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3.星が落ちた夜
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「レグルス!」
名を呼ばれただけで、意識の全てを持って行かれる。
視界の端にその姿を認めたレグルスは、全力で駆けた。
待たせるなどという事はあってはならない。彼は尊い存在なのだから。
「お呼びですか、カミシマ様」
「風圧がっ……ああ、名前でいい。悠生で」
そう言って物珍しげに訓練場へ降りてくる、黒髪の少年。
護衛の兵に囲まれ窮屈そうではあるものの、表情に暗さがない事にほっとする。
最後に見た時は随分と顔色が悪かった。
言語魔法は希少かつ使い勝手の良い魔法だが、あれは取り込む言葉の数が多い程苦しむ事になる。
簡単な単語や日常会話程度なら、少し重さを感じる程度で済むのだが……
「俺も名前で呼んじゃってるから」
「しかし──」
つまりそれだけ彼の知識の器が大きい、という事でもある。
この国の民ならば、両親は魔術の才があると喜んだろう。
「落ち着かねえんだよ、ホント」
そう言って屈託無く笑う、この少年こそが本当の英雄である事を、我らは広く知らしめねばならない。
他国の軍と魔物の侵略により、城壁の一部や建物は崩れ、王都はかなりの被害を受けた。
奇跡的に死人は出なかった。
建物の崩壊に巻き込まれた怪我人も、すぐに助け出されて無事である。
あれほどの軍勢に攻めかかられて、一つの命も失わないなど希有なこと。
戦は苛烈なもの……戦場に慈悲は存在しない。
「ではユウキ様と」
「敬称いらん。呼んだら俺もレグルス様って呼ぶ」
「──!」
「こちとら初対面から呼び捨てだからな? それで様呼びとか逆に居心地悪いわ」
あの日突然目の前に現れた少年は、こことは違う世界から来たという。
彼を見るまでは渡り人も勇者も、ただの言い伝えだと思っていた。
国の危機に都合よく現れる勇者など、眠れぬ子に親が言い聞かせる夢物語でしかないと。
「ユウキ、殿」
「んー……ま、いいか。早く慣れろよ」
だがこの少年が言葉も通じぬ相手を辛抱強く導き、襲撃に惑うばかりの己に神器を授け国を救ったのは、紛れもない事実。
王城を急襲した魔物の数は空を埋め尽くす程であり、事実半壊している。
あと少し遅れていただけでも命はなかったと、後に王より聞いた。彼がいなければ、この国は滅んでいたかもしれぬと。
本当に、紙一重であったのだ。
「──、レグルス!」
自分を呼び止めた男が上を指す。
その時点では手にした槍の感触も、騒がしく呼ばわる兵士の声も、半分夢のようで現実味がなかった。
「だが、敵が」
攻勢を知らせる太鼓の音。
戦場で嫌と言うほど聞いたそれに、全身の毛が逆立つ。
見張りの兵がひっきりなしに鐘を鳴らし、集まるようにと呼ばわっている。
国を守る者として、一刻も早く馳せ参じねばならぬのに。
「レグルスッ!」
少年の声が強制的に意識を引き戻す。
覚悟を持った眼差しに正面から捉えられ、迷いが消えた。
彼と共に行くべきだと──言葉も分からぬくせに──そんな気がして。
次の瞬間槍と少年を小脇に抱え、走り出していた。
「~~~ッ!?」
「すまない、耐えてくれ」
塔の天辺へ通ずる階段は、内側の壁に螺旋状に突き出た僅かな出っ張りでしかなく、少年の歩幅で渡るのは厳しい。
失礼ながら塔に来るまでの様子から、素早くも力があるようにも見えなかったので、手っ取り早く担ぐ事にしたのだ。
二段、三段と飛ばすうち、やがて悲鳴も出なくなったが、最上部の床に降ろすと少年は震えながらその場へ座り込んだ。
それでも塔の縁へと手をかけ、身を乗り出すようにして辺りを見渡す。
何事かを叫び、指さす方向に信じられない光景があった。
「ばかな……」
塔の高さは城壁を越える。
二人が立つ場所から、壁外の状況はよく見えた。
昼の明るい日を背負い、地平を埋め尽くす大軍。
歩哨にも見張りにも気付かれず、一体どこからこの大軍が沸いてきたのか。
「駄目だ、間に合わない」
有事でもない限り、王都を守る常備軍は二千。
内陸、平地にある王都は、城壁を築く事で防衛を固めている。
間の悪い事に王直属の騎兵隊は周回中。知らせがあれば半日で駆けつけるが、攻城塔を押し、梯子を担いだ敵兵が壁のすぐ側まで迫っていた。
「ン!」
「……何だ?」
絶望に立ち尽くしていると、少年が手の上から槍を掴む。
レグルスの手ごと持ち上げるような動作で、何度も空へ向かって差す。
投げろという意味かと思ったが、勢いを付けて振りかぶると慌てて止められた。
槍を何度も握らせ、繰り返し同じ方向を指さす。
離さず翳せという意味だろうか?
