3 / 41
第一話 約束の戦士
1-1 宴の後
しおりを挟む
新たなる魔王の降臨を受け、魔王軍討伐部隊の隊長が任命されてから四日になる。古の英雄に因んで「勇者」と通称されるその役職は、王国中の期待と憧れを背負い、また、長く危険な戦いと道中での善行を求められるという輝かしくも重いものである。
新たなる勇者の名はレイヴ。辺境の村落アルトチューリで長年の間護衛長を務めているストリーブ家の一人息子、という他には語るべき実績もない、齢十九の無名の青年であった。彼が幼少期から勇者に憧れていたことは村民の誰もが知るところで、九つの頃から害獣駆除隊に同行して猛然と大トカゲに立ち向かっていたその若者は、既に村の中では親愛の意を込めて勇者と渾名されていた。
そんな彼が勇者募集の報に意気込んで王都へ向かい、そして見事審査を勝ち抜いて本物の勇者になったというのだから、故郷の村は文字通り三日三晩に渡るお祭り騒ぎとなった。村の端に駐在している通信魔法兵は、報せを受けるなり秘蔵の葡萄酒を村中に注ぎ歩いたのだと言うし、よく村を訪れる行商の男は買い込んでいた花火を打ち上げて煤だらけになっていた。
勇者の幼馴染となった僕自身も例に漏れず、大盛り上がりの酒場に毎晩呼び出されては、レイヴとの思い出話の見返りとして豪勢な肉料理を飽きるほど振る舞われたものである。
「ようワキヤ。高級肉に舌が肥えちまっちゃあいねえかよ」
特別感とは無縁な豆のサラダをつまんでいると、毛深い剛腕を肩に回された。顔を真っ赤に火照らせた金物屋のおやじである。焼けるような笑顔の彼は、見慣れた麦酒の瓶を握りしめていた。
「久々の味にむしろほっとしているぐらいですよ。団長こそ、もう安い酒は飲めねえな、なんて言ってませんでしたっけ」
「おう、やっぱり安い酒は不味いよ。飲めたもんじゃねえ。だけどやっぱりこいつはよぉ、お安く酔わせてくれる俺の大切な相棒なのよ」
結局飲んでるんじゃないですかと指摘すると、金物屋は上機嫌な笑い声をあげた。酒場の主が笑顔のまま飲み過ぎをたしなめて、飽きることすら忘れるほどに見慣れた日常の風景である。
村民に愛される若者が王国中の希望として選ばれてからというもの、静まる気配すら見せなかったお祭りムードは、害獣駆除という珍しくもない騒動によって呆気なく幕を閉じた。
最初に日常へと引き戻されたのは、皮肉にもハレの起点となった通信兵その人であった。害獣の接近を監視魔法によって受信し村中に注意を促すのが、彼の重大にして普遍的な――少なくとも、勇者誕生の報を伝えるよりは圧倒的に普遍的な――役割なのである。レイヴの害獣討伐歴を我がことのように語っていた通信兵の顔に突如として現れた、深い退屈の色や長い溜息ときたら、思い返せば笑ってしまうほどに印象的だ。
村に接近していたピグミーグラスドラゴンは、遥か彼方の高山や洞窟にいるという本物の竜ほどの大きさはなく、また火を吹くわけでも空を飛ぶわけでもないただの大型のトカゲだ。とは言え木製の柵などは体当たりで簡単に壊してしまうほどの凶暴な生物で、しかも群れで行動する習性を持っている。金物屋を団長とする青年団からなる駆除隊や、ストリーブ家率いる護衛隊がこれまでに何度も討伐している害獣ではあるものの、宴会の片手間に対処できるような相手でもないのであった。
新たなる勇者の名はレイヴ。辺境の村落アルトチューリで長年の間護衛長を務めているストリーブ家の一人息子、という他には語るべき実績もない、齢十九の無名の青年であった。彼が幼少期から勇者に憧れていたことは村民の誰もが知るところで、九つの頃から害獣駆除隊に同行して猛然と大トカゲに立ち向かっていたその若者は、既に村の中では親愛の意を込めて勇者と渾名されていた。
そんな彼が勇者募集の報に意気込んで王都へ向かい、そして見事審査を勝ち抜いて本物の勇者になったというのだから、故郷の村は文字通り三日三晩に渡るお祭り騒ぎとなった。村の端に駐在している通信魔法兵は、報せを受けるなり秘蔵の葡萄酒を村中に注ぎ歩いたのだと言うし、よく村を訪れる行商の男は買い込んでいた花火を打ち上げて煤だらけになっていた。
勇者の幼馴染となった僕自身も例に漏れず、大盛り上がりの酒場に毎晩呼び出されては、レイヴとの思い出話の見返りとして豪勢な肉料理を飽きるほど振る舞われたものである。
「ようワキヤ。高級肉に舌が肥えちまっちゃあいねえかよ」
特別感とは無縁な豆のサラダをつまんでいると、毛深い剛腕を肩に回された。顔を真っ赤に火照らせた金物屋のおやじである。焼けるような笑顔の彼は、見慣れた麦酒の瓶を握りしめていた。
「久々の味にむしろほっとしているぐらいですよ。団長こそ、もう安い酒は飲めねえな、なんて言ってませんでしたっけ」
「おう、やっぱり安い酒は不味いよ。飲めたもんじゃねえ。だけどやっぱりこいつはよぉ、お安く酔わせてくれる俺の大切な相棒なのよ」
結局飲んでるんじゃないですかと指摘すると、金物屋は上機嫌な笑い声をあげた。酒場の主が笑顔のまま飲み過ぎをたしなめて、飽きることすら忘れるほどに見慣れた日常の風景である。
村民に愛される若者が王国中の希望として選ばれてからというもの、静まる気配すら見せなかったお祭りムードは、害獣駆除という珍しくもない騒動によって呆気なく幕を閉じた。
最初に日常へと引き戻されたのは、皮肉にもハレの起点となった通信兵その人であった。害獣の接近を監視魔法によって受信し村中に注意を促すのが、彼の重大にして普遍的な――少なくとも、勇者誕生の報を伝えるよりは圧倒的に普遍的な――役割なのである。レイヴの害獣討伐歴を我がことのように語っていた通信兵の顔に突如として現れた、深い退屈の色や長い溜息ときたら、思い返せば笑ってしまうほどに印象的だ。
村に接近していたピグミーグラスドラゴンは、遥か彼方の高山や洞窟にいるという本物の竜ほどの大きさはなく、また火を吹くわけでも空を飛ぶわけでもないただの大型のトカゲだ。とは言え木製の柵などは体当たりで簡単に壊してしまうほどの凶暴な生物で、しかも群れで行動する習性を持っている。金物屋を団長とする青年団からなる駆除隊や、ストリーブ家率いる護衛隊がこれまでに何度も討伐している害獣ではあるものの、宴会の片手間に対処できるような相手でもないのであった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…
アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。
そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる