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1話 非日常の匂い
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朝6時半、携帯のアラームが仰々しく部屋に鳴り響く。携帯にデフォルトで設定されている軽快な音は、俺の耳の鼓膜を通り越して、脳に直接語りかけてきた。
「く、、」
眠気を堪えて、ぼやけた視界に映る画面のボタンを押した。ベッドの掛け布団をなんとなく畳んで、一階の洗面台に顔を洗いに行く。階段を降りているとキッチンの方から料理をしている音が聞こえてきた。
「おはよう」
「おはよう、兄さん」
玲香は、涼しげな笑みで応えた。彼女は、秀人の一つ下の妹である。
「今日も朝から料理に凝ってるね」
「うん、今日はエッグベネディクトを作ってるの」
「そういえば昨日の夜に、母さんから連絡があって、今日も帰れないってさ」
「そうなんだ。お母さんここ最近、より忙しくなったよね。」
「そうだな、体を壊さなければいいけど。顔を洗ってくるよ。」
秀人は、洗面台に行き顔を洗ってからテーブルについた。すると玲香がエッグベネディクトを丁寧に盛り付けた白い丸皿を秀人の前に置いた。
「本当に美味しそうだ」
秀人はナイフとフォークで切り分けてそれを口に運んだ。あまりの美味しさに、幸せを顔いっぱいに広げた。
「美味しいよ、何を作っても美味しいし、お店で出せるレベルだよ。」
秀人が興奮気味にそういうと、玲香はまた朝の挨拶と同じような顔で自信を持って言う。
「ありがとう、作った甲斐があります。」
秀人が食事を終えると、すぐさま玲香がその食器を流しへ運び、洗い出した。
「食器洗いは俺がやるから座って休んでて。こんな美味しい朝食を食べさせてもらって、何もしないわけにはいかないよ」
「ううん、何もしなくていいよ。兄さんはただおいしく食べてくれれば私は嬉しい。それに私は兄さんから色々なものをもらってるよ。」
玲香は相変わらずの笑顔でそう言うと、手際よく食器を洗った。
秀人はその言葉を聞いて考えた。玲香は俺から色々なものをもらっていると言った。しかし、俺は玲香に家事のほとんどをやってもらっている。母さんは、会社に泊まり込みで仕事をすることが多く、なかなか家に帰ってこない。父さんは海外出張中。そんな中、文句ひとつ言わない彼女。流石に悪いからと、洗濯や食器洗いをやると言っているのにすぐに「好きでやっているから」と断られる。俺は玲香に何かを与えることができているのだろうか。
もうすぐ玲香の16歳の誕生日だった。イヤリングをあげようと思っている。今までの感謝を込めて、それなりに良いものをあげたい。
こんな形のイヤリング似合うだろとか、ネットで調べていると玲香が言った。
「兄さん、今日日直じゃなかったっけ。」
「あ、まずい。もう出ないと。」
秀人は急いで支度を終わらせ、学校へ向かった。学校へ登校中、今日締め切りの提出書類があることを思い出した。リュックの中のファイルを確認したところ、そのプリントが見当たらない。日直のペアである渡辺さんに遅れることを連絡して、家に戻った。
家はひどく静かであった。一階の電気は全て消えている。玲香は一階にはいない様子であった。もう遅れることが確定しているので、妙な安心感があった。
階段をひとつひとつ踏み締めて上がった。部屋の前に着くと、廊下や部屋の電気が消えていたが、秀人の部屋から灯りが漏れている。秀人は妙な胸騒ぎを感じていた。足音を殺して、階段を登るよりも、ゆっくりと足を上げては下げた。ドアの前に立って耳を澄ました。
「っん、あ、」
荒い息遣いが聞こえる。呼吸は深く、どこか苦し気であったが時折微かに声が聞こえた。秀人は息を呑んで耳を澄ました。
