夢物語〜わたしがみた夢の話集〜

常に眠い猫

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闇のトビラ【夢の書き留めのため小説ではありません】

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それは平和だったはずの世界で起きたこと。

世界のある大都市に一人の女の子が生きていた。いろんな人に恵まれ、いろんな経験をした女の子。
その世界では『トビラ』と呼ばれるものは開かれる。
手のひらサイズではあるが闇の力を利用した、都市の法律に反することだ。
そのトビラからは人々を害する怪異が訪れるのと同時に、手のひらサイズでもこの世界のマナを吸い取るため周辺の人々に不幸をもたらす。そんな代物。

ある日、とある場所に大きい扉が開き、一時大都市は混乱をもたらした。ちょうどそこに女の子も居合わせたのだが、マナを扱った魔術に目覚める。
扉が開き、怪異が現れ、仲良くしていた人々が不幸へと落とされる際、怪異を倒し、市民を助けた。それによって、膨大な力があることに気づく。

その日以来、都市の研究機関が「あそこまで大きな扉が開けるのは理論的にはおかしい」として、原因究明を急いだ。
するととある説に辿り着く。

この世界とは別の世界が、少しずつ近づいている可能性がある。
というのだ。というのも。

この世界はいわゆる光の力にあふれた世界。世界の外側には結界があり、ほかの世界、仮に「星」と呼称するが、星が近づいてきてもそこまでの影響はない。通常は通り過ぎるだけで何も起こらないようだ。
だがしかし、いわゆる闇に属する世界が今回、真正面からこの「星」にぶつかろうとしている。

と、世界屈指の頭脳を持つ研究員たちは信じられないと思いつつも、全員がその節に辿り着いてしまった。
これによって起こることがどれほどのものかも予想できず。トビラは大小様々ながらも開き続ける。

そんな中、一人の女の子は扉が開くたびに不幸に陥れられる人々を見ていられず、自分の力を使って奔走した。なぜか、どこに扉が開くのか予見できたので、誰よりも早く辿り着き、戦力に加わることができた。

しかし、そんな奮闘も虚しく、事態は悪化の一途を辿る。

女の子が奮闘し、研究員が変わらず詳細を究明すべくあらゆる説を上げながらも頑張っていたある日、最近開けられる扉が『隣の星から手動』で開けられている可能性に気づく。
確かに、他の世界なのだから人がいてもおかしくはない。しかし、何のために?動悸は?
そうしてさらに研究を続けるが、日に日に扉が開かれる数は増え、そしてその大きさもだんだんと大きくなっていき、その時点ではもう、手のひらほどだった扉は人の背丈ほどにも大きくなっていた。
そうして同じことが繰り返されたしばらく後。

大都市の海岸沿い、その沖の空に、どれほど大きいのか想像もつかないほどの扉が開いた。


【ここから少し小説風雑書き】





 それはあまりにも突然だった。遠い空から黒い何かが迸ったかと思えば、扉の紋章が浮かび上がり、世界を揺るがしながらゆっくりと開く。
 人々は揺れる大地に翻弄されながらも、そのあまりにも異様な風景に目を離せず、皆呆然とそれを見つめていた。
 私も例に漏れず、それを見つめていた。
 やがて大きいそれは口を開き、続けていくつもの扉が開く。
 一番大きい扉を中心に、それは縁を欠くように次々と。
 ほんのうが「やばい」と警鐘を鳴らして頭に響き渡る。
 心臓の音がやけに耳に響く中、中心で大きく口を開けたそのトビラから、何かが顔を出した。
 今までの怪異とは訳が違う。|それ《》は扉から顔を出すと、躊躇いもなくこの世界に侵入してきた。
 二つの頭に、ドラゴンの体をくっつけたような。大きな目には不釣り合いなほど小さい瞳孔。それが絶え間なくこの世界を見渡して動き回る。異様に長い胴体には四つの足が生えており、それぞれの爪は鎌のように長く鋭く伸びている。遥か遠いこの場所でも、その姿がわかるほどにはあまりにも巨大で。
 やがて、ぎょろぎょろと不気味に動いていた目玉が、こちらを、都市を視界に入れて、大きく口を開いた。
 瞬間、都市内部に備え付けられている公共スピーカーからとんでもない音量で注意喚起がなされた。

『お知らせします!至急、緊急シェルターへ移動してください!今見えている怪異はこちらを標的とし、攻撃しようとしています!今すぐ最寄りのシェルターへ!お急ぎください!』

放送している人間は研究員なのだろう。その声も大いに焦っており、普段の静かな放送とは違って叫んでおり、私は瞬間的に「まずい」と思った。
 その予感は的中し、放送が切られるのと同時に辺りから一斉に叫び声が上がる。
 あるものは躓きながら走り、ある子供は親と逸れて泣き叫び、あるものは転んだ長後に誰かに踏まれ、呻き声をあげる。

