顎髭

いちどめし

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髭のない男

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 リツトさんが定職に就いたのは、僕が派遣されてから、一年ほどが経った頃だ。
 都会に住む兄夫婦に、娘が生まれたのだ。リツトさんにとっては姪である。
 リツトさんはその姪に、惚れ込んだ。なにも、おかしな意味ではない。いわゆる親バカだ。父性が目覚めた、とでもいうのだろうか。
 リツトさんは僕を連れて兄夫婦の家に上がり込むと、棲みついて、都会で定職を探し始めた。
 人柄のよいリツトさんが疎まれることはなかったし、もともと、兄夫婦も勧めていたことだ。彼のように気立てのよい人間は社会にも求められ、リツトさん自身もその気になっていたのだろう、事は全て円滑に進んだ。
 
 そんな、喜ぶべき日々の中、僕だけは、新しい生活に馴染めなかった。
 
 以前のように、一日中リツトさんと走り回ることなどできなくなったし、ぼうっと空を眺めていれば、兄夫婦からは冷たい目。
 なによりも僕は、ロボットだった。社会的には人間とほぼ同等に扱われるはずの僕らは、世間に疎まれていた。僕のことを人間だと思っていたらしい隣人は、僕がロボットなのだと知ると、急に素っ気なくなった。
 家の中で僕は、置物同然だった。リツトさんが仕事に行っている間は、誰も僕に、見向きもしなかった。
 どんなに姿が似ていても、人間にとって僕らは異質だったのだろう。
 街にロボットがはびこっていても、人間にとって僕らは、市民ではありえなかったのだろう。
 それでも僕は、リツトさんの前でだけは、世間の有様を知らないかのように、狭い家で暮らしていた頃と同じ自分を演じていた。
 心の優しいリツトさんはきっと、僕の嘘に気づかないふりをしていた。
 リツトさんが素晴らしい人であったことを、僕は思い知った。
 ゴミ山を登っていた頃のリツトさんは、本当に素晴らしかった。
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