「に、さん。ん、ああ」
秀人は、頭が真っ白になった。それは聞き覚えのある澄み切った声であったからである。正確には、聴いたことのない声色だが、どこか聞き覚えのある声。その主が頭の中に想起されては、かき消して、想起されてはかき消して反芻していた。
次第に状況を飲み込んできた秀人は、自分が今家にいる理由を思い出した。すぐにでも、プリントを部屋の引き出しから取り出して、学校へ向かわねばならない。しかし、秀人は玲香のこと傷つけたくなかった。誰にも知られたく無いことくらいあるだろうと。
秀人は階段を音を立てぬように降りて、できるだけ大袈裟に登り鳴らした。一歩一歩、間隔を空けて。すると階段の3分の2ほど上がった頃にキーーっとドアが開く音がした。そのままのぼり詰めると秀人の部屋のドアが開いていた。
「兄さん、帰ってきてたんだ。私は兄さんの部屋の掃除をしてたんだ。」
玲香は例の如く笑って言った。しかし、顔は紅潮を隠さず、息も心なしか落ち着きがなかった。
「そ、そうか。ありがとう。ちょっと忘れ物をしちゃってね。」
秀人は動揺を隠そうと努力したが、うまく言葉が出てこなくて何処か辿々しかった。
「私もそろそろ準備するね。」
そう言うと玲香はそそくさと部屋を出ていった。
確かに秀人の部屋は綺麗になっていた。乱暴に畳んであったはずの掛け布団は綺麗に掛け直されている。
部屋に熱気が籠っていたので少しの間カーテンと窓を開けておいた。
秀人はどうにか玲香が今まで通り生活できるように振る舞う方法を考えていた。なぜとかどうしてとか、彼女の行為の理由について考え無いようにした。
プリントをリュックに入れた後、頭を落ち着かせるためにベッドに腰かけた。ふと掛け布団の方を見ると、窓から差す日光に反射するものがあった。なんだろうと、訝しげに目を凝らすと、そこには銀色のスプーンがあった。そのスプーンを拾ってみると、先端のツボの部分が、透明な粘液で湿っていた。そしてそのスプーンは、秀人が今朝エッグベネディクトを食べるときに使ったものであった。
「く、、」
眠気を堪えて、ぼやけた視界に映る画面のボタンを押した。ベッドの掛け布団をなんとなく畳んで、一階の洗面台に顔を洗いに行く。階段を降りているとキッチンの方から料理をしている音が聞こえてきた。
「おはよう」
「おはよう、兄さん」
玲香は、涼しげな笑みで応えた。彼女は、秀人の一つ下の妹である。
「今日も朝から料理に凝ってるね」
「うん、今日はエッグベネディクトを作ってるの」
「そういえば昨日の夜に、母さんから連絡があって、今日も帰れないってさ」
「そうなんだ。お母さんここ最近、より忙しくなったよね。」
「そうだな、体を壊さなければいいけど。顔を洗ってくるよ。」
秀人は、洗面台に行き顔を洗ってからテーブルについた。すると玲香がエッグベネディクトを丁寧に盛り付けた白い丸皿を秀人の前に置いた。
「本当に美味しそうだ」
秀人はナイフとフォークで切り分けてそれを口に運んだ。あまりの美味しさに、幸せを顔いっぱいに広げた。
「美味しいよ、何を作っても美味しいし、お店で出せるレベルだよ。」
秀人が興奮気味にそういうと、玲香はまた朝の挨拶と同じような顔で自信を持って言う。
「ありがとう、作った甲斐があります。」
秀人が食事を終えると、すぐさま玲香がその食器を流しへ運び、洗い出した。
「食器洗いは俺がやるから座って休んでて。こんな美味しい朝食を食べさせてもらって、何もしないわけにはいかないよ」
「ううん、何もしなくていいよ。兄さんはただおいしく食べてくれれば私は嬉しい。それに私は兄さんから色々なものをもらってるよ。」
玲香は相変わらずの笑顔でそう言うと、手際よく食器を洗った。
