3 / 9
3.星が落ちた夜
しおりを挟む
「レグルス!」
名を呼ばれただけで、意識の全てを持って行かれる。
視界の端にその姿を認めたレグルスは、全力で駆けた。
待たせるなどという事はあってはならない。彼は尊い存在なのだから。
「お呼びですか、カミシマ様」
「風圧がっ……ああ、名前でいい。悠生で」
そう言って物珍しげに訓練場へ降りてくる、黒髪の少年。
護衛の兵に囲まれ窮屈そうではあるものの、表情に暗さがない事にほっとする。
最後に見た時は随分と顔色が悪かった。
言語魔法は希少かつ使い勝手の良い魔法だが、あれは取り込む言葉の数が多い程苦しむ事になる。
簡単な単語や日常会話程度なら、少し重さを感じる程度で済むのだが……
「俺も名前で呼んじゃってるから」
「しかし──」
つまりそれだけ彼の知識の器が大きい、という事でもある。
この国の民ならば、両親は魔術の才があると喜んだろう。
「落ち着かねえんだよ、ホント」
そう言って屈託無く笑う、この少年こそが本当の英雄である事を、我らは広く知らしめねばならない。
他国の軍と魔物の侵略により、城壁の一部や建物は崩れ、王都はかなりの被害を受けた。
奇跡的に死人は出なかった。
建物の崩壊に巻き込まれた怪我人も、すぐに助け出されて無事である。
あれほどの軍勢に攻めかかられて、一つの命も失わないなど希有なこと。
戦は苛烈なもの……戦場に慈悲は存在しない。
「ではユウキ様と」
「敬称いらん。呼んだら俺もレグルス様って呼ぶ」
「──!」
「こちとら初対面から呼び捨てだからな? それで様呼びとか逆に居心地悪いわ」
あの日突然目の前に現れた少年は、こことは違う世界から来たという。
彼を見るまでは渡り人も勇者も、ただの言い伝えだと思っていた。
国の危機に都合よく現れる勇者など、眠れぬ子に親が言い聞かせる夢物語でしかないと。
「ユウキ、殿」
「んー……ま、いいか。早く慣れろよ」
だがこの少年が言葉も通じぬ相手を辛抱強く導き、襲撃に惑うばかりの己に神器を授け国を救ったのは、紛れもない事実。
王城を急襲した魔物の数は空を埋め尽くす程であり、事実半壊している。
あと少し遅れていただけでも命はなかったと、後に王より聞いた。彼がいなければ、この国は滅んでいたかもしれぬと。
本当に、紙一重であったのだ。
「──、レグルス!」
自分を呼び止めた男が上を指す。
その時点では手にした槍の感触も、騒がしく呼ばわる兵士の声も、半分夢のようで現実味がなかった。
「だが、敵が」
攻勢を知らせる太鼓の音。
戦場で嫌と言うほど聞いたそれに、全身の毛が逆立つ。
見張りの兵がひっきりなしに鐘を鳴らし、集まるようにと呼ばわっている。
国を守る者として、一刻も早く馳せ参じねばならぬのに。
「レグルスッ!」
少年の声が強制的に意識を引き戻す。
覚悟を持った眼差しに正面から捉えられ、迷いが消えた。
彼と共に行くべきだと──言葉も分からぬくせに──そんな気がして。
次の瞬間槍と少年を小脇に抱え、走り出していた。
「~~~ッ!?」
「すまない、耐えてくれ」
塔の天辺へ通ずる階段は、内側の壁に螺旋状に突き出た僅かな出っ張りでしかなく、少年の歩幅で渡るのは厳しい。
失礼ながら塔に来るまでの様子から、素早くも力があるようにも見えなかったので、手っ取り早く担ぐ事にしたのだ。
二段、三段と飛ばすうち、やがて悲鳴も出なくなったが、最上部の床に降ろすと少年は震えながらその場へ座り込んだ。
それでも塔の縁へと手をかけ、身を乗り出すようにして辺りを見渡す。
何事かを叫び、指さす方向に信じられない光景があった。
「ばかな……」
塔の高さは城壁を越える。
二人が立つ場所から、壁外の状況はよく見えた。
昼の明るい日を背負い、地平を埋め尽くす大軍。
歩哨にも見張りにも気付かれず、一体どこからこの大軍が沸いてきたのか。
「駄目だ、間に合わない」
有事でもない限り、王都を守る常備軍は二千。
内陸、平地にある王都は、城壁を築く事で防衛を固めている。
間の悪い事に王直属の騎兵隊は周回中。知らせがあれば半日で駆けつけるが、攻城塔を押し、梯子を担いだ敵兵が壁のすぐ側まで迫っていた。
「ン!」
「……何だ?」
絶望に立ち尽くしていると、少年が手の上から槍を掴む。
レグルスの手ごと持ち上げるような動作で、何度も空へ向かって差す。
投げろという意味かと思ったが、勢いを付けて振りかぶると慌てて止められた。
槍を何度も握らせ、繰り返し同じ方向を指さす。
離さず翳せという意味だろうか?