 一瞬にして都市は地獄と化した。

「おい!」
 周りの喧騒に驚いて固まっていると、後ろから声がした。
 聞き覚えのあるその声に振り向くと、魔術道具師のジェン爺さんが、切羽詰まったような顔で私の腕を引く。
「お前さん何してる!早く行くぞ!」
 そう言って無理やりはしりだした。
 少し痛む腕を感じながら、私は後ろを振り返る。
 先ほど現れたモンスターは双頭の口を大きく開き、何かエネルギーのようなものを溜めている。
 その大きさ故かどれほど離れているのかわからないその場所から、莫大なエネルギーの圧を感じた。
(ダメだ)
 あんなエネルギー量ではこの都市は助からない。どこに逃げても無駄なんじゃ?
 シェルターに入ったとしてらそのあとはどうするのか。あの怪物は何を目的としているのか。
 前を見ると、逃げ惑う人々が見えた。
 手を振るわせながら、それでも私を連れて行こうと必死になるジェン爺さん。
 視界の隅には転んだ拍子に頭でも打ったのだろう。気絶した人々がいる。
 走り抜ける横を、母を探して泣き叫ぶ子供が石に転んで抱いていたぬいぐるみを落とした。
 私はジェンの手を振り解いて子供の元に走った。
「ネル!」
 後ろで呼ばれるがそんなことは気にしない。
 泣いてたてなくなった子供に駆け寄り、ぬいぐるみを拾って駆け寄る。
「大丈夫?怪我は?」
 そうして声をかけると子供が視線を上げて私の顔を見た。
「お母さんが、、、お母さんがどこかに行っちゃった、、、」
 そうして再び涙を流す。その姿を見ていると無性に胸が締め付けられて仕方がない。
 なぜこんな思いを、こんな子供がしなければならないのか。
 体全てに莫大なエネルギーの圧を感じながら、私は思った。
「ネル!何してる!間に合わなくなるぞ!急げ!」
 ジェンがさらに焦ったように叫ぶ。普段はそんなに声を荒げる人じゃないのに、普段の優しくて、思いやりがあってぶっきらぼうな、そんな面影は一切ない。
 こんな理不尽があっていいのか。こんなことがあっていいのか。この街には私の大好きな人たちが住んでいて、生きていて、生きていくのだと思っていた。
 なのに、今視界に入るのはただ直前に迫った「死」からひたすらに逃げ惑い、恐怖に表情を彩られた人々の顔、かお、カオ。
 いつも楽しげに賑わっていて、平和で、時々少しだけ冷たい、そんな街の様子などかけらもなく。
 目の前では5歳にも満たない小さな子供が悲しみに暮れている。

――こんなことが、あっていいはずがない。

「ネル!!」
「ねぇ、ジェン爺さん。わたし」
「ダメだ」
 私が何か言いかけようとしたのを、ジェンが遮った。
 その顔は何かを察したのか、明らかに怒りに彩られていて、私が何を言おうとしたのかを完全に理解している顔だった。
 そんなジェンが、私の目の前まで歩いてきて、子供に言い聞かせるように言った。
「いいか。今は自分の命を大切にしろ。お前のそれはあまりにも度がすぎておるぞ。今は逃げるんだ。いいな」
「でも、私ならなんとかできる。そんな気がするんだ」
「どこからそんな自信が出てくるんだ。このあいだ芽生えた力のせいか?いいか。お前は単なる子供。厄災どころか世界さえ滅びかねん事に首を突っ込んで、無事でいられるような奴じゃない。お前さんはただの人なんだぞ」
 それでも、少し前から私の中で何かが脈打っている。
 何かを主張するように。あるいは何かに惹かれるように。
 体の奥底で渦巻く何かは【できる】と叫んでいる。
 それなら。私が何かできるのなら、したい。
「ごめん。爺ちゃん。それでも、私は行く。行きたいんだ。無謀なのかもしれないし、意味がわからないかもしれない。言葉で説明もできないけど、私ならどうにかできる。ものすごく大変だろうけど、できるんだ。できるのなら私は行きたい」
「そんな言葉でどうやって信じろっていうんだ。確かに、お前さんは今まで人々を助けてきた。だが、助けられなかった命があったのを忘れたか?今回はその比ではないのだぞ?」
「でも、何もしなければ多分みんな死ぬ。シェルターに入っても、多分意味ないよ。そんな予感がする」
「だから!なぜそんなことが言えるのか聞いとるんだ!このシェルターは世界屈指の技術を持って作られとる、たとえ隕石が落ちようと全く関係ないとまで言われとるんだぞ!」
「多分、あのエネルギー量じゃ意味がない。全員死ぬ」
「な、、、」
 その時、遠くで女性の声がした。今まで泣きじゃくってた子供がパッと顔をあげ、走り出す。
「ママ!」
「シェウレア!」
 どうやら母親のようだ。未だ走り続ける人々を縫って、こちらに駆け寄ってくる。
 やがて母親は我が子を抱きしめて、その場にくずおれた。
「よかったっ!よかったっ!ごめんね!ごめんてシェル!ママが手を離したばっかりに、、、!」
「ううん!私もごめんなさい。あのお姉さんが助けてくれたの」
「お姉さん?」
 女の子の言葉を聞いてこちらを見て、勢いよく頭を下げた。
「ありがとうございますっ!」
「大丈夫です。しっかりお子さんを抱いてあげてください。それよりも、ここは危ないので早くシェルターに」
 そういうと母親は子供を抱き上げて走って行った。
 数秒の沈黙が流れる。
 背後に感じるエネルギーは先ほどの比ではなく、今や膨大というにはあまりにも大きすぎる力に膨れ上がり、変わらずそれが増大し続けている。
 それと比例するように、私の中で何かの力が溢れようとしていた。
「爺ちゃん。ごめん。私は行くよ。無謀でも、阿呆でもいい。何もせずに死ぬくらいなら、何かして死にたい。もう説教は聞かないよ」
 しかと、ジェンの目を見据えて、私はそう覚悟を決めた。
 たとえ死ぬとしてもいい。策がないわけではないのだ。どうせ死ぬなら、これをやってから死にたい。
「あー!わかった!もういい!お前さんはどこまでも阿呆なのを忘れておったわ!」
「それじゃあ」
「待て」
 ジェンに背を向けて歩き出そうとすると、引き止められた。
「だから」
「わしも連れてけ」
「、、、は?」
 予想外の言葉だった。連れて行け?危険だとさっき言っていたではないか。
 そう思って彼の顔を見ると、先ほどとは打って変わって何かを覚悟したような顔つきに、言葉が詰まってしまった。
「お前さんはどうせ止まらんだろう。ならわしも連れて行け」
「はあ!?今自分で危険だと言ったでしょ!?私は、この力があるからなんとかなるけど、爺さんはなんの力も、、、」
「そうだな。わしにはお前さんほどの力はない。だが、保護者として、育ての親として、お前の行先を近くで見ていたい。おまえさんが何を言おうともついていくぞ」
「、、、わかった」
「お前さんを一人にすると何をしでかすかわからんからな」
「その一言は余計だよ」