秀人はその言葉を聞いて考えた。玲香は俺から色々なものをもらっていると言った。しかし、俺は玲香に家事のほとんどをやってもらっている。母さんは、会社に泊まり込みで仕事をすることが多く、なかなか家に帰ってこない。父さんは海外出張中。そんな中、文句ひとつ言わない彼女。流石に悪いからと、洗濯や食器洗いをやると言っているのにすぐに「好きでやっているから」と断られる。俺は玲香に何かを与えることができているのだろうか。
もうすぐ玲香の16歳の誕生日だった。イヤリングをあげようと思っている。今までの感謝を込めて、それなりに良いものをあげたい。
こんな形のイヤリング似合うだろとか、ネットで調べていると玲香が言った。
「兄さん、今日日直じゃなかったっけ。」
「あ、まずい。もう出ないと。」
秀人は急いで支度を終わらせ、学校へ向かった。学校へ登校中、今日締め切りの提出書類があることを思い出した。リュックの中のファイルを確認したところ、そのプリントが見当たらない。日直のペアである渡辺さんに遅れることを連絡して、家に戻った。
家はひどく静かであった。一階の電気は全て消えている。玲香は一階にはいない様子であった。もう遅れることが確定しているので、妙な安心感があった。
階段をひとつひとつ踏み締めて上がった。部屋の前に着くと、廊下や部屋の電気が消えていたが、秀人の部屋から灯りが漏れている。秀人は妙な胸騒ぎを感じていた。足音を殺して、階段を登るよりも、ゆっくりと足を上げては下げた。ドアの前に立って耳を澄ました。
「っん、あ、」
荒い息遣いが聞こえる。呼吸は深く、どこか苦し気であったが時折微かに声が聞こえた。秀人は息を呑んで耳を澄ました。
「に、さん。ん、ああ」
秀人は、頭が真っ白になった。それは聞き覚えのある澄み切った声であったからである。正確には、聴いたことのない声色だが、どこか聞き覚えのある声。その主が頭の中に想起されては、かき消して、想起されてはかき消して反芻していた。
次第に状況を飲み込んできた秀人は、自分が今家にいる理由を思い出した。すぐにでも、プリントを部屋の引き出しから取り出して、学校へ向かわねばならない。しかし、秀人は玲香のこと傷つけたくなかった。誰にも知られたく無いことくらいあるだろうと。
秀人は階段を音を立てぬように降りて、できるだけ大袈裟に登り鳴らした。一歩一歩、間隔を空けて。すると階段の3分の2ほど上がった頃にキーーっとドアが開く音がした。そのままのぼり詰めると秀人の部屋のドアが開いていた。
「兄さん、帰ってきてたんだ。私は兄さんの部屋の掃除をしてたんだ。」
玲香は例の如く笑って言った。しかし、顔は紅潮を隠さず、息も心なしか落ち着きがなかった。
「そ、そうか。ありがとう。ちょっと忘れ物をしちゃってね。」
秀人は動揺を隠そうと努力したが、うまく言葉が出てこなくて何処か辿々しかった。
「私もそろそろ準備するね。」
そう言うと玲香はそそくさと部屋を出ていった。
確かに秀人の部屋は綺麗になっていた。乱暴に畳んであったはずの掛け布団は綺麗に掛け直されている。
部屋に熱気が籠っていたので少しの間カーテンと窓を開けておいた。
秀人はどうにか玲香が今まで通り生活できるように振る舞う方法を考えていた。なぜとかどうしてとか、彼女の行為の理由について考え無いようにした。
プリントをリュックに入れた後、頭を落ち着かせるためにベッドに腰かけた。ふと掛け布団の方を見ると、窓から差す日光に反射するものがあった。なんだろうと、訝しげに目を凝らすと、そこには銀色のスプーンがあった。そのスプーンを拾ってみると、先端のツボの部分が、透明な粘液で湿っていた。そしてそのスプーンは、秀人が今朝エッグベネディクトを食べるときに使ったものであった。
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