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しおりを挟む王子の攻防は毎日続いた。
朝起こす所からいつもバトルで、食事もバトルで、風呂もバトルだった。
その日、俺は王子の部屋の掃除をしていた。
「ノア」
呼ばれて、仕事の手をとめて王子を見つめた。
「なんでしょうか?」
「これ、あまったからやるよ……」
「え?」
王子は綺麗なカゴに入ったチョコを持っていた。
「俺にくれるんですか?」
「ああ、もらいものだけどあまったからさ」
そう言う王子の視線は横を向いている。
あまったもの?
でもこれってあまったものって言うか、わざわざ買った物に見えるんだけど?
「あ、あの、王子……」
「何だよ、いらないのかよ?」
困ったように、照れたように? 王子が言う。
「お前が最初に、高級チョコが食べてみたいって言ってたんじゃないか?」
面接の時の事を思い出した。
俺はそう、確かに王子専用召使になったら、チョコが食べられるかもしれないと言ったんだ。
赤くなって目を逸らしている王子を、じっと見つめた。
顔が良いだけで性格が悪くて、我侭で意地悪だと思っていた王子。
でもなんでだろう?
今はそんな王子がすごくかわいく見えた。
「あの、王子、ありがとうございます」
俺はちょっと照れながらお礼を言った。
なんだか胸がいっぱいだった。
すると王子は頭をかきながら、いつもの調子で言った。
「なんだよ、本当に感謝してんのかよ? だったら態度でしめして欲しいよな」
「態度って何ですか?」
王子は見てニヤリと笑う。
「そーだな、愛のこもったキスとか?」
「セクハラですよ」
「なんだよ、キスは挨拶なんだよ」
「この国の文化にないですよ」
「俺の文化なんだよ!」
「俺様ルールって、貴方はジャイアンですか?」
「ジャイアン?」
不思議そうな顔する王子に俺は説明する。
「俺の故郷の英雄ですよ。美形で知的で歌が上手くて、リサイタルなんかするとみんな失神というアイドルですよ」
「そ、そうなのか? 偉人のことか?」
真に受けた王子をクスリと笑った。
「王子、本当にお菓子ありがとうございます。嬉しいです」
「あ、ああ……」
ふいに真面目になった俺を、王子が見つめる。
俺は一歩前に出ると背伸びをして、王子の頬にそっとキスをした。
「え?」
驚く王子が何か言う前に、頭を下げると早口で言う。
「ではこれで失礼します。お休みなさいませ」
恥ずかしくて顔を伏せながら部屋から出た。
はっきり言って逃げ出した感じだ。
キスって言うのは、いつもの王子の冗談だったんだと思う。
でも俺は王子にキスしたくなって、ちょっと大胆な行動に出てしまった。
廊下を歩く俺の心臓はまだドキドキしていた。
王子は怒っただろうか?
(明日、クビにならないといいな……)
そう思いながらも幸せな気持ちで歩いていた……。
「ノア君」
名前を呼ばれて振り向いた。
それは王宮の中庭を通る、渡り廊下でのことだった。
「スピラ様」
咲き誇った薔薇の植え込みをバックに、スピラが立っていた。
「丁度、薔薇園を見てまわってたんだ」
「そうですか、王子も近くに?」
「いや、彼は自分の敷地の薔薇は見飽きてるんだろ。部屋に残ってるよ」
「そうですか、では仕事の途中なんで……」
「ノア君」
立ち去ろうとすると、スピラが俺を呼び止めた。
そして何故か俺の顔を覗きこんで言う。
「君の髪の色は珍しいし、綺麗だね」
「ただの黒髪ですよ。私の出身国ではみんなこの色で珍しくもないですよ」
「そうなの? でも艶々してていいね」
言いながらスピラは髪を触る。
その感触が嫌で、俺は身を引く。
「あの、すみません、本当に仕事に戻らないといけないので」
そう言って逃げ出そうとした。
「あ、待ってノア君。うちに遊びに来る件だけどね、さっきフィと今度の君の休みの日にしようって決めたんだ。
