ブストサル 第三巻

かつたけい

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第二章 誕生日……の、はずなのに……

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     1
 九月某日。
 世間一般には、とりたてて重要でもない、単なる一年の中の一日であろう。わたしにとっては一応のところというべきかとっても大事なというべきか、自分でも決めかねてはいるものの、とにかく意味はある日だ。

 それはつまり、わたしの誕生日であるからだ。
 しかも、二十歳の。

 まだ子供、まだまだ子供だなどと思っているうちに、とうとうわたしもこの日をむかえることになってしまった。

 実感は? と尋ねられても、なにも感じないとしかいいようがない。
 成人になったのだなと、理屈では分かるけど。

 でも成人になったからって、だからなんだとも思う。
 二十一のくせにまるでその辺の幼児と変わらないような奴と、一緒に暮らしているからかな。それと、やはり幼児のような先輩たちと一緒に部活をやっていたり。

 まあ実感があろうとなかろうと事実は事実であり、したがって法的には酒もタバコもOKな年齢になったわけである。

 タバコは過去にほんの何回か、ちょっとした好奇心で吸ってしまったことあるけど、むせるばかりでどこがよいのかさっぱり分からなかった。常習性があるというし、かっこつけて吸い続けて、もしもやめられなくなった日には、心肺機能低下でフットサルどころではなくなってしまうし、興味も満たさているから、成人になったからとはいえもう一本たりとも吸うつもりはない。

 でも、お酒が堂々と飲めるのは、いいな。
 特に美味しいとは思わないけど、飲み会でまったく飲まないのもなんだか気まずいものがあるし。

 と、本日はわたしにとって実に記念すべきであろう日なわけであるが、しかし今日は平日、普段とまったく変わることなくフットサルの練習だ。
 と、思っていたのだけど……

ぉ、誕生日なんだって? おめでとう!」

 オジャ先輩ことごうかず先輩が、なんだか不自然なくらいの笑みを顔にたたえながら近寄ってきた。

「へー、誕生日なの? そりゃ凄い! 奇跡! おめでとさん!」

 誕生日のなにが凄いのか分からないが、かめどり先輩が珍しく祝福の言葉を投げ掛けてきた。他人の不幸を祈ったことしかないような人種のくせに、気持ち悪いな。

「どうもありがとうございます」

 ちょっと不思議な気持ちではあったが、祝福の言葉を受けてうるせえバカなどともいえないし、とりあえず素直にお礼を述べた。

 さっき、れいかしはらと星占いの話をしていて、その流れで今日がわたしの誕生日という話になったからかな。それが先輩たちに伝わったのだろう。

「みんなーっ、梨乃が誕生日なんだって! 集まれー!」

 オジャ先輩が突然に大声で叫んだ。

「えー、そうなん? おめでとう、梨乃!」
「おめでとう! 本当におめでとう!」

 みんながわたしの周囲に集まってきた。まるで示し合わせていたかのように、ささっと寄ってきたのが三年生、仕方なくそれに従うようにして二年生、一年生が。

 なんだか、様子が変だな……
 そう思った瞬間に全力で走って逃げ出しておけばよかった。と、自分の直感を信じ切れなかったことを後ほど思い切りそう悔やむことになったのであった。

「よーし、あたしたちのアイドル木村梨乃を祝福してやろうぜー」
「あの、アイドルじゃないんですが」

 わたしは三年生たちにどかんどかんと背中を突き飛ばされて、いつの間にかゴール前に立たせられていた。

「はい、このグローブはめて」

 ばんが、わたしにゴレイログローブを差し出してきた。

「あの~」
「あのじゃねえよ! せっかく祝ってやろうってのに!」
「はい。すみません」

 わたしは、仕方なく両手にグローグをはめた。
 ほんっと、なんか嫌な予感がしてきた。

「はい、では我らがアイドル梨乃ちゃんの成人のお祝いに、あたしたちからの祝福メッセージを受け取ってもらいまあーすおりゃっ!」

 番場紗希は予備動作もなにもなく、突然ボールを蹴った。
 ばちいん! と鈍い音。

 わたしは、後ろへのけぞっていた。
 無防備な顔面に、渾身の力を込めたシュートが直撃したのだ。
 まさに相撲取りの張り手を受けたかのような衝撃。受けたことないけど。
 キーーーン、と甲高い耳鳴りが……

「梨乃ちゃん、おめでとう!」

 と、強烈な祝福メッセージを送り届けた番場紗希は、楽しげに笑って拍手している。
 祝福というか、なんというか、やはり、嫌な予感の通り単なるいじめだった。

「じゃあ次はねえ、あたしからの祝福メッセー、ジ!」

 ジ、のタイミングで、亀尾取奈美が足元のボールを蹴ってきた。
 間違いなくわたしを殺そうとしているでしょ、というくらいの、それは容赦のない力を込めて。
 ほんと最悪だ、こいつら!

 しかし、
 ばす、という音とともに、わたしは両手に祝福メッセージをしっかりと受け止めていた。

「祝っていただき、ありがとうございます」

 残念だったね。わたし、自慢じゃないけど高校の頃にゴレイロの特訓もしてるんだよ。

「ああもう悔しい! 全然おめでとうじゃない!」

 床を踏み付ける奈美先輩。
 っていうかお前にとって、おめでとうってなんだよ?
 まあいいや、とにかくザマミロ、せいぜい悔しがってろ。

 と、わたしが不敵な笑みを浮かべかけたその瞬間、
 ばちいん!

 横っ面に、破裂しそうなくらいの勢いでボールが直撃していた。
 番場紗希が、わたしの死角になるような角度から蹴ったのだ。

 くそ、バン先輩め、卑劣な真似を。お前一回わたしに当ててるんだから、もういいだろ!

「もう一回おめでとー」

 ニッコリ顔のバン先輩。
 おめでとうじゃねえよ!

