夢物語〜わたしがみた夢の話集〜

常に眠い猫

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マディシエムー孤独のスペインー

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雑書き

それは古代の遺物。
はるか昔に恨みを持って死んだ死体が呪いを放ち、それが長い年月を経て強力になりすぎた成れの果て。
敵として現れた彼は、しかしどこか不器用な優しさを見せる。
いったい何があってそうなってしまったのか問い詰めたら過去を見せてやると言って過去へと送り込まれた。
そこには無愛想で不器用ながらも優しさを発揮するスペインの姿。
こんな人が何をどうしてそんな姿になったのか。考えれば考えるほど涙が溢れて仕方がない。こんなにいい人なのに。

スペインは、とある会社に所属していた。しかし働いているというには自由が効きすぎた部署にいたようだ。
大きい会社の隅に事務所を構え、ろくな仕事が与えられていないように見えたが、いわゆる特殊部署であったらしく、緊急時にのみ動く要因であったらしい。
普段は会社の隅っこにある食堂で従業員にご飯を作って過ごしていた。
しかしあるひ彼は拉致されて謎の儀式に突っ込まれる。
普通の人とは違う力を持った彼はいい贄になるとかでひっつかまった。
和室のような小さい部屋に魔法陣が描かれ、鎖でぐるぐるに縛られた彼は儀式によって肌は焼け爛れ、腕は腐り落ち、肌は呪いによって変色し最後には胴体が離れ落ちた。永遠とも思える苦しみの末、スペインだったものは息絶えた。

そんな様子を観た直後に現実味に戻る。
スペインの姿は腕がなく、腰から下半身がない状態だった。
なぜなのかの理由がわかった。何もしていないのに。何かをしたわけでもないのに意味のわからない儀式に利用され、その命を落とした。
その後、呪いは成功したが人間がコントロールできる類ではなく、大罪人が葬られる罪人専用墓地の奥深くに投げ捨てられ、数100年の時を経てその呪いの力は強大になっていった。

なんて悲惨なのだろうというのが最初の感想。
何かしたわけでもなく、心優しい人間がただ利用されて打ち捨てられただけの、本当に残酷な物だった。
せめて五体満足であればいいのにと願い、はるか昔は大罪人の墓地であった場所に潜入。
そこは土葬でも火葬でもなく、呪いの力をまとった死体を像に封印し、深い深い池に沈めるという場所。
建物の中に入ると学校などにあるプールくらいの広さの池があるが、その深さは30メートルから40メートル。
水の中を覗くと、水底深くに封印されていると思わしき像が10や20ではくだらない数沈んでいるのが見えた。
その中からスペインの気配を探り、池の隅の方に像を見つける。
封印されているはずのその像は半分に折れてしまっており、胴体部分の封印は取れているが、下半身部分のふういんは中途半端に解かれないままになっている。
通常呪いを受けて封印される際、全身をまとめて封印するため、封印が解けると、もちろん五体満足で出現する。
しかしスペインの場合、呪いを受けた最中で胴体と下半身が分かれてしまい、別々に呪いを受けてしまった。
まとめて封印するには力が強すぎたのだろう。
だから、上半身と下半身に分けて像に封印し、それを組み合わせて一つの像とすることでさらに封印を強めていた可能性がある。
おそらく、通常の封印の仕方では下半身まで封印を解くことはできなかったのだろう。


