天使がくれた259日の時間

野々さくら

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22話 水子供養

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四月上旬、暖かい春、二人はとある寺院に赴く。大切な我が子を連れて。

そこには多数の地蔵があり、どの像も優しい表情をしていた。

ここは水子供養をしている寺院。二人は手を合わせ、我が子の霊が安らかに眠る事をただ願う。


二人は目を開け地蔵を眺める。『水子地蔵』と呼ばれる地蔵は、赤ちゃんを優しく抱き抱えており、『子供を見守り、子供の願いを叶える仏様』と呼ばれていた。

その地蔵は優しい表情、子供は穏やかな表情をしていた。


「……この子、チビちゃんに似ているわね」

「ああ、そうだな。……この母親はお前に似ているな……。優しい顔が……」


「そうかな?……でもあなたが居ないわね」

小春は周りを見渡す。


「俺?別に要らん!」

「あ!あれ!」

小春は地蔵の横に立つ、一本の木を指差す。その木は水子地蔵を守るかのように立派に聳え立っていた。


「あなたはあの木ね!……優しく私達を包んでくれているから……」

「……樹……だからな」


「あなたにピッタリな名前ね。……今までごめんなさい。ありがとう。もう大丈夫だから……」

小春は樹を見つめて微笑む。


「別に……。名付けは父親だ!大きな男になれ!と付けたんだ!」

樹は小春から目を逸らす。


「……素敵じゃない?」


「……お前は」

「うん、秋生まれだから『小春』かな?」


「全く何で秋なのに『小春日和』なんて言うんだ!」

「本当よね」

理不尽な樹の言い分にも小春は笑っている。



二人は笑って話せるようになったが、地蔵に手を合わせながら泣いている人達も多数居た。

ここは水子供養で有名な寺院。生まれて来れなかった子、生まれてすぐ亡くなった子の冥福を祈る人達が集う場所。当然ながらまだ我が子の死を受け入れられず泣いている人達も居る。

二人は自分達を世界一不幸なんだと嘆いていたが、それは違う。ここに居る人達も状況は違っても、小さな命を亡くした人達。泣いている気持ちを二人は分かる。……胸が張り裂けそうなぐらいに……。


二人が空を見上げているその側で、泣いている若い女性とその親と思われる世代の男女が居た。


「……ごめんね……、ごめんね……」

「赤ちゃんに恥じないようにしっかり生きていけばいいの……」

「……うん」


決めつけはいけないが、話の内容的に何があったのか二人は分かる。全ての人が子供を望んでいる訳ではない事も、様々な事情から子供を空に返さないといけなかった人が居る事も二人は分かっている。

小春は産婦人科に通っている時も、思わぬ妊娠に泣いている人を見かけた事もあった。


子供を心から願う人は授かれなくて、子供を望まない人は授かり事の重大さに苦しむ。何故こうなってしまうのだろう?考えても答えのない問題に二人は黙り込んでしまう。


「……あっちに桜の木があったな。見に行くか?」

「……うん」

二人は泣いている若い女性を見ていられず、その場を去る。……亡くなった赤ちゃんの分も、強く幸せに生きていってくれる事を願いながら……。


二人は桜の木を見上げる。枝からは桜の花が蕾を付けており、もう少しで開花しそうだった。


小春は思い出す。あの日、懐妊が判明し涙を流しながら空を見上げたあの日を……。


小春は涙を堪え、一言呟く。

「……私が死んだら一緒にお墓に入れてね……」

持っていた遺骨を強く握る。


その言葉に樹は思う。十八歳で母親を送り、我が子まで送った自分が妻まで……。


「……先に逝くのは俺だろう……。散々不摂生してきた。だからお前がチビと俺を……」

樹は慌てて口を閉じる。慌てて小春を見ると……。

小春は……泣いていた……。


「……ごめんなさい……、泣かないと決めていたのに……。ごめんね……、チビちゃん……」

我慢しようとするほどに涙が溢れ、止まらなくなる。


樹はその姿にある決意を固め、大きく溜息を吐く。


「……煙草止めるよ……」

「……え?」

小春は樹を見る。


「言っておくが酒は止めないからな!酒は適量を守れば害がないと言われている!……だから……、煙草止めるよ……」

「……良いの?」


「ああ、二言は無い!……長年止めなくて悪かった……。今度こそ止めるよ……」

樹は小春を見つめて話す。


「うん、ありがとう」


「だから泣き止め!……近年止める同僚が多いからそろそろと思っていたし、別にお前の為じゃないからな!」

「はいはい」

小春は笑う。我が子を亡くし初めて心から笑った……。


その姿に樹も安堵の表情を浮かべる。


二人が見上げた空は今日も青く澄んでおり、桜の花が風で揺れていた。

「……桜が満開になったら三人で見に行こう。あの琵琶湖が見える展望台に……」

「今度はあなたが抱っこしてあげてね」


「俺が!……考えておく!」

「はいはい」

二人は笑って話す。







── 父はその時の約束を守り、三十三年間煙草に火をつける事は一度たりともなかった。





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