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ドーアオブジハート〜欲した物〜【雑書き】修正前
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とある学校で教師と生徒が学んでいた。
そこはとある力を持った子供がその力の運用方法を学ぶための場所。
そこでは、教えてくれる大人のことを師匠と呼ぶ。
力を発現させた子供は多くはなく、しかし少なくもなく。
そんな中に彼らはいた。
目の前で、守ると決めた彼を、
死なせてしまった。
全てがどうでもよかった。
山の上にあるこの街を、壊してしまえと思った。
わたしにはもはやなにもない。
得ることもできない。
こんな街、いらない。
悲しみに震え、絶望したわたしの前に、この街を愛している奴らが集まった。
各々、言葉をかけては、わたしを止めようとする。
やめろ。黙れ。お前らの言葉など聞きたくもない。
全てが遅いんだ。貴様らにはわかりはしない。
身体中に怒りが迸るのがわかった。
腕をクロスさせ、そのままサイドに振り下ろすと、こちらに向かって走っていた奴らの足元から、赤い布が何本も飛び出し、それは空に向かって昇った後、奴らの足や腕に絡み付いた。
そのままもう一度手を横に一線。
つかまっていた奴らが横に吹っ飛ばされて、地面を転がる。
それをみながらふと考える。昔のことを思い出す。
いろんな苦楽を共にした仲間だった。
あの時だって、限界も近いというのに、私は無理に力を使って倒れてしまった。
大きな三枚の蝶の羽。
自分の力で作ったその赤い布の羽は、なににも勝る防御力と攻撃力を有していた。
だが、相当な長さを出現させるだけに、力を相当使った。故に三枚。
それでも。
私はとはや中途半端に出現させた三枚目に目をやり、体に力を溜めた。
すると三枚目の羽はさらに大きくなり、左右同等の大きさになった。
そこからさらに力を貯め、4枚めを出現。
完成した頃には力の消費で息が荒くなる。
そのまま奔走し、途中で意識が途絶えた、んだっけ。
あの時のことはぼんやり覚えている。意識が朦朧とする中、敵と交戦中だというのに、敵側にいる、仲の良かった子を無意識に助け、そのまま気絶したんだっけ。
本当に、馬鹿なことをしていたな。
と考えていたところで、周りにかつての仲間、今やどうなろうが知ったことではないそいつらが自分の周りに集まっていることに気づき、ハッとする。
なんだ!?なんなんだ!?
思わず腕を構え、力を発現、と思ったが、背後に気配。
勢いよく後ろを振り返ると、全員が列になって立っていた。
思わず後ずさると、その手元には自分の力の大元であり、力を拡散させるための核が。
みんなはそれを持って構えている。。まるで綱引きを今からするかのように。
「待てっ!やめろ!」
叫んだのも束の間、こいつらは「せーの!」という声と共にそれを引っ張り出した。
ともかく振り払わなければと力を溜めたが、間に合わず、それはスッと私の首から抜け、彼らに巻きついていた布がチリになって消えてゆく。
体の力が一気に抜ける。
「は、、、あ、、」
膝から崩れ落ち、地面に倒れる直前で、誰かに抱き留められた。
「な、にして、、るんだ、、」
それは先ほどまで痛めつけていたかつての仲間。
もはや仲間ではなくなったと思っていた奴らだった。
「、、、はな、せ。も、う、、いいんだ」
意識もはっきりしない。目の前がもう真っ暗だ。
息もしづらい。声を出すのがやっとだ。
なんとか声を出して相手に伝えようとしてみたが、返答はない。
しかし、もうそれもどうでもいい。
私はもう直ぐ
―「――」なのだから
「私は、、、ただ、、」
でも、なぜだろう。感覚を失ったはずの体が、いやに痛い。
「ただ、、、取り、戻した、、かったんだ」
体の中心。その奥底が痛みを訴えている。
「けど、、かなわなか、、た」
ぁぁそうか。心が痛いのか。
「しあわせが、、ほしかっ、、た」
なにも、何もかもがこの手をすり抜けて消えた。
それならもう、こんな街も必要ないと、本気で思ったんだ。
仲間も、夢も、希望も、未来も。
私しか知らないあの日の出来事を、きっといつまでも忘れない。
だからこそ、この街を消してしまえばと。
「あぁ、ちが、うのか。本当は、、、」
そこで、不意に強く抱きしめられた。
強く、強く。感覚のないこの体が、痛くなるほどに。
「もういい。もう。ごめん。ごめんなっ。俺たちは、お前にいろんなものを背負わせすぎたんだっ。だから、こんな、、、っ」
その体は震え、声はこっちがびっくりするくらい濡れていた。
まるで子供のように、誰かにとられてたまるかというように。その手は私を抱き締めて離しそうにない。
もう少し、早く気づいていれば良かった。
そうすれば、何か変わっていたかもしれない。
最後の力を振り絞り、布を出す。白く、月明かりに照らされて輝くそれを、私を抱き締めているこいつの体に巻き付けた。優しく。優しく。
違うよ。大丈夫だよ。最初は、自分で望んであの日に旅立ったんだ。
そう。自分が望んだんだ。その結果が良くないものであれ、自分で選んだ道なのだ。
だから本来、仲間に罪はない。
布の端で、私は彼の背中をポンポンと優しく叩く。
「だいじょうぶ、、、私が、のぞんだ、、ことだった。なにも、、悪く、、、な、、」
ぁぁ。もう声が出ないや。
体の力も抜けていく。その前に。その前に行っておかなきゃ。これだけは。
「お前っ!しっかりしろ!待てよ!待ってくれ!俺たちはこんな!」
男の声が、泣きじゃくるようにそういう。
それに対して、最後の力を振り絞って、口を動かした。
「ありが、、とう。お、まえらの、、おかげで、、しあわせ、だ、、、た、、、。ごめ、、、な、、」
そこまで行って、ついに限界が来る。
身体中に力が入らない。急激な睡魔のようなものに襲われて、まぶたを開けていられない。
眠い。少し眠ったら、元気になるだろうか。
起きたら、もう一度ちゃんと謝ろう。
誤って許されることではないことは承知だが、きちんと、そうちゃんと。
だから、今は。
静寂が体の中に染み渡り、意識は闇の中へと落ちていった。
