【完結】もしも、巡る季節が止まってくれたら

野々 さくら

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2章 夏の始まり

13話 私が姉をみる理由

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「明日香ちゃん寝た?」
「はい」
「あまり寝ると夜に響くよね? だから単刀直入に聞くけど、いつから未咲ちゃんが明日香ちゃんを見てるの? ケアマネさんは居るよね?」
「はい」
 ケアマネさんはケアマネジャーさんの略称であり、障害を抱える人や認知症などで支援が必要な人の世話について相談に乗ってくれる人を指す。
 ケアマネさんが支援サービスを色々と紹介してくれ、利用契約を手伝ってくれ、他にも困っていることがないかも気に掛けてくれる。心強い存在だ。


 私達が小学二年生の時に、母が血を吐いて倒れ癌が発覚し入院治療が始まった。
 うちは元々共働きで、母は育休後に復帰予定だったらしい。だけど姉の障害が分かり、手を掛けて育てなければならない子だと退職したらしい。
 父が仕事で家計を支え、母が家事と私達を育てると役割分担したのだろう。

 その母が入院となれば姉を見る人が居なくなる。
 そこでお世話になったのはヘルパーさんと呼ばれる訪問介護士さんで、姉が通う支援学校まで車で迎えに行ってくれ、渡してある合鍵で家に入ってもらい留守番してもらう。父が仕事を終え帰ってくるまで、勉強や遊びをしながら世話をしてくれた。
 治療が一旦落ち着くも送迎サービスや、放課後デイサービスと呼ばれる障害がある子の放課後の預かり場を利用するようになっていった。
 今考えると母は先が長くないことを悟ってて、姉の預かり先を広げる為に動いていたのだと分かる。

 私達が小学五年生の春。母は急変し亡くなった。
 また明日ねと、入院していた病院から家に帰り夕飯を作っていた時。父が帰ってきて何も言わずに姉と私を車に乗せて、行き先も告げずに車を走らせていた。
 あの日の海岸道路から見た夕日は今でも覚えている。

 病院に着いた時に母は口元に人工呼吸器を付けられていて、医師より心臓マッサージと呼ばれる救命処置を受けていた。体は脱力しきっていて目は半目、先程着ていたパジャマはハサミで切られ上半身は剥き出しだった。
 そんな姿を見た父は医師より処置を継続するかを問われて、もう充分頑張ったから楽にしてあげて欲しいと処置の中断を頼み母はそのまま亡くなった。

 家族が亡くなっても、当然ながら私達は生きていかなければならない。
 朝から始まる姉の世話に学校準備。スクールバス停留所まで送迎して、その後出勤。姉は週三で放課後デイサービス、送迎と留守番のサービスを週二で利用。父は十八時に仕事を終わらせて、十九時までの迎えの為に毎回走っていたらしい。

 しかし、状況が変わったのは中学校入学した頃。姉が、父や外部の支援サービスの人を拒むようになった。
 元々より前兆はあったが、顔を見た途端に走って逃げてしまったり、大声で泣いたり、酷い時は自分や相手を叩いたり引っ掻いたりした。
 主治医の先生が言うには思春期に入ると精神が不安定になりやすく、普通の中学生が反抗するのと同じようなものらしい。
 しかし姉は、学校の先生と双子の私だけは受け入れてくれて関わりを許してくれる。
 だからスクールバスまでの送り出しに私も付いて行き、家に帰ってくるとヘルパーさん相手に泣く姉の側にいることにした。
 そうしていくうちに減っていく通所サービスに、ヘルパーさんに居てもらう時間。
 いつの間にか、私が姉の世話をしている状況となっていた。

 私達が中学二年生になる前。あの世界を騒がす流行り病が蔓延し、学校は休校。支援サービスも受け入れが縮小していき、それをキッカケに籍は置いたまま利用は中止したいとケアマネさんに話した。
 それなら私が見ると。
 私が居ないと泣き叫ぶ姿を目の当たりにしていたケアマネさんは、何かあったら連絡してと言ってくれ月一で電話をしてくれる。
 いつでも利用は再開出来ると、その都度声をかけてくれながら。

 そんな時に、もっと大きなことが起きてしまった。
 父の会社が流行り病による不景気で倒産してしまい、再就職もままならない状況が続いた。貯蓄はあったらしいけど、生活は不安定になった。

 幸い一年半後に運送業に再就職してくれ、生活は安定。お米を買えなくなったらどうしようと、悩むことはなくなった。

 先生と別れて五年、うちであったことを話した。
 初めて誰かに話せた私は心に溜まっていた何かが、軽くなったような気がした。


「そうだったの」
 黙って聞いてくれていた先生がようやく返してくれた声は暗く、曇っていた。
「今、年齢的に一番不安定な時期らしくて。でも十八歳過ぎて落ち着いた人もいるらしいので……」
 場が暗くならないようにと、私は必死で取り繕う。
 勿論、ずっと続く可能性もある。その事実に私の声はどんどんと小さくなり、胸の奥より押し寄せてくる感覚を抑える為に俯き目をギュッと閉じる。

