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44.もう、元には戻らない
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「独りで……全部抱え込んで……逝ってしまった……」
そこまで語ると……ママの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
「ママ……」
「……」
ママは涙を拭って席を立つと、リビングのチェストから一枚の紙切れを取り出してテーブルまで戻ってきた。たくさんの折り目がつけられている。
「これは……」
「朝日が飛び出して行った日……玄関の外に落ちていた紙飛行機よ」
紙飛行機……?
そうだ、ユウが言っていた。ヤジュ様に頼まれて紙飛行機を投げ込んできたって。
あの日――ママは、私を追いかけては来なかった。
ぎゅっと左手を握りしめて……穏やかな笑顔で私を見送ってくれた。
ユウはそれが幻惑の仕掛けだと思っていたけれど……。違うんだ。
「私がヒロに折り方を教えたのよ。父直伝の……ちょっと変わった折り方なの」
ママはそう言いながら、折り目に沿って紙を折りたたみ始めた。
そうして現れたのは……チェストに飾ってある、おじいちゃんの紙飛行機と同じ形のものだった。
ママは少し笑うと……再びゆっくりと紙飛行機を開いていった。
そして一枚の紙に戻すと……私たちに見せてくれた。その真ん中に、拙い字で何かが書いてあった。
――あさひまもる しんじて ひろ
「……そして……これは、ヒロの字」
ママは紙切れをとると……じっと眺めて……そして涙を流した。
「これが……本当に……最後の言葉……なのね……」
ママはしばらく泣いていた。
私も涙が止まらなかった。
あの日、ママは……この手紙を左手に握りしめていたんだ。
だから……パパの言葉を信じて、私を見守る決意をしたんだ。
そして、黙って私を見送った。
……そういうことだったんだ。
私は席を立ち、ママの傍に立った。
ママの背中を後ろから抱きしめる。
「でも……でもね。パパ、穏やかだったよ。私に会えてよかった……って言ってくれたの。それでね、パパが頑張ったから……私はこうやってユウや……夜斗と巡り会って……今があるの。ママが後悔するようなことは、何もないよ……」
「……」
ママは何も答えず……ただただ涙を流していた。
* * *
今日はもう休みなさい、と言って、ママは一階の自分の部屋に籠ってしまった。
私と夜斗は二階に上がって、ユウが休んでいる部屋を覗き込んだ。
「……あ……れ……」
ユウがうっすらと目を開けた。
「ここ……」
「私の家だよ」
目の焦点が定まっていない。
――ちゃんと私は、傍にいるよ。
そう伝えたくて、私はユウの手を握った。
「ちょっと休もう? 夜斗が……家全体を障壁してくれたから、安心していいって」
「ん……」
ユウはちょっと頷くと、そのまま目をつむった。
私と夜斗は静かに部屋を出た。
廊下に出て、その左側の部屋の扉を開ける。
「夜斗はこの部屋を使ってね。私の部屋は、ユウの部屋を挟んで反対側。何かあったら呼んでね」
「わかった。サンキュ」
「……」
ユウの状態が気になる。立ち去る気になれず、その場に立ち尽くしていると
「……とりあえず入るか」
と言って夜斗が私の腕を掴んで部屋に引き入れた。
「おー、お洒落な部屋だなー」
ボスンとベッドに座る。
私はベッドの脇のチェストから寝巻を出すと、黙って夜斗に渡した。
「あ、サンキュ」
「……ねぇ、ユウは今……どういう状態なの?」
私は椅子に座って、夜斗と向かい合った。
「うーん……」
夜斗はちょっと考え込んだけど、それ以上何も言わなかった。
とにかく、気になることは全部聞いてみよう。
「あのね……ユウが前に言ってたの。意識がなくなるのは、非常にまずい状態だって」
「そこは、ちょっとおかしいかな。気絶すること自体は悪いことじゃない」
夜斗は頭をポリポリ掻きながら答えた。
私は不思議に思って、夜斗の顔をじーっと見た。
「今まで闘った相手も……リオも、限界がきたら気絶しただろ? つまり、体力が尽きたかフェルティガの使い過ぎで……まあこっちの世界に例えるなら、ブレーカーが落ちた感じかな」
「……」
「前も言ったよな? 俺達フェルティガエにとって、フェルティガは生命エネルギーみたいなもので、なくなると死んでしまう。浪費すれば寿命を縮めるって」
「……」
「だから……一度に使い切らないように、ある程度のところで気絶するようになってるんだよ。フェルティガを回復させるために」
そうだったんだ。
……でも……。
「ユウは……一度も、気絶したことが……ない」
「本当か!?」
「……私の見ている限りでは」
「あの夏のときも? あれだけ大暴れして?」
「多分……。あのときも、別荘に帰ってからかなり苦しそうにしていたけど……私が膝枕をして、目をつむって休むだけだった。ユウが意識をなくしたのは、私が寝かしつけた時だけだと思う」
「……」
夜斗は腕組をして考え込むと
「じゃあ、あいつ……気絶するのをギリギリまで我慢するのが癖になってるのかもしれないな……」
と、呟いた。
「……え?」
ギリギリまで……つまり、寿命を縮めるぐらいってこと?