「わかった。これで良いか?」
拳を握り親指を立てる不思議な動作をした後、少年は力強く頷いた。
相手の示す通り天に向かって槍を構えれば、体に不思議な力が漲る。
「これは──」
その瞬間黒い点でしかなかった敵の顔、その表情までも分かる距離へと視点が迫る。
飛ぶ鳥のように視界が広がり、敵の動きが手に取るように分かった。
地上で蠢く敵軍、空から迫り来る魔物の群れ──その息遣いや涎を垂らす口元までも──見える筈のない範囲まで見えている!
遠見の魔法に似ているが、桁違いだ。
これがあれば戦場でどれだけの優位に立てるか。
湧き上がる高揚に、手の中のそれを強く握る。
作りの柔い武具はレグルスが力を込めただけで壊れてしまう。だが今手にしている槍は、重さを感じないのに力強く手の平を押し返してきた。
体格に恵まれ、元より力のある方だが、膂力ではなくまるで腕と一体になったかのように、自然に振るえた。
「──ッ!」
虚空を貫く槍の先から、一条の光が天を差す。
昼間にもかかわらず空は一瞬で暗くなり、無数の瞬きが見えた後──星々が一斉に地上へと降り注ぐ。
「ぎゃあっ!」
異変を感じて空を仰いだ敵兵が、落ちた光に貫かれた。
宙を羽ばたく黒い影も同様に、次々と地面へ叩きつけられ、塵も残さず消えていく。
あまりに大きな力。
槍を振るったレグルスさえ、震えがくる程の惨状だった。
「人の戦いではない……」
敵軍が後退を始めた。
陣形は解け、端から溶けていく。
ここまで崩れては立て直せまい。
だが逃げ出した兵は次々に倒れ、魔物の果て──投げ出されのたうつ闇が、氾濫した河川のように暴れ、敵兵を飲み込んでいく。
なんとも不気味で哀れな光景であった。
「──っ」
戦場で情けは無用。
心を殺し、もう一度槍を振る。
天から星が落ちてくる。
星は無数にあるというのに。
「……許せ」
十五で戦場へ出て以来散々見てきたとはいえ、人が死ぬ間際の光景は、いつでも胸が悪くなるものだ。
ふと気になった。
あの子供は平気だろうか?