「お父さんはこの状況知ってる、よね? 相談とかしてる?」
「……それが」
 仕事で忙しいと話すと具体的な勤務状況を聞かれ、ためらいつつありのままを先生に伝えた。

「それって……」
 溜息混じりの声は消え、車内は車が走行する音のみが響く。
 ……言いたいことは分かる。父が働いている会社はいわゆるブラック企業と呼ばれるもので、労働基準法も最近改正された運転手を守る法律も遵守していないだろう。
 そんな会社方針の為か離職者が多く、年々と父の負担が増えているのは私も感じ取っている。

 高校二年生の春頃。朝方より出勤しようとする父に、仕事を辞めて欲しいと頼んだ。
 泊まりの仕事を終え日が暮れた頃に帰って来たかと思えば、翌日早朝からまた泊まりの仕事があるからと仕事に出ていく父。
 泊まりの仕事とはトラック内で仮眠を取っていることを指し、疲れなんか取れるはずもない。それなのに、また早朝から仕事に行くなんて。
 まともな休みもなく泊まりの勤務ばかりで、父は明らかに顔色が悪く疲弊仕切っていた。
 だけどその言葉を聞いた父は顔を歪め、何も言わず仕事に行ってしまった。その表情は、聞いてはいけないことを尋ねてしまった時と同じだった。
 私は、また父を傷付けてしまった。母にしてしまったように。
 
「今の仕事は、一年半の就職活動でようやく見つかったものです。辞めたとしても次が見つかるか分からないからと、続けてくれているのだと思います。だから……」
 だから、私が姉の世話をする。それは当然のことなのだから。

 それを聞いていた京子先生は何かを口にしようとしては溜息を漏らし、そのまま車は海岸道路を走る。
 気を使わせてしまったと何か話そうとするけど、口を開けば今日球技大会に行けなかったことを溢しそうで、下唇をギュッと噛む。
 気持ちを逸らそうと車外からの景色を眺める。すると歩道を歩いているのは、私が通う制服と同じカッターシャツとチェックのズボンやスカートに身を包む同世代の男女。
 そっか。今日は四限までだもんな。
 どこに行くのかな……? そんなことをぼんやりと思っていると、視線の先は二人の女子。
 亜美と渚。
 一瞬見えた二人は顔を満面の笑顔を浮かべていて、何かに大笑いしているのだと感じ取る。

 一体、何を話しているのだろ?
 家の方面じゃないけど、どこに行くんだろう?
 何について笑い合っているのだろう?

 そう脳裏に過った途端に、脱力していく体。
 振り返る気力も、このまま窓からの景色を眺める気力もなく、ただ前方の黒い座席のみをぼんやりと眺めていた。

「未咲ちゃん。あのね……」
「あー! 寝ちゃったー!」
 私に預けていた肩よりガバッと起きる姉と、京子先生との声が重なった。

「いいな、みーちゃん。私も海見たいのにー!」
「ごめん、ごめん。あんまりにも気持ち良さそうだったから」
 京子先生はこれ以上触れず、姉の為に海岸沿いを車で走らせてくれた。

 姉が起きてからは車内は明るい空気に包まれ、いつしかその声も弾んでいく。
 こうしている間に車は一車線の狭い道路に入っていき、下校している小学生達に道を譲りながら徐行していくとようやく辿り着くうちの家。

「先生ありがとうございました」
 姉に、私が先に降りるなら待っているように声をかけると、それを遮る京子先生。
「……連絡先、交換しない?」
「え?」
 こちらを振り返ってきた京子先生は、あの時と同じく穏やかな目をしていた。

「良いんですか?」
「うん。良いかな?」
「はい」
 願ってもない申し出に、心の中でシュワシュワとしていたものがまた落ち着いていく。

「良いな。みーちゃん、ばっかり」
 眉を下げ頬を膨らまし、ブンブンと首を振る姉。
 姉にはスマホやキッズ携帯の管理は難しく、通信機器を一切持っていない。だから私のスマホを使用し幼児用アプリで遊んでいるけど、姉の主張はもっともだった。

「あーちゃんもかけてきて良いよ」
「本当? やったー!」
 話の中でスマホを共有していると話していたことから、出してくれた提案。おかげで姉の心もどんどんと前を向いていく。

「ありがとうございます。でも先生も、お仕事とかあるでしょうに……」
 その言葉に一瞬だけ真顔になった先生は、すぐに目尻下げ口角を上げる。
「しばらくは、ゆっくりしようかなってね。先生ところの子供は社会人で、家出てるし。もう、一人だからね」
「……そうですか」
 その言葉に、私は何も返せなかった。
 先生の旦那さんは五年前に亡くなっていて、それをキッカケに実家に戻ると都会に引っ越しして行ったのだから。

「だから、いつでも連絡してね。待ってるから」
「はい」
 私が先に車から降りて、姉が降りる方に回り込む。
 こうして手を繋ぎ、先生の車を見送った。
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