Calling―20年前の君と繋がる―

おみや

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 彼女はいつも本を読んでいた。



 少し縁の丸いメガネをかけて、ぴっと姿勢よく座る姿。
 黒く切りそろえられたボブカットからのぞく白い首がなんだか眩しくて。


 
 ちょっと大人しめのグループに居た彼女は、大きな声を出して笑う事もないし、馬鹿騒ぎしている姿も見た事はない。



 かたや、こちらはバンド活動しているからか、ちょっとエネルギーが有り余っているような奴らばかり。


 
 話しかけたら、絶対怖がるよな…。



 なんでそんなに彼女が気になるのか。
 


 ちょっと、クラスに馴染めていないような雰囲気が気になるのか。
 その時の俺は、馬鹿だからその気持ちの正体にまだ気づいていなかった。



 なるべく目で追わないように、気を付けよう。
 なんて変な決意までして。




「失礼しました~」



 スプレーで真っ黒に無理やりされた髪は、ギシギシ痛んだ音をさせている。



「くそっ。カバ先のやつ。自分に髪が少ないからって嫉妬しやがって」



 その日、職員室で頭髪の乱れを指導されて、気分は最悪だった。
 折角、体育祭を盛り上げるために赤く髪を染めたのに。



「うー、風呂入りてー」



 ぶつぶつ文句を垂れ流していると、図書室から出てくる彼女が居た。
 両手で本を抱え、膝よりも少し長いスカートが風でふわりと浮いている。






 ドクンと心臓が音を上げる。




「あのさ!」



 思ったより大きな声が出てしまい彼女はびくっと目線を上げた。



「あの、クラス会参加する?」

「えっ?あの、私?」



 キョロキョロと周りに人が居ない事を確認しながら、彼女はそう小さく呟いた。



「そう。折角だし、クラス全員参加がいいじゃん」

「あ、うん。みんなの迷惑じゃなければ…参加しようかな」

「えっ!迷惑じゃないよ!誰もそんな事思ってないよ」

「そっかな。そうだといいな」

「あっ、連絡先交換してもいい?あ、もし変更とかあったら連絡つかないと困るだろうし。あ、いや、もし連絡先知られるのが嫌とかなら、無理には聞かないんだけど」

「えっ、大丈夫だよ。えっと、どうやって教えればいいのかな…。ごめんね。人に教えた事ないから、やり方がわからなくて…」

「赤外線とかついてる?」

「赤外線?」

「あ、いいや。じゃあ、俺の番号いうから、それにコールしてくれる?」

「うん。分かった」



 手元の携帯が震える。



「じゃあ、登録しておくね」


 彼女はそういうと、ぺこっと頭を下げて帰って行った。





 『新規登録』



 『早坂』




 着歴の一番最初に表示される『早坂』の文字に顔がゆるむ。
 


 






「結局、クラス会に来なかったんだよな…」
 



 その後、一度もかかってくる事のなかった番号。
 そして、自分からかける勇気もなかった。




「元気にしているかな」




 ふざけてクラスで撮った、今見れば画質の悪い写真の向こうに小さく彼女を見つける。




 まだ本が好きなのだろうか。
 黒い縁のメガネを今もかけているのだろうか。




 今、幸せに笑っているのだろうか。



 
 感傷に浸っていると、明日が休みなのをいい事についつい深酒になってしまった。






 子供たちの帰りを促すチャイムの音に、強制的に起される。




「頭いてぇ」



 軽快な着信音に無意識に手を伸ばす。



「はい…」

「あの、森口くんの携帯でお間違えないですか」



 電話の向こうから、少し若い声が聞こえる。



「森口?ああ、はい。えっ?えっと」

「あ、私同じクラスの早坂です。ごめんなさい。クラス会の場所が分からなくなっちゃって…」

「えっ?クラス会??」

「えっ、私日付間違っちゃったかな…。体育祭の打ち上げで、どこかを貸し切ってやるって」

「ああ、駅前のカラオケボックスの」

「駅前って、あの猫の看板の?」

「そう」

「教えてくれてありがとう」

「いや、大丈夫」






 なんだ、早坂か。











 えっ?









 今の?早坂?








 寝ぼけた脳みそが一気に覚醒する。








「はっ?なんだ。今の!?なんで、この携帯が繋がってるんだよ」





 いやいやいやいやいや。



 落ち着け。



 とりあえず、落ち着け、俺。


 あれだ。うん。完全に寝ぼけてる。

 昔の契約していない携帯が繋がる訳ないだろう。





 寝ぼけてた。
 間違いない。




 あの日、クラス会に早坂は来なかった。
 



 「遅くなってごめんなさい」って扉から入ってくるんじゃないかって。
 ずっと、待ってたんだ。




「そうだ。早坂は来てない。来なかったんだ。そうだ、写真!」





 慌てて段ボールから取り出した写真には、端の方で小さく笑う早坂が写っていた。


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