触れた感触は柔らかく、戦う者の手ではなかったが。
惨たらしい様の骸を前に、新兵が腹の中身を吐き戻すのは、戦場の恒例行事だった。
辛い思いをしているのではと視線をやると、彼は城壁の縁に手をかけたまま座り込み、荒い息を吐いていた。
「体調はいかがですか」
「大丈夫。多分」
あの日倒れた彼を受け止め、その軽さに驚いた。
背の割に肉がなく、骨も細い。
平坦な顔立ちは子供のようにも見える。大陸の東に黒を持つ民がいるというが、彼らを見知っているという役人は『言葉も服装も違う』と断言する。
意識が朦朧としている少年を、王城へ運んだ。
塔の上で槍を振るう所を見られていたようで、喜色を浮かべた兵や民がレグルスを取り囲んだが、それどころではない。
王に一部始終を報告し、魔術師を寄越して貰うまでは生きた心地がしなかった。
恩人であるのは間違いないが、彼のような人は見た事がなく、またどう接すべきかもわからない。
所詮学のない農民出。
父親は木こりで、母親は農家の娘だ。
与えられた屋敷を持て余し、家族を王都へ呼んだがひと月も保たなかった。
やる事がないとさっさと帰って行った両親が、正直羨ましい。
貴族や王族が特別優れた人間だとは思わないが──それでも育ちというものはある。
そもそも戦で手柄を立て身分を与えられ、王に仕える事になったものの、レグルス自身は騎士や忠誠というものにいまひとつ実感がない。
自分が強い事は理解している。
だがそれに地位だの権力だの面倒なものがまとわりつくと、途端に嫌になって田舎へ帰りたくなってしまう。
そんな人間が接して良い相手なのかと、今も思っている。
「俺の事よりそっちはどう? 『流星槍』ってぶっちゃけチート武器だからさ、変な影響あったら申し訳ないなって」
「ちーと……?」
「力が強すぎるってこと」
彼は時折不思議な言葉を使う。
奇妙な音の連なり。意味がわからないのは言語魔法の外にあるからだと、魔術師が言っていた。
それだけ知に溢れた世界なのだろうと、この国一番の知者が夢を見る眼差しで語る。
事実彼は魔術師と同等の会話を繰り広げており、内容はまったく未知ながら、ある程度確信を持って話しているようであった。
弁の立つ知識自慢の貴族達も、自分より上位の存在に気後れしたのか、遠巻きにしていた。
彼らは恥をかく事を何より嫌う。
逆にレグルスは気が楽になった。
誰も知らぬのなら、彼の前では皆赤ん坊のようなもの。
生まれや学の無さをあげつらわれ、馬鹿にされるのが面倒で仕方ないレグルスは、極端に口数の少ない男と思われているが実際はそうでもない。
「あの槍は『流星槍』と言うのですね」
「あれ、そうじゃないの? 国に伝わる伝説の武器とかじゃ……?」
「いえ」
あの塔は王都よりずっと古く、昔から平原に建っていた。
石の素材も組み方も今とはまるで違うらしく、また妙に丈夫で大工でも壊せなかったらしい。
前は麦の貯蔵に使われていたとか……そんな程度のもので、槍が埋まっているなど聞いた事もない。
「うわー設定の穴かこれ。細かく決まってない部分ってどうなるんだ?」
「ユウキ殿?」
「だとすると『地鳴剣』の扱いって……あれもただ『流星槍』の対扱い? 初手回収していいもんかなコレ」
ぶつぶつと意味のわからない事を呟く少年は、突然顔を上げ、真剣な眼差しでレグルスを見つめた。
「あのさ、レグルス」
「はい」
「俺の話信じてくれるか?」
「勿論です」
これから大陸全土で国が乱れ戦が起き、その隙を突くように魔物が攻めてくる。
そうならないよう、争いの目を潰していかねばならぬと彼は告げた。
それには『流星槍』と、このレグルスの力が必要であると。
「これから俺とあちこち回る事になるんだけど、その辺の覚悟とか」
「当然ではないですか?」
他ならぬ彼が私に神器を授け、力を与えた。
仕えるのは当然の事。むしろ要らぬと言われても付いていくつもりである。
「我が命にかえましても」
「いや重いってぇ! それに勇者はお前だから、な? 俺はただのガイド的なソレで、そんなご大層な扱いしなくたって」
「貴方がいなければこの国も私も今頃生きてはおりません。その恩に報いること当然と、我が王も申しております」
「なにコレぇ……バグ? バグなの? 好感度イカれてない?」
「コーカンド?」
「んんっ!」
名を呼ばれただけで、意識の全てを持って行かれる。