 そうして、私とジェンは、誰もいなくなった街の中を歩き出した。





【簡易書き】

 そうして街の中を二人で走り、今にも放たれようとしている攻撃にどう対処するかを話し合う。
 攻撃をどうするかも重要だが、街の中に人が残っている可能性があり、それを救出することも視野に入れないといけなかった。
 空の紋様は一つ一つゆっくりと現れ、今なお現れ続けているが、そのスピードは思ったよりも遅い。しかし何が起こるかわからない以上はゆっくりしていられないと感じる。
 街の中を走り抜けていくと、空だけではなく、街の中にも大小様々な大きさのトビラが開かれており、あらゆる怪異が街を破壊しながら徘徊していた。
 中にはすでに事切れている住民もおり、ネルは心を痛める。
 体の奥にある力を使ってジェンと共に怪異を撃退していくと、空でエネルギーを貯めていた怪物が突然動きを止めた。
 莫大に膨れ上がったエネルギーが突然消失し、驚いて空を仰ぐと、扉からさらなる怪物が現れ、双頭のモンスターを攻撃していた。
 あれは共食いをするのか。と戦慄する。
 仲間意識があるわけではないらしい。であるなら、あるなら破壊だけなのではないか。
 新しく現れた怪物は最初に現れた怪物に引けを取らず巨大で、未だこちらに意識が向いていないのか、双頭の怪物を襲い続けている。
 今のうちにと怪異を倒しながら無事な市民をシェルターへ行くように声をかけつつ、研究所にたどり着く。
 そこで一人の研究者に遭遇。逃げるように話をすると、部屋にあった機材が反応。研究員が早口に話す。

 研究していたのはこの世界、この次元、呼称「光の星」と、今近づいてきている「闇の星」の関係性について。
 光の星は文字通り光に包まれて平和な世界、逆に闇の星はやはり言葉通り闇に包まれた混沌とした世界。今現れている怪物がわんさかおり、争いのみが存在する世界であるらしい。
 しかし、基本的に無秩序で、決して近づくはずのない二つの星が今近づいてきているということは、人為的なものである可能性が高く、それに気づいた研究員が詳しく調べていたとのこと。
 それでわかったのは。
 光の星と闇の世界を繋げることを目的に、人為的に星同士を近づけ、怪異や怪物をこちらに送り込んでメチャメチャにすることなのではないか。
 その真の目的はわからないが、闇の星からの人為的なものであるとすれば、向こう側からこちらに生き物を呼び寄せる扉を使って、こちらからも闇の世界に行くことができるのではないか。
 そうしていけるのであれば、元凶を叩いてこの事態を収集できる。
 と、口早に研究員が言う。
 続いて、あらゆる力を感知しそれがどんな力であるのかを調べることのできる機械が反応した。
 ネルが、この世界ではありえないほどの光の力を有していること。今闇の世界、言うなれば闇の力がこの世界に流れの込んだ事により、その力は数十倍にも膨れ上がっている。その力があれば、闇の星に渡っても問題なく存在を維持できる上、原因を淘汰し得る。と言うことだった。
 あまりのことに驚きつつも、それを実行することに。
 研究員をシェルターへと逃すはずが、こんな素晴らしいことに立ち会えるなんて人生でそうそうない。何としてもついていくと聞かず。どうやって向こうへ渡るかの知識も自身の身を守る術もあったため、とりあえず連れていくことに。
 三人で街中を走り、空いた扉が「通り抜けられるか否か」を確認しながら、通り抜けられないものなら壊していく。
 そうしていると、空にいた怪物が地上に降りてきた。
 双頭の怪物は消え失せており、代わりに出てきた蛇のような怪物が舌舐めずりをしている。おそらく食われたのだろう。
 新たに出てきた怪物は全身が蒼く、そして蛇のように長い。顔はナマズのような間抜けな顔だが、口は数十メートルも長く、開いた口の中には鋭い歯がびっしりと並んでいた。
 その怪物の目がこちらを向いたと思ったらズルズルとあらゆる建物を壊しながらこちらに近づいてくる。
 目をつけられた。
 三人はまずいとその場から走り、一旦逃げることを考える。
 大きな河川敷まで逃げてくると、逃げきれず、その怪物に追い付かれてしまった。



【小説風雑書き】




 それはあらゆる建物を巻き込んでこちらに這いずってくる。大きな口を開けたり閉めたりしながら、確実に張ってきていた。
 三人の後ろまでくると、怪物が口を開けながらずるっと一瞬下がった。
「まずい!飛べ!」
 私は叫んで飛行魔術を使い空に逃げる。
 ジェンは魔道具を使って横に飛翔。
 研究員は登場していたロボットにジャンプをさせて回避した。
「あいつ私らを食おうとしたぞ!」
「ひええええ私はまだ死ぬわけにはいきません!とりあえず写真を撮らなければ!」
「そんなこと言ってる場合か!あやつ、また構よった」
 三人を食うことに失敗したからか、怪物はこちらに顔を向けて体を縮める。
 こちらに飛んでくるきか!?
 とにかく回避行動をしなければ。一旦地面に降りて回避行動をすべく体を低くすると、それを待たずに怪物が突進してきた。
「まずっ」
「馬鹿者!」
 突然横からものすごい勢いで吹っ飛ばされ、ネルは地面に体を打ちつけてしまい、怪物がその横をものすごい速さで通り過ぎた。
 瞬間とんでもない速さでジェンが吹っ飛んでいき、いくつかの建物を貫通して床に転がる。
 そこで、ジェンに突き飛ばされたのだと理解した。
「ジェン爺さん!!」
 慌ててジェンの元へ駆け寄っていき、その体を起こす。とたんにべっとりしたものが手にこびりついた。

