「釘」

いちどめし

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呪いの話

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 私がそのタクシーに乗ったのは、ある週末の夜のことです。

 え、なんですか。

 なるほど、はっきりさせろ、ということですね。
 だけどね、そんなことを言われましてもね、私だっていつの週末だったか、はっきりと記憶しているわけじゃあないんです。
 先週の週末かも知れませんし、先月だったかも知れない。

 もっと言えば、今日だって週末ですしねぇ。

 すみません、ふざけてみただけですよ。
 さすがに今日と先月とじゃあ、違いすぎますよね。

 あ、そうですね、本筋に戻りましょうかね。

 そう、私にこの話を聞かせてくれたのは、そのタクシーの運転手さんなんです。
 運転手さんは、なんだかそわそわしている様子でしてね。
 表情というか仕草というか、多分そうしたものからくるんでしょうけど、そう、そわそわしている、そんな雰囲気があったわけです。

 気になりましたよ。
 だから私は聞きました。
 どうしたんですかって。

 そうしたらね、胸が痛いって。

 はい。
 今のこの、私の症状と同じですね。

 そのときはまだ、この症状のことを知らないでしょう。
 ああ、いえ、今だって、分かっちゃいないんですけど。
 つまりね、病気か何かだと思うじゃないですか。
 だから、医者には診てもらったんですか、と、そう聞いたんですよね。

 診てもらったって言っていましたよ。

 だけど異常はないって。

 心配しましたよ。
 未知の病気かも知れない。
 あなただって、私のことを心配してくれましたよね。
 同じです。

 まあ、あのときは、彼に命を預けているようなものでしたからねぇ、運転している人のコンディションが悪いっていうのは不安ですから……
 それほど、純粋な心配ではなかったのでしょうが。

 私が心配していたからでしょうね、その運転手さんは言ったんです。
 これは病気や怪我じゃないって、そんなようなことを。

 ええ、気になります気になります。
 そりゃあ、聞きますよね。
 じゃあ、なんなんですかって。

 そうしたらね、彼は、呪いだって。

 一瞬、ぞっとしましたね。
 いきなり、呪いなんて言うものですから。
 でもね、私は笑いましたよ。
 だって、冗談だと思うでしょう、普通。

 今なら、呪いと言われればすんなりと信じてしまうかも知れませんけどね。
 ああ、いえ、もちろん呪いなんかではないことを祈っています。

 そう、まさにお話というのは、この呪いについてのものなんですね。
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