視界の端にその姿を認めたレグルスは、全力で駆けた。
待たせるなどという事はあってはならない。彼は尊い存在なのだから。
「お呼びですか、カミシマ様」
「風圧がっ……ああ、名前でいい。悠生で」
そう言って物珍しげに訓練場へ降りてくる、黒髪の少年。
護衛の兵に囲まれ窮屈そうではあるものの、表情に暗さがない事にほっとする。
最後に見た時は随分と顔色が悪かった。
言語魔法は希少かつ使い勝手の良い魔法だが、あれは取り込む言葉の数が多い程苦しむ事になる。
簡単な単語や日常会話程度なら、少し重さを感じる程度で済むのだが……
「俺も名前で呼んじゃってるから」
「しかし──」
つまりそれだけ彼の知識の器が大きい、という事でもある。
この国の民ならば、両親は魔術の才があると喜んだろう。
「落ち着かねえんだよ、ホント」
そう言って屈託無く笑う、この少年こそが本当の英雄である事を、我らは広く知らしめねばならない。
他国の軍と魔物の侵略により、城壁の一部や建物は崩れ、王都はかなりの被害を受けた。
奇跡的に死人は出なかった。
建物の崩壊に巻き込まれた怪我人も、すぐに助け出されて無事である。
あれほどの軍勢に攻めかかられて、一つの命も失わないなど希有なこと。
戦は苛烈なもの……戦場に慈悲は存在しない。
「ではユウキ様と」
「敬称いらん。呼んだら俺もレグルス様って呼ぶ」
「──!」
「こちとら初対面から呼び捨てだからな? それで様呼びとか逆に居心地悪いわ」
あの日突然目の前に現れた少年は、こことは違う世界から来たという。
彼を見るまでは渡り人も勇者も、ただの言い伝えだと思っていた。
国の危機に都合よく現れる勇者など、眠れぬ子に親が言い聞かせる夢物語でしかないと。
「ユウキ、殿」
「んー……ま、いいか。早く慣れろよ」
だがこの少年が言葉も通じぬ相手を辛抱強く導き、襲撃に惑うばかりの己に神器を授け国を救ったのは、紛れもない事実。
王城を急襲した魔物の数は空を埋め尽くす程であり、事実半壊している。
あと少し遅れていただけでも命はなかったと、後に王より聞いた。彼がいなければ、この国は滅んでいたかもしれぬと。
本当に、紙一重であったのだ。
「──、レグルス!」
自分を呼び止めた男が上を指す。
その時点では手にした槍の感触も、騒がしく呼ばわる兵士の声も、半分夢のようで現実味がなかった。
「だが、敵が」
攻勢を知らせる太鼓の音。
戦場で嫌と言うほど聞いたそれに、全身の毛が逆立つ。
見張りの兵がひっきりなしに鐘を鳴らし、集まるようにと呼ばわっている。
国を守る者として、一刻も早く馳せ参じねばならぬのに。
「レグルスッ!」
少年の声が強制的に意識を引き戻す。
覚悟を持った眼差しに正面から捉えられ、迷いが消えた。
彼と共に行くべきだと──言葉も分からぬくせに──そんな気がして。
次の瞬間槍と少年を小脇に抱え、走り出していた。
「~~~ッ!?」
「すまない、耐えてくれ」
塔の天辺へ通ずる階段は、内側の壁に螺旋状に突き出た僅かな出っ張りでしかなく、少年の歩幅で渡るのは厳しい。
失礼ながら塔に来るまでの様子から、素早くも力があるようにも見えなかったので、手っ取り早く担ぐ事にしたのだ。
二段、三段と飛ばすうち、やがて悲鳴も出なくなったが、最上部の床に降ろすと少年は震えながらその場へ座り込んだ。
それでも塔の縁へと手をかけ、身を乗り出すようにして辺りを見渡す。
何事かを叫び、指さす方向に信じられない光景があった。
「ばかな……」
塔の高さは城壁を越える。
二人が立つ場所から、壁外の状況はよく見えた。
昼の明るい日を背負い、地平を埋め尽くす大軍。
歩哨にも見張りにも気付かれず、一体どこからこの大軍が沸いてきたのか。
「駄目だ、間に合わない」
有事でもない限り、王都を守る常備軍は二千。
内陸、平地にある王都は、城壁を築く事で防衛を固めている。
間の悪い事に王直属の騎兵隊は周回中。知らせがあれば半日で駆けつけるが、攻城塔を押し、梯子を担いだ敵兵が壁のすぐ側まで迫っていた。
「ン!」
「……何だ?」
絶望に立ち尽くしていると、少年が手の上から槍を掴む。
レグルスの手ごと持ち上げるような動作で、何度も空へ向かって差す。
投げろという意味かと思ったが、勢いを付けて振りかぶると慌てて止められた。
槍を何度も握らせ、繰り返し同じ方向を指さす。
離さず翳せという意味だろうか?