################
「なんでそんなこと言うんだよ!おい、、おい!起きろよ!起きてくれよ!なあ!?」
目の前でぐったりしてしまった女の子に、必死に声をかける。
全ての責任を、重荷を背負わせたまま、彼女はそれでもありがとうなどと。
そんなこと、言われる資格はない。
俺たちはみんな、お前に甘えすぎたんだ。
「頼む、頼むから!まだ行くな!言いたいことがいっぱいあるんだ!伝えなきゃならないことがまだたくさん!オレ達は!、、、、おれはぁっ!」
目の前の女の子に正気はない。
手から伝わる彼女の温もりは、少しずつ失われようとしている。
息も、
もはやしていない。
周りで、息を飲む音。
嘘だろと呟く声。
泣き出す声が広がる。
オレは彼女の体を再びかき抱いて、切に願った。
もう一度。もう一度だけ。この目が開いてくれれば。
どれほど。
その時、体に巻きついていた布がふわりとオレの体から離れた。
この布は彼女が自分の力で出現させたものだ。
それが周りから何本も生えたように出現し、彼女の体を包み、その体を持ち上げた。
上空まで持ち上げられた彼女の体は、あちこちから出現した赤い布でぐるぐるに巻き取られ、ついに姿が見えなくなった。
丸いまゆのようになったそれは、直後淡い光を放ち出す。
「いったい、なにが、、、」
状況を把握できず、そう呟くことしかできない。
だが、状況が悪くなるようなものではないと、何故か確信して、ことが終わるのを見守ることに。
やがて淡い光を発していた布は、そのまま収縮。
彼女の体に溶け込むようにスッと消え、ドクンっと、一回の脈動が辺りに波紋を作った。
そのまま光は消えていき、彼女の体が降りてくる。
それを受け止めて。
「嘘、だろ」
彼女の体が生き返っていることに気付いた。
心臓が動き、息をして、体は暖かい。
規則正しい呼吸音が耳に心地よく入ってくる。
「あ、、、、よかっ、、、よかったっ!」
たまらず抱き締めて、安堵。
周りもその様子に喜びを分かち合いながら、しらむ空を見上げた。
#########################
目を開けると、見覚えのある天井が見えた。
「てん、じょう」
ぼんやり呟いて、そのまま見つめる。
白い天井。確かに見覚えがある。
「いきて、る?」
少し、不思議に思ってしまうのは、仕方ない、よね?
私はあそこで命を落としていたはず。
試しに起き上がってみる。
しかし、死にそうどころか、身体中どこにも怪我はなく、力を行使した影響の疲労以外は特に快調そのものだ。
「部屋の外に出てみる、か」
なにが起こってるのかは、とりあえず置いておくことにした。
私が寝かされていたのはどうやらベッドのようで、ここは保健室?ベッドから降り、部屋の扉に手をかけると、気配。
誰かがこちらに走ってきている。
かけた手を扉から離し、一歩後ろに下がって待ってみることに。
すると、その気配は近づいてきて、やがて足音が聞こえてきた。
男の足音だ。荒々しいな。
ずいぶん急いでいるように聞こえる。
そう考えていると、その足音の主は勢いよく目の前の扉を開けた。
「目が覚めたか!?うお!?」
瞬間目の前に現れた私に驚いたのか、のけぞる。
しかし咄嗟のことでバランスを崩し、後ろに倒れそうになる。
「まったく」
人の顔を見て驚くとはどう言う了見だ。
なんて思いながら、布を出して受け止める。
「おっと。すまない。助かった」
男はそう言ってちょこっと頭を下げる動作で答えた。
「本当だ。突然入ってきて突然驚くなんて、もう少し考え、、て、、?」
ともかく気を付けろと注意を促していると、視界がぐらついた。
力を使ったからか?
倒れそうになるのを、座り込んでいた男がものすごい速さで受け止めにきた。
「、、おっと、、すまん。助かった。、まだ本調子じゃないらしい」
「、、、」
少し笑いながら行ってみると、支えた腕に力が入るのがわかった。
少し、震えているようにも感じる。
「、、、どうした?」
気になって声をかけてみるが、こちらを向かず。
「本当だ。気を付けろ。なんたって病み上がりなんだからな」
茶化されるかと思ったが、予想に反して真剣な声に、反射的にまた「すまない」と誤ってしまう。
どうやら相当心配をかけたようだ。
「みんなが待ってるぞ。それに、上層部面々がお前をお待ちだ」
「そりゃそうなるか」
「どうやらお叱りではないそうだぞ」
「え?どういうことだ?」
「まぁ行って見りゃわかる」
なにを言っているのか。
ここまでのことをしてお叱りではない?
そんなことがあるはずない。なにかしらあるはずだ。なのに何故。
考えてもらちが開かないな。行ってみないとわからない、か。
とりあえず考えるのをやめて足を動かす。
部屋を出て廊下を歩いていると、何人かの人が廊下の脇でこちらをみていた。
なんだ?
よく見れば、その先にも、私が通る道に人が集まっている。
みなこちらを見ながら笑顔を浮かべていた。
なんとも不思議な光景に、眉が無意識に寄ってしまう。
そうして歩いていると、そのうちの一人から声をかけられた
「おつかれさま!ありがとう!」
え?
どうしてお礼?
その声に触発されるように、ポツポツと声が上がる。
「おかえり!」「おつかれさま!」「ごめんね!」
そこまで聞いて、私は足を止めた。
まさか、全部知られた?
今までのこと、全て?
出なければこんな言葉は出てこない。
何故、全てをめちゃくちゃにしようとした人間をねぎらい、礼をする?
それとも、私が自惚れているだけか?
そうして考えていると、先を歩いていた男が振り返って言った。
「みんなに公表したよ。全部」
「な、、、」
私にとって、それは衝撃的でしかなかった。
「君が背負ったもの。俺たちが押し付けてしまった責任。全てね」
「違う!勘違いはするな。私が望んでやっていたことだ。勝手にやりたいと進み出て、失敗して、挙げ句の果て、、、これだ」
守りたいと強く望んでやっていたことだ。押し付けられたなどと、背負ったなどと、私は思ってはいない。
、、、いや、あの時私は少し、考えた。
何故こんな仕打ちを受けなければならないのかと。
復讐を誓った時、あいつのことだけじゃなく、それも、含まれていた、、、?
