ブストサル 第三巻

かつたけい

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エピローグ

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     1
 ここからは、後日談を話そうと思う。
 長々と続いてしまったけれど、あとちょっとだけ、このお話にお付き合い頂きたい。

 個人的には、人生を大きく左右するとてつもなく大きな出来事があったのだが、まずは順を追ってフットサル大会のことから話を進めていこう。

 新日本大学フットサル大会、激闘を制して優勝を果たしたのは京都府代表のほうめいかん大学。

 わたしたちしゆうめいいん大学は、惜しくも準優勝という涙を飲む結果に終わった。

 幼児のようにむせび泣くごうかず先輩を、ないとうさちが背中叩いて慰めるという、大会開始前には想像もつかなかったシーンが実に印象的だっただろうか。

 わたしは習明院を優勝へ導くことが出来なかったわけだが、それでもさわ主将の音頭のもとみんなに胴上げなどをされて、なんだか申し訳ない気持ちで一杯だった。
 延長戦は圧倒的に押していたから、あとほんのちょっとの運さえあれば、心から胴上げされることを喜べたのだけど。

 本当に、わたしの人生って、いつもちょっとずつちょっとずつ運に見放される。
 いつか訪れる死の際には、すべてそれでよかったのだ、と思えるような、そんな人生を送りたいものである。

 もう一つ印象的、というか心にしんみりと残ったのが、決勝戦終了後に宇治法明館のまえざきぎんという選手が、まるで熱中症にでもなったかのようにぐったりと床に転がってしまい、病院に運ばれていったこと。
 おそらくは、過度の疲労と緊張によるものだろう。

 やはり向こうだって疲れていたのだ。
 飄々とした顔でプレーしていたけど、弱みなど一切顔に出さずに、とにかく死に物狂いで頑張っていたんだ。体内の水分がカラカラになるくらいに、走って、走りまくっていたんだ。前崎銀河に限らず、きっと、どの選手も。

 宇治法明館大学フットサル部、日本一の称号に相応しい、素晴らしいチームだった。

 わたしの頑張りなんて、とるに足らない自己満足にすらならない代物だった。そう、気付かされた。

 なお、遅れてわたしも病院に運ばれることになった。
 死力を尽くしてのダウン、であれば格好がつくというものであるが、残念ながらそうではなかった。

 胴上げされている途中に、吐き気をもよおし、床に下ろされるなりくるくるばったんと倒れてしまったのだ。
 その吐き気は、胴上げで身体を揺さ振られたことによるものではなかった。

 全身を回る嘔吐感に、身動きするどころか喋ることすらままならずに、ぐったりとしたまま救急車に乗せられ、病院へと担ぎ込まれたわけだが、
 そこには、わたしの人生を大きく揺さ振る、予想もしない運命が待っていた。

