【完結】もしも、巡る季節が止まってくれたら

野々 さくら

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4章 虹色に輝く夏休み

22話 自然公園へ

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 車を走らせること一時間。窓からの景色はすっかり様変わりし、住宅街、ショッピングモール、十階建てぐらいのビルが佇んでいる。
 国道線を抜けて辿り着いたのは自然公園。敷地内は一キロ以上ある広い公園で、遊具、散歩コース、球技スペース、テニスコート、噴水、海が見える海岸と色々設立されていて、私が住む町でも有名な自然公園だった。

 ……懐かしいな。
 変わらない風景に、思わず綻んだ表情をしてしまう。
 今日は平日で時刻も十五時半。そして夏の暑さから出掛ける人も少なく、安堵の溜息が漏れていた。
 この公園は自然公園と呼ばれるだけあって木々が多く植えられており、柔らかな葉が突き刺さる紫外線を塞いでくれる。
 そんな緑のトンネルを五十嵐くんが先を歩き、私達は後を付いていく。
 すると視界に入ってきたのは、ジャングルジムや滑り台、ブランコなどの遊具。
 配置も塗料も一切変わっていない為、子供の頃に両親に連れて来てもらった記憶が鮮明に蘇る。

 遊びたいな。
 年甲斐もなく、不意に過った感情。
 いやいやいや。高校三年生が何思ってるの!
 目をギュッと閉じ、首をブンブンと横に振る。

 だけど今日はやたらソワソワして、姉を見ていないといけないのに視線がそっちにいってしまって、遊んでいる姉妹と思われる女の子二人を目を奪われてしまう。
 いいな。一緒にブランコするんだ。私もブランコ……。

「ブランコやりたい!」
 姉の声にハッとなり、現実に戻ってくる。
 そうだ。ダメだよ。
「あれは小さい子用だよ。だから、お姉ちゃんは乗れないの」
「えー! 学校はいいのに。何でダメなのー!」
「学校のは、大人でも乗れるように大きく作ってあるの。私達が乗ったら壊れるよ? 小さい子が遊べなくなるよ?」
「……分かった」
 姉は見知らぬ誰かを気遣うことも出来るようになり、姉がしてしまったことにより誰かが困るということも理解出来るようになった。
 あの遊具で遊べた頃は交代が出来ず癇癪を起こしていたけど、やっぱり少しずつ成長しているんだな。
 そう思うと、姉と繋いでいた手を強く握りしめていた。

「あそこまですごくないけど、あるぞ」
「え?」
 姉と同時に放った言葉。
 え? 心の声、漏れてた?
 五十嵐くんが言うままに付いて行き、公園の奥地に辿り着く。するとそこには滑り台、ブランコ、ジャングルジムの遊具があり、それが視界に入った途端に姉は目を輝かせ走って敷地内に入り見回っていた。
 そこの遊具は全てが大きく、学校に備え付けられている物にそっくりだった。

『これは大人遊具です。対象年齢13歳から』
「大人遊具? 何それ!」
 入り口に設置されていた看板の文字に、目をパチクリさせてしまう。

「遊具ってせいぜい小学生までだろ? だから大人が遊べるようにって、作られたらしいぞ」
「初めて聞いたー」
 滑り台、ブランコ、ジャングルジム。いつもなら素通りするけどまじまじと見つめてしまう。だってここなら、私も……。

「まあ、大人は遊ばねーからな」
「あ、そうだよね?」
 気付けば裏返る声。そうだよ、普通大人は遊ばないから。ははっと笑いながら、ごまかしの一言。
「良く知ってるね?」
「……は? たまたまだし」
「そう?」
 一瞬、不自然な間があったような気がした。

「それよりよ、明日香が出来ないことはないか?」
「小さい頃から遊んでるから出来ると思うよ。あ、ほらもう遊んでる」
 私が指を指した先には、既に滑り台を滑っている姉。
「早っ! もうか?」
 眉をピクッと動かし目を見開く表情に、私は続ける。

「普段はおっとりしてくるけど、動き速いから。私なんて運動苦手で追いつけなくて」
 ははっと笑って見せたけど五十嵐くんは表情を変えていて、眉を下げこちらに目をやってきた。

 え? 私、笑ってたよね?
 自分の表情に自信がない私は、もしかしたら引きつった顔をしていたかもしれない。そんな不安に包まれていく。

「ま、それよりよ。お前も遊んでこいよ?」
 話が変わったことに、どこかホッと心が落ち着いていくのを感じた。

「え、いや私は良いよ!」
 首を横に振り手をブンブンと振る。
 遊びたいって顔してた?
 そう思うと、カッと照り付ける太陽にのぼせるように顔が熱くなっていく感覚がした。

「みーちゃん! 遊ぼー!」
 そんな恥ずかしさを上書きしてくれるように姉は私を呼び、滑り台上部より手を振ってくる。
 その顔はひまわりのように明るく、可愛らしいものだった。