「、、、お前も思ってたんだろ?」
「っ!?」
「何故、こんな仕打ちを、って」
「そんなことはっ」
男の言葉に反論しようと顔を上げると、しっかりした目を向けられたまま首を振られてしまった。
「俺たちがお前に全てを押し付けたのは事実だ。その結果。お前は、、、その重荷に耐えられず力を暴走させ、俺たちに、この街に復讐を誓ってしまった」
「そんな、、」
もう反論はできなかった。
「だから、オレ達は全てを知っておくべきだと思った。知らなければ、償うものも償えない」
そう言って男は先を歩き出す。
これ以上言葉を発するのは無駄と判断して、私も黙って後に続く。
歩けば歩いた分、人が多くなってくる。
廊下を進んで一度外に出ると、教師まで出てきていた。
どうしてここまでするのだろうか。
どれほど背負わせたと思っていても、私がしたことは許されるべきことじゃない。
本来なら、罵倒され、軽蔑されることなのだ。
私がやったことは間違いだった。、正しいことなんてなかった。
特に復讐に身を焦がしている間は。
だめだ。頭の中が混乱している。
少し落ち着いてから考えるべきだろうか。
そうして考えを巡らしていると、目の前の男が足を止めた。
顔を上げて様子を見ると、前を静かに見据えている。
私もそちらに目を向けると、
そこには私と彼の師がいた。
全ての思考が固まる。
代わりに、思い出が頭の中を駆け巡り。
次に守れなかった罪悪感が体を埋め尽くした。
それを自覚したときにはすでに、抑えることはできなかった。
一歩、踏み出す
「あ、、、し、、、師匠、、」
ふらりと、一歩ずつ足を進め。
「う、、うぅ、、、」
やがて駆け出し、師匠に飛び込んだ。
今まで、一粒も出なかった涙が、まるで止まることを知らない滝のように溢れ出す。
「申し訳ありませんっ!わ、わたし!わたしはっ」
「うん、うんよしよし。いいよ。大丈夫だから」
「うわあああああ」
それからしばらくして、落ち着いてきた息を整え。
師匠から離れた。
そうして気づいた。、まだ話をしていないことを。
そこで再び息が詰まってしまった。
なんて言えば。
どう説明すればいいのか。
声も出ないこの状況で。
大切な彼を失い、私は復讐に身を焦がし、間違いを犯した。
なんて説明すれば?
誤魔化しなく、事実をきちんと伝えなければならない。
なのに、声が出ない。体も動かない。
伝えたらどうなる?
師は私を憎むかもしれない。
守ると約束して、なのにむざむざ死なせて。
闇に落ちた私を。軽蔑するかも
そんなの、、たえられな、、、
「あ、あの、、、師匠、、」
『ごめんよ』
「は、、い、、?」
「私は、全部聴いているんだ」
「ぜんぶ、、?」
「そう。彼が、死んでしまったことも、君が、一度闇に落ちたことも」
「、、、」
「だから、ごめんよ。私は間違えたのかもしれない」
「まちがえた、、?」
「私は、止めるべきだったのさ。あのとき、君が固く私に約束をしてくれた。それでも、止めるべきだった。私の判断ミスが、君の全てを狂わせたんだね。この件は、全て私に責任がある。本当にすまない」
そうして、師は深く、深く頭を下げた。
その姿を見ながら、聴いた言葉を頭の中で噛み砕いた。
この方は、私の勝手な行動を、自分のせいだと。そう言ったの?
しかもそれを、すまなかったと?全て自分の責任だと言った?
そんなこと。
あるはずがないのに。
「、、、ちがう、、違いますっ!」
そんなふうに、言って欲しくない。
「私が勝手に先走って!全てをめちゃくちゃにしたんだ!あなたがっそんなっ頭を下げることではありません!」
そうだ。この方はなにも悪くない。悪いのは。私なのだ。
「だからっあたまをあげてくださいっ」
「君の様子を見ていればわかる。これはわたしの責任。けど、君が納得しないのなら、わたしのわがままとして、わたしの謝罪を聞き入れてくれないかい?」
頭を深く下げたままそう言う師匠に、もはやなにも言うことはできなかった。
「、、、わかりました」
「ありがとう。本当にすまなかったね。それではいこう。長達が待っているからね」
「はい」
そうして、今度は師匠に先導されて先を進む。
やがて一つの扉の前に来ると、師匠が扉をノックして部屋に入った。
しかし、そこは部屋ではなかった。
左右に壁があり、正面に壁はなく、天井もない。
「ここで待っていれば、あなたに会いたい人がくるよ」
師匠がそう言った後、部屋を出て行ってしまった。
とりあえず待つことにするが、ふと見た正面の景色はとても美しかった。
どうせならと周りを見渡し、高いところを探す。
右上の屋根の上がちょうどよさそうか?