「わかった。これで良いか?」
拳を握り親指を立てる不思議な動作をした後、少年は力強く頷いた。
相手の示す通り天に向かって槍を構えれば、体に不思議な力が漲る。
「これは──」
その瞬間黒い点でしかなかった敵の顔、その表情までも分かる距離へと視点が迫る。
飛ぶ鳥のように視界が広がり、敵の動きが手に取るように分かった。
地上で蠢く敵軍、空から迫り来る魔物の群れ──その息遣いや涎を垂らす口元までも──見える筈のない範囲まで見えている!
遠見の魔法に似ているが、桁違いだ。
これがあれば戦場でどれだけの優位に立てるか。
湧き上がる高揚に、手の中のそれを強く握る。
作りの柔い武具はレグルスが力を込めただけで壊れてしまう。だが今手にしている槍は、重さを感じないのに力強く手の平を押し返してきた。
体格に恵まれ、元より力のある方だが、膂力ではなくまるで腕と一体になったかのように、自然に振るえた。
「──ッ!」
虚空を貫く槍の先から、一条の光が天を差す。
昼間にもかかわらず空は一瞬で暗くなり、無数の瞬きが見えた後──星々が一斉に地上へと降り注ぐ。
「ぎゃあっ!」
異変を感じて空を仰いだ敵兵が、落ちた光に貫かれた。
宙を羽ばたく黒い影も同様に、次々と地面へ叩きつけられ、塵も残さず消えていく。
あまりに大きな力。
槍を振るったレグルスさえ、震えがくる程の惨状だった。
「人の戦いではない……」
敵軍が後退を始めた。
陣形は解け、端から溶けていく。
ここまで崩れては立て直せまい。
だが逃げ出した兵は次々に倒れ、魔物の果て──投げ出されのたうつ闇が、氾濫した河川のように暴れ、敵兵を飲み込んでいく。
なんとも不気味で哀れな光景であった。
「──っ」
戦場で情けは無用。
心を殺し、もう一度槍を振る。
天から星が落ちてくる。
星は無数にあるというのに。
「……許せ」
十五で戦場へ出て以来散々見てきたとはいえ、人が死ぬ間際の光景は、いつでも胸が悪くなるものだ。
ふと気になった。
あの子供は平気だろうか?