「実は……ユウの言ってたことで気になることがあるんだ」
「何?」
「飛龍を育てたって言ってたよな。独りで」
「サンのことだよね」
「そう。だけど……普通は、フェルティガエが最低3人は必要な、かなりの大仕事なんだよ」
そう言えば、飛龍は子供のうちはフェルティガを糧とするって、言ってたっけ。
「普通なら3人分必要な量を、1人で賄ったってことなの?」
「そう。しかも、かなり成長させてただろう。二人で乗る分にはもう少し小さくても大丈夫なのに……。あいつ、その過程でかなり無茶をしたんじゃないのか? 早く育てなきゃいけないって、焦って……」
私を助けるために、ユウが、そんなことを……?
私が攫われてしまったから……ユウの寿命を縮めてしまったってこと……?
「……いや、あいつも馬鹿じゃないから死ぬような無理はしないさ」
私の考えていることがわかったのか、夜斗が慌てた口調で私をなだめた。
「ただ……助けに来た時点で、通常よりかなり減らしていた状態だったとは思う。多分、本人が思っているより悪い状態だったんじゃないか? それでリオとあの戦いを繰り広げて、しかもフィラの民まで救出したのかと思うと……かなり恐ろしいけど」
「でも、あのあと私が寝かしつけたよ。少しは回復した筈なのに」
「時間が短すぎる。例えばリオは、このあと3日は目を覚まさない。そして、1週間は休養することになると思う」
「えっ!」
私は驚きのあまり声を上げた。
ユウは……身体を休めても、長くてせいぜい一晩だ。そんなに寝ていたことなんて……今までない。
「もともとのフェルティガの量が多いほど、回復には時間がかかる。記憶を取り戻して……ヒールさんが亡くなって、かなりショックを受けたっていうのも影響はあると思う。だけど、ユウが倒れた理由は完全にフェルティガ不足だよ。ゲートを越えたことで、自分が我慢できる限界を越えたんだ」
私は目の前が真っ暗になった。
フェルのこと、何にもわかってなくて……今までユウに、どれだけ無理をさせてきたんだろう?
「……寿命……縮んだ?」
俯いたまま恐る恐る聞くと、夜斗は深い溜息を洩らした。
「正直言えば……今回、削れたかもしれない。でも、すぐ死ぬとかそういうのじゃないから大丈夫だ。ただ……今、無理をするとひどくなる。とにかく、完全に回復するまでフェルティガを使わせないようにしよう」
そうか……。とにかくこのまま絶対安静にしていれば、大丈夫なんだ。
……でも、まだ気になることがある。
「ゲート……越えたら限界が来たって、どういう意味?」
「ヒールさんも言ってただろ。ゲートを開くだけでなく、ゲートを越えるのにも、フェルティガを消費する。だからなるべく短い距離でつなげるのが望ましいって」
「……うん」
「あいつは自分のフェルティガが残り少ないのに、いつもの調子でゲートを開けて、ほぼ最短距離でつなぎやがった。そこで消費して、ゲートを越えるのにも消費して、限界が来た訳だよ。……俺が開けばよかったな、やっぱり」
夜斗は舌打ちした。
私はフェルティガをあげることはできても、寿命を戻すことはできない。もう絶対に、無理させないようにしなきゃ。
「ユウは……ひょっとして、もうゲートを越えられない?」
思い切って聞いてみる。
もし、そうなら、ずっとここにいる……そういうことになるのに。
ユウが体調悪いって言ってるのに、そんなことを考えてしまう私は……やっぱり駄目だよね。
夜斗は少し考え込んだ。
「んー……回数的なことで言うと、多分まだ越えられると思う。リオの様子を覚えているか? 限界が近づくと、動悸が激しくなって呼吸が荒くなるんだ。ユウは、それはなかっただろ」
「そっか……」
つまり、越えられるだけの体力とフェルが回復すれば問題ないってことなんだ。
……そっか……。
夜斗はちょっと私を見ると、少し笑って私の頭をぐしゃぐしゃっとした。
「そんなしょぼくれた顔するな」
「……だって……」
思わず俯く。
ユウのことが心配って気持ち……ユウがずっとここにいてくれたらいいのにって気持ち……いろいろなことが胸の中を渦巻いている。
「朝日、一つお手柄だぞ。ユウが『寝る』ということを覚えたことだ」
夜斗がとても明るく言った。
不思議に思って、私は夜斗の顔をじっと見た。
「……何で?」