そう思って体を浮かせる。
一本じゃ遅いな。
そう思って腕を構え、いつものように振り下ろす。
が、いつもなら出現するはずの布が一本も出てこない。
「流石に使いすぎたか」
時間が経てばそのうち回復するだろう
そう考えて今回は我慢する。
屋根の淵まで移動すると、その上によじ登って座り、街並みに目を向けた。
「、、、綺麗だな」
その景色は、まさに美しいの一言に尽きた。
美しい山。並ぶ街並みと店。その奥に沈んでいく夕日。
こんな街を壊してしまおうとしていたなんて。
馬鹿な真似をしなくてよかった。
と思っていると、今までそこになかった気配が突然現れた。
しかし私は驚くことなく尋ねる
「この街を、あなたはどうしたいんですか?」
隣に出現した御老人は、その言葉に優しく答えた。
「そうだね。美しく、助け合いという人の美しさが際立つ街、ですかね」
「さすが全ての頂点に立つ方は、考え方が違いますね」
「そうですかねぇ」
その返答に、なんとも言えずに目を細める。
沈み出した太陽は空を、街を、鮮やかな赤へと変化する光で照らしながら、わたしをも照らし出す。
それはまるで、わたしの闇を押し出してくれるかのような感覚さえ覚えるほど、それはあまりにも
「この街は美しいでしょう?」
「そうですね。今痛いほどに実感しています。馬鹿なことをせずによかった、と」
「ほっほっほ。成長というやつじゃのぉ」
「そう、でしょうか」
「のぉ、聴いて良いか」
「なんでしょう?」
「お主はなにを考えてこんなことをしたのじゃ?」
あまりにも直接的すぎる質問に、思わず固まった。
「ずいぶんストレートなんですね。でもまぁ、その方がわたしにはいいのか」
「答えてくれるかのぉ?」
「、、、わたしは、失うことを何より恐れていたんです。昔から、そんな気持ちはありました。だから、何かを得ようとする力を抑えるようにしてきました。ですが、心を許せる人ができて、その欲を抑えることを忘れた。だから、それを失ったとき、全てがどうでも良くなったんです。なにもいらない。なにも」
目の前で全てを失ったような感覚を、きっと忘れない。
何もかもが無に帰るような。
あらゆる気持ちが、努力が結果が、意味をなさなかったと。そう言われているような。
そして、それが、誰かによって起こされたことが、何より許せなかった。
「だから、そう。だからわたしは全てを壊したくなった。仲間も、この街も、この世界も。誰かが壊してしまう前に、この手で全て壊して仕舞えば、何もかも無くなって、わたしの中にだけそれは生きていく」
誰かに壊されてしまうより。
自分で壊してしまった方が、いく場も楽だから。
「なるほど。この街を人を、愛していたのじゃな。形は極めて歪ではあるが、愛情であることは代わりないのじゃろう」
わたしの言葉を聞いて、隣の老人は目を細めて考えにふけるように呟いた。
その言葉を聞いて、ピントはこなかったが。
「そうなんですかね。残念ながら、きっとその気持ちは今後消えることはないと思います。今は仲間がいるときちんと自覚できたので、なんとかなるとは思いますが」
一時的は。
「なるほどのぉ。お主はずいぶんと重いものを背負っているようじゃ。それも、その体で本来抱えてはならない量の重荷を」
「はい?」
「のぉ、お前さんはそれを抱えてどれほどだったのかのぉ?ここで見てきたことは、ヒントになったかな?」
「あの、なにを言って?」
「嘘をつかんでもよいぞ?本来の『そやつ』は今のお主みたいに良い子ではないでの」
「、、、」
「当たっておろう?」
「、、、はい。降参です。『こいつ』がどんな人間かは知りませんが、あなたの推測はあってますよ」
「お主はどこからやってきたんじゃ?」
「どこから、、難しいですね。ここと同じような場所で、ここほど美しくない世界です」
「お前さんが抱えているのは、その世界でできたものじゃろう」
「残念ながら、その辺はわたしも自覚していないんです。なんですか?重荷って?」
「そこは一緒なんじゃな。鈍いというか」
「ん?」
「お前さんの、心の奥の扉の、そのさらに奥にあるものじゃ」
「心の、扉の奥?」
「それはお前さんもわかるはずじゃ。人間が意識できる範囲が。扉の外の心じゃ、しかし、最奥にある鍵のかかった扉。その先からは本人さえ認識できない領域、無意識の心になるんじゃな。それは何かきっかけがない限り自覚することはできん」
「へぇ。無意識下にある人の心ね。それを鍵のかかった扉に塞がれてるって例えるのはなんで?」
「よいか?その扉には鍵はかかっておるが、開けるための鍵はないのじゃよ」
「それならどうやってあけるの?」
「ピッキングじゃ」
「はいい?ピッキング?泥棒とかがよく使う?」
「そう」
「いや、無理があるんじゃ?」
「まぁピッキングとまとめてしまったが、要するに、その人間の心の形を理解し、相手に寄り添って心を解きほぐす。鍵になっている出来事を一つ一つ探りあてて、鍵を開けていく。全ての鍵が空いたところで、その奥に入る資格が得られるというわけじゃ」
「めんどくさいね」
「他人が扉の奥に行きたいなら、面倒じゃろうな。が、本人が入るのは簡単じゃ。本人の心なんじゃからな」
「ふーん」
「それで、お主はなにをそんなに欲しがっておるのじゃ?」
「はい?ほしがる?」
「欲しがっておろう?今回の一件を見ていればわかる話よ」
「いや待って待って色々おかしい。ついていくのがやっとだよ。今回の一件とわたしの欲しがってるものが繋がるのがまず訳がわからないんだけど?」
「つながるぞ?なぜならここは“お前さんの扉の奥”なんじゃからな」
「、、、、は?」
「ここは、お前さんが、厳重に、強固に、何重にも扉を作って封じ込めたもののうちの一つの扉の中じゃ」
「、、、」
「そして主に、ここではお前さんの“欲しいもの”が反映される。欲しくてたまらないもの。それでも、封じ込めなければならなかったもの。だがな。見ていると封じ込めなくてもよいものまで入っているぞ?お前さんはどんな人生歩んだらあんなものが入り込むんじゃ」
「ほしいもの。ここにある全てが?」
「そうじゃ。一つ残らず。全てじゃ。漏らすことなく、余すことない。お主の欲しかったものがここにある」
「だとするなら、わたしは、やはりとんでもないクズらしい」
「ほしいものの中に復讐なんぞ入っておるなら、そうじゃろうな。しかも、復讐に乗じて死ぬことすら欲しがっておる。言葉も出んよ」
「仕方ない。けど封じ込めているだけ、よかったと思ってよ。最近は鍵が緩んできてしまって、大変だけどね」
「、、、お前さんは、これがほしいのか?」
「、、、うん。この街が、世界が、美しく見えるような瞳が、心が欲しかった。綺麗で、鮮やかで。それでも、それは持つことを許されなかった。望んで手に入れてたら、わたしは今ここにはいない。綺麗なままではいられなかった。綺麗なままでは、許されなかった」
「だから封じ込めて、忘れたと」
「うん。お互い支え合って、裏切っても信じてくれるような、数え切れないほどの仲間が。そんな都合の良いものが、ほしかった。笑い合って、空を見上げてみたかった。確かに、ここを見渡すと、わたしのほしいものばかりだね。いうならわたしだけの楽園だよ」
「悲しいものよな。当たり前のことを欲することすら許されないなんぞ」
「仕方ないよ。ここより、現実は無慈悲で、冷酷なんだ。私たちを気にしてくれるものなんて何一つない。流れる時間だけが何にも置いて現実を突きつけてくる。そんな世界だ」
「恐ろしいことじゃ」
「それが、現実ってやつだよ。だからわたしは普通を捨てたんだ。まぁ、ここにあったわけだけど」
「捨てきれなかったんじゃろ」
「そういうことかな」
「そろそろ行くのかの?」
「そりゃね。行かないと、待ってる人が一人だけいるから」
「ほほう?そりゃあ興味深いのぉ」
「やめてよ。知ってるくせに」
「ほっほっほっ。我らの、言わば生みの親に会えたのだ。、少し寂しい気はするが、仕方ない」
「またそのうちくるよ」
「そう頻繁に来るでない。良いことではないからの」
「わかったわかった。それじゃあね」
「達者での」
「おたがいね」
完?