「わかった。これで良いか?」
拳を握り親指を立てる不思議な動作をした後、少年は力強く頷いた。
相手の示す通り天に向かって槍を構えれば、体に不思議な力が漲る。
「これは──」
その瞬間黒い点でしかなかった敵の顔、その表情までも分かる距離へと視点が迫る。
飛ぶ鳥のように視界が広がり、敵の動きが手に取るように分かった。
地上で蠢く敵軍、空から迫り来る魔物の群れ──その息遣いや涎を垂らす口元までも──見える筈のない範囲まで見えている!
遠見の魔法に似ているが、桁違いだ。
これがあれば戦場でどれだけの優位に立てるか。
湧き上がる高揚に、手の中のそれを強く握る。
作りの柔い武具はレグルスが力を込めただけで壊れてしまう。だが今手にしている槍は、重さを感じないのに力強く手の平を押し返してきた。
体格に恵まれ、元より力のある方だが、膂力ではなくまるで腕と一体になったかのように、自然に振るえた。
「──ッ!」
虚空を貫く槍の先から、一条の光が天を差す。
昼間にもかかわらず空は一瞬で暗くなり、無数の瞬きが見えた後──星々が一斉に地上へと降り注ぐ。
「ぎゃあっ!」
異変を感じて空を仰いだ敵兵が、落ちた光に貫かれた。
宙を羽ばたく黒い影も同様に、次々と地面へ叩きつけられ、塵も残さず消えていく。
あまりに大きな力。
槍を振るったレグルスさえ、震えがくる程の惨状だった。
「人の戦いではない……」
敵軍が後退を始めた。
陣形は解け、端から溶けていく。
ここまで崩れては立て直せまい。
だが逃げ出した兵は次々に倒れ、魔物の果て──投げ出されのたうつ闇が、氾濫した河川のように暴れ、敵兵を飲み込んでいく。
なんとも不気味で哀れな光景であった。
「──っ」
戦場で情けは無用。
心を殺し、もう一度槍を振る。
天から星が落ちてくる。
星は無数にあるというのに。
「……許せ」
十五で戦場へ出て以来散々見てきたとはいえ、人が死ぬ間際の光景は、いつでも胸が悪くなるものだ。
ふと気になった。
あの子供は平気だろうか?