――血だ。

 身体中血だらけで、腕が変な方向へと折れ曲がっている。
 ヒリアがロボットから降りて見下ろすと、顔を苦渋に染めた。
「身体中の骨が、、、おれてる、、、」
「爺ちゃん!しっかりして!」
「ぐふっ、、いったい、、のぉ」
「ヒリア!研究員でしょ!?医療研究もしてるでしょ!?直せるよね!?」
「見てみる」
 そう言ってヒリアはジェンの体に触れ、状態を見る。しかし。
「今すぐ手術すればどうにかなりますが、設備もなければ人もいない。少なくとも、私は医療研究の専門ではないので、なんとも。それに、、、もう」
「どう言うことなの!」
「内臓に折れた骨が刺さってる上、至る所に複雑骨折、それと、内臓もいくつか破裂しているような状態、、、今すぐシェルターに向かっても、ここからでは時間がかかりすぎる」
「ヒリア!今はそんな説明いいから!早く」
「無理です!これではもう助からないって言ってるんです!」
「な、、、」
「わしのことは、いい。ネル、お前さんは前へ、、、進め。怪物が、、、次の攻撃の準備をしとるぞ、、、」
 ハッとしてみると、怪物が大きく口を開けてこちらに狙いを定めていた。
 私は咄嗟にジェンを抱え上げ、空へと避難する。ヒリアはロボットに飛び乗って空へと飛翔した。
 直後に怪物の頭が今いた場所へ衝突する。
「待って。やだよ爺ちゃん。最後まで一緒なんじゃなかったの」
「馬鹿たれ。一緒に決まっとろうが」
「でもっ」
「この世界では、死した後も魂はこの世界に残る。おまえは見えないだろうが、みんなと一緒にちゃんと見守っとるぞ」
「そんなのっ意味ないっ!それは一緒とは言えないじゃんか!」
「ネルさん!怪物がまだ狙ってます!急いで移動しないと!」
「爺ちゃんっ待って。お願いまだやらなきゃ行けないことたくさんあるのにっ」
「ばか、たれめ。おまえは前に進め。いいな」
「ネルさん!!」
「爺ちゃんっ」
「見守っとるぞ」
 そう言って、ジェンはネルを突き飛ばした。ジェンの体は宙へと投げ飛ばさる。
「待っ!」
 手を伸ばそうとしたネルに、空気砲の銃口を向け、最後の力を振り絞り、引き金を引いた。瞬間とてつもない風量の空気の玉がネルに襲いかかり、空へと吹き飛ばされてしまう。
 ジェンはそのまま空中を静かに落ちていき、大きく開いた怪物の口の中へと、消えていった。


【雑書き】

 ひたすらに取り乱すネルをヒリアが抑えながらその場を離れる。悲しみに暮れるネルだが、前へ進めと言ったジュン爺さんの言葉を胸に突き進み、ようやく人が通れる扉を見つける。
 どこにつながるのかはわからないが、その扉を見ると、もはや世界は衝突している状況で、一刻の猶予もないことがわかった。
 ヒリアの探知装置で扉の向こうに怪物がいるかどうかを探り、いないことを知る。今なら苦なく通れるだろうことを知り、ネルは扉へと足を進めた。



【小説風】





 扉に一歩足を踏み入れると、そこは闇に包まれた世界だった。
 ただひたすらに何もなく、足元には術式で組まれたような道がひたすら続いてるだけの、そんな世界。
 ねっとりとした気配が体にまとわりついて離れず、絶えずそれは私の光の力を吸い取っていた。
 地面を見ると道は半分透けていて、どこまでも続く闇の中に、星とも取れる何かの点がみえる。しかしそれは光っているわけではなく、まるで闇の中に穴が空いたような、そんな感覚。
 上を見ると、不思議なことに、薄暗い闇の向こう側から揺らぐ海のようなものが広がっていた。
 今自分は確かに地面に足をつけているのにも関わらず、空に見えるのは海のみ。おそらく、向こう側の世界の光景なのだろう。
 あらゆる物語でこう言う場面を見て、聞いてきたが、実際こうやって体験をしてみると、体の奥底から本能的な恐怖が湧き上がるのを感じる。
 ずっと見ていると、恐怖に心を売られそうだと思い、極力見ることをやめた。
 改めて前を見ると、ひたすらに道が続いている。その向こう側から、闇の力が流れてきているのが見える。
 おそらく、この道は言葉通りそのまま、星と星を繋げるための回廊のようなものなのだろう。
 この道を歩いた先に、何かがある。
 私はその道を歩くこととした。
 しばらく歩いていて気づいたことがある。この世界では時間の感覚が狂っているようだ。一歩踏み出すたびに感覚通りの時間が過ぎているような。はたまた何年も過ぎたような妙な違和感をずっと覚えている。
 それはなかなかに気持ちが悪いものなのだが、対処をしようにもどうにもならないため、気にしないことにした。
 なのでもうどれほど歩いたのかの見当がつかない。数年過ぎたような、数分も歩いていないような。
 それに気をとらわれれば、簡単に狂ってしまうような状況に、さすがの私も狼狽し始めていた。

――このまま進んでも何もなかったらどうしよう。私はいったいいつまで歩くんだ?それとも、まだ少ししか歩いていない?この道がどれほど続いているのかもわからない。私はもしかして、このまま死ぬのだろうか?何もできず、何も成さず、無謀に飛び込んで無様に?

 少しずつ不安が頭をよぎる。どれほど気を散らそうとしても、狂った感覚が思考を引き戻し、心は少しずつ削れてゆく。

――無謀がすぎたのか?私の行動でジェン爺さんは死んだ。いつもそうだ。何も考えずに行動が先になる。それで失敗して。今回は多くの人が犠牲になった。私が動いてどうにかなったのか?私は今、何がしたくてこの道を進んでいるんだろう

 いろんな考えが頭を巡った。心に宿った力が少しずつ吸われていく感覚が、進むにつれて強くなる。
 それに比例するように、心の『闇』が表面化する。
 何とか動かしていた足が、ついに動きを止め、私は空を仰ぎ見た。
 そこには変わらず、本能的に恐怖を覚える果てしない海が広がっている。そうして、本能で、直感で、私は理解してしまった。
 この空は、あの海の上に開いているゲートから見える景色。しかしもう、この世界は完全にぶつかって、空を落ちていけばあのゲートに繋がるのだと。この世界はすでに目的を達していると言うことを。