そこはとある力を持った子供がその力の運用方法を学ぶための場所。
そこでは、教えてくれる大人のことを師匠と呼ぶ。
力を発現させた子供は多くはなく、しかし少なくもなく。
そんな中に彼らはいた。
目の前で、守ると決めた彼を、
死なせてしまった。
全てがどうでもよかった。
山の上にあるこの街を、壊してしまえと思った。
わたしにはもはやなにもない。
得ることもできない。
こんな街、いらない。
悲しみに震え、絶望したわたしの前に、この街を愛している奴らが集まった。
各々、言葉をかけては、わたしを止めようとする。
やめろ。黙れ。お前らの言葉など聞きたくもない。
全てが遅いんだ。貴様らにはわかりはしない。
身体中に怒りが迸るのがわかった。
腕をクロスさせ、そのままサイドに振り下ろすと、こちらに向かって走っていた奴らの足元から、赤い布が何本も飛び出し、それは空に向かって昇った後、奴らの足や腕に絡み付いた。
そのままもう一度手を横に一線。
つかまっていた奴らが横に吹っ飛ばされて、地面を転がる。
それをみながらふと考える。昔のことを思い出す。
いろんな苦楽を共にした仲間だった。
あの時だって、限界も近いというのに、私は無理に力を使って倒れてしまった。
大きな三枚の蝶の羽。
自分の力で作ったその赤い布の羽は、なににも勝る防御力と攻撃力を有していた。
だが、相当な長さを出現させるだけに、力を相当使った。故に三枚。
それでも。
私はとはや中途半端に出現させた三枚目に目をやり、体に力を溜めた。
すると三枚目の羽はさらに大きくなり、左右同等の大きさになった。
そこからさらに力を貯め、4枚めを出現。
完成した頃には力の消費で息が荒くなる。
そのまま奔走し、途中で意識が途絶えた、んだっけ。
あの時のことはぼんやり覚えている。意識が朦朧とする中、敵と交戦中だというのに、敵側にいる、仲の良かった子を無意識に助け、そのまま気絶したんだっけ。
本当に、馬鹿なことをしていたな。
と考えていたところで、周りにかつての仲間、今やどうなろうが知ったことではないそいつらが自分の周りに集まっていることに気づき、ハッとする。
なんだ!?なんなんだ!?
思わず腕を構え、力を発現、と思ったが、背後に気配。
勢いよく後ろを振り返ると、全員が列になって立っていた。
思わず後ずさると、その手元には自分の力の大元であり、力を拡散させるための核が。
みんなはそれを持って構えている。。まるで綱引きを今からするかのように。
「待てっ!やめろ!」
叫んだのも束の間、こいつらは「せーの!」という声と共にそれを引っ張り出した。
ともかく振り払わなければと力を溜めたが、間に合わず、それはスッと私の首から抜け、彼らに巻きついていた布がチリになって消えてゆく。
体の力が一気に抜ける。
「は、、、あ、、」
膝から崩れ落ち、地面に倒れる直前で、誰かに抱き留められた。
「な、にして、、るんだ、、」
それは先ほどまで痛めつけていたかつての仲間。
もはや仲間ではなくなったと思っていた奴らだった。
「、、、はな、せ。も、う、、いいんだ」
意識もはっきりしない。目の前がもう真っ暗だ。
息もしづらい。声を出すのがやっとだ。
なんとか声を出して相手に伝えようとしてみたが、返答はない。
しかし、もうそれもどうでもいい。
私はもう直ぐ
―「――」なのだから
「私は、、、ただ、、」
でも、なぜだろう。感覚を失ったはずの体が、いやに痛い。
「ただ、、、取り、戻した、、かったんだ」
体の中心。その奥底が痛みを訴えている。
「けど、、かなわなか、、た」
ぁぁそうか。心が痛いのか。
「しあわせが、、ほしかっ、、た」
なにも、何もかもがこの手をすり抜けて消えた。
それならもう、こんな街も必要ないと、本気で思ったんだ。
仲間も、夢も、希望も、未来も。
私しか知らないあの日の出来事を、きっといつまでも忘れない。
だからこそ、この街を消してしまえばと。
「あぁ、ちが、うのか。本当は、、、」
そこで、不意に強く抱きしめられた。
強く、強く。感覚のないこの体が、痛くなるほどに。
「もういい。もう。ごめん。ごめんなっ。俺たちは、お前にいろんなものを背負わせすぎたんだっ。だから、こんな、、、っ」
その体は震え、声はこっちがびっくりするくらい濡れていた。
まるで子供のように、誰かにとられてたまるかというように。その手は私を抱き締めて離しそうにない。
もう少し、早く気づいていれば良かった。
そうすれば、何か変わっていたかもしれない。
最後の力を振り絞り、布を出す。白く、月明かりに照らされて輝くそれを、私を抱き締めているこいつの体に巻き付けた。優しく。優しく。
違うよ。大丈夫だよ。最初は、自分で望んであの日に旅立ったんだ。
そう。自分が望んだんだ。その結果が良くないものであれ、自分で選んだ道なのだ。
だから本来、仲間に罪はない。
布の端で、私は彼の背中をポンポンと優しく叩く。
「だいじょうぶ、、、私が、のぞんだ、、ことだった。なにも、、悪く、、、な、、」
ぁぁ。もう声が出ないや。
体の力も抜けていく。その前に。その前に行っておかなきゃ。これだけは。
「お前っ!しっかりしろ!待てよ!待ってくれ!俺たちはこんな!」
男の声が、泣きじゃくるようにそういう。
それに対して、最後の力を振り絞って、口を動かした。
「ありが、、とう。お、まえらの、、おかげで、、しあわせ、だ、、、た、、、。ごめ、、、な、、」
そこまで行って、ついに限界が来る。
身体中に力が入らない。急激な睡魔のようなものに襲われて、まぶたを開けていられない。
眠い。少し眠ったら、元気になるだろうか。
起きたら、もう一度ちゃんと謝ろう。