 私は池の中に飛び込み、無我夢中で足を動かした。
 あの不器用で優しい人の半身があそこにあるのだと思うと、胸が苦しくて仕方がなかった。
 はやく、はやく、はやくと気が急いて、心臓が痛くて仕方がない。
 早くあれを持っていってあげなきゃ。これほどまでに辛い思いをしてきたなら、一度くらい救われたっていいじゃないか。
 私がそれを手助けしても、いいじゃないか。
 だって彼は、何も悪いことなどしていないのだから。
 像まであと少し、あと少しで手が届くといったところで、突然背後に気配が現れた。
 この池の縁あたりだろう。覚えのある気配だった。
 だからこそ私は焦る。
 こんなことをしているとバレたら彼はどんな顔をするだろうか。私は少しわかる気がした。
 あとひと蹴りで像に手が届くところまできたとき、水中では聞こえるはずのない声が響き渡った。
「何やってんだお前!よせ!」
 焦ったような、怒ったようなその声は、私がよく知る声だった。
 私が止まらないと知ると、彼はもう一度私に叫んだ。
「止まれって言ってんだよバカが!お前みてぇなチンケな奴がそれに触ったらどうなるかわからねぇんだぞ!」
 その言葉を聞いて、私はさらに胸が苦しくなった。
 こんな状況で、こんなになってまで私の心配ですか。
 なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのかと叫んでもいいのに。お前たちのせいだと人間を恨んでも仕方ないのに。
 暖かく、日差しみたいに綺麗だったそれは相変わらずで。
「おい!聞こえてるんだろうがよ!」
 何かに怯えるような、焦っているような声が脳内に響く。
 私が考えてることは全部バレているんだろうか。
 そう思うと脳裏に過去での出来事がよぎる。
 不器用なひと。
 優しい言葉。
 ぶっきらぼうだけど、それでも頭を撫でた大きな手。
 どこまでも思慮深くて、視野が広くて、ちょっと乱暴で、懐がとても、とても広いひと。
 見ず知らずの私が理由もわからず泣いても、彼は優しく抱きしめてくれた。
「お前、、、、」
 なぜ、なぜこんなにも綺麗な人が、こんな残酷な目に遭わなければならないのか。私がそれを考えるのも、余計なお世話なのかもしれない。だけど考えずにはいられない。幸せになれる権利があったのにも関わらず、くだらない人間の欲でそれを全部潰されて、人間に対して恨み?絶望?そんなの当然に決まってる。
 私は異常なのかもしれない。普通の人間が私の考えを聞いたら白い目で後ろ指を刺されるかもしれない。人間の敵だと言われるかもしれない。

 でもそんな物どうでもいい。

 私が望んでいるのは彼の、スペインの幸せただ一つ。
 そのために人間を滅ぼしたいなら私は止めない。人間を一人残らず滅ぼしたあと、最後に私もその仲間に入れてもらう。
 今やってることも非難されるかもしれない。私は本当に自分勝手だとも思う。だけどそんな物どうでもいい。
 せめて彼だけが幸せであれば何もかもどうでもいい。

 そうして私は像に

「おまえっまてっ」

 触れた瞬間、真っ黒い呪いの霧が立ち込めてきて、私を覆った。
 瞬間流れてきたのは、憎悪、絶望、嫌悪、悲しみ。数百年と封印されていた間の、スペインの真っ黒い感情の塊だった。

『苦しい』『なぜ』『まだやり残したことが』『痛みが消えない』『永遠が終わらない』『なぜ』『体が焼ける』『俺が何をしたって』『もう嫌だ』『なぜ』『息ができない』『いつまで続くんだ』『なぜ』『戻りたい』『なぜ』『終わらせたい』『なぜ』





