マサキは魔法使いになる

いちどめし

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3-8 うかつだよね

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 もう、自分が松尾なのか松林なのか、そんなことすら分からなくなってくる。それだけ必死になって考えているということだ。松尾の立場になって、松林の立場になって、どうにか事実と嘘との辻褄を合わせようと知恵を絞っているのだ。
「うかつだったよなぁ」
 いったい誰がうかつなのだろう。
 そもそもが、昨日までここに住んでいた人間が外国へ引越し、次の日にはしっかりと別の人物が住みついているという出鱈目な話なのである。肯定的に見れば、それは確かに無理とも言い切れないケースなのだろうけれど、相当特殊なケースであることには違いない。
 自らまいた種とはいえ、これだけ特殊な場面と材料を与えられて、おれは果たして確固とした答えを導き出せるのだろうか。
 いいや、できやしない。おれは辣腕脚本家ではないから、うまく物語の辻褄を合わせることなんてできやしないのだし、実力派俳優でもないから、演技力で乗り切ることすらできないのだ。
「そんな、そんなに大事なことを言わないで、いったいマツオさんとはどういう話をしたんだよ」
 ここはもう、情報を集めるしかあるまい。どれだけ結びつけるべき事柄が増えようと、おかしなことを言って墓穴を掘るよりはずっとましである。
「ええっと、簡単に説明しますと、電話で、明日こっちに来てくれって言われたんです」
「その電話が、真夜中なんだよなあ。かなり急な話だよな」
 まったく、親父のやつはなんだって真夜中に電話なんてかけているんだ。
「はい。あたしも特に用事がなかったので行きますよって返事しちゃいましたが、それからが大変です。だっていろいろ準備があるでしょう? 五日分の着替えの用意や日用品。急いでカバンに詰めたんですから」
「五日分か。そんなに用意したのに、マツオさんがいないなんてなぁ」
 こいつ、五日間もこっちに滞在するつもりだったのか。いったいどこに泊まるつもりなのだろう。まさか、おれの家に?
 そこまで考えたとき、おれはわくわくしている自分に気づいて自らを叱責した。目の前の金髪碧眼は、見ようによってはなかなかに可愛らしい。そんな少女と一泊であれ二泊であれ、一つ屋根の下で生活できるというのはなかなかに魅力的な話である。
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