誤って許されることではないことは承知だが、きちんと、そうちゃんと。
だから、今は。
静寂が体の中に染み渡り、意識は闇の中へと落ちていった。
################
「なんでそんなこと言うんだよ!おい、、おい!起きろよ!起きてくれよ!なあ!?」
目の前でぐったりしてしまった女の子に、必死に声をかける。
全ての責任を、重荷を背負わせたまま、彼女はそれでもありがとうなどと。
そんなこと、言われる資格はない。
俺たちはみんな、お前に甘えすぎたんだ。
「頼む、頼むから!まだ行くな!言いたいことがいっぱいあるんだ!伝えなきゃならないことがまだたくさん!オレ達は!、、、、おれはぁっ!」
目の前の女の子に正気はない。
手から伝わる彼女の温もりは、少しずつ失われようとしている。
息も、
もはやしていない。
周りで、息を飲む音。
嘘だろと呟く声。
泣き出す声が広がる。
オレは彼女の体を再びかき抱いて、切に願った。
もう一度。もう一度だけ。この目が開いてくれれば。
どれほど。
その時、体に巻きついていた布がふわりとオレの体から離れた。
この布は彼女が自分の力で出現させたものだ。
それが周りから何本も生えたように出現し、彼女の体を包み、その体を持ち上げた。
上空まで持ち上げられた彼女の体は、あちこちから出現した赤い布でぐるぐるに巻き取られ、ついに姿が見えなくなった。
丸いまゆのようになったそれは、直後淡い光を放ち出す。
「いったい、なにが、、、」
状況を把握できず、そう呟くことしかできない。
だが、状況が悪くなるようなものではないと、何故か確信して、ことが終わるのを見守ることに。
やがて淡い光を発していた布は、そのまま収縮。
彼女の体に溶け込むようにスッと消え、ドクンっと、一回の脈動が辺りに波紋を作った。
そのまま光は消えていき、彼女の体が降りてくる。
それを受け止めて。
「嘘、だろ」
彼女の体が生き返っていることに気付いた。
心臓が動き、息をして、体は暖かい。
規則正しい呼吸音が耳に心地よく入ってくる。
「あ、、、、よかっ、、、よかったっ!」
たまらず抱き締めて、安堵。
周りもその様子に喜びを分かち合いながら、しらむ空を見上げた。
#########################
目を開けると、見覚えのある天井が見えた。
「てん、じょう」
ぼんやり呟いて、そのまま見つめる。
白い天井。確かに見覚えがある。
「いきて、る?」
少し、不思議に思ってしまうのは、仕方ない、よね?
私はあそこで命を落としていたはず。
試しに起き上がってみる。
しかし、死にそうどころか、身体中どこにも怪我はなく、力を行使した影響の疲労以外は特に快調そのものだ。
「部屋の外に出てみる、か」
なにが起こってるのかは、とりあえず置いておくことにした。
私が寝かされていたのはどうやらベッドのようで、ここは保健室?ベッドから降り、部屋の扉に手をかけると、気配。
誰かがこちらに走ってきている。
かけた手を扉から離し、一歩後ろに下がって待ってみることに。
すると、その気配は近づいてきて、やがて足音が聞こえてきた。
男の足音だ。荒々しいな。
ずいぶん急いでいるように聞こえる。
そう考えていると、その足音の主は勢いよく目の前の扉を開けた。
「目が覚めたか!?うお!?」
瞬間目の前に現れた私に驚いたのか、のけぞる。
しかし咄嗟のことでバランスを崩し、後ろに倒れそうになる。
「まったく」
人の顔を見て驚くとはどう言う了見だ。
なんて思いながら、布を出して受け止める。
「おっと。すまない。助かった」
男はそう言ってちょこっと頭を下げる動作で答えた。
「本当だ。突然入ってきて突然驚くなんて、もう少し考え、、て、、?」
ともかく気を付けろと注意を促していると、視界がぐらついた。
力を使ったからか?
倒れそうになるのを、座り込んでいた男がものすごい速さで受け止めにきた。
「、、おっと、、すまん。助かった。、まだ本調子じゃないらしい」
「、、、」
少し笑いながら行ってみると、支えた腕に力が入るのがわかった。
少し、震えているようにも感じる。
「、、、どうした?」
気になって声をかけてみるが、こちらを向かず。
「本当だ。気を付けろ。なんたって病み上がりなんだからな」
茶化されるかと思ったが、予想に反して真剣な声に、反射的にまた「すまない」と誤ってしまう。
どうやら相当心配をかけたようだ。
「みんなが待ってるぞ。それに、上層部面々がお前をお待ちだ」
「そりゃそうなるか」
「どうやらお叱りではないそうだぞ」
「え?どういうことだ?」
「まぁ行って見りゃわかる」
なにを言っているのか。
ここまでのことをしてお叱りではない?
そんなことがあるはずない。なにかしらあるはずだ。なのに何故。
考えてもらちが開かないな。行ってみないとわからない、か。
とりあえず考えるのをやめて足を動かす。
部屋を出て廊下を歩いていると、何人かの人が廊下の脇でこちらをみていた。
なんだ?
よく見れば、その先にも、私が通る道に人が集まっている。
みなこちらを見ながら笑顔を浮かべていた。
なんとも不思議な光景に、眉が無意識に寄ってしまう。
そうして歩いていると、そのうちの一人から声をかけられた
「おつかれさま!ありがとう!」
え?
どうしてお礼?
その声に触発されるように、ポツポツと声が上がる。
「おかえり!」「おつかれさま!」「ごめんね!」
そこまで聞いて、私は足を止めた。
まさか、全部知られた?
今までのこと、全て?
出なければこんな言葉は出てこない。
何故、全てをめちゃくちゃにしようとした人間をねぎらい、礼をする?
それとも、私が自惚れているだけか?