――

 瞬間、心の奥底にあった何かが脈打ち、どこからか私の耳に、声がよぎった。


『大馬鹿者が』

瞬間、背後から光が迸る。それはまるで私の背を押すように瞬いたかとおもえば、信じられない光景が広がった。



『まだ、あなたは進める。私たちが背を押してあげる!』

 
 誰とも取れない、ものすごく大勢の声が重なったようなその言葉が私の背後から響き渡る。
 大きな鯨が視界に入った。それは闇に包まれたこの世界で眩しいほどに光を放ち、海を泳ぐように優雅に傍を通り過ぎる。その背には笑顔でこちらに手を振る若い男女が乗っていて、その眩しい笑顔を私に向けていた。

『初めまして!なのかな!あなたのことは見てたわ!私の子供たちを助けてくれてありがとう!!』
『ずっと応援してたよ!力になれないのが心苦しかったが、こんなところで俺たちが力になれるとはね!君は前をむくんだ!俺たちが照らしてやんよ!!』

 次は三頭の馬だ。白く輝く白馬に、毛並みの綺麗な黄金色に輝く子馬と、艶が光る黒い馬。それぞれに人が乗っていて、こちは老夫婦だった。

『若いもんのゆく先は、私らみたいな老人が示してやらねばなりませんな。なあばあさんや』
『そうだねぇ。こんな小さな子の未来を潰すわけにはいきませんから』
『お嬢さん、まだ折れてはなりませんぞ。若い子は強かでなければな。はっはっは!』
『ほら爺様や、行きますよ』
『はいよ、婆さんや』

 そんなふうに、笑顔で言葉を送りながら、あらゆる人々がこちらに声をかけて通り過ぎてゆく。

『ほーれむすめ!気合いを入れろ!じゃなきゃ俺たちのやりがいがなくなっちまうだろ!』
『甚だ遺憾ですね。この程度で折れるのが最近の子供ですか。未来が危ぶまれると言うものです。まぁ、そう言う子供に手を差し伸べるのも、先人の役目ですかね』
『うっわ捻くれてるうー!素直になりゃいいのによー!お嬢ちゃーん!気にせず前を向けよ!正義は悪いコッタ無いからな!』
『お姉ちゃん!元気出して!心の力を僕たちが分けてあげる!』
『その、力になれるかどうかはわからないんですけど、あなたが頑張ってたの、みんな見てて、少しでも助けられたらって』
『なーにおどおどしてんの!ほらシャキッとする!そんなんじゃ助けようと思っても何もできないでしょ!』
『ひいい、す、すみませんんん!が、頑張ってください!』
『あなたのしていることは無意味じゃないわ!すこーし無謀ではあったけど、それは誰かがフォローしてあげればいいの!』
『そうだぞー!実際にここまで来れたんだから、あとは楽しょーっしょ!』
『誰かを助けたいって気持ちが、誰かを動かすこともあるんだぜ』
『やぁね。しけた顔しちゃって。これだから子供は嫌なのよ。すぐに挫けるんだから。心を確かに持って、前をむきなさい。あなたの意思は、何も間違ってないわよ』
『そうです!前を向いてください!目的地はすぐそこです!』

 あらゆる声が、声援が、笑顔が、光が、私の傍を通り過ぎて、道を次々照らしてゆく。
 まるでそれは消えかかった私の光を、再び照らし出すようだった。

『挫けるな。前へ進め。おまえさんが挫けそうになったら、わしらが照らしてやる。今も昔も、これからも変わらずな。お前さんはそれしかとりえがなかろうて』

 あらゆる声が通り過ぎる。多くの人が手を振り、そして笑顔を向け、時には怒って、そうして私の傍から光をくれる。
 そんな中で、あまりにも聞き覚えがありすぎる声に、私は目を見開いて、視線を向けた。

『こうなることを知っていたからわしがついていたと言うに。まったく。わしの悪い性格が似たんだろう。困ったものだ』

「ジェン、、、爺さん、、、」

 そこには、体に淡い光を放ったジェン爺さんが、顰めっ面で私を見ていた。



 聞いたことがある。人は死ぬとこの世界と同時に存在し、重なっている別次元へと人は送られる。そこではこちらの生活を見ることはできるが話すことはできず、私たちからは見ることのできない魂の住処なのだと。
 しかし、どこかの研究員がこんな話もしていた。
 長らくトビラの研究をしていた人物だったと思う。力というものには『プラス』と『マイナス』と言う種類があって、私たちが使う力がプラス、扉で使われるのがマイナスなのだと。
 プラスの世界で同時にプラスの世界は具現できないから、神様は同次元に別世界を作って魂のみを生活させる場所を作った。
 そしてトビラの研究している最中に、怪異とはこちらの世界に来て初めて具現化される存在であるのだと。
 扉から流れてきた力が、プラスの力によって強制的に凝縮され、あらゆる生き物に形を変えて具現化したのだと。
 そうして研究員は言った。
「その逆も然りなのではないか」と。
 私たちが住む世界には魂の世界がある。人そのものであると同時にそれはいわゆる力の根本のようなものであるとされていた。
 人が使うマナは魂から生まれていると言う説だ。それを引用するならば、闇の世界に入った時、人は死した魂を見ることも鑑賞することもできるのでは。と言う話だった。

 今その研究員がいたら泣いて喜ぶんだろう。なぜなら、その説は何よりも正しかったのだから。


「じい、、、ちゃん」

『ゆっくり話したいところだが時間がない。死んでからお前を見ていた。ちゃんとな。死んでから気づいたが、お前のことを見ている人は多かった。本当に多かったんだぞ?わしが一番驚いたわい。ここにいる全員が、お前さんをしかとと見守っていた人たちだったんだからな』

 そうして、ジェンはふわりと微笑む。今までそんな顔なんて見たこともない。いつも顰めっ面で、私を叱って、時に助けて。
 意地悪な笑みを浮かべることはあってもこんな優しい、温かい笑みを、見たことがあったろうか。

