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守ってくれたぬくもり
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放課後、夕暮れ時。綾菜は一人、家路を急いでいた。
夕方の風は冷たく、昼間の賑やかさが嘘のように街は静まり返っている。綾菜は、冷たくなった指先をパーカーの大きなポケットに滑り込ませた。内側のボアがしっとりと手を包み込み、凍えそうな心まで温めてくれる。
「やっぱり、これにして良かった……」
そう思った、その時だった。
「お嬢ちゃん、ちょっといいかな」
背後から低く、湿った声がした。振り返る暇もなかった。
グイッ、と力強い衝撃が背中に走った。
あの、ランドセルの上でふっくらと形を整えていた自慢のフードを、見知らぬ男の大きな手が背後から鷲掴みにしたのだ。
「ひっ……!」
喉の奥で短い悲鳴が上がる。男の指が、中綿ボアの詰まったフードの厚みに食い込んでいるのが感触で分かった。普通の薄いパーカーなら、首筋に指が直接食い込んでいただろう。けれど、ボアを贅沢にサンドしたこの生地は、男の指の圧力を押し返すような弾力を持っていた。
「離して……!」
綾菜は無我夢中で体をよじった。
このパーカーは、サイドがリブ切り替えになっているおかげで、ボア付きのアウターとは思えないほど腕が自由に動く。綾菜は男の手を振り払うように、肩を大きく回して身をかわした。
「おい、待てよ!」
男が再び手を伸ばそうとした瞬間、綾菜は全力で駆け出した。
重いランドセルが背中で上下に揺れる。けれど、ランドセルの上に乗ったフードがクッションになり、背中への衝撃を和らげてくれた。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
角を曲がり、街灯の明るい大通りへ飛び出す。振り返ると、男の姿はもうなかった。
家の玄関が見えた瞬間、綾菜は鍵を開けて飛び込み、内側からカギをかけた。
「……っ、……っ」
玄関の三和土に座り込み、激しく波打つ胸を押さえる。
震える手で、背中のフードを触ってみた。男に乱暴に掴まれた場所。
あんなに強く握られたのに、中綿のボアがすぐに反発して、フードは元のふっくらとした形に戻ろうとしていた。
「守ってくれた……」
身ごろの総裏ボアが、冷や汗をかいた綾菜の体を、変わらない温度で包み込んでいる。
恐怖で凍りつきそうだったけれど、このパーカーのぬくもりの中にいると、不思議と少しずつ呼吸が整ってきた。
綾菜は立ち上がり、玄関の鏡を見た。
少しだけ乱れた髪を直し、フードの形をいつものようにポンと整える。クリーム色のパーカーは、どんな時も綾菜の味方だった。
「ただいま、お母さん」
リビングに向かう綾菜の声は、もう震えていなかった。
お気に入りの一着を纏うことは、彼女にとって、自分自身を守る強さを纏うことでもあった。
夕方の風は冷たく、昼間の賑やかさが嘘のように街は静まり返っている。綾菜は、冷たくなった指先をパーカーの大きなポケットに滑り込ませた。内側のボアがしっとりと手を包み込み、凍えそうな心まで温めてくれる。
「やっぱり、これにして良かった……」
そう思った、その時だった。
「お嬢ちゃん、ちょっといいかな」
背後から低く、湿った声がした。振り返る暇もなかった。
グイッ、と力強い衝撃が背中に走った。
あの、ランドセルの上でふっくらと形を整えていた自慢のフードを、見知らぬ男の大きな手が背後から鷲掴みにしたのだ。
「ひっ……!」
喉の奥で短い悲鳴が上がる。男の指が、中綿ボアの詰まったフードの厚みに食い込んでいるのが感触で分かった。普通の薄いパーカーなら、首筋に指が直接食い込んでいただろう。けれど、ボアを贅沢にサンドしたこの生地は、男の指の圧力を押し返すような弾力を持っていた。
「離して……!」
綾菜は無我夢中で体をよじった。
このパーカーは、サイドがリブ切り替えになっているおかげで、ボア付きのアウターとは思えないほど腕が自由に動く。綾菜は男の手を振り払うように、肩を大きく回して身をかわした。
「おい、待てよ!」
男が再び手を伸ばそうとした瞬間、綾菜は全力で駆け出した。
重いランドセルが背中で上下に揺れる。けれど、ランドセルの上に乗ったフードがクッションになり、背中への衝撃を和らげてくれた。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
角を曲がり、街灯の明るい大通りへ飛び出す。振り返ると、男の姿はもうなかった。
家の玄関が見えた瞬間、綾菜は鍵を開けて飛び込み、内側からカギをかけた。
「……っ、……っ」
玄関の三和土に座り込み、激しく波打つ胸を押さえる。
震える手で、背中のフードを触ってみた。男に乱暴に掴まれた場所。
あんなに強く握られたのに、中綿のボアがすぐに反発して、フードは元のふっくらとした形に戻ろうとしていた。
「守ってくれた……」
身ごろの総裏ボアが、冷や汗をかいた綾菜の体を、変わらない温度で包み込んでいる。
恐怖で凍りつきそうだったけれど、このパーカーのぬくもりの中にいると、不思議と少しずつ呼吸が整ってきた。
綾菜は立ち上がり、玄関の鏡を見た。
少しだけ乱れた髪を直し、フードの形をいつものようにポンと整える。クリーム色のパーカーは、どんな時も綾菜の味方だった。
「ただいま、お母さん」
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