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第二十五章 終わりの、終わり
07 白い流れが、渦を巻いている。無音である。だがこの躍
しおりを挟む白い流れが、渦を巻いている。
無音である。
だがこの躍動に、無音であるはずの渦からは、ごうごうごんごんという激しい音が響いている。
魔法使いでなくとも、おそらく感じ取れるであろう。広大で殺風景な部屋の中を渦巻く濁流、その激しい怨念に満ちた闇を。
ここは、平将門首塚の、すぐそばにある神社。その、地下室だ。
霊的防衛の観点でいうと、中央結界五芒星の、最中央五芒星。
俗にいう『扉』である。
『扉』の前に仁王立つのはがっしりした、一見すると偉丈夫、至垂徳柳、女性である。
白銀の魔道着を着た、男性顔負けの堂々たる体躯であるが、なんとも不自然な見た目であった。
男女混じった風貌がということではなく、二本の腕が、肩からないのである。
令堂和咲を、『扉』に接触させようとして抵抗を食らい、吹き飛ばされたものだ。
そのアサキは現在、至垂の目の前でばちばちと燃えている。
床の五芒星中央から吹き上がる、白い光の中で、燃えている。
首だけ、しかも頭部が半分欠けて、頭蓋骨の中が見えている、そんな状態で。
片目は潰れ、残る片目を恨みに開き、周囲に闇を放出しながら、白い光の中で、燃えている。
「さあ令堂くん、導かねば滅びるぞお! それか、発生したヴァイスタをすべて滅ぼすか。だがそれは、現存人類を全滅させることに等しい。つまり選択肢は一つ、きみが超ヴァイスタとして『絶対世界』へと導くしかないんだよ!」
本当の「新しい世界」、絶対たる「絶対世界」への、つまり神々の世界へと道が開かれるその未来まであと僅か。
白銀の魔法使い至垂は興奮し、身をのけぞらせ高笑いを始めた。
両腕を肩から失い、脇腹もごっそりえぐられ、骨や内臓が見えている状態であるというのに、まったく気にすることもなく。背骨が折れそうなほどに高笑う。
それで、どう、な、る?
守ってきた、この、世界、は、どうなる?
アサキの、言語思念が問う。
ばちばち燃えながら吹き出す闇に混ざった思念が、至垂へと問う。
剣に切断され、貫かれて、炎に溶け崩れて、もう口も鼻もまったく原形を留めておらず。思念を飛ばすしかない状態であるが、その思念すらも、途切れ途切れになっていた。
令堂和咲という存在が、魂レベルで消滅し掛けているのである。
「まさかまさかの発言だね。ここへきて責任転嫁? どうなっても構わないというきみの絶望が、この状況を生んだのだろうが」
義父母を殺された怒りが爆発し、アサキの中でなにかが弾け吹き飛んだ。と、それがきっかけになったことは、間違いない。
だけど、
誰が望むか。
このようなことを、誰が望むか。
仕向けておいて、なにが責任転嫁だ。
消えゆく意識の中で、アサキが虚しい思考を闇に乗せて吐き出していると、不意に誰か第三者の声が聞こえてきた。
無音だが騒々しい渦のごんごんうねる、低く激しい音の中へと。
「アサ……キ……」
「アサキ、ちゃん……」
青の魔道着と、紫の魔道着、二人の魔法使いがこちらへと歩いてくる。
肩を組み、よろけ、支え合いながら、ゆっくりと、アサキたちの方へと。
昭刃和美と、明木治奈、であろうか……
魔道着の色と形状は確かにそうであるが、そこ以外に二人の面影はまるでなかった。
魔道着から覗く肌は溶けに溶けて、ゼリー状になって骨や、半分以上溶けた筋肉を覆っている。そんな、一種骨格標本のような状態の二人には。
二人の発する声にしても、骨に絡み付いたゼリーが震えてなんらか音が発せられている程度であり、魔力を持たない者には風の音にすら聞こえなかっただろう。
反対に、魔力のある者だから、分かる。
カズミちゃん……
治奈ちゃん……
間違いなく、二人がアサキの親友であることを。
薄れゆく、存在の消失しつつある中で、アサキは、二人を認識していた。
「招かざる客がきたな。……再構築の、寸前かな?」
両肩から先のない至垂は、ふふっ、と興味深げに笑った。
皮膚のどろどろに溶けた二人の魔法使い、カズミと治奈を見ながら。
溶けた肉体が変質再生し、ヴァイスタへと、成る。
再構築寸前とは、すなわち身体が最も溶けている状態だ。
カズミも治奈も、頬や腕などは、ほぼ完全に溶け切っており、溶けた肉がゼラチン状に、骨に絡み付いている。身体の溶解も進んでおり、魔道着に覆われていなかったら、どさりどろり内臓もこぼれ落ちていたかも知れない。
カズミと治奈は、自分たちがそんな、生きているのか死んでいるのかも分からない有様であるというのに、アサキを見て、その怒りに、喉の骨に絡みついたゼリーを震わせる。
「至垂、よく、も、アサキちゃんに、そこまで……」
「てめえ……覚悟は、出来てんだ、ろうな」
ほとんど骨、といった状態であるにも関わらず、二人には、自己の生命存在を心配する気持ちよりも、友をここまでにした至垂への怒りの方が遥かに強いようであった。