『お前さんに、ネルに言い忘れていたことがあったからな。今回はわざわざ出てきたんだ』

「言い忘れたこと?」

『わしは、お前を本当の孫だと思っていた。本当に大切じゃった。わしのところに来てくれて、ありがとうなぁ』

 そう言って、これまでにないくらい幸せそうな、嬉しそうな顔で、花が咲くように、ジェンは笑った。
「私の方こそ、、、こんな面倒くさい孫でごめんね。ここまで育ててくれてありがとう。たくさん、いろんな迷惑かけたし、怒らせたし、困らせたし、言うとキリがないくらいたくさん迷惑かけたけど、本当にごめんなさい。ここまで育ててくれて、心から感謝してるんだよ。ありがとう」
 最後はもう、言葉になっていたかどうかわからない。
 瞳からは絶えず涙が溢れ出し、それは頬をつたって落ちてゆく。

『さあ。ネル。我が愛しい孫よ。お前が進むと決めたならば、わしらは心を砕こう。決意し、覚悟をしたなら、その足を止めるでない。私が止めるのを聞かずに突き進んだお前さんはどこに行った』

「うん、、、」

『これだけの人が力になってくれている。なら、もう行けるな?』

「うんっ」

『あとは任せなさい。いいか前へ』


《前へ!道を!心を!照らしてあげる!頑張って!》


『進め』


「うん!」

 瞬間、目を開けていられないほどの光が世界を包んだ。
 あらゆる声が心に響く。
 それは叱責であったり、慰めであったり、応援であったり、取り留めない言葉であったり、多くの人の、心の温かさが流れ込む。
――迷いはもう消えていた。

 目を開けると、長く続いていたはずの回廊が途切れ、道の先に神殿のようなものが聳え立っていた。
 どこからともなく声が聞こえる。

『お姉ちゃんあれが殿だよ!』

「闇の神殿?」

『そうです。この世界に入ってきて私たちに知識が流れ込んできました。とても興味深い事です』
『それによるとこの世界は常に新しいものを求めて吸収する力があるらしくてな、今までいろんな世界を取り込んできたっぽいんだわ』
『それが今回は俺らの世界が標的になったってわけだな』

「それじゃあ、あの神殿を壊せばいいって事?」

『油断しちゃダメよ。その神殿は世界の核のようなものだから、壊れたらこの世界が消滅するわ』

「消滅!?」

『あ、安心してください。ここから元の世界への扉までは少し遠いですが、あなたなら、辿り着けると思います』
『そうね。全力で走れば間に合うわ!』
『気合いを入れろー!』

「とにかく壊せばいいのね!」

『万が一何かが出てきてもわしらでどうにかする。ネルは走れ』

「わかった」

『この世界が壊れる前に、わしらと一緒に帰るんだ』

「、、、、」

『どうしたネル?』

「じいちゃんと、もう会えなくなるんだよね」

『何度言っても聞かないな。お前さんは。それでも言うんだが。大馬鹿者め』

「3回目なんだけど」

『ずっとそばにいると言ったろうが。見守ってるぞ。ちゃんとな。今回のように表に出ることはできなくなるだろうが、ずっとそばにいる。わしが嘘を言ったことはなかろう?』

「、、、、うん。わかった。ありがとうじいちゃん。大好き」

『わしもだ。我が孫。愛しているぞ』

『さ!お嬢さん!時間がないぞ!』
『一気にやっちゃえー!』

「よし!」

 そうして私は走り出し、みんなにもらったエネルギーを総動員して力をためた。
 神殿に近づくにつれて力の重圧が増すが、足は絶対に止めない。止めてやらない。
 拳にエネルギーを溜め、ありったけの魔術をこめていき、私は力強く地面を蹴った。
「うおりゃああああああ!」
 大きな声をあげ、神殿へと飛び上がり、中心にある禍々しくも黒光りするその像をに、拳を打ちつけた。
 重い衝撃と共に何かが弾けるような音がし、銅像は砕け散る。
 同時に、世界に渦巻く力が歪み、耳が破裂するかと思うほどの言葉にならない叫び声が響き渡った。

『お嬢さん!いきますよ!』
『にげろにげろー!』
『い、いいい今の声は何ですか!?』
『この世界には意思があったのでしょう。核を壊されて苦痛で叫んだのだと』
『何だそれ気持ちわりーな!?』
『ばあさん大丈夫かい?』
『少しびっくりしましたが大丈夫ですよぉ』
『バカね!そんなこと言ってないで全速力で飛ばしなさい!私たち共々消滅するわよ!』
『少なくともこの小娘は世界に戻してあげないといけないわね!』
『みんなー!最後の仕事だー!気合い入れろー!』

『『おー!』』

 闇の力が暴れ始める。世界の意思が怒り狂って力を向けてくる。
 それを巧みに交わしながら、本流に追いつかれないよう、みんなが力を振り絞って疾走する。
 なぜかみんな少し楽しそうなのが不思議に思えた。
 こんな状況なのに、心は晴れやかな気がする。
 遠く続いた道に終わりが見えた。すると、

『お嬢ちゃん!これからも頑張ってな!俺の息子にあったらゲンコツ入れといてくれ!道具師が道具を粗末に扱うなって!』
『お姉ちゃん!ママにあったら大好きって伝えて!僕はずっと見てるよって!』

「え!?わ、わかった!」

 先に見える窓が少しずつ近づいてくる。それに比例するように、みんなが私に願いを託す。

『子供たちに、ばあちゃんは今でも愛してるよって伝えていただけるかしら』
『爺さんも、付け加えてな』
『うちの子にもお願いしようかしら』

「え!?子供いたの!?」

『なんだい、いちゃ悪いかい?私だって空いた男との子供くらいいるわよ。これだから嫌なのよ』

「え、えー、わかった、伝えておく」

『子供たちを助けてくれてありがとな。俺たち若くして死んだから、随分苦労させてるんだ』
『私たちから、ごめんねって伝えてくれるかしら』

「うん!」

 扉がすぐそばへ迫る。それぞれが、私に、入れ替わり立ち替わりで多くの願いを伝える。
 それぞれが全て伝え終えると、最後にジェンが私に行った。

『元気でな』

「うん!みんな!ありがとう!」

 扉が目の前に迫る。最後に見たのは、あまりにも晴れやかなみんなの笑顔と、優しげに目を細めるジェン爺さんの笑顔だった。


《君の未来に!光あれ!》

 同時に上げたそんな声を最後に、私は扉を突き抜けた。
 世界が眩い光で包まれて、何も見えなくなる。
 今までにない温かさと、照れ臭さと、みんなの願いを胸に、私は目を閉じた。