 気づくと、目の前に鬼神を模った像が手の内に収まっていた。いつの間にか胴体と下半身は連結され、下半身の封印が取れている。
 儀式をしたつもりはないのだが。
 それより、先ほど流れてきた感情が頭をいっぱいにしていてうまく考えられない。
 ともかく、スペインのところに持っていかないと。
 さっきから彼の声が聞こえてくるが、頭の中は先ほどのことでいっぱいで何を言っているかわからない。
 胸が苦しくて、嗚咽してしまいそうなのを必死に堪えながら、池から上がった。
 長いこと息をしていなかったからなのか、それとも胸の痛みのせいなのか、息があがって仕方がない。
 胸いっぱいに空気を取り込もうと必死になる肺に翻弄されていると、頭の上から声が降ってきた。
「何をしてんだお前は」
 言葉だけ聞くと呆れているようにも聞こえるが、それにしてはあまりにも穏やかすぎる声音に、私は思わず目線を上げた。
 途端に腕に抱えていた像を取り上げられる。
「お前人間だろうが。封印を解いてどうする。この封印を解いたら俺が自由になるのを知らないのか?」
 目の前の黒い人物、スペインはそう言いながら、今まで自分が封印されていた像を私の腕の中から抜き取り、汚いものを扱うかのように指先でつまんで見つめていた。
 それから横目で私に視線を向けて。
「なぜこんなことをしたんだ」
 何故、と聞かれて、思考が止まる。
 スペインはきっと、私の頭の中をいまだに覗いているだろう。
 なぜ、なぜ?
 優しいあなたが不憫だった、なんて浅ましいことを考えていないのか、と言われれば否定はできない。
 だからと言って同情してこんなことをしたわけでもない。
 幸せを。そう。私は幸せになって欲しいんだ。
 不器用な優しさを、今まで見てきたどんな人よりも深い優しさを持っているこの人が、誰より幸せになる未来を掴みたかった。
 私が同行できるかはわからない。ましてや、過去にあったことは覆らない。それなら。
「笑顔を、みたかった。スペイン、あなたの笑顔が見たかった。できることなら人として、幸せな未来を掴んで欲しかった。でもそれは私のエゴで、今それができるかはわからないし、私が決めることでもない。それなら、今できること、あなたが何にも縛られずにある事を私は望んで、やったのかもしれない」
「俺が世界を滅ぼすとは思わなかったのか」
「思ったよ。像に触れたとき、あなたが抱えていた負の感情の、おそらく一部を見た。人間に対して深い憎しみがあるであろうことを、私は再確認した」
「なら」
「でも、それでもいいと、私は思う。過去を見て、あんなことがあった後、何百年も苦しみの最中で閉じ込められれば誰でもそうなる。多分、私でも同じようになってた。だからスペイン、あなたが人間を滅ぼしたいなら私はそれを全肯定する。でも私はあなたともう少しだけ長くいたい。できることなら、あなたがしたいことを存分にやった後、私を殺すなら、それがあなたの望みなら、私は喜んで受け入れる」
 私がそう言った瞬間、スペインの目が見開かれる。
 相当驚いたような声音で続けた。
「お前、それ本気で言ってんのか」
「聞かなくても、あなたならわかると思うよ」
 スペインは目を細め、私を見る。
 そうして私の言葉が本心であることを認識し、固まった。
 正直に言うと予想外の反応だった。
 優しいとはいえ、私に対する認識はそこら辺にいる人間と同等だと思っていたから、そこまで驚かれるとは思わなかった。
 その様子を見て、つい、笑ってしまう。
 おそらく、今のスペインの姿を見た人間はほぼ全員が「化け物」と言うのだろう。だけど、私はその姿で驚くスペインが、どうしても人間に見えて仕方がない。
 それも当然だろう。この人はこの姿になってもなお人間に変わりはないのだから。
「お前、異常だと言われたことはないか?」
「たまに言われることはあったかな。でも自覚はしてたから、人には見せないようにしてるけど」
「お前の思考を除いてなお、何がしたいのかが見えない。お前は俺に何を望んでいる?」
「さっきから全部隠してないんだけどな」
 でもそうだな。強いて言うなら。
「スペイン」
「あ?」
「私がこれを言ったらあなたはどんな反応をするかな?」
「何を言うつもりだ」
「見えてるくせに?」
「……」
「残念ながら、私本気なんだけど」
「化け物相手にか?」
「私がそう思ってないって言うのも見えてるでしょ?」
「あのなぁ」
「誰に何を言われようと知ったことじゃないよ。前に私は言った。あなたはちゃんと人なんだよ。どんな姿になっても、どんな行動をしても。それがどれほど酷いことであってもね。他の人がどう思うかは知らないけど、私はそう思ってるし信じてる」
 硬い意志を持って、ハッキリと、心と声で届くように、私はそう言った。
 それを受け取ったのか、スペイン神妙な顔でこちらを見つめる。
 その姿は黒く、呪いに侵食され尽くし、姿形は到底人とは呼べない代物だけど、その心はどこまでも優しい。誰よりも、何よりも美しい。
「スペイン、私、あなたが好きなのよ。だからあなたが何をしようと、私は否定しない。あなたが私を殺すなら、それも受け入れる。でもさっきも言ったように、わがまま言うなら最後にして欲しいけどね」
 スペイン、スペイン、スペイン。私には何もできない。これがどれほど不甲斐なくて、どれほど悔しいか。あなたには言わない。できることなら幸せの道を選んで欲しい。けど、それはもうできないし、おそらくあなたは望まない。
 私は、あなたが呪う人間だから、何かをしようとしても多分身を結ばない。あなたが自由に望みを叶えられるように動くしか、私にはできない。
 それなら、死ぬまであなたと共にいたい。
 たとえあなたが私を殺すとしても。
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