触れた感触は柔らかく、戦う者の手ではなかったが。
惨たらしい様の骸を前に、新兵が腹の中身を吐き戻すのは、戦場の恒例行事だった。
辛い思いをしているのではと視線をやると、彼は城壁の縁に手をかけたまま座り込み、荒い息を吐いていた。
「体調はいかがですか」
「大丈夫。多分」
あの日倒れた彼を受け止め、その軽さに驚いた。
背の割に肉がなく、骨も細い。
平坦な顔立ちは子供のようにも見える。大陸の東に黒を持つ民がいるというが、彼らを見知っているという役人は『言葉も服装も違う』と断言する。
意識が朦朧としている少年を、王城へ運んだ。
塔の上で槍を振るう所を見られていたようで、喜色を浮かべた兵や民がレグルスを取り囲んだが、それどころではない。
王に一部始終を報告し、魔術師を寄越して貰うまでは生きた心地がしなかった。
恩人であるのは間違いないが、彼のような人は見た事がなく、またどう接すべきかもわからない。
所詮学のない農民出。
父親は木こりで、母親は農家の娘だ。
与えられた屋敷を持て余し、家族を王都へ呼んだがひと月も保たなかった。
やる事がないとさっさと帰って行った両親が、正直羨ましい。
貴族や王族が特別優れた人間だとは思わないが──それでも育ちというものはある。
そもそも戦で手柄を立て身分を与えられ、王に仕える事になったものの、レグルス自身は騎士や忠誠というものにいまひとつ実感がない。
自分が強い事は理解している。
だがそれに地位だの権力だの面倒なものがまとわりつくと、途端に嫌になって田舎へ帰りたくなってしまう。
そんな人間が接して良い相手なのかと、今も思っている。
「俺の事よりそっちはどう? 『流星槍』ってぶっちゃけチート武器だからさ、変な影響あったら申し訳ないなって」
「ちーと……?」
「力が強すぎるってこと」
彼は時折不思議な言葉を使う。
奇妙な音の連なり。意味がわからないのは言語魔法の外にあるからだと、魔術師が言っていた。
それだけ知に溢れた世界なのだろうと、この国一番の知者が夢を見る眼差しで語る。
事実彼は魔術師と同等の会話を繰り広げており、内容はまったく未知ながら、ある程度確信を持って話しているようであった。
弁の立つ知識自慢の貴族達も、自分より上位の存在に気後れしたのか、遠巻きにしていた。
彼らは恥をかく事を何より嫌う。
逆にレグルスは気が楽になった。
誰も知らぬのなら、彼の前では皆赤ん坊のようなもの。
生まれや学の無さをあげつらわれ、馬鹿にされるのが面倒で仕方ないレグルスは、極端に口数の少ない男と思われているが実際はそうでもない。
「あの槍は『流星槍』と言うのですね」
「あれ、そうじゃないの? 国に伝わる伝説の武器とかじゃ……?」
「いえ」
あの塔は王都よりずっと古く、昔から平原に建っていた。
石の素材も組み方も今とはまるで違うらしく、また妙に丈夫で大工でも壊せなかったらしい。
前は麦の貯蔵に使われていたとか……そんな程度のもので、槍が埋まっているなど聞いた事もない。
「うわー設定の穴かこれ。細かく決まってない部分ってどうなるんだ?」
「ユウキ殿?」
「だとすると『地鳴剣』の扱いって……あれもただ『流星槍』の対扱い? 初手回収していいもんかなコレ」
ぶつぶつと意味のわからない事を呟く少年は、突然顔を上げ、真剣な眼差しでレグルスを見つめた。
「あのさ、レグルス」
「はい」
「俺の話信じてくれるか?」
「勿論です」
これから大陸全土で国が乱れ戦が起き、その隙を突くように魔物が攻めてくる。
そうならないよう、争いの目を潰していかねばならぬと彼は告げた。
それには『流星槍』と、このレグルスの力が必要であると。
「これから俺とあちこち回る事になるんだけど、その辺の覚悟とか」
「当然ではないですか?」
他ならぬ彼が私に神器を授け、力を与えた。
仕えるのは当然の事。むしろ要らぬと言われても付いていくつもりである。
「我が命にかえましても」
「いや重いってぇ! それに勇者はお前だから、な? 俺はただのガイド的なソレで、そんなご大層な扱いしなくたって」
「貴方がいなければこの国も私も今頃生きてはおりません。その恩に報いること当然と、我が王も申しております」
「なにコレぇ……バグ? バグなの? 好感度イカれてない?」
「コーカンド?」
「んんっ!」
名を呼ばれただけで、意識の全てを持って行かれる。
視界の端にその姿を認めたレグルスは、全力で駆けた。
待たせるなどという事はあってはならない。彼は尊い存在なのだから。
「お呼びですか、カミシマ様」
「風圧がっ……ああ、名前でいい。悠生で」
そう言って物珍しげに訓練場へ降りてくる、黒髪の少年。
