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18話 一ヶ月健診
しおりを挟む我が子を亡くし一ヶ月が経った。今日は一ヶ月健診の日、小春は出産した総合病院に行く。
「……あなたは別に来なくて良いのよ?」
そう言う小春の後ろには樹がびったりくっついていた。
「たまたまだ」
仕事をわざわざ休んでまで付いてきて、何がたまたまなのか分からないが、小春は何も言わない。二人でエスカレーターに乗り二階の産婦人科に赴く。
この病院の構造は小児科の奥に産婦人科があり、産婦人科に行く為には小児科の前を通る必要があった。
小児科では乳児の一ヶ月健診をしており、自ずと視界に入る。……母親と乳児の姿が……。
一ヶ月前に思った。一ヶ月後は自分も幸せそうな表情で我が子を抱っこしているだろうと……。
小春は思わず、その乳児の元にふらふら歩き始めてしまう。
「……行くぞ!」
樹は小春の手を掴み産婦人科に連れて行く。
「……ありがとう……」
小春は産婦人科の前に、夫が居る事の居心地の悪さを感じる。
当時は妊婦健診に付き添う夫は今ほど居なかった。だからどこか恥ずかしかった……。
いつもの樹なら絶対に産婦人科に立ち入りなどしない。現に一度も妊婦健診に付き添う事はなかった。もし、平日が休みになり付き添える状況になっても絶対来ないであろう。
しかし今回は、嫌がる小春にずっと付いて来ている。……心配だったのだ、おかしな事を考えないかを……。
「……俺は待ってるから……」
「どこで?」
「別に……」
樹は産婦人科から立ち去る。
当時は携帯電話は普及していない。約束しないと会えないのに……と小春は不安になる。
しかしどうしようもなく、受付をし順番を待つ。
そこに乳児を連れた母親と思われる女性が複数組見られた。今日は病院の一ヶ月健診の曜日として決められている日。産後一ヶ月、出生一ヶ月の母子がいるのは当然だった。
「ほぎゃ、ほぎゃ、ほぎゃ……」
横で、母親に抱っこされた乳児が泣き出し母親が優しくあやす。その姿に小春は化粧室に向かう。
── 私も一ヶ月前は赤ちゃん抱っこして来ると思っていたのに……。何が違うの?
小春は一人化粧室で涙を拭う。
一ヶ月経っても、我が子の死はやはり辛かった……。
辛くて産婦人科前の待合室に行きたくない。お手洗いの前を目的もなく歩いていると、先程使用したエスカレーターの前に樹が居る事に気付く。
何をしているのか声をかけようとすると、樹は小春に気付き立ち去ってしまう。意味が分からず立ち尽くしていると、産婦人科担当の看護師が呼びに来てくれる。
あんなに混んでいたのにすぐ呼ばれた事に驚きつつ、診察室に入る。
「……こんにちわ……」
「こんにちは、あれからは大丈夫でしたか?」
女医は優しく話しかける。
「……はい、ありがとうございます……」
「一応乳腺炎が落ち着いたかも見せてもらいますね」
小春は横になり診察を受ける。
── 一ヶ月前のこの場所で知った……。知るまでは笑っていたのに……。
小春は泣きそうになるのを必死に抑える。
「……次は内診しますね。」
「はい……」
女医は経膣エコーで子宮内に残像物がないかを診る。
「……問題ありませんね。では……」
「あの……!見せてもらえませんか?」
「え?……あ、はい」
女医は、カーテンで隠していた患者に見せる用のモニターを小春に見せる。
子宮の中は空っぽだった……。
「あ、じゃあ機械下げるのでもう少し待って下さいね」
女医は経膣エコーを終わらせる。……見せなければ良かったと後悔した時には遅かった。
小春は衣類を直し、医師の元に行く。
「何かあったら来て下さいね」
優しく話しかけてくれた。
小春は色々と気にかけてくれ、世話になった事に対し、感謝の言葉を告げ診察室を後にした。
本当なら出産が終わり、診察が終了する嬉しい別れ……。しかしこんな悲しい別れがあるのだと小春は知った。
小春は一人産婦人科を後にする。次足を踏み入れる時があるとすれば、おそらく婦人病が見つかった時だろう。不妊治療十年の末に宿った子供。もう、戻って来てくれる事はないだろう……。
この一ヶ月で腹部の膨らみは完全に戻ってしまっていた。……当然だ、もう何もいないのだから……。
その事実を受け入れる為に、医師にエコーを見せて欲しいと頼んだ。そして残酷なほどその現実を受け入れられた。
「……チビちゃん……」
腹部を摩り、小春の涙が溢れそうになった。その時……。
「帰るぞ」
樹が小春の手を掴み、無理矢理引っ張って行く。そして小春を椅子に座らせ、会計の対応を済ませる。
その間にも小春の前には一ヶ月健診が終わった母親と思われる女性が乳児を抱っこして歩いていた。
その行き来する姿をただ眺めていた。
「……墓参りに行こう……」
「……え?」
「墓参り、行ってなかっただろう?」
「……うん」
二人は病院を後にする。
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