 背後では何かが砕け散る音と共に、壮絶な物語の幕が閉じる音がした。








後日談。









 世界は相変わらず平和だ。
 喧騒に溢れ、時々喧嘩があったり、やっぱり少し冷たかったり。
 流れゆく人々の表情は様々で、見ていて飽きないほどだ。
 そんな中、私は大通りのカフェでコーヒーを飲んでいる。
 ぼんやりと通行人を眺めては啜り、そろそろなくなるかなと言った頃、背後から声をかけられた。
「やあネルさん。お久しぶりですね」
 肩越しに振り返ると、白い服を着たヒリアだった。
「どーも。半年ぶりくらい?」
「そうですねぇ。あれから研究棟は大忙しでしたから」
 そう言ってヒリアはドスンと椅子に腰掛ける。その胸元には金色に光るバッチがついていた。
「随分大出世したって聞いたけど?」
「え?あぁ、まぁそうですね。おかげで大忙しですよ」
「よかったじゃん」
「良いものでもありませんね。昔は憧れていましたが、今はそうでもありませんよ。上層の文句にどう答えたものか。上層の意見に従えない部下をどう諌めたものか。芳しくない研究結果をあげようものなら方々から突っ込まれ、最近は辟易してますよ」
 そうぼやいたヒリアは大きくため息をついた。確かに、顔が少し疲れているようで、目の下にもクマを作っていた。
「ぷはっ!それ、他の研究員に言っちゃダメだからね?下手したら嫌味よ?」
「もちろん言いませんよ。全く関係のないネルさんだから言ってるんです」
「ま、頑張ってねー」
「人ごとだと思って」
他人ひとごとだもーん」
 そう言いながらなくなったアイスコーヒーをずるずると音を立てて啜る。
 もういっぱい飲もうかしら。
「ヒリア何か飲む?」
「奢ってくれるんですか?」
「あなた本当に疲れてるのね、聞き方が嫌味っぽいわよ?」
「あーすみません。上層部と面と向かって話す時はだいたいこうなってしまうので、癖になっているようです」
「まったく本当に。いいよ。今日は私が奢るから」
「ありがとうございます」
「何がいい?」
「それじゃあ椅子カフェオレでお願いします」
「はいよ」
 そうして店員を呼び、アイスコーヒーとアイスカフェオレを注文する。
 店員さんが「かしこまりました」と言って伝票を持って下がっていった。
 視界の隅に、建物を補修する人が見える。魔術道具を手に持って、汗をかきながら働いてる人を、私はついまじまじと見てしまった。
「あの事件から、半年ですか。早いものですね」
「そうね。まだ傷は癒えていないけど、さすが世界屈指の大都市、立ち上がりは早かったわ」
「、、、人々の心の立ち上がりまで早かったですからね。あまりにも予想外でした。これはネル様のおかげなのではないですか?英雄様?」
「やめてよ。その呼ばれ方、私嫌なんだから」
「巷では物凄い勢いでネル様グッズが増えているようですよ?」
「あー!嫌だあ!恥ずかしすぎるやめてえー!」
「最近別の都市にまで規模拡大したーとかなんとか。今や三大都市に知らぬものはいないほど」
「だからやめてってば!」
「僕はいい事だと思うんですけどねー」
「大出世したのに苦労三昧のヒリアがそれ言う?」
「そうでした。失礼」
「でもそうね。人の心の傷は癒せないけど、みんなが前向きになれたのなら、私は英雄賞をもらってよかったかなって思うよ」
「そうですね。僕も出世して、守りたいものを守ることもできるようになりましたから、それには同感です」


 私が扉から帰ってきてから、この世界は平和になった。



 扉からこの世界に戻ると、それまでいたみんなの姿はなく、私は突然扉からものすごい気負いで飛び出して、地面に激突した。
 それに驚いたヒリアは私に駆け寄って声をかけたのだが、それと同時に別のことにも驚いていた。
「ネルさん!無事に戻って来れたんですね!色々聞きたいことがあるんです!さっき、ネルさんが扉に入った直後、扉内部周辺に妙なエネルギーが発生したんです!!なんのエネルギーかと思ったら光のエネルギーで!しかも膨大ですよ!?僕が持ってる機器が最新鋭のもので本当に良かったですよ!出なければあそこで壊れていましたよ!しかも、そのエネルギーが次々現れたと思ったらトビラの奥へ消えてって!一体何があったんですか!?あれはネルさんが何かしたんですか!?」
 矢継ぎ早にそんなことを言われて、私は再び涙ぐんでしまった。
 私が通ってきた扉は無くなっており、同時に空に浮かび上がっていた紋章も全て消えて静まり返っていた。
 全てが終わったのだと思ったら力が抜けて、私は意識を失った。
 一週間ほど経って、私は目が覚めた。
 私が意識を失っている間に人々は街の復興を始め、この街を守ったものの話が広まっていた。
 その話を聞いた都市を仕切る上層の人々から「世界を救ったものとして栄誉を讃える」とかで、今まで現れたことすらない言葉だけの伝説の賞「英雄賞」を賜った。
 病室には数々の贈り物が言葉通り山のように積まれており、物や手紙が送られてきていた。
 手紙には「助けてくれてありがとう」などの感謝の言葉がこれでもかと言うほどつらつらと書かれており、ありがたい反面死ぬほど恥ずかしくなったのを覚えている。
 体の奥底にあった力は元通り小さくなっており、前ほどの力は出せなくなっていたが。私には別にそんなものがなくてもいい。
 もらった見舞い品や花を眺めていると病室にヒリアが飛び込んできて
「ネルさああああん死んだかと思いましたああああ」
 と泣かれたのにはまいった。この間会ったばかりなのに、もう情を持ってくれていたらしい。ありがたい事だ。
 病院から退院すると都市運営の上層の方からお話を聞かせてほしいと会うことになったり、英雄賞を賜ったものとしてあらゆる行事に出ることになったりと大忙しな日々を送って。