 このままじゃ死ぬ。集中して、ボールを受けるしかない。

 と気を取り直し、構え直したその瞬間、後頭部になにかがガチンと当たり、わたしの目から火花が吹き出した。
 わたしは意識が吹っ飛びかけ、ぐらりよろめいた。

「おめでとう!」

 オジャ先輩が、頭突きをしてきたのだ。
 それ、フットサルでもなんでもないでしょ……

「はい、それじゃあみんな、どんどん蹴って~。思い思いの祝福メッセージを~、お~く~り~ま~しょ~」

 オジャの音頭のもと、こうして百人組み手ならぬ地獄の百本キャッチが始まったのであった。

 一年生二年生も、三年生が怖いのか本気で蹴ってくるし。
 おかげでわたしの身体はすっかりぼろぼろ。

 人生で一度しかない、成人になった記念の日だというのに……かつてない最低最悪の誕生日だ。

     2
 西武新宿線、東村山駅。

 その東口に、むらつまりわたしと、ないとうさちの二人は立っている。

 二人とも、大きなトートバッグを肩からひっさげ、小脇にはハンドバッグ、着ているのはTシャツにジーンズという、さあ辺鄙な田舎を初めて飛び出し都会にやって参りましたといった出で立ちである。

 センスがないから毎度そうなってしまうだけで、別に初めての都会ではないけど。

 これから、二人で買い物に出掛けるのだ。
 内藤に誘われて、渋谷と原宿へ。

 この前付き合ってやって、もう渋谷も原宿も行き方分かるんだから、内藤一人で自由に行ってくればいいのに。なんでも、ジロジロと見られたり田舎もんキターとか指を差されそうで一人では恥ずかしいとのことだ。

 お前はその存在自体がもうギャグキャラクターの領域に入っているんだから、恥ずかしいもなにもないだろうに。と本気で思ったけど、いわないでおいてあげた。泣いちゃうから。

 内藤は、お洒落な場所へのお出かけが久々なものだから、なんだかすっかりハイになってしまっている。さっきからすぐ隣で、引っ切りなしにどうでもいいことを喋り続けていてうるさい。

「いくぞお!」

 感極まったのかついに大衆の面前で片腕振り上げ、絶叫してしまった。
 渋谷に行くくらいでこんなテンション高まる生き物が、この世にいるのか! 凄いな、地球は。

「おーっ!」

 なんだかんだ内心文句をいいつつも、そのテンションに付き合ってあげる優しいわたし。
 こうして二人は改札を通り、電車に乗り、新宿経由の原宿へ向けて出発したわけであるが……


   (中略)


「おい……」

 到着してみれば、そこは何故だか秋葉原。
 ひょろひょろメガネの、いかにもという雰囲気の男の子が目の前を行き交う中央口。
 メイドの格好をした女の子が、ポケットティッシュ配りをしている。

「喫茶マリエルでえす」

 わたしたちのことをカップルとでも思ったか(どちらが男と思われたか、語るまでもないだろう)、ティッシュを差し出してきた。

「あ、どーも」

 内藤は頭を掻きながら、手を伸ばした。

「どーもじゃねえよ!」

 ズドッ、と漫画なら絶対に激しく痛々しい擬音文字で表現されていただろうか。このデカブツの脇腹を、全力でもって肘で小突いたのだ。

「あのさあ、なんなのこれ?」
「秋葉原……」

 苦しそうな声で答える内藤幸子、齢二十一。

「そんなこと分かってんだよ。今日は原宿に行くって出かけたよな」
「いや、つい」

 つい、で、なんで秋葉原で下りるんだよ。山手線をぐるりと半周してさ。変だなと思いつつ引き止めなかったわたしもわたしだけど。

 まあ来てしまったものは仕方がない。
 お金はないけれど、とりあえず将来に備えて家電商品のリサーチでもするか。渋谷原宿は午後だ。

 と思ってお店を廻っていたら、内藤のバカがお店の人のトークに乗せられて、なんだか高そうな機械を購入してしまった!

 お掃除ロボット、って、うちそんなの動かせられる床のスペースなんかないだろ。なに考えてんだお前!

「でもね、この部分の耐久性と、この部分があるから他社とは吸引性が違うんだって~」

 お茶に寄った喫茶店で、さっそく箱から取り出して、周囲の迷惑も顧みずにウィーンなどとけたたましい音を鳴らしている。
 細かいけど「でもね」ってなんだよ。日本語は正確に話せよ。

「でもね、次んとこで買ったこの包丁も、なんかね、この側面の穴が凄いんだって」

 掃除機買ったお店の隣のビルの前で、ペラペラと口上の達者なおじさんが調理器具の実演をしていて、またそれに乗せられて買ってしまったのだ。べっぴんさん、とか嘘八百を真に受けて。
 まあ、こっちはそんな高くないからいいけど。というか、もうどうでもいいや。わたしの財布じゃないし。

「ふーん」

 わたしは、もう頬杖ついてそっぽ向いて全然聞いてない。真面目に相手してやるほど、こっちがバカ見るんだもん。

 しかし内藤と将来結婚することになる旦那さんって、かわいそうだよな。家庭の経済事情を全く考えない不要な品を衝動買いされて。

 結局その衝動買い二連続により内藤の財布にお洒落な服を買えるほどの余裕がなくなったため、渋谷や原宿で服を買うのは断念、したのであるが……

 これまた内藤の衝動的提案により、秋葉原から三駅のところにある有楽町で都道府県のアンテナショップめぐり。
 沖縄のちんすこうだの、富山の黒造りだの、マニアックなものをちょこちょこと買って、残っていたわずかな金も使い果たし、帰宅の途についたのであった。

 帰りの電車の中で思った率直な感想。
 なんだったんだ、今日のこの一日……

     3
「はい、ストップ! そこから動かないで!」

 ピッチの中でボールを追って走り回っていた女の子たちが、わたしの声に、ピタリと静止した。
 動くなという言葉を額面通りに受け取って、ポーズを保とうとして全身がぷるぷる震えている子もいる。

 みな十歳くらいの、元気のよさそうな女の子たちだ。
 わたしはその子たちの中に入っていった。

「ポジション確認するだけだから、普通に立ってていいよ。それじゃあ、いまみんながなにを考えてその位置にいるのか、確認していこうか」

 ボックスという陣形で攻めていたビブス組が、ボールを運ぶことに夢中になるあまり陣形が完全に崩れてしまっていた。
 反面、守る側は、臨機応変に陣形を崩して、上手に対応が出来ていた。
 崩れてしまうのと崩すのは違う、ということで、わたしの造語でいう能動的陣形と受動的陣形について説明しようと思い、ゲームをストップさせたのだ。

