように権力者の保身や政治利用が本当の目的であるだろうことが多いのだ。
そして何より、人殺しの責任を逃れようとすることが気に入らない。
こういう世界なのだから、元の世界よりもきっと殺しは多いだろう。
だが、殺すのはあくまで自分自身であり、そして自分自身の意志でなくてはならないと私は考えている。
(それが殺す相手への最低限の礼儀だろう)
気がつけばストレスに耐えきれなくなった暗殺者の一人が、過換気症候群に陥っていた。
手が助産師のそれになっているし、呼吸の様子などから見てもかなり辛そうではあるが、私の知ったことではないので放っておく。
「それで、結局どうするつもりなのですか?」
サラマンドラを見ると、彼も男たちから視線を外してこちらを見た。
「コルトー様には、精霊と契約していただこうと思っています」
彼はそう言うと、どのようにして行うかを説明し始めるのだった。
襲ってきた集団を穏便な方法で処理した私は、追いかけっこの末に気絶させた数人を拾い集めながら、野営場所まで戻ってきていた。
まずは生きているのが起きた時のために、服をひん剥いて裸にし、縛り上げた上で支えを作って回復体位をとらせる。
(しっかしこいつら……どんだけ火薬仕込んでやがるんだ)
火薬の量と爆発の大きさの関係など詳しく知らないが、それでも人間一人くらいならバラバラの粉微塵に出来るのではないかという量を彼らは隠し持っていた。
こんなのが帰国してから昼も夜も襲ってきたら、流石の私とて堪ったものではない。
ここは紳士的な話し合いで解決するのが最善だろう。
出来るなら、この国にとって私達に手出しすることがメリットにならない、という方向に話を持っていきたいところである。
(でもなぁ……)
私には何一つ交渉に使えそうな物が無かった。
唯一あるとすれば、ルチアに教えてもらった力くらいだろうか。
視線を落として自分の手の平を見つめる。
私が今、これで出来ることといったら……。
出芽で水分の多い植物を作り、噛んで喉を潤す。
(まぁ、せいぜい自給自足の生活くらいか)
どう考えても国家を止めるような力はないだろう。
「他にって言うと、精霊くらいか……」
国教で精霊が信仰されているのなら、精霊を味方につければ……とも一瞬思ったが、それで具体的にどうしたらいいのかが思い浮かばない。
(そもそも普通の精霊って話せるのか?)
出会ったことのある精霊というのはその多くが肉体を持ち、かつ知性的な存在だった。
しかし、一般的な精霊というものにはまだ一度しか出会っていないので、話せはしなくても意思疎通が出来るものがいるのかといった事がわからない。
さらには精霊契約というものもよくわからなかった。
姫様の契約していた精霊はそれなりだと聞いていたが、実際に見たのはただのモヤだったのだ。
流石に口も手も何も無いのでは話など出来ようはずもないし、一体どのようにして契約を結ぶのか皆目見当がつかない。
ルチア達のように身体があれば、話せなくとも身振り手振りでなんとかなるのだろうが、契約精霊というのはそれが出来ないからするものだという話だったはずだ。
矛盾しているようにしか思えない精霊契約のことを考えていると、何やら体の奥がほんのり温かくなってくる。
「ん? これは……」
意識するとその存在がはっきりと分かる。
臓器で言ったら肝臓の辺だろうか。そこは、先刻サラマンドラの存在が感じられた場所だった。
(なんか、点滅してるような)
サラマンドラの存在強度とでも言うような、そこに確かにあるという感覚が、強まったり弱まったりを繰り返していた。
まるで、どこぞの3分間しか変身できない誰かさんの様だ。
(しかも段々弱まってる?)
少し様子を見ていると点滅する度に存在が弱まっていき、今ではもう以前の半分もなかった。
「え!? おい、それは困る!」
サラマンドラはあくまで姫様からの預かりものなのだ。そんな勝手に消えてもらっては困る。
私は慌てて何か出来ないか考え、取り敢えず心肺蘇生法のイメージでモヤを揉んでみたが、モヤがそれで形を変えることはあっても存在の減少が止まることはなかった。
「くそっ、どうしろっていうんだ」
さらに弱まり、既に風前の灯になってしまったサラマンドラ。
(こうなりゃヤケだ!)