 いや、振り返って見れば当然だろうという気もしなくもないが……

     2
 鐘の音が鳴り響いた。
 わたしは、たかミットの手を握る自分の手に、ぎゅっと力を込めた。

 軽く振り返ると、後ろにはわたしとミットそれぞれの両親と、近い親族たちの姿。

 扉が左右に開かれた。

 思わず目を細めた。
 ステンドグラスの、きらびやかではあるが薄暗い光に慣れたわたしの網膜に、外のまばゆい光がかっと差し込んできたからだ。

 わたしは、高木ミットの顔を見た。
 ミットもわたしの顔を見ていた。

「行こうか」

 二人、笑みを浮かべながら小さく頷き合うと、外へと足を踏み出した。
 強く、手を取り合いながら。

 こうしてわたしとミットとの挙式は、いけはたにある教会にて、滞りなく終わったのだった。

 儀式を終え、これから生涯の伴侶となるミットと精神的な結び付きを強めて外の光の下へと出た、そんなわたしへ掛かった第一声は、

「うおおお、梨乃先輩、ウエディングドレス似合ってんじゃないっすかあ! あたしも着てえええ」

 階段の下にいるやまゆうの、下品な叫び声だった。
 たびたび話に出ている、わたしの高校時代の後輩だ。あだ名は王子。

 王子だけではない。
 わたしや、ミットの友達といった、これから披露宴に参加する友人代表の十数人が、ここに集まっていた。

 王子、オジャ先輩、みき先輩、ひさ、根本このみ、みんなの正装姿がなんともおかしくて、わたしはつい笑ってしまった。

「いやあ、しばらく見ない間に、大人っぽくなったなあ、あの梨乃ちゃんがなああ」

 感慨深げにうんうん頷く王子。オジャ先輩幹枝先輩と肩など並べて、すっかり仲良くなってるようだ。数十分前に初めて会ったばかりなのに。

「え、なに、梨乃ってそんな子供っぽかったの? 王子」
「子供っぽいどこの騒ぎじゃありませんよお、梨乃先輩の先輩のオジャ先輩。トゲトゲしてるわ、すぐにすねるわ、生理になると人一倍不機嫌になるわ」

 もうあだ名で呼び合ってんのかよ!
 まあ人種的に、というか遺伝子的に同じレベルの生き物だからな。不思議ではないのか。

「へええ。まあ、とりあえずのところおめでとうだ。しかし不釣り合いだな、梨乃にゃあ全然似合ってない、かっこいい旦那じゃんか。お前のバカさ加減に愛想つかして離婚になんなきゃいいな」
「オジャ先輩、こんな時にまで毒霧撒き散らさなくてもいいのに」

 まあ素直に祝福の言葉として受け取っておこう。

 お、王子と幹枝先輩オジャ先輩の間に、の姿を発見だ。
 逃げられないようぎゅうぎゅうと囲まれ押し潰されていて、すっかり怯え縮こまってるよ。かわいそうに。
 なんで大会で一度会っただけの他の大学の子に、平気でこんなこと出来るのかなあ、この先輩たちは。

「はい、サジちゃんからも尊敬する素敵な梨乃先輩に一言どうぞお。歌を一曲でもいいよお」

 幹枝先輩は、マイクを向けるがごとく佐治ケ江の顔の前に自分の拳を持っていった。
 佐治ケ江はなんだか口をぱくぱく動かし、頭を下げた。

「サジちゃん、外で車の音もあるからもっと大きな声でいわないとねえ」

 オジャ先輩が、佐治ケ江のほっぺたをつついた。

「あ、は、はい、すみません。……おめでとう、ございます! 梨乃先輩!」
「ありがとう、サジ」

 身長ぐんと伸びてわたしより大きくなっているというのに、それ以外は相変わらずだなあ、佐治ケ江は。
 でも、これぞサジ。わたしの可愛い後輩だ。

「梨乃先輩、おめでとうございまあす!」

 たけなおが門をくぐってばたばた駆けてきた。彼女とは一度しか会ったことはないけど、あきらの妹だし、是非にと招待したのだ。

「梨乃先輩、お久しぶりです! 今日はどうも、おめでとうございます! 突然のことでびっくりしました」

 と、姉のたけあきらが続いた。
 しかし、ほんとそっくりだな。どっちも真ん丸顔で。
 ジキルとハイドみたく性格が違う同一人物じゃないかとも思ったが、別人だったか。

「おめでとう」

 さらに少し遅れ、高一からの親友であるあぜけいがやってきた。いつも通りの、なんとも清楚な感じで。

「高木、梨乃泣かせたら、ぶっとばすよ」

 一緒にやってきた小学生の男の子みたいなのは、はまむしひさ。同じく高一からの親友だ。いつも通りの、なんとも粗野な感じ。とりあえずオシャレなスカート履いてきてはいるものの、似合ってない。

「そうだぞお、そのちっこい子のいう通り。泣かすんならベッドの中だけにしとけよ旦那あ」

 幹枝先輩ったら、披露宴これからだってのに、もう缶ビールなんか開けて飲んでるよ。
 さすがにミットもなにも返せず、軽く頭を下げたのみだ。それがいいよ。かかわらない方が。