 まずはFPである八人に、どのような理由をもって動こうとしていたのか、それぞれに発言をさせた。

 周囲の敵や味方を見て、どう思ったか。
 守備の問題や、攻撃側はもっと効率のよい攻めや、ボールを奪われた場合のリスクはないか、など。

 全体的な戦術については、まだまだよく理解していない部分はあるものの、でもみんな、自分の言葉でしっかりと説明してくれた。
 ああそんな考えもあるのだな、と感心させられる部分もあった。

 続いて、ゴレイロの側からどのように見えたか。
 FPに、どのように動いて欲しかったか。
 などについて、話してもらった。

 こうしてしっかり考えて自分の言葉で話す癖を身につけることで、フットサルから離れた普段の生活でも役に立つだろうしね。

 その後、わたしが全体の意見をまとめ、陣形などについてフットサルの先輩としての意見をさらりと講釈たれると、素早くピッチの外に出た。

「変なとこで止めちゃってごめんね。それじゃあ再開!」

 ぱん、と手を叩いた。
 子供たちは、試合を止めていたことに混乱することもなく、わっと動き出した。

 しかし……わたしの話をふむふむと真面目な顔で頷きながら聞いていた女の子たちであったが、結局、その後もまるで動きに変化はなかった。
 まあ、まだ小学生。
 個人技を磨く時期だからね。
 大会に出るようなチームともなれば、話は違うだろうけど。

 ここは土の上のピッチ。
 小学校の校庭だ。

 石灰でラインを引いて、フットサルのコートを作り、その中でビブス着用組と未着用組とに分かれて試合をやっているところだ。

 先ほどまでは、わたしやもとこのみが一緒になって、パス回しの練習をしていたのだけど、いまはピッチに子供たちだけ。

「あたし流に勝手に教えちゃったけど、よかったのかな?」

 と、いまさら不安になって、すらり体型のポニーテール女子に尋ねた。

「ああ、いいよいいよ。あたしとだけだと教え方もマンネリになっちゃうから、むしろよかったよ、新鮮な感じで。ありがとう」

 と、笑顔を見せるすらり体型ポニーテール女子、根本このみはわたしの高校時代の同級生。
 フットサル部で、一緒に大会にも出た仲間だ。

 卒業してから特に会うことはなかったのだけど、先日、後輩の結婚式で再会し、お互い東京に出ていることを知って、ちょこちょこと連絡を取り合うようになったのだ。

 やま市で子供たちにフットサルを教えていると聞いて、さっそく遊びにきて、お手伝いをしているというわけだ。
 狭山市は埼玉県だけど、わたしの住むひがしむらやまから電車で近いので。

「ユリエ! ほら、そこ自分で行くのもいいけど、後ろにモコがいたでしょ! モコも、おとなしくしてないでもっと声を出して要求しろよ! お前は前に目があるけど、ユリエは後ろに目はないの! 分かった?」

 ユリエちゃんが、シュートをゴレイロに難無くブロックされてしまったのを見て、このみが大声を張り上げて注意をした。

「はい……」

 モコちゃんは、少ししゅんとしてしまっている。
 活動的ではあるけれど、あまり声出しというかコミュニケーションが出来ないタイプらしい。多いよね、現在は。わたしたちの世代も例外でなく。

「もっと大きな声で!」
「はーい!」

 顔を真っ赤にして叫んでいる。モコちゃん、可愛いな。

 この少女フットサルクラブを将来的に強く有名にしたい、というのが根本このみの夢とのことだ。大学で知り合った親友である、いしとともに。

 石田美穂は中高とフットサルをやっていたのだが、高三の引退間近というタイミングで膝を壊して、フットサルを続けられなくなってしまった。

 やれないことはないが、激しく戦うことは絶対的に無理らしい。
 医師からそう宣告され、悲観にくれていたところ、友達のお父さんから、フットサルクラブを引き継がないかという話を受けたらしい。

 フットサルをやりたい小さな女の子のための草クラブだ。フットサルコートはお金がかかるし、近くにあると限らないし、やりたくてもやれない子がたくさんいる。そんな子たちを、救済するための。

 そんなクラブを、急に引き継いでくれなどといわれても、石田美穂は運営に関わったどころか草クラブへの所属経験もない単なる十八歳の女の子。最初は迷っていたが、その相談を受けた根本このみが話に食いついてきたこともあり、意を決して引き受けることにしたのだ。

 それから、苦悩しながらも二人三脚でなんとかやっているとのことだ。

 小学校の校庭を使わせて貰うことで、ほとんどお金をかけず、つまりは無料の教室を実現させている。
 一回ごとに三百円を徴収しているが、これは保険代で、なにごともなければ半分以上を返せるはずとのことだ。

 女子フットサル部のある中学高校などほとんどないため、近くの女子中高生からも、こうした場を設けて欲しいと声をかけられて、検討しているとのこと。

 このみはあくまでも石田美穂の手伝い、ということでスタートした教室であるが、いつの間にやらこのみの方こそ際限なく夢が膨らんでしまっているようだった。

 いつか、世界一の少女フットサルクラブにする。
 いつか、もっとフットサルがメジャーになって、女子プロクラブなどが出来た日には、どんどんプロチームに輩出出来るようにする。

 等など。
 聞いているだけでわくわくする、凄い話だ。

 その夢を横取りするつもりはない。このみと、石田美穂とで頑張ってかなえて欲しい。

 でも、ここに来てよかった。
 改めて、自分の子供好きを実感したから。
 それと、自分がフットサルを大好きなんだということを。

「梨乃さあ」
「なに?」

 子供たちの試合を見ながら、スポーツドリンクを飲んでいるわたしたち。

「まだ、たかと付き合ってんだよね?」
「うん」
「そうなんだ」
「うん」
「いつ結婚すんの?」

 その言葉に、わたしはむせ、ぶほほっと口の中のものを吹き出してしまった。

「きたねえな、おい!」
「なんだよ急にそんな話! まだ二十歳だよ、あたしら!」
「でもしげ、十八で結婚したじゃん」
「それは、そうだけど」

 真砂まさごしげ、高校時代の一学年下の後輩だ。
 フットサルはかなり上手だし、フットサルに限らず色々なことにチャレンジする行動家である。
 などといわれると、誰しも社交的な人間をイメージすると思うが、しかし彼女は信じられないくらいに無口。部にも、どんな声なのか知らない者がいたくらいだ。

