赤信号が変わるまで

いちどめし

文字の大きさ
16 / 45
第二話

お話希望⑤

しおりを挟む
 エンジン音が低く響く中、彼氏さんはわたしが後ろにいることなど忘れてしまったかのように沈黙を貫いている。

 この無言という圧迫は、恐怖がわたしを打ち負かすのには十分なものだった。
 精一杯の笑顔が崩れていくのが分かる。
 今にも再びうつむいてしまいそうで、だけどそこまで落ち込んでしまってはこの車から出て行くことさえもままならなくなってしまいそうだったので、なんとか耐えぬいた。

 それが吉と出たらしく、思わぬ発見をしてしまった。

 バックミラーに映る、彼氏さんの目。
 鏡越しに、わたしの様子をうかがっているのだろう。
 あえて言うならば退屈そうな双眸は、わたしの思い違いでなければ少なくとも幽霊を怖がる風ではない。

 自己を奮起させて、再び笑顔を作る。
 彼氏さんが反応を見せないのならば、もっと、わたしから話しかけていけば良いのだ。
 さあ次は何と言おう。
 親しげに、親しげに。

「あれ、反応薄いですねぇ。嘘だと思ってるんですか?」

 ふと頭に浮かんだのは、ハルヒコさんの顔だった。
 仕方がない。
 わたしにとっては彼氏さんと親しげに話す人物なんて、彼女さんかハルヒコさんしか思いつかないのだ。
 頭の中のいたずら好きな笑みに引っ張られてしまったらしく、わたしの口調にも若干の意地の悪さが混ざる。

「あ、怖すぎて声も出ないとか」

 怖がられていないという確信がなければ、とても口にできるはずもない冗談。
 わたしはハルヒコさんよろしく、いたずらな笑みをバックミラーに向けた。

「あの」

 呼びかけられる。
 膝の上に握った拳が、嬉しさに震えた。
 たった一声ではあるけれど、それがわたしの求めた声であることには間違いない。

「なんですか?」

 ほとんど反射的に声を返す。
 会話よ、続け。

「着きましたけど」

 驚いた。
 ここまでかたくなに、人の言葉に無関心な対応があるだろうか。
 事務的かつ無感情なその言葉は、予想していたどんな言動よりもわたしに衝撃を与えた。

「あの、わたし、幽霊なんですが」

 強調したいわけでもなかったけれど、わたしが亡者であるという何よりも重要な事実に対して何の反応も見せないということに、座りの悪さを感じずにはいられなかった。

「それとこれと、どういう関係があるんですか」

 今度はうんざりとした口ぶりで、やはり彼氏さんは事務的に言う。

「それとこれ?」

「あなたが幽霊だっていうことと、目的地に着いたのに、あなたが車から降りようとしないことです」

 心なしか早口な彼氏さん。
 失礼なことに、今度は機嫌が悪くなりだしているらしい。
 代名詞だけの言葉足らずな質問をしておいて、そんな態度は身勝手というものだ。

「あ、降りて欲しかったんですか。だったらそう言ってくれればいいのに」

 嫌味を込めて言い返した。

「降りて欲しいと言ったら降りるんですか」

「そういうわけにはいきませんよ」

 わたしの嫌味を真っ直ぐに受け取ってしまったのか、彼氏さんの対応は腰の砕けるようなものだった。
 それに対して、わたしは機嫌を損ねている風に即答する。
 これまでの無関心な態度への仕返しにからかってやろう、という気持ちもあったけれど、そんな態度にわたしが機嫌を損ねていたのも、また事実だ。

「せっかく波長を合わせたっていうのに、これでさようならじゃあ意味がないです」

「どういうことですか」

「お話しましょうっていうことです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

処理中です...