ふっくらフードの魔法

あやてぃ

文字の大きさ
4 / 20

守ってくれたぬくもり

しおりを挟む
放課後、夕暮れ時。綾菜は一人、家路を急いでいた。
夕方の風は冷たく、昼間の賑やかさが嘘のように街は静まり返っている。綾菜は、冷たくなった指先をパーカーの大きなポケットに滑り込ませた。内側のボアがしっとりと手を包み込み、凍えそうな心まで温めてくれる。

「やっぱり、これにして良かった……」

そう思った、その時だった。

「お嬢ちゃん、ちょっといいかな」

背後から低く、湿った声がした。振り返る暇もなかった。
グイッ、と力強い衝撃が背中に走った。
あの、ランドセルの上でふっくらと形を整えていた自慢のフードを、見知らぬ男の大きな手が背後から鷲掴みにしたのだ。

「ひっ……!」

喉の奥で短い悲鳴が上がる。男の指が、中綿ボアの詰まったフードの厚みに食い込んでいるのが感触で分かった。普通の薄いパーカーなら、首筋に指が直接食い込んでいただろう。けれど、ボアを贅沢にサンドしたこの生地は、男の指の圧力を押し返すような弾力を持っていた。

「離して……!」

綾菜は無我夢中で体をよじった。
このパーカーは、サイドがリブ切り替えになっているおかげで、ボア付きのアウターとは思えないほど腕が自由に動く。綾菜は男の手を振り払うように、肩を大きく回して身をかわした。

「おい、待てよ!」

男が再び手を伸ばそうとした瞬間、綾菜は全力で駆け出した。
重いランドセルが背中で上下に揺れる。けれど、ランドセルの上に乗ったフードがクッションになり、背中への衝撃を和らげてくれた。 

「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

角を曲がり、街灯の明るい大通りへ飛び出す。振り返ると、男の姿はもうなかった。
家の玄関が見えた瞬間、綾菜は鍵を開けて飛び込み、内側からカギをかけた。 

「……っ、……っ」

玄関の三和土に座り込み、激しく波打つ胸を押さえる。
震える手で、背中のフードを触ってみた。男に乱暴に掴まれた場所。
あんなに強く握られたのに、中綿のボアがすぐに反発して、フードは元のふっくらとした形に戻ろうとしていた。

「守ってくれた……」

身ごろの総裏ボアが、冷や汗をかいた綾菜の体を、変わらない温度で包み込んでいる。
恐怖で凍りつきそうだったけれど、このパーカーのぬくもりの中にいると、不思議と少しずつ呼吸が整ってきた。
綾菜は立ち上がり、玄関の鏡を見た。
少しだけ乱れた髪を直し、フードの形をいつものようにポンと整える。クリーム色のパーカーは、どんな時も綾菜の味方だった。

「ただいま、お母さん」

リビングに向かう綾菜の声は、もう震えていなかった。
お気に入りの一着を纏うことは、彼女にとって、自分自身を守る強さを纏うことでもあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...