 親友のしのが、これがまた信じられないくらいにお喋りだったから、コンビとしてはそれで相殺されていたけど。

 とにかくその真砂茂美は、女子とすらまともにコミュニケーション取れないんじゃないかというくらいだというのに、なんと中学生の頃からの彼氏がいて、先日、高校卒業と同時に結婚したのだ。

「まあ、茂美は茂美だよ」

 十八歳夫婦か。
 どんな生活なんだろうな。まるで想像がつかないや。ましてや茂美……

「そうだけどさ。あ、でも茂美のブーケトス受け取ったの、梨乃だよね。じゃあやっぱり、次は梨乃じゃないのお?」
「そういえば、受け取った気が……。って、そんなの関係ない。結婚なんて、まだ考えられないよ。そりゃ、付き合い続けてさえいれば、いつかはするんだろうけどさ」

 でも、わたしは去年大学に入ったばかり。
 社会に出る前に体験しておきたい様々なことを、まだまだ全然謳歌しきれていないんだから。

「ジュース買ってきました。木村さん、今日は本当にありがとうございます!」

 学校の裏門のほうから、石田美穂が歩いてきた。たくさんのジュース缶の入ったカゴを、重たそうに両手で持ちながら。

「ああ、どうもすみません」

 わたしは軽く頭を下げた。

「ああ、別に梨乃の分はいいのに。ぶははーーって吹き出すくらいだからお腹一杯みたいだよ」
「吹き出させたのはそっちでしょ!」

 わたしはこのみの頬っぺたを、両手の指で摘んで、むにゅっと横に思い切り引っ張った。

「負けるか、くそ」

 このみも生意気にやり返してきた。

「そっちに反撃する権利などない!」

 わたしは指により力を込めた。十八まで豆腐屋の手伝いをしてきた握力を舐めんなよ。

 ピッチ内で小さな女の子たちがボールを追って真剣勝負をしている中、ピッチ外で下らない争いをするわたしたちに、石田美穂が声を上げて笑い出した。

「二人とも、仲がいいんだねえ」

 どうだろう。
 いいか悪いかなんて分からない。三年間を共に過ごした仲間だから、気兼ねないというのはあるけれど。

 というわけで、わたしはより気兼ねなく容赦なく、このみのほっぺたをつねくり回すのであった。
 わたしも同じだけやり返されたけど。

     4
ちゃんはあ、趣味なんなのお?」

 現代俗語でいう「チャラい」といった雰囲気の金髪男が、わたしにそんな質問をしてきた。

 もしかしてわたしに気があるのでは、などと思うことはわたしの壮大なる勘違いであり単なる自惚れであるかも知れないが、とにかく先ほどからやたらと話し掛けてくる。

「えっと、サッカーを少し」

 フットサルといったところで分からないかも、と思ったので、あえてサッカーと答えてみた。
 話を膨らませるつもりならフットサルと答えていたけど、そんなつもり毛頭ないし。

「おー、そうなんだ、おれもサッカーよくやってたあ。キーパー。小学ん時に学校でよく」

 それは、やってたというよりやらされていたのではないだろうか。だって小学生のキーパーって、不人気ポジションナンバーワンじゃんか。
 ジャンケンで負けた子がやらされたり。
 いつもやっていたというのなら、このチャラ男は小さい頃いじめられっ子だったんじゃないだろうか。

「ね、あたし彼氏いるって、いっちゃダメなの?」

 場の雰囲気にまだ馴染めず隣でガチガチになっているないとうさちに、こっそりと耳打ちする。
 いい加減、この男に話しかけられるのが鬱陶しくなってきたから。
 内藤は硬直した表情のまま、ぐるりん、とこちらを向くと、

「アホかああああああっ、ダメに決まってんだろおおおお! だったらなんでここに来たんだよ、冷やかしだなんて失礼のきわみ! 頭脳が間抜けかお前は、ちょっとは考えろ! バーカ!」

 怒鳴るような激しい勢いと表情でもって、こそこそっと耳元で囁いてきた。
 なんだよその態度。誰のせいでここにいることになっていると思ってんだ。

「あたし、帰ろっかな」

 わたしは軽く腰を浮かせた。

「待って下さいっ!」

 内藤は必死にわたしの腰に抱きつき、凄い腕力で席に戻そうとしてくる。仕方なく、抵抗をやめてもう一度座り直してやった。

 わたしたちが着いている長テーブルの席であるが、対面には、五人の男子が座っている。うち一人は、さっきのあいつ。

 こちら側の席には、内藤とわたしと、内藤の知り合いと、そのまた知り合いが二人。女子五人。内藤のような生き物を女子と仮定するのならば、であるが。

 男女、計十人。
 ここでなにをしているのかというと、いわゆる合コンである。

 わたしにとって人生初の。
 喜ばしいどころか、むしろ汚れてしまったみたいで落ち込んでいる。

 来たくて来たわけではない。
 強引に誘われ、仕方がなかったのだ。

 「あたし彼氏いるって!」
 と、必死に抵抗したのだけど、

 「いいから来るだけこい! いや、来て下さい! お願いします! 参加費あたしが出すから! 神様! 梨乃様!」
 と内藤に頼まれ、同情心からも断れなかったのだ。

 だって、床にガンガン頭を打ち付けてお願いしてくるんだもの。

 初めて出会った高校のフットサル大会の時にも思ったけど、ほんと漫画のキャラクターみたいな奴だよな、内藤って。あの試合の時には、粗暴さ凶悪さについてそう思ったんだけど、どっちにしてもだ。

 そもそも何故わたしが誘われたか、であるが、なんでも、合コンの話が出たのはいいが、女子が一人足りなくて、お流れになるところだったらしい。
 他のみんなはまたの機会に、と思っていたらしいが、内藤一人だけ諦め切れなかったようだ。基本、こういうのに誘いの声すらかからない奴だから、この機会を逃したくなかったのだろう。

 とまあ、要は数合わせのために、わたしに白羽の矢が立ったのだ。
 そんなに真剣なのか。そこまで男が欲しいのか。と思っているうちに、なんだかこの図体がデカイだけの生き物が憐れになってきて、それならいっそ応援してやるか、と、数合わせの役を引き受けたのである。
 わたしのようなガサツ者ですら彼氏がいるというのに、二十一にもなって彼氏がいたことがないなんてかわいそうだし。頭ガンガン床に叩き付けるし。

