想い紡ぐ旅人

加瀬優妃

文字の大きさ
16 / 68

15.私だって、戦います

しおりを挟む
 足元に確かな感触がある。
 ハッとして顔を上げると、目の前に海が広がっていた。

『何なんだ、この女……おかげで……かなり手前……』
『何で、跳んだだけでこんなに疲れるんだ……』

 両隣の少年が息を激しく切らしながらしゃがみこんでいた。
 これはチャンス!

「はあっ! やあっ!」

 連続で前蹴りと後ろ蹴りを繰り出し、二人を吹き飛ばす。少年の一人は波打ち際に落ちて、そのまま動かなくなった。
 もう一人の少年は砂浜に倒れていた。ダメージはあるみたいだけど、ゆっくりと起き上がろうとしていた。

「……もう!」

 やっぱり一撃でダウンという訳にはいかないみたい。
 私は砂浜の少年の方に駆け出した。

「……!」

 少年が苦し紛れに何かを放った。
 それは想像を遥かに超えるスピートで私の体の前面にぶち当たる。
 ヤバい……と思ったけど、どうしようもなかった。

「……ん?」

 恐る恐る目を開け、自分の身体を見回す。
 何ともなってなかった。服が破けたりもしていない。
 感覚としては……ただ何かに押されたような気がしただけ。

『くそ……やっぱり、お前には……フェルティガ……』

 少年は苦しそうに呻くと、膝をつき、目を瞑って倒れた。
 多分、力を使い果たしたんだ。意識があるかどうかは分からないけど、ユウの言っていた通りなら回復するしかない状態になっているんだと思う。
 よく見ると、初めて会った二人組の、片割れの少年だった。

 ……本当ならトドメを刺すべきなんだろうけど、私には当然、人を殺すことなんてできない。それがたとえ、異世界の人でも。
 拘束ぐらいはしておきたいけど、あいにくロープのようなものは何も持っていない。
 しばらく動けないことを祈りつつ、とりあえずその場から逃げることにした。

 ……とは言っても、ここはどこ?

 一方は、海と砂浜。もう一方は小高い山になっている。山肌は土と岩でゴツゴツした感じだが、奥には森があるのだろう。緑の木々が見え隠れしている。
 そして、とにかく暑い。

 とりあえず山の方に行こう。どこかに隠れて、落ち着かなきゃ。

 山を登るには、ふくらはぎぐらいまであるワンピースの裾がひらひらして邪魔だった。持っていたナイフで裾をひざ上までカットする。
 ナイフは、剣術を習うようになってからユウに持っているように言われていた。
 長い剣は持ち歩けないし、小柄な私には向いてない。短剣ぐらいが空手の動きとも相まって一番使いやすかった。
 ナイフをホルダーにしまい、念のためワンピースのベルトに吊るした。

「……さて」

 ゴロゴロとした岩をつかみながら何とか這い上がる。
 サンダルにするか靴にするか迷ってたんだけど、靴にしておいて本当によかった。

 ところどころある平たい場所で休みながらどうにか小高い山を登りきると、とりえず辺りを見渡してみた。

 ……何もない。
 海と砂浜……。見える範囲、すべて水平線だった。他に島らしきものもない。
 反対側の奥には森があって、何も見通せない。
 どれくらいの広さがあるのかわからないけど……無人島かな?
 それに、この風景……。絶対、本州じゃないよね。

 私はとりあえず身を隠すために森に入っていった。草木がたくさん生い茂っている場所に腰を下ろす。
 持っていたカバンを開けて、中身を確かめた。

 なくなったものは……ない。携帯は……駄目だ、圏外になっている。地図が見れたらどこにいるかわかったのに。
 とりあえず……休憩しよう。

 私は体育座りをして顔を伏せ、目をつむった。

 ユウ……今、どうしてるだろう? 私の場所、わかるかな?
 攻撃されてたけど、怪我してないかな?

『かなり手前……』

 さっき聞きかじった少年たちのテスラ語が耳元で蘇る。
 手前……っていうことは、着地する予定だったところまで着いてない、ってことだよね。
 ということは、本拠地はこの奥にあるんだ、きっと。
 もしくはもっと遠くの別の島にあるのかも。そうだといいんだけど……。

『お前には……フェルティガ……』

 最後の言葉、どういう意味だろう。
 そういえば、あの子の攻撃はどうして擦りぬけたのかな。

 ……ふと、同じ少年に攻撃されたときのことを思い出した。

 ユウを庇ったとき、あの少年の攻撃は私に当たった瞬間にかき消えた。
 今の攻撃はそのときより上だったと思う。すごく速かったし、避けられるようなものじゃなかった。
 咄嗟に繰り出したから、調節できなかったのかもしれない。
 でも、特に何もなかった。ただ……当たっただけ。

 ……ひょっとして。

「フェルティガが、効かない……? そう言ってたの……?」

 思わず呟く。
 何故かはわからないけど、そうだとすれば今までの謎がすべて解ける。
 初めての襲撃のとき、ユウのバリアを叩いたら消えてしまったけど、あのとき、私はバリアを無効化したのだろうか。
 それ以降、ユウが私にバリアをかけられないのも……私がフェルティガを受け付けないから?
 そういう体質だった、ということなのかな。

『彼らはどうしたの! 何故ここに跳んでこないのよ!』

 遠くから女の子の声が聞こえてきて、肩が思わずビクッと震えた。
 間違いなく、テスラ語だ。仲間と私を探しに来たのかも知れない。
 やっぱり本拠地はこの奥だったのか。