「俺が経験して思ったんだけど……。目をつむるだけ、よりもはるかに回復量が大きい。限界が来て気絶して回復、という形より、限界前に自分でつねに回復できるという形の方が絶対いいしな」
「……そっか」
少し安心した。
夜斗と話してよかった。気になってたこと、いろいろわかったし。
これから、私は……とにかくユウになるべくフェルをあげて、可能ならどんどん寝かしつけるようにしよう。
「……ありがとう、夜斗」
私は夜斗にお礼を言うと、椅子から立ち上がった。
……その腕を、夜斗が掴む。
「ん? 何?」
「確認しておきたいんだが……」
「うん?」
「……やっぱりいいや」
夜斗がパッと私の腕を離した。
「……?」
「……何でもねぇ。まあとにかく、しばらくゆっくりしよう」
「わかった。じゃ、おやすみなさい」
「おう」
私は夜斗に手を振って、客間を出た。
もう一度ユウの部屋を覗くと、とても静かだった。
枕元に近づいてみると、ユウはちゃんと眠っていた。
「……ユウは、消えないでね……」
そっと屈んでおでこにキスをする。……ママが、私が熱を出した時によくしてくれたおまじないだった。
寝顔を見たら、ちょっと安心した。
私は自分の部屋に戻った。窓から外を見ると、月が明るく照らしていた。
テスラにいたのは1か月ぐらい。それまでは普通に学校生活を送っていたのに……何だか、すごく昔のことのように感じる。
……もう、あの頃には戻れないんだな……。
これから、どうしたらいいんだろう。
テスラの戦争が終わらない限り、何も解決しない。
私に、何ができるだろう?
そんなことを考えながら寝巻に着替え、ベッドに潜った。
そこまで語ると……ママの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
「ママ……」
「……」
ママは涙を拭って席を立つと、リビングのチェストから一枚の紙切れを取り出してテーブルまで戻ってきた。たくさんの折り目がつけられている。
「これは……」
「朝日が飛び出して行った日……玄関の外に落ちていた紙飛行機よ」
紙飛行機……?
そうだ、ユウが言っていた。ヤジュ様に頼まれて紙飛行機を投げ込んできたって。
あの日――ママは、私を追いかけては来なかった。
ぎゅっと左手を握りしめて……穏やかな笑顔で私を見送ってくれた。
ユウはそれが幻惑の仕掛けだと思っていたけれど……。違うんだ。
「私がヒロに折り方を教えたのよ。父直伝の……ちょっと変わった折り方なの」
ママはそう言いながら、折り目に沿って紙を折りたたみ始めた。
そうして現れたのは……チェストに飾ってある、おじいちゃんの紙飛行機と同じ形のものだった。
ママは少し笑うと……再びゆっくりと紙飛行機を開いていった。
そして一枚の紙に戻すと……私たちに見せてくれた。その真ん中に、拙い字で何かが書いてあった。
――あさひまもる しんじて ひろ
「……そして……これは、ヒロの字」
ママは紙切れをとると……じっと眺めて……そして涙を流した。
「これが……本当に……最後の言葉……なのね……」
ママはしばらく泣いていた。
私も涙が止まらなかった。
あの日、ママは……この手紙を左手に握りしめていたんだ。
だから……パパの言葉を信じて、私を見守る決意をしたんだ。
そして、黙って私を見送った。
……そういうことだったんだ。
私は席を立ち、ママの傍に立った。
ママの背中を後ろから抱きしめる。
「でも……でもね。パパ、穏やかだったよ。私に会えてよかった……って言ってくれたの。それでね、パパが頑張ったから……私はこうやってユウや……夜斗と巡り会って……今があるの。ママが後悔するようなことは、何もないよ……」
「……」
ママは何も答えず……ただただ涙を流していた。
* * *
今日はもう休みなさい、と言って、ママは一階の自分の部屋に籠ってしまった。
私と夜斗は二階に上がって、ユウが休んでいる部屋を覗き込んだ。
「……あ……れ……」
ユウがうっすらと目を開けた。
「ここ……」
「私の家だよ」
目の焦点が定まっていない。
――ちゃんと私は、傍にいるよ。
そう伝えたくて、私はユウの手を握った。
「ちょっと休もう? 夜斗が……家全体を障壁してくれたから、安心していいって」
「ん……」
ユウはちょっと頷くと、そのまま目をつむった。
私と夜斗は静かに部屋を出た。