 「おー、助かる。ありがとう! ……本当は、だからこの前、原宿に服を買いに行こうと思ってたんだけど」
 とかなんとかいってたよな。
 だったらなんで秋葉原なんか行ったんだよ。掃除機だかなんだか家電に無駄な大枚はたいちゃって、まあバカじゃなかろうか。行動のことごとくがさあ。

 それで結局、いつもの一張羅で来てんだからな。入学式やバイト面接用のスーツで。

 まあ内藤のことなんかどうでもいいけど、しかしこの男の子たち、一体どういう関係なのだろうか。

 チャラいのに、
 オタクっぽそうなメガネのガリガリ君に、
 柔道部みたいな坊主頭の真面目一筋ド根性っぽいのに、
 普通なんだけれどこの中ではそれがために逆に目立っている青年と、
 何回浪人してんだよってくらい老けた感じの学ラン学生帽に黒縁メガネ。

 関係も気になるが、とにかくみんな濃すぎる。
 なんなんだ、これ。
 まあいいや、どうでも。わたしが付き合うわけじゃないんだし。

 それじゃあ、探しますかな。
 内藤に相応しい、王子様を。

「やっぱりまずはあれかね、あれ。いいんじゃない? 野獣と野獣だ」

 わたしは、柔道部(かどうか分からないが)の男の子を気付かれないよう小さく指差しながら、内藤に耳打ちした。
 その瞬間、思わず吹き出してしまい、猛烈にお腹が痛くなって机をバンバン叩いてしまった。ぎゃははは、と漫画みたいな笑い声を上げてしまったかも知れない。

「お前、一度死ね!」

 内藤の両手に首を掴まれた。
 ゴリラのような凄まじい握力に、わたしはすっと意識を失いかけた。危うくお笑いの頂点から、一気に奈落に転落するところだった。

 しかし、誰がどう見ても相性最高の組み合わせだと思うが、内藤は一体全体自分を何様だと思っているのだろうか。
 美形がお前を相手にするわけがないだろう。
 どのみちここにはいないけど、美形なんか。

 それから数分後、ようやくにして、贅沢をいっていられる身分ではないと気が付いたのか、内藤は柔道家にターゲットを絞って話し始めたのであった。

 「得意料理はあ」などと内藤がかわいこぶって料理の話を始めた時には、二重の意味でおかしくて、また吹き出しそうになった。
 得意料理なんてないくせに。

 だけど、意外にも話が弾んでいる。
 この柔道家、真面目でなんだか包容力もありそうだし、そんな外れでもないのかも知れない! とでも思ったのか、内藤はじわじわと彼に引き込まれ始めているようだった。分からないけど、態度からそんな感じに思える。

 不器用ながらも一生懸命に喋り、アピールしていく内藤であったが、しかし神様は簡単に幸せは与えないものである。

 内藤の知り合いの知り合いである女子の一人(そこそこかわいい)が、その彼を気に入ったのか、彼に話し掛けてみたところ、一瞬にしていい感じになってしまったのだ。

 かくして内藤幸子、見事玉砕。

「梨乃おおおおおおっ」

 内藤はわたしにがっと抱き着いてきた。お前こそ柔道やってるだろ、というくらいの勢いで。
 彼をすすめた責任もあるし、さすがにわたしも同情して、大きな背中をぽんぽんと叩いてやった。

「海を見に行くなら付き合うよ。……バイトない日なら」

     5
「梨乃ちゃん、ナイスキャッチ!」

 三塁を守っている君が、ぶんぶんと手を振った。
 彼はたかミットの、大学での友達だ。

 三塁、とくれば野球かソフトボール。
 そう、わたしとミットの二人は、志田君に誘われて河川敷での草野球に参加しているのだ。

 ミットはファースト。名前が名前だけに。
 わたしはショートだ。髪もショートだし。

 自慢するわけではないけれど、自分の守備、結構いいかも。
 フットサルをやっているだけあって、また、中学の頃に陸上をやっていただけあって、瞬発力や足の速さがあり、結構打球をキャッチ出来るのだ。
 四回までセンターをやっていたんだけど、何回もキャッチアウトにしたし。

 ただ、肩が弱く投げがてんでダメ。そのせいで二度もランニングホームランを許してしまい、ショートに交代させられてしまった。

 でも内野は内野で、キャッチが楽しい。
 ライナーをジャンプして捕球した時なんか、ほんと気持ち良かった。
 あと、ダブルプレーをした時なんかもう最高。

 投げがダメだろうと内野なら近いから、ミットや他のみんながフォローしてくれるし。
 三塁には、先ほどどうフォローのしようもない悪送球をしてしまったけど。

 草野球なんだから楽しければそれでいいんだろうけど、でもミットの顔、凄く真剣だ。

 彼は中学時代はサッカー、高校時代はフットサルをやっていた。
 ひねくれ者だから、野球選手にしたいという父親に逆らっていただけで、本心は野球をやりたかったらしい。

 大学になってどこの部活にもサークルにも所属はしていないけど、だからといって野球への情熱がないわけではなく、こういった試合になると普段とは目の色が変わる。
 フットサル部でも、見せたことがないくらいに。

 そんな愛する彼氏の情熱を茶化してはいけないと思って、わたしも真剣になってプレーをしていた。がむしゃらにボールに飛び付いたり、下手なりに。

 おかげで、肩や肘や背中など、普段フットサルで使わない筋肉を使い過ぎて、疲労にもう息も切れ切れ。
 小学生の頃にもよく男の子に混じって野球をやっていたけど、こんなに全身疲れたのは初めてだ。