 私は咄嗟に、草木の陰に身を潜めた。
 やがて二人の少女が奥からガサガサと草をかき分けながら現れた。一人は以前、さっきの少年と一緒に公園に現れて、ユウと闘った女の子だ。腰に長剣をぶらさげていて、かなりおっかない。
 もう一人は戦闘系ではないらしく、長いローブを身にまとっている。右目を手で押さえ、考え込んでいた。

『……あっちよ。砂浜に姿が視えるわ。……二人とも倒れてる』
『スウェン、女は視える? どこにいるの?』

 ドキッとする。この女の子は、遠くを視ることができる能力なのかも。
 ……だとしたら、私が隠れてることなんてすぐに……。

 スウェンと呼ばれた女の子は少し黙ると、くすりと笑った。

『ヴィリュ……そこに、いるわよ』
「!」

 スウェンが私のいる方を指差すと同時に、ヴィリュは物凄い勢いで駆け出した。腰の長剣を鞘から抜き出し、構えている。
 完全にバレてる。逃げるか、闘うか。

『ヴィリュ、殺しちゃ駄目よ!』
『そんなヘマはしない!』

 そう言うと、彼女は剣の向きを変えた。峰打ちするつもりらしい。
 かなり足が速い。どう考えても逃げるなんて、無理だ。
 ――闘うしかない!
 私は隠れていた草むらから立ち上がり、構えた。
 ヴィリュはニヤッと笑うと、走ってきた勢いのまま、剣を振り被った。

『はぁっ!』

 肩を狙っていた。しかし隙がかなり多い。

「……っ」

 すかさずしゃがんで彼女の一太刀をかわすと、腹めがけて正拳突きを繰り出した。

「たぁ!」

 拳が何かに遮られる感触がしたが、踏み込んで構わず押し切る。

『ぐっ……!』

 ヴィリュが後ろによろける。
 私は素早く立ち上がり、反動を利用して後ろ回し蹴りを放った。ヴィリュの顎にヒットする。

『ぎゃっ!』

 ヴィリュが仰向けに倒れる。
 私はすぐに、彼女の後ろで立ち尽くしているスウェンに向かった。
 どんなに逃げても、彼女がいる限り見つけられてしまう。早く気絶させなくては。
 スウェンが咄嗟に私に向かって何かを放ったが、何も感じなかった。

『ヴィリュっ!』

 スウェンが両手で自分の顔を覆っておろおろしている。

『……スウェン! そいつにフェルティガは効かないんだ! 無駄撃ちするな!』

 どうにか立ち上がったらしいヴィリュが叫んだ。
 次の瞬間、目の前でスウェンの姿が徐々に消えていく。
 ユウが前に言っていた……隠蔽カバーってやつだ!

「待て……!」

 完全に消えてしまう前に首根っこを左手で掴むと、驚いた表情のスウェンが再び現れた。
 すかさず背後に回り手刀を入れる。

『うぐっ……』

 スウェンがその場に崩れ落ちた。
 全力で入れたからね。多分、立てないはず。

「……っ!」

 振り返ると、ヴィリュが私に切りかかっていた。
 私はナイフを取り出すと、辛うじて彼女の剣を受けた。キィンという、金属同士がぶつかる音が響いた。
 ヴィリュは目をガッと見開いて私を睨みつける。かなり息が切れていた。

『フザけるな……!』

 ジリジリと剣を押し付ける。
 この子はどうも激情家のようだ。体術も訓練したみたいだけど、ムラも隙も多い。体力も、私の方がある。
 スウェンも気絶させたし、彼女さえどうにかすれば逃げ切れるはずだ。

 私は彼女の重心がかかっている方の足に思いきり蹴りを入れた。バランスを崩してよろめいたところをもう一度蹴り飛ばす。
 ヴィリュは後ろに転がった。その隙に、走って逃げる。

『待て!』

 とにかく走る。細い道らしきところを走り続ける。
 ふと、目の前の視界が開けた。
 ……崖だ!
 辺りを見回したけど、崖のすぐ下に山肌に沿った道があるだけだ。
 その道の奥は、再び森につながっている。
 どうやら、ここを走り抜けるしかないらしい。

 振り返ると、よろめきながらヴィリュが走ってくるのが見えた。
 私は覚悟を決めて崖沿いの道に降りた。
 細いといっても歩道ぐらいの幅はある。問題ない!

『……食らえ!』

 ヴイリュが何かを放ったのが分かったけど、私には効かないはず。
 構わず走ろうとした瞬間、目の前の崖と道が見えない力で抉られた。足元が崩れ落ちる。

「きゃっ……」

 そうか、フェルを飛ばして崖を崩したのか……と気づいた時には遅く、私は崖から放り出されていた。
 下は砂浜……。両腕で頭を庇って空中で丸くなり、どうにか衝撃に耐えようと試みる。
 受け身さえうまくいけば……。でも……。

「……ユウ!」

 思わず叫んだ。

 ――お願い……助けて!

「――朝日!」

 不意に、耳元でユウの声が聞こえた。
 誰かが私を抱きかかえる感触。落ちるスピードが急に緩やかになり……周りの風の音が優しくなった。

 私はおそるおそる目を開けた。
 ユウが私を抱えたまま……ふわりと地面に降り立った。

「……ユウ!」

 私はユウの首にしがみついた。
 一番来て欲しいときに来てくれた。
 安心して、涙が出た。

「大丈夫か? 怖かったか?」
「……」

 私は泣きながら頷いた。
 やっと、肩の力が抜ける。
 ユウが私を砂浜に下ろしてくれたけど……足元がふらついてうまく立てなかった。
 ユウを見上げたけど、だんだんぼやけて……意識が遠のくのを感じた。

「……森の奥に、まだ……ごめ……」

 やっとそれだけ言うと、私の視界は真っ白になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...