触れた感触は柔らかく、戦う者の手ではなかったが。
惨たらしい様の骸を前に、新兵が腹の中身を吐き戻すのは、戦場の恒例行事だった。
辛い思いをしているのではと視線をやると、彼は城壁の縁に手をかけたまま座り込み、荒い息を吐いていた。
「体調はいかがですか」
「大丈夫。多分」
あの日倒れた彼を受け止め、その軽さに驚いた。
背の割に肉がなく、骨も細い。
平坦な顔立ちは子供のようにも見える。大陸の東に黒を持つ民がいるというが、彼らを見知っているという役人は『言葉も服装も違う』と断言する。
意識が朦朧としている少年を、王城へ運んだ。
塔の上で槍を振るう所を見られていたようで、喜色を浮かべた兵や民がレグルスを取り囲んだが、それどころではない。
王に一部始終を報告し、魔術師を寄越して貰うまでは生きた心地がしなかった。
恩人であるのは間違いないが、彼のような人は見た事がなく、またどう接すべきかもわからない。
所詮学のない農民出。
父親は木こりで、母親は農家の娘だ。
与えられた屋敷を持て余し、家族を王都へ呼んだがひと月も保たなかった。
やる事がないとさっさと帰って行った両親が、正直羨ましい。
貴族や王族が特別優れた人間だとは思わないが──それでも育ちというものはある。
そもそも戦で手柄を立て身分を与えられ、王に仕える事になったものの、レグルス自身は騎士や忠誠というものにいまひとつ実感がない。
自分が強い事は理解している。
だがそれに地位だの権力だの面倒なものがまとわりつくと、途端に嫌になって田舎へ帰りたくなってしまう。
そんな人間が接して良い相手なのかと、今も思っている。
「俺の事よりそっちはどう? 『流星槍』ってぶっちゃけチート武器だからさ、変な影響あったら申し訳ないなって」
「ちーと……?」
「力が強すぎるってこと」
彼は時折不思議な言葉を使う。
奇妙な音の連なり。意味がわからないのは言語魔法の外にあるからだと、魔術師が言っていた。
それだけ知に溢れた世界なのだろうと、この国一番の知者が夢を見る眼差しで語る。
事実彼は魔術師と同等の会話を繰り広げており、内容はまったく未知ながら、ある程度確信を持って話しているようであった。
弁の立つ知識自慢の貴族達も、自分より上位の存在に気後れしたのか、遠巻きにしていた。
彼らは恥をかく事を何より嫌う。
逆にレグルスは気が楽になった。
誰も知らぬのなら、彼の前では皆赤ん坊のようなもの。
生まれや学の無さをあげつらわれ、馬鹿にされるのが面倒で仕方ないレグルスは、極端に口数の少ない男と思われているが実際はそうでもない。
「あの槍は『流星槍』と言うのですね」
「あれ、そうじゃないの? 国に伝わる伝説の武器とかじゃ……?」
「いえ」
あの塔は王都よりずっと古く、昔から平原に建っていた。
石の素材も組み方も今とはまるで違うらしく、また妙に丈夫で大工でも壊せなかったらしい。
前は麦の貯蔵に使われていたとか……そんな程度のもので、槍が埋まっているなど聞いた事もない。
「うわー設定の穴かこれ。細かく決まってない部分ってどうなるんだ?」
「ユウキ殿?」
「だとすると『地鳴剣』の扱いって……あれもただ『流星槍』の対扱い? 初手回収していいもんかなコレ」
ぶつぶつと意味のわからない事を呟く少年は、突然顔を上げ、真剣な眼差しでレグルスを見つめた。
「あのさ、レグルス」
「はい」
「俺の話信じてくれるか?」
「勿論です」
これから大陸全土で国が乱れ戦が起き、その隙を突くように魔物が攻めてくる。
そうならないよう、争いの目を潰していかねばならぬと彼は告げた。
それには『流星槍』と、このレグルスの力が必要であると。
「これから俺とあちこち回る事になるんだけど、その辺の覚悟とか」
「当然ではないですか?」
他ならぬ彼が私に神器を授け、力を与えた。
仕えるのは当然の事。むしろ要らぬと言われても付いていくつもりである。
「我が命にかえましても」
「いや重いってぇ! それに勇者はお前だから、な? 俺はただのガイド的なソレで、そんなご大層な扱いしなくたって」
「貴方がいなければこの国も私も今頃生きてはおりません。その恩に報いること当然と、我が王も申しております」
「なにコレぇ……バグ? バグなの? 好感度イカれてない?」
「コーカンド?」
「んんっ!」
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