 明日は筋肉痛かな。
 いや、明後日かな。もう二十代だしな……

     6
「かんぱーい」

 なにに乾杯なのだかよく分からないが、とにかくみんなジョッキを片手に大声を上げた。
 草野球の後、予約しておいた近くの居酒屋で飲み会を開いているのだ。

 ちなみに試合は、わたしやミットのいるチームの負け。
 一点差の、惜しいゲームだった。

 しかしなんか大学生って、こうやってなにかにつけて飲み会ばっかりだよな。先日の合コンにしても、その一種だろうし。

 まだ夕方の五時半だからか、客はわたしたちだけだ。
 男ばっかり。
 誰だかの彼女だか女友達だかもぽつりといるものの、九割が男性だ。

「梨乃ちゃあん、ミットほんっとに偏屈で扱いに困るでしょ」

 志田君が、まだビール一口含んだだけなのに、もう酔っ払ったように、机の上に身を乗り出してわたしに顔を寄せてきた。
 隣にいる彼女のたちばなこと曰く、水でも酔うタイプとのこと。

「あ、いえ……はい、おっしゃる通りで」
「なんだよそれ」

 隣の席のミットが不満顔。

「だって、偏屈なのは本当のことでしょ」
「はあ? でもまあ、そうだな」

 と、あっさりと認めてしまうのが大物なのかアホなのか。

 わたしは志田君にせがまれて、小中高とミットとの思い出「偏屈編」をたっぷりと話してあげた。
 野球やらないでサッカーを始めたことや、
 わたしのことを好きだったくせにずっとゴリラゴリラとからかい続けていたことなど。

「そっか、そんな小さな頃からかあ、この性格はあ。ほんとこいつさあ、おれたちみたいな包容力のある奴らじゃないと、とても友達付き合いなんて出来ないもんな」
「まあ、そうかもねえ。……でも、あたし包容力なんてないよ。それで、なんで上手に付き合えてるんだろう」

 と、わたしはミットの顔を見た。

「似た者同士だからじゃないのか?」

 真顔でミットに見つめられ、わたしはつい照れてしまってミットに肘鉄。

 だってさあ、二人の相性がいいってことを、ミットが素直に認めたんだよ。
 似た者同士ってことで、わたしまで偏屈認定してきたことに関してはちょっと腹立たしいけど。

 いてえなこら、などとミットが小癪にも肘鉄をやり返してくるので、わたしも負けてなるかと再度やり返し、と、そんな応酬合戦を繰り広げていると、

「おーい、なんだかあ、ここにおもろい夫婦がおるんですがあ」

 わたしたちののろけに、志田君がナイスフォローだ。

 まだまだ六時。他のお客さんも入って少しずつ賑やかになってきた居酒屋で、飲み会は続く。

 先日二十歳になったばかりのわたしは、さっそくこの機会に、その二十歳とやらを堪能してみますか、と乾杯のビールに続き焼酎などにチャレンジしてみた。
 のであるが、加減がよく分からず、しかもこうした場の雰囲気もあって、気付けばついつい飲み過ぎており、こりゃいかんと思ったところで血中のアルコールを追い出すことなど出来るはずもなく、我慢出来なくなってトイレで吐いてしまった。

 付き合いというものがあるから二十歳になって飲めるのは有り難いけど別に酒なんか好きではない、などと思っていたところこの始末。
 最悪に自分がみっともない。
 でも現在凄まじい嘔吐感で、そんなこと考えている余裕などなかった。

 吐いてアルコールが分解されるわけでもなく、これまでの人生で経験したことのない気持ち悪さに苦しみながら、しばらくトイレを独占することになったのだった。

 気が付けば狭いトイレの中、そして自分のぶちまけた物と異臭の中、ミットに背中をバンバン叩かれ、介抱されていた。
 幻滅されたな、こりゃ。

「嫌いに、なった?」

 便器に半分顔を突っ込ませながら、わたしは尋ねた。
 そんな質問するつもりなどなかったが、喋れる余裕があると強がりたかったのかも知れない。

「なるかよ、そんなくらいで」

 そんなミットのぶっきらぼうな言葉を聞きながら、わたしはまた意識を失った。

 初のお酒の席で、こうしてわたしは早速にしてやらかしてしまったのだった。

     7
ひさ、シュートォ!」

 わたしのその言葉に反応したわけではないだろうが、フットサル仕込みの見事な足さばきボールさばきで相手守備陣を突破したはまむしひさは、ドリブルでゴール前へ切り込むかと見せたその瞬間に右足を振り抜いていた。

 まだPAペナルテイエリア内に入っておらず、ゴールまでの距離は少しあるものの、ゴールキーパーのタイミングは完全に外していた。後は久樹の蹴ったボールの精度次第であったが、しかし結果は残念、横に反れ、ポストをかすめてゴールラインを割った。

 せっかくのチャンスをものに出来ず、久樹は両腕で頭を抱え、地を踏み付けた。近くにいる味方選手に肩を叩かれ、慰められている。

「いいよいいよ、その調子!」

 わたしや景子も、大声で声援を送った。
 陸上トラックがあるせいでピッチまでの距離が遠いのと、サポーターの太鼓の音で掻き消されてしまうのとで、おそらく届いてなどいないんだろうけど。

 わたしたちは現在、埼玉県に来ている。
 埼玉県あさ市森の宮陸上競技場、というところに、女子サッカーの試合を観に来たのだ。

 フェリーブスやま 対 熱海あたみエスターテレディース。

 本日はゴール裏とメインスタンドが解放されており、わたしたちが座っているのはメインスタンドだ。

 親友である浜虫久樹が出場するということで、訪れたのだ。

 わたしや久樹の親友であるあぜけいと、道案内としてわたしの彼氏であるたかミットと共に。

 久樹がいるのは、熱海エスターテレディースの方だ。
 熱海といえばあの熱海だ。静岡県東部にある、大昔には新婚旅行の定番だったという観光地。

 そこに将来のJリーグ参入をめざすクラブがあり、その中で近年創設されたレディースチームだ。

 男子はJリーグどころかそれより何ランクも下のカテゴリである社会人リーグからなかなか抜け出せずに苦しんでいるらしいが、女子は絶好調、とんとん拍子に昇格して今年からはチャレンジリーグで日本を舞台に戦っている。

 チャレンジリーグなどといっても分からないかな。わたしも久樹がサッカー始めるまでは聞いたこともなかったし。

 なでしこリーグ、というのは誰しも聞いたことくらいはあるのではないか。日本女子サッカーのトップリーグだ。チャレンジリーグは階層ピラミッドでいう、そのすぐ下に所属している。