だからフィの車で一緒に来たらいいよ」
「……はい」
俺は頭を下げると、小走りで渡り廊下を渡った。
髪を褒められるのは初めてじゃなかった。
触られるのも初めてではない。
実は王子にもされた。
でも、その時はこうだった。
「わ、何するんですか? またセクハラですか? 俺の美貌に王子惑わされちゃたんですか?」
王子は俺のあまり長くはない髪をグイグイとひっぱった。
「お前のどこに美貌があるんだよ? あるのは貧乏だろ!」
「王子酷いです、差別的発言です!」
その時の事を思い出して、ちょっと笑みがこぼれてしまった。
王子と話したバカな会話を思い出すと、幸せな気持ちになる。
スピラはさすがに金持ちの息子だけあって、美形で気品もあるけど、王子と違って話していても面白くない。
そこまで考えて俺は呟く。
「なんだよ、俺……面白さを求めてるのか?」
でもそれはなんだか違うような気がしていた。
つまりそういう事じゃなくて……。
王子の部屋に、いつものように紅茶のセットを運ぶ。
スピラはすでに帰宅した後だった。
王子は紅茶を淹れる俺に向かって言う。
「お前も座れよ」
「え?」
驚いて手を止めて、王子を見つめる。
「一人で紅茶飲むのに飽きたんだよ。だからお前もそこに座れ」
「え、でもまだ仕事中ですし」
「お前は俺の専用召使いなんだよ。他の仕事より俺の言葉を優先しろ」
「……」
言葉使いは乱暴でやさしくなかったが、俺はなんだか嬉しい気持ちで椅子に座った。
その椅子は俺が今まで座ったどんな椅子よりも、座り心地が良かった。
でもきっとそれは椅子が高価だからとか、そんな事じゃなくて、気持ちの問題なんだと思った。
俺は王子がくれたクッキーをつまみながら聞く。
「最近スピラ様と仲が良いんですね。今まではたくさんのご友人が来られる時のお一人でしかなかったのに」
王子は片手で頬杖をついたまま眉間に皺をよせた。
「別に仲良くはないよ。ただあいつがやけに遊びに来たがるんだよ。今日も急に薔薇を見たいって言い出してやってくるし。次は自分の家にも遊びに来いって言い出すしさ」
「あの、俺もそれに誘われたんですが……」
「ああ、聞いてるよ。お前の休みの日に一緒に来たら良いって、あ!」
あ?
あって何だよ? 俺がそう思っていると、王子は頬杖をやめて顔を上げた。
「そっか……」
俺は小首をかしげたが、王子はそれきり何も言わなかった。
なんだか判らないが、スピラの家に遊びに行く事はとんとん拍子に決まっていった。
そしていよいよその当日になった。
俺は王子専用の車に乗り込む。
因みにこのでは車はたいへん珍しい。一般ピーポーはたいがい持っていても馬車だ。
俺はたまに王子のことを王子と思えなくなるが、こういう時にやっぱり王族なんだなと再確認する。
そしてしゃべらない王子は(ここがポイントだ)本当に美しい。
思うに王族というのは、のちに肖像画を描かれるためだけに美しく生まれてきたんだ。
それ以外にきっと理由はない。
あ、いやいやあるか。
国民は王が美しいだけで支持するだろう。
顔が良いだけで、頭も良い、性格も良い、慈悲深い、そう思い込むんだ……。
俺は隣に座る王子を見ながら呟いた。
「王子って顔の整形してます?」
王子は黙って俺を殴った。
スピラの家は流石に豪華な屋敷だった。
まあ王宮と比べるのは間違っているから比べないが、俺からすれば豪華な建物だった。
庭も広く、森かと思うような敷地が続いている。
スピラは玄関前まで迎にくると、庭を案内して、自慢の薔薇園などを見せてくれた。
(自分ちにあるなら、王宮まで薔薇見にこなくてもいいのに)
そう思いながら庭を見てまわった。
俺的には花より団子なのだ。
(ああ、高級チョコが食べれたら良いな……)
俺達は庭をまわった後で、2階にある一室に案内され、そこのソファに座った。
