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第六話 friend's side『私の主人公』

7-2 間が良すぎて間抜け

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「慧真じゃん」
 間の抜けた声が聞こえた。公園の入り口からだ。聞き覚えのある声だった。
 少し驚いたような、少しばかにしたような、半笑いの高めな男の声。
 ああ、間抜けだ。
 間が良すぎて、間抜けだとしか思えなかった。
 今の私には魔法がかかっているのだ。
 何かが起きる魔法が。何かができる魔法が。
 考えてみれば、今日は普通じゃなかった。慧真が急に悩んでいる姿を見せてきたのも、私の中から部活をサボろうという発想が出てきたのも、電車の乗り換えを無視して慧真を追おうと思ったのも、慧真がそんな私を見つけてくれたのも、私が柄にもなく激昂してしまったのも、その一つ一つが普通ではなかった。
 そりゃあ、毎日が何事も起きない普通の日ばかりというわけでもないのだろうから、普通じゃないことがある日だって、普通にあるのだろう。だからきっと、今日はそういう、普通じゃないことがある日なのだ。そういう日の中でも、特別に普通じゃない日なのだ。
 そんな特別な日を都合よく装飾してくれる、とっておきの仕上げが、のこのこやってきた。
 できすぎだ。
 二つ上の男子を相手に、果たして何ができるというのだろうか。私の中のか弱いか弱い可愛い部分が、全身を緊張させようとする。なんて無意味。
 こんなにでき過ぎているのなら、何かができるのに違いない。今日はそういう特別な日なのだから。
 全身にぴりりと電気が走ったよう。私の中の自己陶酔の酒壺が砕け散って、私は降りかかる自分のためだけの酒を全身に吸い上げた。
 自分に酔うっていうのは、乗り物酔いとは違うんだなと思った。お酒に酔うのがどんな感じなのかは知らないけれど、なんだかそれとも違うような気がした。今の私はとても落ち着いていて、とても冴えていて、とてもとてもとても、クールだ。
 声のした方を見ると、知っているイケメンがいた。たった一人で。彼は私の顔を見ると、あっと小さく声を漏らした。
「きみ、うちの部の……今日休んだ子だよね、確かえっと……」
 後輩の名前がすぐに出てこない副部長。可笑しくて、笑顔になってしまう。頬を押さえるいつもの癖を、あえてしないようにする程度には、私は冷静だった。
「慧真、どうする?」
 横目に捉えた慧真の表情で、返事を期待できないことを悟った。すたすたと歩み寄ってくる副部長から慧真を守るように、私は靴底を滑らせた。
「神崎ですよ、先輩。覚えてもらえてないだなんて、ちょっと悲しいです」
「いや、覚えてなかったわけじゃないよ。ただ、こんな所で会うだなんて思ってなかったから」
「慧真に振られて逆恨みしてるって本当ですか?」
 惚れ惚れするほどに端的な問いかけ。すぐ後ろで慧真の血の気が引くのを感じる。副部長の顔が虚を突かれて真っ白になった後、見る間に赤く染まっていく。耳まで赤くなった顔はすぐに不機嫌そうに歪んだけれど、その直前、整った目鼻が羞恥に燃え上がるのを私は見逃さなかった。
 それで――疑ってたわけじゃないんだけど――慧真の言っていることが真実なんだと確信することができた。目の前の茹蛸は、慧真の敵だ。
 私の敵だ。
「慧真に何吹き込まれたかは大体分かるよ神崎。だけどな、それは誤解だ。慧真が勝手に負い目を感じてるだけで、むしろ俺は、周りの奴らが慧真のことを目の敵にしてるから、それを守ってやろうとしてるんだよ。なあ、そうだろう、慧真」
「周りの奴ら?」
 引き攣った顔にへらへらとした柔らかい表情を貼りつけて、副部長の放つ大声は脅迫の色を含んで震えている。私の問いかけに目元をぴくりと反応させて、それでも慧真に向けた笑顔を崩そうとはせず、足を止める様子もない。
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