天使がくれた259日の時間

野々さくら

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21話 四十九日(2)

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「……私はまだしたくない……」

「……納骨か?」


小春は小さく頷く。

「どうしてだ?」

「まだ側にいたいよ……、まだ生まれたばかりよ、一緒に居て良いはず……、どうしてお別れしないといけないの?また別れないといけないの……?」

小春は両手で目を覆い、ボロボロと泣き始める。我が子を亡くし、幾分かの涙を流してもまだ枯れる事はなかった。


「他に言いたい事は?」


「……ベビー用品、もう少しだけ置いておきたい……。もう使わないと分かっているけど、もう少しだけ残しておきたい!まだそこまで踏ん切りはつかない!」

「うん、他には?」

小春は涙を拭き、樹を見つめる。


「あなたは?」

「俺はお前の気持ちが知りたい。……こないだ何があった?二階に居た日だ」


「……別に……、私が勝手に傷付いただけ!」

「関係ない人に直接文句言うのは問題だが、俺に言うぐらい良いだろう?何があった?」


小春はまた泣き始めてしまう。……しばらくし、またゆっくり話し始める。


「……買い物に行ったら赤ちゃんを見かけただけ……」

「赤ん坊なんて町歩いていたら、いくらでもいるだろう?」


「……チビちゃんに」

「似ていたのか……」


樹は溜息を吐く。あの荒れ具合はそうゆう事だったのだと納得したと同時に、小春はその時どれほど苦しかったのか……考えると樹も苦しくなった。


「それだけじゃない!マタニティマーク付けてて、お腹の大きな女性もいっぱい居て!前の私……。何が違ったの?ねえ、どうして?どうしてチビちゃんは生まれて来れなかったのー!」

小春は泣き叫ぶ。我が子が亡くなり、何百回、何千回と自問自答してきた言葉。分かっている。死因は事故。気が付かなかった自分が全て悪い。どれほど願っても失われた命は帰って来ない。……分かっているが、ただ納得が出来ない……。


「……話さないか?とことん」

「……え?」


「……俺はお前にチビの事を忘れて欲しかった。忘れずに生きていくには辛すぎるから。でもそれでは解決しない。だからチビの事話そう、思い出そう、知ろう。……勿論お前が良ければ……だが。」

小春が知りたいと願う。だから……、小さく頷く。


樹は子供の頃使用していた机の引き出しから、小春の目に触れないようにしていた我が子の大切な物を出してくる。

樹は和室のストーブと膝掛けを廊下に運び、座布団を敷いて小春を座らせ、美しい月と星々の下で話を始める。


「……これ」

小春に一枚の紙を見せる。……それは死産届だった。


「……どうしてここに?」

「……俺が役所で渡すのを躊躇ってしまってな……。そしたら役所の人がコピーをとってくれたんだ。……いつか向き合いたくなった時に手元に残しておいた方が良いからってな……」


「……そっか……」

小春は死産届を見る。


『縊死』

死因にはそう書かれていた。


「……これな。体に血流が回らなくなったら人間は死ぬだろう?そうゆう意味だ。」

「……へその緒が絡まったから……?」


「ああ、それで酸欠を起こしてしまった。先生の言っていた事はそうゆう事だった」

「……そっか……」


「元気な子だったからな……」

「……うん」


小春は死産届を見つめる。

「……名前……、書く所がないのね……」

「そうみたいだ。……生まれた時に少しでも生きていたら出生届出して籍に入れられたし、名前も付けられたらしいがな」


「……じゃあチビちゃんは……」

「……死産は戸籍には入らないらしい……」


「そっか……」


二人は小さな手形足形を見て小さくて可愛いと話し、安らかな顔で眠る我が子の写真を一枚ずつ見ていく。

その中には、妊娠中に安産祈願に行った時の大きなお腹の小春とお腹の中で元気に過ごしていた我が子の写真、樹と小春が生まれた我が子を抱っこする姿、三人で写っているものもあった。

実は、別れの前夜に樹が写真を撮ろうと言った。樹が撮っていたら、見かけた助産師が撮ってくれたのだ。それだけでなく、手形足形を残そうと言ってくれた。全く思いつかず、感謝している。


「可愛い顔してたわよね。あなたにそっくり……」

「母親に似たら良かったのにな……」


「えー、あなたに似た方が可愛いよ」

「いや、それはない」


二人は空を見上げる。空にはキラキラ輝く星々。あまりの美しさに……。


「あれ、チビちゃんかな?」

「ああ、あの一段と輝いているのか?そうだな。じゃあ周りにいるのは、おじいちゃんおばあちゃんだな」


「あ!本当だ!チビちゃんを囲んでるみたい!」

「ほら見ろ!みんなで孫を取り合ってるんだよ!……だから大丈夫だ……」


「そうだよね、本当に……そう見える」


小春は星々を眺めているが、顔を下ろして樹を見る。

「どうした?」

「ねぇ……、あなたはいなくならないよね?」


明日で四十九日となる。父親の喪が明けた時に小春の母は……。


「当たり前だろう!俺はまだ星になる気はない!お前もだ!」

「……うん」


樹は強く否定する。今の小春を一人にしてはいけない。そう強く思った。


その後、次は小春が母子手帳とエコー写真、小春が書いた成長の記録を持って来て一緒に読む。

妊娠が判明した日、心拍を確認した日、初めて胎動を感じた日を忘れないように記録してあり、その他にも悪阻が終わった後から毎日の成長を細かく書いており、特に元気な胎動の事がよく書かれていた。


二人はその記録に、妊娠中の思い出話をいつまでもしていた。


そんな二人を月や星々は優しく包んでいた。



四十九日、二人は納骨をしなかった。ただ三人でゆっくりとした時間を過ごした。





我が子を亡くして三ヶ月、季節はまた春を迎えようとしていた。庭には小さな芽が多数出ており、去年の秋に植えたチューリップの球根が今年も芽を出していた。


「……今年も頑張ってくれたのね」

小春は小さな芽を優しい眼差しで見つめる。……チューリップを我が子に見せたい……。そう思いながら植えた事を思い出す。


「お!今年も芽が出てきたか!」

樹が無理に入ってくる。


「……ありがとう、あなたのおかげ。私、辛くてこの子達放っておいてしまったけど、あなたが毎日水やりしてくれたからよ」

チューリップは繊細な花。土を乾燥させてしまうと、水を吸わなくなり花を咲かせなくなる。冬の水やりが大切だった。


「違うだろう。こいつらの力だ」

「……ありがとう……」


小春はチューリップの芽をもう一度見る。……この寒い冬を乗り越える強い花。自分も見習わなければならない。立ち直らないといけない。


「……チューリップだけは寂しいな……」

樹はわざとらしく呟く。


「そうね、種を蒔かないと!野菜も育てないと!季節が過ぎてしまう!」

小春は大好きな園芸や菜園を再開すると決める。


見上げた先には澄んだ青空、暖かい太陽が優しく二人を照らす。季節は春、少しずつ暖かくなっていた。




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