 今に至る。


「ネルさん、そう癒えばあの世界についてまだ話さなきゃならないことがあるんですよね。お見舞いに行った時は僕も取り乱してしまって説明できませんでしたし、そのあとはお互い忙しくて機会を逃していましたから」
「えーと、闇の星って呼んでたっけ?」
「そうです。ヒリアさんが出てきてから、改めてあの星について調べたり、いろんな研究書類をまとめたりしてたら色々出てきたんですよ」
「出てきた?闇の星については、ヒリアに最初に会った時に一通り聞いたと思ったんだけど」
「それがー、私以外にも調べてる人がいたみたいなんですよね。と言っても何十年も前ですが」
「へー。聞かせて?」
「はい、これは資料室で廃棄予定の研究書類を整理してた時に見つけたものなんですけど」



 今から数十年以上も前、とある研究員が魔道具を研究中に偶然見つけたらしいんです。
 力ですよ。というより、エネルギーって言ったほうがいいですかね。
 この世界のあらゆるエネルギーを魔術道具で変換して利用するっていう研究をしていたらしいんですが、その副産物で、別世界のエネルギーを引っ張ってこれる魔術道具を産み出したらしいんですよね。
 仕組みとしては、本来エネルギーを使うには方向を意識するじゃないですか。自身で使う際には体の中で円を描くように循環させる。魔術を使う際には魔法陣へと一旦方向を向けてから循環させる。
 魔道具変換も同じ事で、自分で魔道具へとマナを入れたあと、右へ、か、左へ方向を決めてマナを通すと、別エネルギーへ変換されるって言う仕組みは今は出来上がってますよね?
 そうです。マナ変換装置です。今では手のひらサイズになって日常生活でも使われているマナチェイジーです。
 ですが当時はその研究がまだ完成しておらず、いろんな研究員が専門として取り扱っていたんですが、その一人ですね。
 マナ変換機構を作り、マナを流してみたら、いったん流れた魔力が別エネルギーへと変換されて戻ってくる、はずなのに、どこかへ消えて、代わりに謎の紋章が浮かび上がったらしいんです。
 ご名答。闇の扉です。
 当時はなんの文様なのか分からず、その研究員は興味をそそられて研究しまくっていたんだとか。
 マナを一方的に流したり、逆に引き込んだり。
 できたんです。できてしまったんです。こちらにマナを引っ張り込んだ際に研究棟で大事件があり、その研究は打ち切られました。同時に、災を呼ぶ研究に手を出したと言う事で、上層部の異端審問にかけられたあと、処罰が下され、左遷されたとか。
 それでどうやら、その研究員、その魔術道具で起こる仕組みを、誰かに漏らしていたらしいんですよ。
 そうですね。本来は研究棟の内容を外に漏らしてはいけません。漏らそうものなら研究権を剥奪されます。ですがその人は漏らしていたんです。
 結果、誰かに恨みを持つものがその魔術紋を独自解読し、ある一定の犠牲を払えば使えるようにしてしまったと。
 同じ研究員としてこれほどはらわたが煮え繰り返ることもありません。
 、、、いいえ、まだ話はここで終わらないんです。
 別の研究資料にはなりますが、闇のトビラについてこんなことが書かれていました。
『この闇のトビラはこの世界のエネルギーを吸っている。加えて、闇の力そのものに意志がある可能性がある。それはこの星のエネルギーを欲して、多くの力を吸収すべく、形をとるようになったのでは』
 こんな感じですね。
 ぼくもこんな身の毛もよだつような結論には達したくありませんでしたが、それらの研究書類と、僕がしてきた研究を合わせると、納得できてしまうんです。
 つまり、その時から、闇の星からこの世界は狙われていたんです。
 闇のトビラを使えば使うほど、いわゆる位置情報が向こうに伝わり、闇の星はじわじわとこちらに近づいてきていた。
 いうなれば、時間の問題だったわけです。
 だから、使えば使うほど、闇の扉は大きく、よりエネルギーを取り込みやすく進化していったわけなんですね。
 確実に世界を取り込むために。



 そう、ヒリアは言葉を締め括った。
 衝撃で唖然でしてしまう。
 何十年も前からこの世界は狙われていたのか。
 想像すると恐怖で体がブルっと震えた。
「わかりますよ。僕もこれをみた時あまりにも恐ろしくて研究書類を投げ飛ばしましたからね」
「なんだろう。怖いのはそうなんだけど、気持ち悪いというか、背筋が凍ったよ」
「あまりにも恐ろしいので。一通りファイルに閉じて、封印しました」
「捨てなかったんだ?」
「まぁ、異端ものとはいえ、世界に脅威を与えた案件のデータですからね。一応貴重なものですから」
「異端の研究なら破り捨てるかと思ってたよ」
「詳しい研究内容が書かれているならそうですね。しかし、僕がみたのは研究内容ではなく当時何が起こっていたかの事件録のようなものなので」
「あーなるほど、そういうことか」
 全くもって迷惑極まりない。たった一人の行動が、世界を巻き込んだ大災害、世界滅亡を引き起こしたとは。
 でもまぁ、もうおこることもないだろう。
「でももうヒリアの感知機器にはあの世界は引っかかってないんでしょう?」
「そうですね。アリの子一匹見つかりませんでした。これなら完全に消滅したと言っていいでしょう」
「そ、、、か」


 何がともあれ、全て終わったんだ。
 世界には平和が戻って、ヒリアも出世して、私も忙しくなったりで大変だけど、平和あってのことなんだ。
 この先は、そうして忙しくしながら、優しく、楽しく、そして時々冷たいようなこの町で生きて行くんだ。
 じいちゃんに言ったように、私なりの道を確かに見据えて、前へ。
 私はあの日のジェン爺さんの言葉を思い出し、改めてこの先への覚悟を決めながら、少しぬるくなってしまったアイスコーヒーをまたズズっと音を立ててすすった。







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