護衛の兵に囲まれ窮屈そうではあるものの、表情に暗さがない事にほっとする。
最後に見た時は随分と顔色が悪かった。
言語魔法は希少かつ使い勝手の良い魔法だが、あれは取り込む言葉の数が多い程苦しむ事になる。
簡単な単語や日常会話程度なら、少し重さを感じる程度で済むのだが……
「俺も名前で呼んじゃってるから」
「しかし──」
つまりそれだけ彼の知識の器が大きい、という事でもある。
この国の民ならば、両親は魔術の才があると喜んだろう。
「落ち着かねえんだよ、ホント」
そう言って屈託無く笑う、この少年こそが本当の英雄である事を、我らは広く知らしめねばならない。
他国の軍と魔物の侵略により、城壁の一部や建物は崩れ、王都はかなりの被害を受けた。
奇跡的に死人は出なかった。
建物の崩壊に巻き込まれた怪我人も、すぐに助け出されて無事である。
あれほどの軍勢に攻めかかられて、一つの命も失わないなど希有なこと。
戦は苛烈なもの……戦場に慈悲は存在しない。
「ではユウキ様と」
「敬称いらん。呼んだら俺もレグルス様って呼ぶ」
「──!」
「こちとら初対面から呼び捨てだからな? それで様呼びとか逆に居心地悪いわ」
あの日突然目の前に現れた少年は、こことは違う世界から来たという。
彼を見るまでは渡り人も勇者も、ただの言い伝えだと思っていた。
国の危機に都合よく現れる勇者など、眠れぬ子に親が言い聞かせる夢物語でしかないと。
「ユウキ、殿」
「んー……ま、いいか。早く慣れろよ」
だがこの少年が言葉も通じぬ相手を辛抱強く導き、襲撃に惑うばかりの己に神器を授け国を救ったのは、紛れもない事実。
王城を急襲した魔物の数は空を埋め尽くす程であり、事実半壊している。
あと少し遅れていただけでも命はなかったと、後に王より聞いた。彼がいなければ、この国は滅んでいたかもしれぬと。
本当に、紙一重であったのだ。
「──、レグルス!」
自分を呼び止めた男が上を指す。
その時点では手にした槍の感触も、騒がしく呼ばわる兵士の声も、半分夢のようで現実味がなかった。
「だが、敵が」
攻勢を知らせる太鼓の音。
戦場で嫌と言うほど聞いたそれに、全身の毛が逆立つ。
見張りの兵がひっきりなしに鐘を鳴らし、集まるようにと呼ばわっている。
国を守る者として、一刻も早く馳せ参じねばならぬのに。
「レグルスッ!」
少年の声が強制的に意識を引き戻す。
覚悟を持った眼差しに正面から捉えられ、迷いが消えた。
彼と共に行くべきだと──言葉も分からぬくせに──そんな気がして。
次の瞬間槍と少年を小脇に抱え、走り出していた。
「~~~ッ!?」
「すまない、耐えてくれ」
塔の天辺へ通ずる階段は、内側の壁に螺旋状に突き出た僅かな出っ張りでしかなく、少年の歩幅で渡るのは厳しい。
失礼ながら塔に来るまでの様子から、素早くも力があるようにも見えなかったので、手っ取り早く担ぐ事にしたのだ。
二段、三段と飛ばすうち、やがて悲鳴も出なくなったが、最上部の床に降ろすと少年は震えながらその場へ座り込んだ。
それでも塔の縁へと手をかけ、身を乗り出すようにして辺りを見渡す。
何事かを叫び、指さす方向に信じられない光景があった。
「ばかな……」
塔の高さは城壁を越える。
二人が立つ場所から、壁外の状況はよく見えた。
昼の明るい日を背負い、地平を埋め尽くす大軍。
歩哨にも見張りにも気付かれず、一体どこからこの大軍が沸いてきたのか。
「駄目だ、間に合わない」
有事でもない限り、王都を守る常備軍は二千。
内陸、平地にある王都は、城壁を築く事で防衛を固めている。
間の悪い事に王直属の騎兵隊は周回中。知らせがあれば半日で駆けつけるが、攻城塔を押し、梯子を担いだ敵兵が壁のすぐ側まで迫っていた。
「ン!」
「……何だ?」
絶望に立ち尽くしていると、少年が手の上から槍を掴む。
レグルスの手ごと持ち上げるような動作で、何度も空へ向かって差す。
投げろという意味かと思ったが、勢いを付けて振りかぶると慌てて止められた。
槍を何度も握らせ、繰り返し同じ方向を指さす。
離さず翳せという意味だろうか?
「わかった。これで良いか?」
拳を握り親指を立てる不思議な動作をした後、少年は力強く頷いた。
相手の示す通り天に向かって槍を構えれば、体に不思議な力が漲る。
「これは──」
その瞬間黒い点でしかなかった敵の顔、その表情までも分かる距離へと視点が迫る。
飛ぶ鳥のように視界が広がり、敵の動きが手に取るように分かった。
地上で蠢く敵軍、空から迫り来る魔物の群れ──その息遣いや涎を垂らす口元までも──見える筈のない範囲まで見えている!