私は精霊を体に出し入れする要領で、周囲に存在する力の源のような物をモヤに詰め込み始めた。
モヤが激しく波打つ。
滅多矢鱈に詰め込んだせいで、もうそれがサラマンドラなのか詰め込んだ何かなのか、全く解らなくなっていたが、ただひたすらに詰め込んでいく。
ふと気がつくと、私の中でそれはかなりの大きさになってしまっていた。
(取り敢えず、こんだけやってダメなら素直に謝ろう……)
サラマンドラだったものは、存在だけで言えばかなりはっきりと感じられるようになっていた。
これで駄目ならば、もう私にできそうなことは何も無いだろう。
精霊が無事なことを祈って、よくよく確かめてみる。
それは境界明瞭な球体として感じられた。しかもあの気持ちのいい柔らかな温もりは消え失せ、蝋燭の火のような儚さではなく無機質な確固たる存在感がそこにあった。
(なんか、サラマンドラっぽくないような……)
「いや、まあ、大丈夫でしょ。たぶん」
ものすごく嫌な予感がしたため、細かいことは気にしないことにした。
さっそく新生サラマンドラを見てみようと、体の中から出してみる。
「ん、あれ。でな、い……?」
まるで喉に何かがつっかえたような、出そうで出てこない微妙な感覚。
何度か引っ張り出そうとしたものの全く駄目だった。
「んー。どうしたもんかな」
なぜかは分からないが出すことが出来ないので、このままではサラマンドラがどうなっているのか確かめることも、そして姫様に返すことも難しい。
何かないかと考えていると、野営地が目に入った。
(出芽ってそもそも自分の一部を出す行為だったよな……)
徐ろに手を前に出す。
体の中を何かが移動していく非常に不快な感覚を覚え、吐きそうになりながらその何かを手の平から出芽させた。
シュルシュルシュル……
茎が生え、その先に蕾ができ、どんどんと大きくなっていく。
私の身長と同じかそれ以上にまで膨れ上がった蕾が開きながら萎れ、胡桃のような物が現れた。
「出せたけど……なにこれ?」
胡桃を残して全て萎れた後、赤黒い表面の巨大なそれは、うんともすんとも言わず地面の上に転がっている。
周囲をぐるっと一回りしながら軽く胡桃を叩いてみると、中身の詰まった重い音が返ってきた。
「まさか死んでないよね?」
サラマンドラとは似ても似つかぬそれを前にどうしたものかと首をひねっていると、いつの間にか暗殺者達が気がついていた。
彼らは身動きの取れないよう縛られて転がされているため、顔だけこちらに向けている。
私を見るその顔は驚愕に染まっており、こちらと目が合うなり恐怖へと変わった。
(大きいとは言え、胡桃程度に何を怖がっているんだか。というか、精霊を信仰しているんじゃないの?)
「全く、面倒くさい」
折角集めておいた生き残りが、押し合いへし合い無様に逃げ出そうとしている。
芋虫のように逃げようとする彼らを捕まえながら再び胡桃を見やると、パリパリと音を立てて二つに割れようとしていた。
(うわっ、出てきた)
「サラマンドラ……だよね?」
上部が割れて体が半分ほど見え始めている。
ドロドロとした赤く粘度の高い不透明の液体が、ゆっくりと流れ落ちることでその姿が次第にはっきりとしてきた。
人型のそれは牡鹿のような角を頭から生やし、中性的な顔や華奢な体には不思議な文様が浮き出ている。
私の言葉が聞こえていたのか、それが目蓋を開きこちらを見た。
「ジェイムス・コルトー様、はじめまして。契約者共々助けていただき、ありがとうございました」
そう言って頭を下げた精霊は、私の足元で必死にもがいている暗殺者達を見る。
その表情は憎々しく歪んでいた。
どうやら、彼がサラマンドラで間違いなさそうである。
「匿っていただきながら見聞きしていたのですが、もしその者達のことでお悩みのようでしたら、是非私に処理させてもらえないでしょうか?」
私としては願ってもない申し出のようだが、この精霊はいったいこの男たちをどうするつもりなのだろうか。
正直私もこの精霊と同じような気持ちなので、さっさと処理してしまいたいのはやまやまなのだが、その後が困るのである。
「お願いしてもいいのですけど、まだちょっと……」
男達を見ながら、理性と感情に挟まれて言葉を濁す。
そして申し訳なさそうにサラマンドラの提案を断ろうとすると、一瞬困惑した後何かに気がついた様子で聞いてきた。
「もしやこのような者達に付け狙われる事をご心配されているのですか?」
「ええ」
「ご安心下さい、それならばなんとか出来ると思います」
私の返答に得心がいったという様子で頷くと、彼は殆ど解決したような事であるかのように説明を始めた。
「コルトー様はこの国でなぜ我々精霊が、特に私のような火精が信仰されているとお考えですか?」
「超自然的な存在だからだと思ってるけど」
超自然は宗教の泊付けのためによく見られ、聖人が奇跡を起こしたといったものなどを言う。
これが実際に存在してヒューマンと契約したりしているのだから、それは十分信仰の対象足り得るだろうと考えていた。
「確かにそれもあるかとは思います。ですが彼らが私達精霊に抱いている感情の殆どは、精霊という存在に対する畏怖なのです」
「なるほど」
つまり精霊信仰とは純粋な信仰心から来るものではなく、自然災害の圧倒的な恐怖から逃れるための信仰に近いのだろう。
自然災害というのは時代を経るにつれ、科学の進歩により解明されて信仰の根源たる恐怖が薄れていくものだ。それが何であるかがわかり回避や対処の仕方がはっきりとする程、信仰対象がただの現象であり、信仰による神頼みが無駄なことであるとわかるのだから。
しかしここでは精霊というものが今現在も実際に存在していて、しかも殆どがコミュニケーションすら取れないモヤの状態ときた。
おそらく精霊信仰とは、言葉の通じない圧倒的な存在である精霊に対して恐怖し、自分達を見逃してもらおうと祈った事が元となっているのだと思う。
圧倒的な力を持つ存在に対して信仰のもとに人間がしてきたことと言えば、崇め奉ることや人身御供などだが、精霊契約ももしかしたらある種の人身御供なのかもしれない。
そう考えると、私と姫様が追い出され、殺されかけた事に合点がいく。
私は我が身可愛さに精霊契約を拒否した大罪人で、姫様はそのお役目を放棄したということになるのだろう。
「だからこいつらは私と姫様を狙ってきたと」
「おそらくそうでしょう」
男たちは恐怖のあまりガタガタと体を震わせ、呼吸も短く荒い。
「本当に、くだらない」
宗教や信仰心を馬鹿にする気持ちはない。それは信じる人にとって拠り所となるべき、必要不可欠なものなのだから。
しかし、それを人殺しの理由にすることを私は唾棄している。
宗教そのものを貶める行為であるし、今回の場合のように権力者の保身や政治利用が本当の目的であるだろうことが多いのだ。
そして何より、人殺しの責任を逃れようとすることが気に入らない。
こういう世界なのだから、元の世界よりもきっと殺しは多いだろう。
だが、殺すのはあくまで自分自身であり、そして自分自身の意志でなくてはならないと私は考えている。
(それが殺す相手への最低限の礼儀だろう)
気がつけばストレスに耐えきれなくなった暗殺者の一人が、過換気症候群に陥っていた。
手が助産師のそれになっているし、呼吸の様子などから見てもかなり辛そうではあるが、私の知ったことではないので放っておく。
「それで、結局どうするつもりなのですか?」
サラマンドラを見ると、彼も男たちから視線を外してこちらを見た。
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