そうして考えていると、先を歩いていた男が振り返って言った。
「みんなに公表したよ。全部」
「な、、、」
私にとって、それは衝撃的でしかなかった。
「君が背負ったもの。俺たちが押し付けてしまった責任。全てね」
「違う!勘違いはするな。私が望んでやっていたことだ。勝手にやりたいと進み出て、失敗して、挙げ句の果て、、、これだ」
守りたいと強く望んでやっていたことだ。押し付けられたなどと、背負ったなどと、私は思ってはいない。
、、、いや、あの時私は少し、考えた。
何故こんな仕打ちを受けなければならないのかと。
復讐を誓った時、あいつのことだけじゃなく、それも、含まれていた、、、?
「、、、お前も思ってたんだろ?」
「っ!?」
「何故、こんな仕打ちを、って」
「そんなことはっ」
男の言葉に反論しようと顔を上げると、しっかりした目を向けられたまま首を振られてしまった。
「俺たちがお前に全てを押し付けたのは事実だ。その結果。お前は、、、その重荷に耐えられず力を暴走させ、俺たちに、この街に復讐を誓ってしまった」
「そんな、、」
もう反論はできなかった。
「だから、オレ達は全てを知っておくべきだと思った。知らなければ、償うものも償えない」
そう言って男は先を歩き出す。
これ以上言葉を発するのは無駄と判断して、私も黙って後に続く。
歩けば歩いた分、人が多くなってくる。
廊下を進んで一度外に出ると、教師まで出てきていた。
どうしてここまでするのだろうか。
どれほど背負わせたと思っていても、私がしたことは許されるべきことじゃない。
本来なら、罵倒され、軽蔑されることなのだ。
私がやったことは間違いだった。、正しいことなんてなかった。
特に復讐に身を焦がしている間は。
だめだ。頭の中が混乱している。
少し落ち着いてから考えるべきだろうか。
そうして考えを巡らしていると、目の前の男が足を止めた。
顔を上げて様子を見ると、前を静かに見据えている。
私もそちらに目を向けると、
そこには私と彼の師がいた。
全ての思考が固まる。
代わりに、思い出が頭の中を駆け巡り。
次に守れなかった罪悪感が体を埋め尽くした。
それを自覚したときにはすでに、抑えることはできなかった。
一歩、踏み出す
「あ、、、し、、、師匠、、」
ふらりと、一歩ずつ足を進め。
「う、、うぅ、、、」
やがて駆け出し、師匠に飛び込んだ。
今まで、一粒も出なかった涙が、まるで止まることを知らない滝のように溢れ出す。
「申し訳ありませんっ!わ、わたし!わたしはっ」
「うん、うんよしよし。いいよ。大丈夫だから」
「うわあああああ」
それからしばらくして、落ち着いてきた息を整え。
師匠から離れた。
そうして気づいた。、まだ話をしていないことを。
そこで再び息が詰まってしまった。
なんて言えば。
どう説明すればいいのか。
声も出ないこの状況で。
大切な彼を失い、私は復讐に身を焦がし、間違いを犯した。
なんて説明すれば?
誤魔化しなく、事実をきちんと伝えなければならない。
なのに、声が出ない。体も動かない。
伝えたらどうなる?
師は私を憎むかもしれない。
守ると約束して、なのにむざむざ死なせて。
闇に落ちた私を。軽蔑するかも
そんなの、、たえられな、、、
「あ、あの、、、師匠、、」
『ごめんよ』
「は、、い、、?」
「私は、全部聴いているんだ」
「ぜんぶ、、?」
「そう。彼が、死んでしまったことも、君が、一度闇に落ちたことも」
「、、、」
「だから、ごめんよ。私は間違えたのかもしれない」
「まちがえた、、?」
「私は、止めるべきだったのさ。あのとき、君が固く私に約束をしてくれた。それでも、止めるべきだった。私の判断ミスが、君の全てを狂わせたんだね。この件は、全て私に責任がある。本当にすまない」
そうして、師は深く、深く頭を下げた。
その姿を見ながら、聴いた言葉を頭の中で噛み砕いた。
この方は、私の勝手な行動を、自分のせいだと。そう言ったの?
しかもそれを、すまなかったと?全て自分の責任だと言った?
そんなこと。
あるはずがないのに。
「、、、ちがう、、違いますっ!」
そんなふうに、言って欲しくない。
「私が勝手に先走って!全てをめちゃくちゃにしたんだ!あなたがっそんなっ頭を下げることではありません!」
そうだ。この方はなにも悪くない。悪いのは。私なのだ。
「だからっあたまをあげてくださいっ」
「君の様子を見ていればわかる。これはわたしの責任。けど、君が納得しないのなら、わたしのわがままとして、わたしの謝罪を聞き入れてくれないかい?」
頭を深く下げたままそう言う師匠に、もはやなにも言うことはできなかった。
「、、、わかりました」
「ありがとう。本当にすまなかったね。それではいこう。長達が待っているからね」
「はい」
そうして、今度は師匠に先導されて先を進む。
やがて一つの扉の前に来ると、師匠が扉をノックして部屋に入った。
しかし、そこは部屋ではなかった。
左右に壁があり、正面に壁はなく、天井もない。
「ここで待っていれば、あなたに会いたい人がくるよ」
師匠がそう言った後、部屋を出て行ってしまった。
とりあえず待つことにするが、ふと見た正面の景色はとても美しかった。
どうせならと周りを見渡し、高いところを探す。
右上の屋根の上がちょうどよさそうか?