「出来てなきゃあ、ここまでやらないさ」
ははっ、と笑う至垂。
二人の感情など、そよ風ほどにも感じていない様子だ。
「弱い魔法使いほど、すぐヴァイスタ化するんだ。きみたちは、さすがは超ヴァイスタ候補だったこともあって、なかなか粘っているじゃないか。まあ、限界は、もうすぐそこだろうけどね」
ははっ、とまた乾いた笑い声を上げた。
「なら、ねえよ、ヴァイスタ、なんかに。この、カズミ様を、舐め、るんじゃね、えよ」
カズミは、腕を胸の高さで交差させ、二本のナイフを持った。
ほとんど指の骨で直接ナイフを握っているような状態であるが。
「ほうよ。刺し違えてでも、貴様を倒し、この、世界の崩壊を、食い止め、アサキちゃんを、助けるんじゃ」
カズミ、ちゃん……
治奈ちゃん……
アサキが、また心の中で二人の名を呼んだ。
無意識に漏れた、微かな思念であったが、カズミたちにはしっかりと届いていた。
「聞こえてる、よ、アサキ。ほんと、バカだな、そんなに、なる、まで……」
「でも、大丈夫じゃ。キマイラじゃと、いうの、なら、きっと、戻せる、はずじゃ」
カズミたち二人は至垂へと、その前に浮かんでいるアサキの首へと、近付いていく。
足を引きずりながら、二人、肩を組んで。
溶けた身体をくっ付き合わせて支え、それでもよろけながら。
「頑張るねえ。もし、きみらがここまでこられるならば、その刃を避けることなく受けてあげるよ。もしも、ここまで、こられるならね」
笑う、白銀の魔法使い。
「忘れん、なよ、その、台詞」
一歩。
二人が僅かながら、よろけながら、足を前に運ぶ。
さらに一歩……を踏むことは、出来なかった。
足が、動かなくなっていた。
足だけではない。二人とも、腕、身体、全身が、ぴくりとも、動かなくなっていた。
「く」
カズミが呻く。
二人の、ボロボロの魔道着から覗く、溶けてゼラチン状になっていた皮膚が、肉が、固まって、皮膚や、肉に戻りつつあった。
真っ白な皮膚に、真っ白な肉に。
至垂がいっていた通り、限界の時がきたようである。
ヴァイスタ化を、気迫だけで抑えることの限界が。
「なって、なってたまる、かよ」
「ほうじゃ。未来に笑うためにも、こがいなとこで、誰が、ヴァイスタなんかに」
肩を組んだまま、なんとか身体を動かそうとしているのだろう。
だが二人とも、首から下は石像にでもなったかのように、まるで動かなかった。
身体だけでなく、顔の筋肉も強張りつつあった。
その強張りを認識したからこその主張であるか、ただ恐怖が口を突いて出ただけか、
「あたしたちは、人間だ!」
カズミは、これまでにない必死さで叫んだ。
物理的な、喉からの叫び声であったのか、それとも念の叫びであったのか。
もう、それは分からない。
カズミも、治奈も、もうそこには、いなかったからである。
二人とも、白い、巨大な流れに飲まれて、一瞬にして消えてしまったのである。
見るも、あっさりと、消えてしまったのである。
白い流れが去った後、床にもう、二人がいた痕跡はなんにもなく。
突然のことに、しばし呆けていた至垂であったが、やがて、ぷっと吹いた。
「食われたよ!」
大きな声を出し、大笑いを始めたのである。
「いやこれは予想外だ。傑作だ。ヴァイスタたちに、二人はヴァイスタ化はしないと判断されたんだ。つまり、強大な仲間は生まれない、と。ならば、ヴァイスタ化に耐えるほどの強大な二人の魔法力を、食らって取り込んだわけだ。いやあ、凄いねえ令堂和咲くん、きみのお友達はさあ。頑張って、必死に、耐えに耐えて、耐えて、耐えて、ちょっと口上かっこつけて、挙げ句、ヴァイスタのエサ、美味しい養分になっちゃったあ」
一気に喋り切り、苦しそうに、それでも笑い続けている。
えひえひと、気持ちの悪い小笑いで、爆笑を堪えている。
「はなっから無駄な抵抗などせずに、とっととヴァイスタになっておけば……」
その声は、笑いは、途中で掻き消されていた。
叫び声に。
アサキの、思念に。
魂の、爆発に。
ごう、と吹く強風に、至垂の髪の毛が逆立っていた。
ばさばさと、なびいていた。
アサキの思念に、恨みの声に。
なにが、超ヴァイスタだ。
なにが、絶対世界だ。
至垂、徳柳……
なにも救えないくせに、誰も救えないくせに、なにが、なにが神の力だ。
神だなんだ、くだらない、こんなことのために!
「最高なことだろう!」
どこが、どこが!
どこが!
どす黒い思念を吹き飛ばしながら、
周囲に撒き散らしながら、
アサキの、
肉体の存在片鱗ともいうべき、まだ僅か残っていた首が、
自分の思念の、あまりの激しさに、どろどろ溶けて、崩れていった。
崩れて、崩れ、
光の粒になって、さらり消えた。
令堂和咲の肉体は、この世界から、完全に消滅した。
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