使用人が現れて、お茶をテーブルに置くと去っていった。
俺は出されたお菓子が早く食べたくて仕方なかった。
「そういえば、ノア君は今日も使用人服なんだね」
「え?」
クッキーを指でつまんだまま、スピラを見つめる。
「休日なんだから私服で来たら良かったのに」
「あ、えっと……」
「こいつはこれしか服がないんだよ。貧乏だからな」
「王子!!」
また失礼な! 事実だけど……。
するとスピラは思いっきり同情の目で見る。
「そうなんだ、かわいそうに。今度僕が服を買ってあげるよ。あ、そうだ今日うちにある服を持っていってくれてもいいよ」
スピラは俺の手を握ってそう言った。お陰でクッキーが口に入れられない。
俺は王子をチラっと見たが、彼は澄ました顔で紅茶を飲んでいる。
「……」
さっき王子を失礼って思ったけど、貧乏でかわいそうって言われるよりは、笑い飛ばされる方がいいなって思った。
まあ、そんなのは個人差でどっちでもいいんだろうけど、俺はふざけて冗談で笑いとばしてくれる王子と一緒にいるのが居心地良いと感じていた。
その後もスピラはいろいろ話しかけてくれた。
俺はそれに「はい」とか「はい?」とか「いえ」とか適当に相槌をうちながら、お菓子をむさぼり食べていた。
(つーかこれ、こっそりポケットに入れて持って帰っちゃダメかな?)
そんな事を考えていると、ふいにスピラが立ち上がった。
俺は話を聞いてなかったから、何だと思ったが、どうやら高価なワインがあるとか飲むとか、そうなったらしい。
(俺はお酒よりお菓子の方が好きだけどな……)
「ノア君もどうぞ」
「はい! ありがとうございます!」
(いや、うん、お菓子の方が好きだけど、頂けるものは何でも頂きますよ)
スピラはグラスを三つ用意して運んできた。
俺はなんとなくそれを見ていた。
(自分で入れるんだ? 普通は使用人が用意しないかな? ただ単にうちの王子より働き者なだけか……)
俺は置かれたグラスを見つめた。
「ノア君お酒は強いの?」
「いえ、あ、どうでしょう?」
「まだ未成年?」
「いえ、違いますよ。もう22なんです」
「ええ、そうなの? 見えないね、僕達より年上なんだね」
「一個ですけどね」
そんな俺達の会話に王子が口をはさむ。
「どうみてもこいつ10代にしか見えない、おこちゃまだけどね」
(王子め、年下のくせに! ってでも身分は大分違うよなーーーー)
王子はすました顔でグラスのワインを飲んだ。
ふと見るとスピラが微笑んで俺達を見ている。
「君も遠慮せずにどうぞ」
「あ、はい、いただきます!」
俺はグラスに唇をつけた。
その時、王子が机に突っ伏すのが見えた。
(なんだよ王子、めちゃくちゃお酒弱いのか)
そう思いながら俺はゴクゴクとワインを飲んだ。
そしてグラスをテーブルに置くと王子に話しかける。
「王子大丈夫ですか? まさか急性アルコール中毒とかじゃないですよね? わかってますか? 王子がそんな理由で死んだら恥ずかしい国葬になりますよ……って、あれ……」
なんだか視界がクラクラする。
俺も酔ったのか?
そう思っていると、どこか遠くから声が聞こえる。
「無駄だよ。フィ王子には強い薬を入れたんだ」
それはスピラの声だった。
俺はぼやける視界でスピラを見た。
スピラは楽しそうに微笑んでいた。
「王子には暫く眠っていてもらうから、君は僕と二人だけで楽しい時間をすごそう」
その言葉と共に体に触れられた気がした。
でも、俺はもうなんだか目が開けていられなくて閉じた。
「気持ちよくしてあげるね」
最後にそんな言葉が聞こえた。
でもそれってどんな意味だろう?
楽しいこと。
王子と冗談を言い合う以上に、楽しい事があるのだろうか?
そう考えながら俺は意識を失った……。
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