そう思って体を浮かせる。
一本じゃ遅いな。
そう思って腕を構え、いつものように振り下ろす。
が、いつもなら出現するはずの布が一本も出てこない。
「流石に使いすぎたか」
時間が経てばそのうち回復するだろう
そう考えて今回は我慢する。
屋根の淵まで移動すると、その上によじ登って座り、街並みに目を向けた。
「、、、綺麗だな」
その景色は、まさに美しいの一言に尽きた。
美しい山。並ぶ街並みと店。その奥に沈んでいく夕日。
こんな街を壊してしまおうとしていたなんて。
馬鹿な真似をしなくてよかった。
と思っていると、今までそこになかった気配が突然現れた。
しかし私は驚くことなく尋ねる
「この街を、あなたはどうしたいんですか?」
隣に出現した御老人は、その言葉に優しく答えた。
「そうだね。美しく、助け合いという人の美しさが際立つ街、ですかね」
「さすが全ての頂点に立つ方は、考え方が違いますね」
「そうですかねぇ」
その返答に、なんとも言えずに目を細める。
沈み出した太陽は空を、街を、鮮やかな赤へと変化する光で照らしながら、わたしをも照らし出す。
それはまるで、わたしの闇を押し出してくれるかのような感覚さえ覚えるほど、それはあまりにも
「この街は美しいでしょう?」
「そうですね。今痛いほどに実感しています。馬鹿なことをせずによかった、と」
「ほっほっほ。成長というやつじゃのぉ」
「そう、でしょうか」
「のぉ、聴いて良いか」
「なんでしょう?」
「お主はなにを考えてこんなことをしたのじゃ?」
あまりにも直接的すぎる質問に、思わず固まった。
「ずいぶんストレートなんですね。でもまぁ、その方がわたしにはいいのか」
「答えてくれるかのぉ?」
「、、、わたしは、失うことを何より恐れていたんです。昔から、そんな気持ちはありました。だから、何かを得ようとする力を抑えるようにしてきました。ですが、心を許せる人ができて、その欲を抑えることを忘れた。だから、それを失ったとき、全てがどうでも良くなったんです。なにもいらない。なにも」
目の前で全てを失ったような感覚を、きっと忘れない。
何もかもが無に帰るような。
あらゆる気持ちが、努力が結果が、意味をなさなかったと。そう言われているような。
そして、それが、誰かによって起こされたことが、何より許せなかった。
「だから、そう。だからわたしは全てを壊したくなった。仲間も、この街も、この世界も。誰かが壊してしまう前に、この手で全て壊して仕舞えば、何もかも無くなって、わたしの中にだけそれは生きていく」
誰かに壊されてしまうより。
自分で壊してしまった方が、いく場も楽だから。
「なるほど。この街を人を、愛していたのじゃな。形は極めて歪ではあるが、愛情であることは代わりないのじゃろう」
わたしの言葉を聞いて、隣の老人は目を細めて考えにふけるように呟いた。
その言葉を聞いて、ピントはこなかったが。
「そうなんですかね。残念ながら、きっとその気持ちは今後消えることはないと思います。今は仲間がいるときちんと自覚できたので、なんとかなるとは思いますが」
一時的は。
「なるほどのぉ。お主はずいぶんと重いものを背負っているようじゃ。それも、その体で本来抱えてはならない量の重荷を」
「はい?」
「のぉ、お前さんはそれを抱えてどれほどだったのかのぉ?ここで見てきたことは、ヒントになったかな?」
「あの、なにを言って?」
「嘘をつかんでもよいぞ?本来の『そやつ』は今のお主みたいに良い子ではないでの」
「、、、」
「当たっておろう?」
「、、、はい。降参です。『こいつ』がどんな人間かは知りませんが、あなたの推測はあってますよ」
「お主はどこからやってきたんじゃ?」
「どこから、、難しいですね。ここと同じような場所で、ここほど美しくない世界です」
「お前さんが抱えているのは、その世界でできたものじゃろう」
「残念ながら、その辺はわたしも自覚していないんです。なんですか?重荷って?」
「そこは一緒なんじゃな。鈍いというか」
「ん?」
「お前さんの、心の奥の扉の、そのさらに奥にあるものじゃ」
「心の、扉の奥?」
「それはお前さんもわかるはずじゃ。人間が意識できる範囲が。扉の外の心じゃ、しかし、最奥にある鍵のかかった扉。その先からは本人さえ認識できない領域、無意識の心になるんじゃな。それは何かきっかけがない限り自覚することはできん」
「へぇ。無意識下にある人の心ね。それを鍵のかかった扉に塞がれてるって例えるのはなんで?」
「よいか?その扉には鍵はかかっておるが、開けるための鍵はないのじゃよ」
「それならどうやってあけるの?」
「ピッキングじゃ」
「はいい?ピッキング?泥棒とかがよく使う?」
「そう」
「いや、無理があるんじゃ?」
「まぁピッキングとまとめてしまったが、要するに、その人間の心の形を理解し、相手に寄り添って心を解きほぐす。鍵になっている出来事を一つ一つ探りあてて、鍵を開けていく。全ての鍵が空いたところで、その奥に入る資格が得られるというわけじゃ」
「めんどくさいね」
「他人が扉の奥に行きたいなら、面倒じゃろうな。が、本人が入るのは簡単じゃ。本人の心なんじゃからな」
「ふーん」
「それで、お主はなにをそんなに欲しがっておるのじゃ?」
「はい?ほしがる?」
「欲しがっておろう?今回の一件を見ていればわかる話よ」
「いや待って待って色々おかしい。ついていくのがやっとだよ。今回の一件とわたしの欲しがってるものが繋がるのがまず訳がわからないんだけど?」
「つながるぞ?なぜならここは“お前さんの扉の奥”なんじゃからな」
「、、、、は?」
「ここは、お前さんが、厳重に、強固に、何重にも扉を作って封じ込めたもののうちの一つの扉の中じゃ」
「、、、」
「そして主に、ここではお前さんの“欲しいもの”が反映される。欲しくてたまらないもの。それでも、封じ込めなければならなかったもの。だがな。見ていると封じ込めなくてもよいものまで入っているぞ?お前さんはどんな人生歩んだらあんなものが入り込むんじゃ」
「ほしいもの。ここにある全てが?」
「そうじゃ。一つ残らず。全てじゃ。漏らすことなく、余すことない。お主の欲しかったものがここにある」
「だとするなら、わたしは、やはりとんでもないクズらしい」
「ほしいものの中に復讐なんぞ入っておるなら、そうじゃろうな。しかも、復讐に乗じて死ぬことすら欲しがっておる。言葉も出んよ」
「仕方ない。けど封じ込めているだけ、よかったと思ってよ。最近は鍵が緩んできてしまって、大変だけどね」
「、、、お前さんは、これがほしいのか?」
「、、、うん。この街が、世界が、美しく見えるような瞳が、心が欲しかった。綺麗で、鮮やかで。それでも、それは持つことを許されなかった。望んで手に入れてたら、わたしは今ここにはいない。綺麗なままではいられなかった。綺麗なままでは、許されなかった」
「だから封じ込めて、忘れたと」
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