「ほら、お呼びだぞ?」
 五十嵐くんが、より私を囃し立ててくる。
 体の奥より押し寄せる、ドキドキとした感情。
 合わせられない目。緩んでいく口元。

「……あっち向いててくれる?」
 声まで裏返ってしまい、私の気持ちがうっかり漏れてしまいそうで怖かった。

「ん」
 プイッと背向け、ポケットより取り出すスマホ。
 その様子に滑り台で待っている姉の方に駆け出すも、僅かに残るつまらない羞恥心が私を何度も振り向かせる。
 しかし五十嵐くんはこっちを一切見ておらず、全く関心がない様子だった。
 到着した滑り台の金属の手すりを握り、直進階段を一歩一歩登っていく。
 懐かしいな、この感覚。
 これから起こる、非日常のスリル。体が爽快感で満たされる一時。あまりの懐かしさに私の心臓は高鳴り、ドクドクと音を鳴らす。
 階段を登り切るとフラットな場所に辿り着き、そこの幅は一メートルはある。二人で同時に滑れる広さは充分にあった。……あったが。
 私はそこに着いた途端、持っていた手すりを強く握る。
 思ったより高い。斜面は急に見える。これ、滑るの!

「みーちゃん、一緒!」
「……一緒に滑るってこと?」
「うん」
 にこやかな表情で、私の手をギュッと握ってくる姉。
 そこには一点の曇りもなく、ためらいもなかった。

 最後に滑ったの、いつだっけ?
 それは当然ながら覚えていない、遠い記憶。

「じゃあ、見てて!」
 パッと手を離した姉は斜面に座ったかと思えば、ためらいもなく滑っていく。
「お姉ちゃん!」
 姉は慣れている。充分分かっているはずなのに気付けば私の体は勝手に動いていて、姉を追いかけるように勢いよく滑っていた。
 勢いよく降っていくスピードに、頰に風が抜けていく感覚、
 トン。
 気付けば地上に足が付き、体全体がふわふわとする。
 心臓が高鳴るのは恐怖からではない。これは。

「楽しいねー」
「うん! とっても」
 抱き付く姉に私も返し二人で笑っていると、背後より感じる視線。
 恐る恐る振り返るとそこには五十嵐くんが居て、目が合った途端にプイッと逸らしてくる。
「あ、あ、あっち向いてて言ったのに」
「仕返しだ」
 背けた目は柔らかく、僅かに口元が緩んでいるように見えた。
 笑った?
 初めて目にする表情に、私は気付けば釘付けになっていた。

「もう一回! みーちゃん!」
「うん!」
 手を引かれた私は子供のような満面の笑みを浮かべ、無邪気な声を出していた。
 ……あ。
「今度は振り向かないで、絶対だからね」
「いちいち細けえなー」
 あの怖かった五十嵐くんに、こんな軽口を放つようになっていた。

 それから滑り台を姉と共に何度となく滑り、五十嵐くんに休憩するように言われてハッとなる。
 そうだ。姉が熱中症にならないように気を付けないといけない立場なのに、何一緒に遊んでいるのだろう?
 リュックに詰めた水筒のお茶を飲みながら、私より放たれる熱をも下げようとゴクゴクと流し込む。

 しかしその誓いは呆気なく崩壊してしまった。

「みーちゃん、健太。ブランコ」
 二つ備えられてあるブランコを指差し、遊ぼうと指してくる姉。
「今度は五十嵐くんと乗ったら?」
「うん! 健太、乗ろう!」
 五十嵐くんの手を握り、ニコニコと声をかける姉。
 良かった、ブランコはまずい。非常に。
 だけど、どこか詰まるような気がする胸の奥。自分で言っておきながら、何を考えているのだろうか。

「お前ら、どっちが漕げるか競走な?」
「……へ」
 突然の提案に変な声が出てしまった。
「わあ、いいね! みーちゃん、やろう!」
「え? あ、私は!」
 有無を言わさず手を引かれた私は、姉と共にブランコに乗っていた。

「いいか? 立ち漕ぎ禁止。落ちたら負け。鎖から手を離しても負けだからな?」
「うん! 任せて!」
 私が言わないといけない注意事項を、しっかり言ってくれている。ルール上負けにすることで、姉がやらないようにしてくれているんだ。

「じゃあ、始め」
 気怠い声で始まったブランコ競走は激戦になるはずもなく、結果は火を見るよりも明らかだった。

「明日香は上手いな。……それに比べて妹は……」
「……ははは」
 ただ笑うしかなかった。
 ブラブラと揺れる姉に比べ、私はその半分しか漕げておらず全然揺れていない。
 私は子供の頃よりブランコには乗れず、感覚で乗れると言われても全然ピンとこなかった。

「ほら」
 背中をトンと押される感覚。
「わっ」
 触れる手に、どんどんと揺れるブランコ。それと同時に心拍数まで上昇していくのを感じた。

「健太! 私もー!」
「はいはい」
 すると姉と共に揺れるブランコ。
 こうやって背中を押してもらうのは、どれぐらい振りだろう。

『無理して笑わなくて良いよ』

 ……え?
 この温かな感覚は、あの頃の私に戻してくれたようだった。
 京子先生が背中を押しながらそう言ってくれた。
 その言葉で私はどこか楽になれて、溜まっていたものがプシュと抜けていくような気がした。

 チラッと後ろに目線を送ると、同じくこちらに向けていたであろう視線を感じ目と目が合ってしまう。
「あ?」
「ううん」
 パッと顔を背け、ブランコの鎖をギュッと握り締める。
 ドキリと鳴る鼓動。規則的に揺れるブランコ。
 それはすごく温かな時間だった。
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