 つまり、わたしたちの親友である浜虫久樹は、日本で二番目に強い女子サッカーリーグで戦っているというわけだ。

 これって、凄いことだよね。
 まだ二十歳だというのに。
 日本で二番目だなんて。

 このまま順調に実力を伸ばし続け、結果を出し続けたならば、ひょっとして、いつかなでしこジャパンに選出されるんじゃないだろうか。

 などとひいき目で見ているからか分からないけど、熱海の雰囲気をイメージしているらしいオレンジのシャツに緑のパンツ、なかなかサマになっている。カッコいい。

 一人だけ、背はやたら小さいけど、でも自信を持ってプレーしているのが分かる。

 わたしの素人目にも、チームに上手く噛み合っているのが分かる。
 さすが、昇格への原動力となった一人だ。

 ただ、このチャレンジリーグではなかなか結果が出せずに苦しんでいるらしいけど。

 わたしにはよく分からないけど、実際この試合もなんだかんだとまだ得点出来ていないし、久樹のいう通りなのかも知れない。

 もしもスランプなのだとしたら、裏を返せばそれでこんな魅力的なプレーをしているのだから脱することが出来たならどれだけ凄いプレーを見せてくれることになるんだろう。

 サッカー選手としての久樹を追い掛けたいけど、チャレンジリーグってテレビでやらないのかな。
 そしたら毎試合見るのにな。

 まあとにかくやってないんだろうから、今日は目の前の生久樹をじっくりと観戦だ。

 なお、今日ここにきたのは、景子に誘われたからだ。
 なんだか最近、誰かに誘われて出掛けてばかりだよ。合コンとか、秋葉原とか。
 でもまあこの試合は、わたしの方からも誘おうと思っていたんだけどね。
 久樹の試合なんて、滅多にみられるものじゃないからな。

 去年までは静岡県熱海市をホームに東海地方でしか試合していなかったらしいし、今年から全国が舞台になったとはいえ関東での試合なんて年に二回くらいらしいし。

 ドンドンドンドン!

 両ゴール裏から、激しい太鼓の音が鳴っている。
 サポーターたちだ。

 埼玉と静岡との対戦だから、ホームとアウエーのサポーター数に大差があるかなと思っていたのだけど、ほとんど差はなかった。

 ゴール裏にいる、応援するチームのユニフォームを着ている人をサポーターだとすると、どちらもほとんど人数はいない。
 十人、いるかどうかというところだ。その分、応援を太鼓に頼ることになるのか、もの凄く耳にぼすぼす響いてうるさいけど。

 さっきから気になって仕方ないのが、アウエー熱海側のゴール裏。
 太鼓を持っている人が、プロレスラーみたいな覆面かぶってて、すっごい大きくて太っていて、選手より遥かに目立ってしまっている。完全に存在感独り占めだ。

 周囲の人達もその太鼓に合わせて、オレンジと緑のエクスタシーなどと叫んでて、なんだかぶっ飛び過ぎだよ。
 サッカーの応援なんて知らないから、こういうものかも知れないけど。

 っと、客席よりもピッチだろピッチ。わたしは応援団ではなく浜虫久樹を見に来たんだぞ。
 ……面白い熱海応援団の話は、後で久樹から教えてもらおーっと。

 しかし改めて思うけど、久樹ってほんといい選手だよな。

 身体、小さいくせに。
 サッカーって、フットサルより遥かに身長が重要になるスポーツなのに。
 スランプがどうとか、そんなこと関係なくそう思うよ。

 久樹はFWなのだけど、ただ前線に張り付いているだけでなく、時には下がったりして相手のマークを上手に外し、機を見ては大柄な相手の間を縫うように駆け抜けてチャンスを演出している。今日はまだそれが、結果には繋がっていないけど。

 フットサルはプレーヤーが少ないため常にボールタッチをしているような状態だけど、こうしてサッカーを見てみるとボールに触れる機会が実に少ない。
 それだけに必然的に、駆け引きのほとんどはボールのないところで行われるわけだけれど、久樹はそれがとても上手だ。ボールを追わずに、久樹と相手守備陣との駆け引きを見ているだけでも面白い。

 グラウンダーがパスの基本であるフットサルと違って、やたらとハイボールが飛び交っているが、久樹は小柄ながら相手に身体を当ててセカンドボールを拾ったり、対等に近い勝負が出来ている。
 ヘディングで繋いだりするのも、なかなか上手だ。

 でも、考えて見れば当然か。
 だってわらみなみ高校のフットサル部では、ハイボール処理の練習をよくやっていたのだから。

 環境や機会の問題から、フットサルからサッカーに転向する選手も多いため、いざという時に困らないように。

 ということはわたしも、サッカーやれるのかな。
 ムリだろうな……

 いや勿論やれなくはないだろうけど、ただ立ってるだけで、なにも出来ずに終わりそう。
 久樹には、サッカーの才能もあったということだな。

 と、贔屓の引き倒しで先ほどからベタ褒めしている浜虫久樹であるが、そんな彼女の実力をもってしても、なかなか点が入らない。

 シュートは打っている。しかし枠を反れたり簡単にキャッチされたりして、まったく決まらない。
 ゴールマウスはフットサルよりも遥かに大きいのに。

 どうやらサッカーは、高い位置でのボール奪取に成功したり、あえて前掛かりになったりしない限り、攻撃より守備の人数の方が多く、必然的にシュートコースが限定されてしまうようだ。

 だからパスを上手に使って相手を崩すか、カウンターが上手くはまらない限り、そう簡単には点なんか入らないということか。

 無理して打とうにも、ぎりぎりのところを狙わない限り決まりっこない。だから、枠を外れることが多くなる。

 サッカー日本代表の試合をテレビで見ていて決定機をあまりに外しまくることにイライラすることがよくあるけど、親友が同じように苦しんでいるのを見ていると、仕方がないことなんだなと思えてくる。

 全体的なチーム力を上げて、そのバランスをなるべく自分らに有利になるように頑張っていくしかない。

 とはいえ、そのチーム力でも、どちらかといえば押しているのは久樹のいる熱海エスターテレディースなのだけど。
 それがどうして点が入らないのかというと、相手は組織的な守備がしっかりとしており、肝心なところはきっちりと守り抜いているからだ。

 久樹たち熱海エスターテレディースは、パスは回せても崩しきる力が足りていないようだ。

 去年はリーグ戦のほとんどを勝利で終え、チャレンジリーグ参入決定戦も全勝で、今期よりの昇格を決めたということだが、そんなチームがこのように苦しんでいるのを見ると、チャレンジリーグというのはやはり日本で二番目のカテゴリだけあって、相当にレベルが高いんだなと思う。

 ということは、なでしこリーグやなでしこジャパン、世界各国の代表はどれだけ凄いんだろう。

 久樹、そういう舞台で戦えるまでにステップアップ出来るかな。

 などと久樹にばかり夢を見ていても仕方がない。わたしも負けないように、フットサルを頑張っていかないとな。
 やるからには、代表をめざして。

 あの先輩どもに、メンタルは相当に鍛えられたことだし。

 ドンドンドンドンドン!