廊下に出て、その左側の部屋の扉を開ける。
「夜斗はこの部屋を使ってね。私の部屋は、ユウの部屋を挟んで反対側。何かあったら呼んでね」
「わかった。サンキュ」
「……」
ユウの状態が気になる。立ち去る気になれず、その場に立ち尽くしていると
「……とりあえず入るか」
と言って夜斗が私の腕を掴んで部屋に引き入れた。
「おー、お洒落な部屋だなー」
ボスンとベッドに座る。
私はベッドの脇のチェストから寝巻を出すと、黙って夜斗に渡した。
「あ、サンキュ」
「……ねぇ、ユウは今……どういう状態なの?」
私は椅子に座って、夜斗と向かい合った。
「うーん……」
夜斗はちょっと考え込んだけど、それ以上何も言わなかった。
とにかく、気になることは全部聞いてみよう。
「あのね……ユウが前に言ってたの。意識がなくなるのは、非常にまずい状態だって」
「そこは、ちょっとおかしいかな。気絶すること自体は悪いことじゃない」
夜斗は頭をポリポリ掻きながら答えた。
私は不思議に思って、夜斗の顔をじーっと見た。
「今まで闘った相手も……リオも、限界がきたら気絶しただろ? つまり、体力が尽きたかフェルティガの使い過ぎで……まあこっちの世界に例えるなら、ブレーカーが落ちた感じかな」
「……」
「前も言ったよな? 俺達フェルティガエにとって、フェルティガは生命エネルギーみたいなもので、なくなると死んでしまう。浪費すれば寿命を縮めるって」
「……」
「だから……一度に使い切らないように、ある程度のところで気絶するようになってるんだよ。フェルティガを回復させるために」
そうだったんだ。
……でも……。
「ユウは……一度も、気絶したことが……ない」
「本当か!?」
「……私の見ている限りでは」
「あの夏のときも? あれだけ大暴れして?」
「多分……。あのときも、別荘に帰ってからかなり苦しそうにしていたけど……私が膝枕をして、目をつむって休むだけだった。ユウが意識をなくしたのは、私が寝かしつけた時だけだと思う」
「……」
夜斗は腕組をして考え込むと
「じゃあ、あいつ……気絶するのをギリギリまで我慢するのが癖になってるのかもしれないな……」
と、呟いた。
「……え?」
ギリギリまで……つまり、寿命を縮めるぐらいってこと?
「実は……ユウの言ってたことで気になることがあるんだ」
「何?」
「飛龍を育てたって言ってたよな。独りで」
「サンのことだよね」
「そう。だけど……普通は、フェルティガエが最低3人は必要な、かなりの大仕事なんだよ」
そう言えば、飛龍は子供のうちはフェルティガを糧とするって、言ってたっけ。
「普通なら3人分必要な量を、1人で賄ったってことなの?」
「そう。しかも、かなり成長させてただろう。二人で乗る分にはもう少し小さくても大丈夫なのに……。あいつ、その過程でかなり無茶をしたんじゃないのか? 早く育てなきゃいけないって、焦って……」
私を助けるために、ユウが、そんなことを……?
私が攫われてしまったから……ユウの寿命を縮めてしまったってこと……?
「……いや、あいつも馬鹿じゃないから死ぬような無理はしないさ」
私の考えていることがわかったのか、夜斗が慌てた口調で私をなだめた。
「ただ……助けに来た時点で、通常よりかなり減らしていた状態だったとは思う。多分、本人が思っているより悪い状態だったんじゃないか? それでリオとあの戦いを繰り広げて、しかもフィラの民まで救出したのかと思うと……かなり恐ろしいけど」
「でも、あのあと私が寝かしつけたよ。少しは回復した筈なのに」
「時間が短すぎる。例えばリオは、このあと3日は目を覚まさない。そして、1週間は休養することになると思う」
「えっ!」
私は驚きのあまり声を上げた。
ユウは……身体を休めても、長くてせいぜい一晩だ。そんなに寝ていたことなんて……今までない。
「もともとのフェルティガの量が多いほど、回復には時間がかかる。記憶を取り戻して……ヒールさんが亡くなって、かなりショックを受けたっていうのも影響はあると思う。だけど、ユウが倒れた理由は完全にフェルティガ不足だよ。ゲートを越えたことで、自分が我慢できる限界を越えたんだ」
私は目の前が真っ暗になった。
フェルのこと、何にもわかってなくて……今までユウに、どれだけ無理をさせてきたんだろう?
