想い紡ぐ旅人

加瀬優妃

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45.ユウは大丈夫かな

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 帰ってきてから最初の1週間は、ユウはベッドに横たわったまま全く動かなかった。
 起きているような、眠っているような……うつらうつらとした状態が続いているみたいだった。

 夜斗によると『特にご飯を食べる必要はなく、とにかくフェルティガの回復が最優先』ということだったから、ユウがちゃんと眠れている間はそっと見守り、起きている間はユウの手を握って、と少しでも早くユウのフェルが回復するようにと祈っていた。

 こういうとき、自分の未熟さが本当にもどかしい。
 ユウにちゃんとフェルを渡せているのか、自分ではさっぱりわからない。
 肝心の寝る強制執行カンイグジェも……発動できたり、できなかったりした。

 
 そうして1週間ほど過ぎた夜……ユウが眠ったようだったので、夜斗にバトンタッチした。
 もう深夜0時を過ぎていた。
 何か飲んでから寝ようと思ってリビングに降りると、ママがまだ起きていた。

「ママ、まだ起きてたんだ」
「ええ。紅茶でも飲む?」
「うん」

 ママは台所に行って、茶葉とティーポッドを準備し始めた。

「朝日、大丈夫? あなたの方が身体を壊すわよ」
「うん……。でも、私にしかできないことだから……」

 そう言いながら椅子に腰かけようとして、目の前のテーブルに写真が散らばっているのが目に入った。

「ママ……これ……」

 よく見ると、それはパパの若い頃の写真だった。赤ん坊のユウも写っている。
 多分、三人が一緒に暮らしていた頃に撮ったものだ。

「……そうなの。実は……仕舞ってあったのよ」

 ママは申し訳なさそうに微笑んだ。

「見ると、どうしても泣いちゃうし……朝日に説明できないな、と思って片づけてあったの」
「パパ、カッコいいね……」

 一枚を手に取ってまじまじと見る。
 線が細くて、優しそうな感じだった。ユウが王子様だとしたら、いつも傍にいて見守っている、お付きの人みたいな感じ。
 目立ちたくないといつも控えめだけれど、だけど実はとても素敵なお兄さん、みたいな。

「そうでしょ」

 ママが嬉しそうに言った。ティーポッドとカップを持ってくる。

「……このとき、パパは23、4歳だね」
「そうなの? 道理ですごく可愛かったもの。でも、どうして朝日がヒロの年齢を知ってるの?」

 ママは紅茶をカップに注ぐと、私に一つ渡してくれた。

「テスラの女王様が、多分40歳ぐらいだって言ってたから。逆算して」
「……そうなの」

 写真を眺めながら、ママは溜息をついた。

 家に帰って来たあとしばらく経ってから、私はパパがどういう状況だったのかをもう少し詳しくママに説明した。
 早くにお母さんを亡くしたこととか、ずっと閉じ込められて虐げられていたとか、そういうこと。
 ママと一緒にいた半年が一番幸せだった、というパパの言葉を、ちゃんと届けたかったから。

 事情が複雑すぎて、誰にもどうすることもできなかった……。
 ママにもそう思えるようになったみたい。だから、写真を出してきたのだろう。

「おじいちゃんのヒロも素敵だった?」
「うん。それに優しかった」
「……そう」

 ママは紅茶を一口飲むとフッと微笑んだ。

「あんまりヒロが素敵なままだと、天国で会ったとき誰だかわからないって言われたら困るものね。何十年先か、分からないけど……そのときにちょうど釣り合っていたら、いいわね」

 天国で会ったら。
 悲しい台詞にも聞こえる。だけどママの声は少し晴れ晴れとしていて、決して後ろ向きな気持ちで発した言葉じゃない、ということだけは伝わってきた。

「それにしても……パパ、本当にカッコいいな」

 それでも、ママに悲しいことは思い出させたくない。パパの写真を1枚手に取ると、気持ち明るめの声を出してみた。

「ママの一目惚れなんでしょ? 納得!」
「朝日も一目惚れなの?」
「……っ……」

 急にママに突っ込まれ、私は思わずむせてしまった。

「アオが、友達のユウちゃんで、今のユウくんなのよね。違う? お正月に話していたのは、彼のことじゃないの?」
「そ、そうだけど……」

 私はユウが女の子に見えるようにフェルがかかってたとか、そんな話は一切していない。
 何でわかったんだろう。名前が同じだから?

「ヒロの紙飛行機をもらって……そのあと、夏に写真を見せてくれたでしょう? あのときね……なぜだかわからないけど、アオを思い出したの。アオは確か男の子だったから、おかしいなとは思ったけど、何となく……この少女が多分アオで、それでこうして朝日を守ってくれているんだな、と思って」
「ふうん……」

 ママって、不思議なことも何でも全然気にしないで、直感で受け入れてしまう。
 こういうところは、本当にすごいと思う。

「やっぱり男の子だったのね。変装みたいなもの?」
「うん、まぁ」

 私は紅茶を飲み干した。

「本当はね……ママの話を聞いて、バレンタインでちょっと頑張ってみようかなって思ったんだ。だけど、こういうバタバタがあったでしょ? それに、今はそれどころじゃないから、ちょっと言うべきタイミングを失ってる感じ」
「そうね……。ずっと寝込んでるものね……」

 ママも紅茶を飲み干すと、私の分も流しに持って行ってくれた。

「自分の気持ちばかり押し付ける訳にもいかないものね。アオが元気になったら、またチャレンジしたらいいじゃない。ママは応援するわよ」

 洗い物をしながら、茶目っ気たっぷりに言う。

「でも、テスラにお嫁に行く訳にはいかないよ。ママが独りになるし」

 私は冗談のつもりで言ったけど、ママは
「あら、それぐらい真剣なのね」
なんて言うから、私は真っ赤になってしまった。

「そんなことは、朝日がもう少し大人になったら考えればいいわよ。前にも言ったでしょう? ああすればよかったって後悔しても遅いのよ。世界が違うのなら……なおさら」
「……うん」