「ね、誰? あの昼間から酔っ払って下ネタいってる姉ちゃん」

 スカートの裾を小さな子供たちに持ち上げられてゆっくり階段を下りているわたしへと、久樹がそっと近寄ってきた。

「大学の先輩。酔ってなくてもああだから」

 わたしは苦笑した。

 しかし、バタバタと忙しい一ヶ月だった。
 どうして突然わたしたちは結婚することになったのか。もう、想像つくんじゃないかとは思うけど、とりあえず手短かに説明しておこう。

 大阪で行われたフットサル大会の終了後、わたしは気持ち悪さに倒れて、病院に運ばれた。
 そこで下された診断は病気などではなく、

 妊娠、

 の二文字であった。
 そう、わたしのお腹になんと赤ちゃんが出来ており、吐き気は重度のつわりだったのだ。まあ、することしてりゃ出来ても不思議はないわけで、驚くことではないかも知れないけど。

 東京に戻ったわたしは、精密検査を受けるべくミットと共に産婦人科へ。
 エコーなどの検査の結果、三ヶ月、とのことであった。

 そこからは結婚に向かって、すべてがとんとん拍子だった。
 とんとん拍子というのも語弊があるか。誰だってこんな状況になったら、猛スピードで事を進めていかざるを得ないもんな。

 わたしは出産準備のため、大学は休学。
 二人で改めてお互いの両親に挨拶し、式の日取りを決め、今日にいたる。

 教会で挙式を無事に終え、これから近くの式場に移動して披露宴。

 その後は二次会の予定。らくもとおりなつフサエ、はる先輩、さわ主将、などなどわたしの側だけでもたくさんの面子が揃う予定。実家の急用で披露宴に来られなくなってしまったないとうも、これには出てくれるとのことだし。

 そしてそのあと、夜遅くになってしまうけど区役所の夜間窓口に婚姻届けを出しに行くつもり。

 だから、まだわたしの名前はむら
 でも今日から、たかに変わる。
 漢字だと、あまり雰囲気は変わらないけどね。

「やっとさ、ここまで、きたよな。おれたち」

 ミットが、やはり集まってきた友人たちにからかわれて対応する合間に、わたしへ顔を寄せ、しみじみといった感じに呟いてきた。

「そうだね」

 確かに。
 まだたかだか二十歳のわたしたちではあるものの、もう知り合って十四、五年にもなるんだもんな。

 当たり前だけど、あの頃はわたしたちがこうして結婚することになるなんて考えてみたこともなかった。数年前まで、会えば泥を投げ合うような仲だったしな。

 でもさあ、なんで人間って、結婚するんだろうな。
 生物学的に考えれば、必要な行為でもなんでもないのに。

 決まっている。
 より幸せになるため、
 そして、
 より幸せにするためだ。

 数年前、父と継母が結婚する際にも、わたしはまったく同じような疑問を心に唱え、やはり即答していた。

 でもあの時は、単に理想を思っただけだった。
 あれから時も経ち、現実としてより幸せになっているあの二人の姿を見続けてきたことで、その思いは確信に変わっていた。

 人間は、幸せになるために生まれてくる。
 わたしが信じている言葉の一つ。

 もちろん生きていれば、辛いことも沢山あるだろう。
 でもそれはすべて、いつか必ずやってくる幸せのためなのだ。

 それは小さくはかないものかも知れないけれど、でも生きていれば誰にも必ずやってくる。

 ならばこの幸せ、次は誰に分けてあげようか。
 わたしは、階段途中で立ち止まって、右手にブーケを構えていた。
 これから、いわゆるブーケトスを行うのである。

 ああ、そういえばわたし……
 しげのブーケ、受け取ったんだよな。

 このみの奴が、いっていた通りになってしまったな。
 というか、凄いな茂美の幸せパワーは。

 わたしも、人にそんなパワー、分けてあげられるのだろうか。

 階段の下に、未婚女子たちがわらわらと集まっている。

「取るぞー、あたし絶対取るぞー」

 特に王子の張り切りようったら半端でない。わたしがなにもせずとも、勝手に幸せパワーを根こそぎ持っていってしまいそうだな、こいつは。で、一日で使い切ってしまう。

「それじゃあ、行くよお」

 わたしは笑い、
 そして風の中へと、ブーケを投げた。
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