「……寿命……縮んだ?」
俯いたまま恐る恐る聞くと、夜斗は深い溜息を洩らした。
「正直言えば……今回、削れたかもしれない。でも、すぐ死ぬとかそういうのじゃないから大丈夫だ。ただ……今、無理をするとひどくなる。とにかく、完全に回復するまでフェルティガを使わせないようにしよう」
そうか……。とにかくこのまま絶対安静にしていれば、大丈夫なんだ。
……でも、まだ気になることがある。
「ゲート……越えたら限界が来たって、どういう意味?」
「ヒールさんも言ってただろ。ゲートを開くだけでなく、ゲートを越えるのにも、フェルティガを消費する。だからなるべく短い距離でつなげるのが望ましいって」
「……うん」
「あいつは自分のフェルティガが残り少ないのに、いつもの調子でゲートを開けて、ほぼ最短距離でつなぎやがった。そこで消費して、ゲートを越えるのにも消費して、限界が来た訳だよ。……俺が開けばよかったな、やっぱり」
夜斗は舌打ちした。
私はフェルティガをあげることはできても、寿命を戻すことはできない。もう絶対に、無理させないようにしなきゃ。
「ユウは……ひょっとして、もうゲートを越えられない?」
思い切って聞いてみる。
もし、そうなら、ずっとここにいる……そういうことになるのに。
ユウが体調悪いって言ってるのに、そんなことを考えてしまう私は……やっぱり駄目だよね。
夜斗は少し考え込んだ。
「んー……回数的なことで言うと、多分まだ越えられると思う。リオの様子を覚えているか? 限界が近づくと、動悸が激しくなって呼吸が荒くなるんだ。ユウは、それはなかっただろ」
「そっか……」
つまり、越えられるだけの体力とフェルが回復すれば問題ないってことなんだ。
……そっか……。
夜斗はちょっと私を見ると、少し笑って私の頭をぐしゃぐしゃっとした。
「そんなしょぼくれた顔するな」
「……だって……」
思わず俯く。
ユウのことが心配って気持ち……ユウがずっとここにいてくれたらいいのにって気持ち……いろいろなことが胸の中を渦巻いている。
「朝日、一つお手柄だぞ。ユウが『寝る』ということを覚えたことだ」
夜斗がとても明るく言った。
不思議に思って、私は夜斗の顔をじっと見た。
「……何で?」
「俺が経験して思ったんだけど……。目をつむるだけ、よりもはるかに回復量が大きい。限界が来て気絶して回復、という形より、限界前に自分でつねに回復できるという形の方が絶対いいしな」
「……そっか」
少し安心した。
夜斗と話してよかった。気になってたこと、いろいろわかったし。
これから、私は……とにかくユウになるべくフェルをあげて、可能ならどんどん寝かしつけるようにしよう。
「……ありがとう、夜斗」
私は夜斗にお礼を言うと、椅子から立ち上がった。
……その腕を、夜斗が掴む。
「ん? 何?」
「確認しておきたいんだが……」
「うん?」
「……やっぱりいいや」
夜斗がパッと私の腕を離した。
「……?」
「……何でもねぇ。まあとにかく、しばらくゆっくりしよう」
「わかった。じゃ、おやすみなさい」
「おう」
私は夜斗に手を振って、客間を出た。
もう一度ユウの部屋を覗くと、とても静かだった。
枕元に近づいてみると、ユウはちゃんと眠っていた。
「……ユウは、消えないでね……」
そっと屈んでおでこにキスをする。……ママが、私が熱を出した時によくしてくれたおまじないだった。
寝顔を見たら、ちょっと安心した。
私は自分の部屋に戻った。窓から外を見ると、月が明るく照らしていた。
テスラにいたのは1か月ぐらい。それまでは普通に学校生活を送っていたのに……何だか、すごく昔のことのように感じる。
……もう、あの頃には戻れないんだな……。
これから、どうしたらいいんだろう。
テスラの戦争が終わらない限り、何も解決しない。
私に、何ができるだろう?
そんなことを考えながら寝巻に着替え、ベッドに潜った。
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