 私は神妙になって返事をした。
 ママが言うと……重みがある。

「紅茶ごちそうさま。……今日はもう寝るね」
「おやすみなさい、朝日」
「うん……おやすみなさい」

 私は静かに階段を上がった。
 ユウの部屋をそーっと覗くと、夜斗が「大丈夫だ」というように頷いたので私はちょっと手を振ってドアを閉めた。
 自分の部屋に戻ってベッドに入る。

 今、私がしないといけないことは……一刻も早く、ユウを元気にすること。
 これだよね。
 この先どうなるかは全然わからないけど……とりあえず、そのことだけ考えよう……。
 そんなことを考えていると……さすがに看病疲れしていたのか、私はあっという間に睡魔に襲われてしまった。

 
 次の日。ユウが久し振りにきちんと目を開けた。
 まだ体はあまり動かせないみたいだけど、久し振りにユウと話をした。
 ユウは意識が彷徨っている間も、何となく私や夜斗の気配はわかったみたい。
 私は一生懸命手を握ることしかできなかったんだけど、かなりフェルが感じられたって言ってた。
 ――本当によかった。


 この日以降、ユウは起きているときと眠っているときの区別がしっかりつくようになっていった。
 それに、独りでサンを育てているとき、あまりの大変さにユウは自分でも寝るようにしていたらしい。 
 だから強制執行カンイグジェが発動できなくても、夜は寝るように心がけてくれた。
 そのせいか、倒れたときはかなり顔色が悪かったけど、今は少しマシになったように思う。


 そして、それからさらに日は流れて……家に帰ってきてから、二週間。
 ――もう、4月になっていた。
 本当なら、私達は2年生に進級していたはずだ。
 でも、ユウと夜斗はすでに籍がなくなっていて……私も留学中ということになっているから、学校には行っていなかった。

 ユウは相変わらずベッド中心の生活だったけれど、昼間は起きて夜には寝るという、とても規則正しい生活を送っていた。
 起き上がれるときは、もっぱら本を読んでいる。
 もう、私達がつきっきりで看ていなくても、大丈夫になってきた。
 しっかり起きているのに、あんまりじろじろ見られても落ち着けないよね。
 だから、話をしに部屋に行ったりはするけど、ずっとそこに居続けることはなくなった。

 ……なので、今日から私は、午後に夜斗と訓練をすることにした。
 午後は日差しが強くて、ユウも休むことが多いからだ。

「はっ、てやっ、たあっ!」

 昼下がり。私は庭で夜斗と組み手をしていた。
 夜斗が敷地内全体を障壁シールドしてくれているので、思いっきり声を出して練習できる。

「……やっぱり防御ガードが甘いな」
「きゃっ……」

 夜斗が放った一撃を腕で受ける……けど、後ろによろめいてしまう。

「ったたた……」
「ここで怯んでたら次の攻撃に移れない。押し負けるぞ」
「そうだね……うーん」
「……何してるの?」

 リビングから、ユウがひょっこり顔を出した。

「……ユウ! 自分で降りて来たの?」
「うん」

 ユウが来たので、とりあえず休憩することにした。
 私が中に入って冷たいお茶を用意する間、ユウと夜斗の二人はリビングのソファでくつろいでいた。

「もう自分で階段を降りられるぐらい回復したんだ。よかったね」

 お茶を渡しながら言うと、夜斗は
「んー……でもまだもうちょっとだな。しばらくは家の中で安静にしておいた方がいいぞ」
とユウの顔色を見て気遣っていた。

「……わかった」

 ユウは素直に頷いた。……本当に、まだ具合がよくないんだ。

「……で、何? 特訓してたの?」
「そう。やっぱり防御ガードだけはどうにかしたくて。十トントラックに轢かれても大丈夫なぐらいにはなりたいんだけどな……」
「ぶっ」

 夜斗がお茶を吹き出した。

「お前……どこを目指してるの?」
「それぐらいになれれば、高い所から落ちても、瓦礫が崩れて降ってきても大丈夫でしょ?」
「まあ……」

 ユウは私と夜斗のやりとりを黙って聞いていたけど
「……朝日は、ひょっとしてもう一度テスラに行くつもりなの?」
と聞いてきた。
 その表情は、どこか強張っている気がする。

「わかんない」
「……」

 私の答えに、ユウがますます顔を強張らせた。
 どうしてだろう。特訓することは、そんなにいけないことだろうか。
 私が自分で自分の身を守れるようにあれば、ユウの負担が減らせるのに。

「わかんないけど、行くことになったら足手まといにならないようにしたい」
「絶対行かせない。だからそんな兵士みたいなことしなくていいよ」

 ユウはそう強く言って立ち上がったけど……眩暈を起こして倒れそうになった。

「ほら、無理するなっての」

 夜斗がユウの体を支えた。ユウは渋々頷いたものの、あまり納得がいっていない顔をしていた。

 夜斗が「俺が二階に連れていくよ」と言ってユウを背負って階段を上って行く。
 私は二人を黙って見送った……けど、気持ちは複雑だった。

 何でそんなこと言うんだろう。ユウの方がよっぽどフラフラなのに。
 だって、フィラの民の一部がエルトラに帰って来ただけで、まだ戦争が終わった訳じゃない。
 戦争が終わらない限り、私もユウも先が見えない。
 私に戦争を終わらせるだけの力があるのなら……役に立ちたいのに。

 ユウの放った言葉の意味がわからず、胸の中がモヤモヤした。
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