 フェリーブス狭山のゴール裏から激しい太鼓の音、そして歓声が沸き起こった。

 熱海が失点したのだ。
 お互いスコアレスでむかえた後半ロスタイム、狭山のFK、ゴール前の混戦から押し込まれて。

 そして、試合終了。

     8
「よーし、そんじゃ撮るぞー」

 ミットは中腰になって、わたしたち三人にカメラを向けている。

 カメラの液晶画面には、凄まじくふざけた顔をしているわたしと久樹、いつも通りのおしとやかな表情を崩さない景子が映っていることだろう。だって、いま現在わたしたちがまさにそんな顔をしているのだから。

 試合も終わり、久々に集まった親友三人の写真を、ミットに撮ってもらうことになったのだ。
 スタジアムを背景に。

 久樹はまだユニフォーム姿のままだ。
 だからなのか分からないけど、さっき久樹にサインや握手を求めてくる小中学生くらいの女の子が何人もいて、驚いた。
 ちょっとした有名人なんだなって。
 確かに日本女子サッカーリーグのHPにも名前載ってるもんな。

「まったくもう、景子ったら相変わらず真面目だよなあ」

 一枚目を取り終えたところで、わたしは表情を崩した。崩したといっても、ふざけ顔から普段の顔に戻しただけだが。

 まあ、こういうところでわたしや久樹みたく歯を剥き出して鼻の穴を広げて妙なポーズを取ったり出来ない真面目な景子であればこそ、高校時代のわたしたち三人は絶妙なバランスを保てていたのだけど。
 三人が三人ともわたしみたい、もしくは久樹みたいだったら、大喧嘩で別れるどころかそもそも一緒になること自体なかっただろう。

「梨乃と久樹もね。相変わらずだよね」

 と、景子は苦笑した。

 その後もミットはカメラを構え続け、撮った写真は計三枚。
 一枚目。先ほどの、変顔。
 二枚目。ぐっと背伸びしてわたしたちと対等になるべくインチキしようとする久樹の頭を、わたしがぐいぐい押さえ付けて阻止しようとしているところ。
 三枚目。普通に三人で立って。でもやっぱり、久樹が微妙に踵を浮かせて背伸びしようとしてたけど。

「ありがとね、たか

 久樹が、ミットにカメラを返して貰おうと近寄る。

「おう、おれカメラの腕もセンスも自信なんかないから、画像チェックしとけよ」

 ミットは、久樹にカメラを渡した。

「了解。んー、どれどれ」

 早速カメラを操作して、撮影された画像を確認する久樹であったが、突然、ぷっと吹き出した。

「うん、いいよ。大丈夫。むしろ上手い。バッチリ。サンキューね、高木ミット君」

 久樹は笑いをこらえ、お腹痛そうだ。

「えー、ちょっと、なに久樹、見せてよ」

 わたしは、カメラの画面を覗き込もうとする。

「やだ!」

 こいつ、身をよじりながらカメラの電源を切りやがった。

「見せろよ、こら、久坊、てめえ」
「大丈夫、あとで全部送るから! あ、いや、全部は、送れないかも」

 というと、久樹はまたぷははっと吹き出した。
 おい、そんな面白い写真なんかあるか? いま撮った中で。
 変顔なんて変なの当たり前だし、後は久樹が背伸びしてる写真くらいしかないだろ。ということは、実は景子のなんか面白いところが撮れてしまったとか。

 なんだよ、もったいぶってさ。
 気になるな。

 しかし、わたしと同じ機械音痴だった久樹が、こんなデジタルカメラなどというたいそうな機械を買うなんてなあ。
 それどころか自分のパソコンも持ってるし、自分の部屋でインターネットなんかもやってるらしいし。なんだかわたし一人、時代の波にどんどん取り残されているよ。

 なんでも今年から、試合の舞台が東海地方から全国になったこともあり、遠征時の思い出を残そうとデジタルカメラを買ったのだそうな。

 インターネットの、クラブチーム公式ページに選手日記があって、久樹が担当することもあるらしく、そういうことにも使うのだそうだ。

 いまさっき撮った写真も、それに使っていいか聞かれたけど、でもまだ見てないもん、返事なんか出来るか。久樹、ぷっと吹いてるしさあ。

 写真は後日、わたしと景子宛てに、メールで送って貰う予定だ。
 でもわたしがメールチェック出来る環境というのが、ミットのパソコンだけだから、しばらくまめに通うようにしないとだな。

「じゃ、おれ駅の本屋に行ってるから、三人で何時間でも何日でも、思い出話にたっぷりと花でも咲かせてくれや」

 と、ミットは我々に気をきかせて、一足先にここを後にした。

 でも、わたしたちもそんなに長くここにいられたわけではなかった。
 久樹たちの東海近隣の遠征は、経費削減のため監督さんの運転するバスで行き来するとのことで、その出発までそんなに時間がなかったからだ。

 だからそんなに沢山の言葉を交わし合えたわけではないけれど、でも、充分に濃密な時間を過ごせたと思う。

 王子の名が出た瞬間にみんなでぷっと笑ってしまうのも、これまでの三人の共通の思い出がたっぷりとあればこそだ。

 あの茂美がねえ、などと、あのを付けてしまうのも、それぞれに充実した共通の思い出があればこそだ。

 ええと、なにがいいたいのかよく分からなくなってきたな。つまり、親友っていいよな、ということだ。
 口に出すのは恥ずかしいけれど、本当にそう思う。

 というわけで、わたしたちは久樹の乗るバスを見送り、帰路に着いたのだった。

 しまった、あの応援団のこと聞き忘れた。
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