遠見の魔法に似ているが、桁違いだ。
これがあれば戦場でどれだけの優位に立てるか。
湧き上がる高揚に、手の中のそれを強く握る。
作りの柔い武具はレグルスが力を込めただけで壊れてしまう。だが今手にしている槍は、重さを感じないのに力強く手の平を押し返してきた。
体格に恵まれ、元より力のある方だが、膂力ではなくまるで腕と一体になったかのように、自然に振るえた。
「──ッ!」
虚空を貫く槍の先から、一条の光が天を差す。
昼間にもかかわらず空は一瞬で暗くなり、無数の瞬きが見えた後──星々が一斉に地上へと降り注ぐ。
「ぎゃあっ!」
異変を感じて空を仰いだ敵兵が、落ちた光に貫かれた。
宙を羽ばたく黒い影も同様に、次々と地面へ叩きつけられ、塵も残さず消えていく。
あまりに大きな力。
槍を振るったレグルスさえ、震えがくる程の惨状だった。
「人の戦いではない……」
敵軍が後退を始めた。
陣形は解け、端から溶けていく。
ここまで崩れては立て直せまい。
だが逃げ出した兵は次々に倒れ、魔物の果て──投げ出されのたうつ闇が、氾濫した河川のように暴れ、敵兵を飲み込んでいく。
なんとも不気味で哀れな光景であった。
「──っ」
戦場で情けは無用。
心を殺し、もう一度槍を振る。
天から星が落ちてくる。
星は無数にあるというのに。
「……許せ」
十五で戦場へ出て以来散々見てきたとはいえ、人が死ぬ間際の光景は、いつでも胸が悪くなるものだ。
ふと気になった。
あの子供は平気だろうか?
触れた感触は柔らかく、戦う者の手ではなかったが。
惨たらしい様の骸を前に、新兵が腹の中身を吐き戻すのは、戦場の恒例行事だった。
辛い思いをしているのではと視線をやると、彼は城壁の縁に手をかけたまま座り込み、荒い息を吐いていた。
「体調はいかがですか」
「大丈夫。多分」
あの日倒れた彼を受け止め、その軽さに驚いた。
背の割に肉がなく、骨も細い。
平坦な顔立ちは子供のようにも見える。大陸の東に黒を持つ民がいるというが、彼らを見知っているという役人は『言葉も服装も違う』と断言する。
意識が朦朧としている少年を、王城へ運んだ。
塔の上で槍を振るう所を見られていたようで、喜色を浮かべた兵や民がレグルスを取り囲んだが、それどころではない。
王に一部始終を報告し、魔術師を寄越して貰うまでは生きた心地がしなかった。
恩人であるのは間違いないが、彼のような人は見た事がなく、またどう接すべきかもわからない。
所詮学のない農民出。
父親は木こりで、母親は農家の娘だ。
与えられた屋敷を持て余し、家族を王都へ呼んだがひと月も保たなかった。
やる事がないとさっさと帰って行った両親が、正直羨ましい。
貴族や王族が特別優れた人間だとは思わないが──それでも育ちというものはある。
そもそも戦で手柄を立て身分を与えられ、王に仕える事になったものの、レグルス自身は騎士や忠誠というものにいまひとつ実感がない。
自分が強い事は理解している。
だがそれに地位だの権力だの面倒なものがまとわりつくと、途端に嫌になって田舎へ帰りたくなってしまう。
そんな人間が接して良い相手なのかと、今も思っている。
「俺の事よりそっちはどう? 『流星槍』ってぶっちゃけチート武器だからさ、変な影響あったら申し訳ないなって」
「ちーと……?」
「力が強すぎるってこと」
彼は時折不思議な言葉を使う。
奇妙な音の連なり。意味がわからないのは言語魔法の外にあるからだと、魔術師が言っていた。
それだけ知に溢れた世界なのだろうと、この国一番の知者が夢を見る眼差しで語る。
事実彼は魔術師と同等の会話を繰り広げており、内容はまったく未知ながら、ある程度確信を持って話しているようであった。
弁の立つ知識自慢の貴族達も、自分より上位の存在に気後れしたのか、遠巻きにしていた。
彼らは恥をかく事を何より嫌う。
逆にレグルスは気が楽になった。
誰も知らぬのなら、彼の前では皆赤ん坊のようなもの。
生まれや学の無さをあげつらわれ、馬鹿にされるのが面倒で仕方ないレグルスは、極端に口数の少ない男と思われているが実際はそうでもない。
「あの槍は『流星槍』と言うのですね」
「あれ、そうじゃないの? 国に伝わる伝説の武器とかじゃ……?」
「いえ」
あの塔は王都よりずっと古く、昔から平原に建っていた。
石の素材も組み方も今とはまるで違うらしく、また妙に丈夫で大工でも壊せなかったらしい。
前は麦の貯蔵に使われていたとか……そんな程度のもので、槍が埋まっているなど聞いた事もない。
「うわー設定の穴かこれ。細かく決まってない部分ってどうなるんだ?」
「ユウキ殿?」
「だとすると『地鳴剣』の扱いって……あれもただ『流星槍』の対扱い? 初手回収していいもんかなコレ」
ぶつぶつと意味のわからない事を呟く少年は、突然顔を上げ、真剣な眼差しでレグルスを見つめた。
「あのさ、レグルス」
「はい」
「俺の話信じてくれるか?」
「勿論です」
これから大陸全土で国が乱れ戦が起き、その隙を突くように魔物が攻めてくる。
そうならないよう、争いの目を潰していかねばならぬと彼は告げた。
それには『流星槍』と、このレグルスの力が必要であると。
「これから俺とあちこち回る事になるんだけど、その辺の覚悟とか」
「当然ではないですか?」
他ならぬ彼が私に神器を授け、力を与えた。
仕えるのは当然の事。むしろ要らぬと言われても付いていくつもりである。
「我が命にかえましても」
「いや重いってぇ! それに勇者はお前だから、な? 俺はただのガイド的なソレで、そんなご大層な扱いしなくたって」
「貴方がいなければこの国も私も今頃生きてはおりません。その恩に報いること当然と、我が王も申しております」
「なにコレぇ……バグ? バグなの? 好感度イカれてない?」
「コーカンド?」
「んんっ!」
17
あなたにおすすめの小説
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
異世界に勇者として召喚された俺、ラスボスの魔王に敗北したら城に囚われ執着と独占欲まみれの甘い生活が始まりました
水凪しおん
BL
ごく普通の日本人だった俺、ハルキは、事故であっけなく死んだ――と思ったら、剣と魔法の異世界で『勇者』として目覚めた。
世界の命運を背負い、魔王討伐へと向かった俺を待っていたのは、圧倒的な力を持つ美しき魔王ゼノン。
「見つけた、俺の運命」
敗北した俺に彼が告げたのは、死の宣告ではなく、甘い所有宣言だった。
冷徹なはずの魔王は、俺を城に囚え、身も心も蕩けるほどに溺愛し始める。
食事も、着替えも、眠る時でさえ彼の腕の中。
その執着と独占欲に戸惑いながらも、時折見せる彼の孤独な瞳に、俺の心は抗いがたく惹かれていく。
敵同士から始まる、歪で甘い主従関係。
世界を敵に回しても手に入れたい、唯一の愛の物語。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
BLゲームの主人公に憑依した弟×悪役令息兄
笹井凩
BL
「BLゲーの主人公に憑依したら、悪役令息の兄が不器用すぎてメロかった」……になる予定の第一話のようなものです。
彼氏に遊ばれまくってきた主人公が性格終わっている男共を粛清してやろうとするのに、情が湧いてなかなか上手くいかない。
そんな中、一番嫌いであったはずの悪役令息、兄の本性を知って愛情が芽生えてしまい——。
となるアレです。性癖。
何より、対人関係に恵まれなかったせいで歪んだ愛情を求め、与えてしまう二人が非常に好きなんですよね。
本当は義理の兄弟とかにしたほうが倫理観からすると良いのでしょうが、本能には抗えませんでした。
今日までの短編公募に間に合わなかったため供養。
プロットはあるので、ご好評でしたら続きも載せたいなと思っております。
性癖の近しい方に刺されば、非常に嬉しいです。
いいね、ご感想大変励みになります。ありがとうございます。
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる