53 / 68
52.俺は何をしていたんだろう -ユウside-
しおりを挟む
朝日は、倒れた次の日も丸一日寝込んだままだった。
瑠衣子さんには伏せて、俺と夜斗で交替で朝日を見守った。
「……朝日……」
傍の椅子に腰かけて、眠っている朝日の顔を見つめる。
俺は、朝日のこと、好きだよ。
でも、俺は……朝日には、テスラとは関係のないところで、笑っていてほしい。
そしたら……この戦いが終わったら、俺のことなんて忘れた方が……きっと、朝日のためだと思う。
そう思ったら、中途半端なことはできない。俺の気持ちをぶつけるのは間違いなんだ。
――朝日が、俺を、忘れる……?
自分が考えたことをなぞって、ゾッとする。
朝日が? 忘れる? 俺を? 俺のことを?
「……もう明け方だ。交替するぞ」
夜斗が部屋に入って来て、俺はハッとして顔を上げた。
黙って立ち上がり、夜斗と交代する。
夜斗が椅子に座って朝日の顔を覗きこんたとき……朝日がうっすらと目を開けた。
俺はドキッとして夜斗の後ろから朝日の顔を覗きこんだ。
ボーっとしている。意識がはっきりしていないんだろうか。
「起きたか?」
夜斗がそっと話しかけると……朝日がゆっくりと顔をこちらに向けた。視線が夜斗に向く。
そして――夜斗の後ろにいた、俺にも。
朝日は一瞬泣きそうな顔をしたあと、ハッとしたように頭から布団を被った。
「……!」
俺は少なからずショックを受けた。
何だか、拒絶された気がしたからだ。
「大丈夫か? 一昨日の夜……朝日の部屋から何か音がしたから、悪いけどユウと二人で入ったぞ。そしたら部屋の真ん中で仰向けに倒れていたから……」
夜斗が話しかけると、朝日が布団の中でちょっと動いたような気配がした。
「……ごめん。喉が渇いて……起きたところまでは覚えてるんだけど……」
小さい声。
俺からは布団を持つ朝日の手しか見えなかったけど……震えていた。
今どんな顔をしているんだろう。何か怖い思いでもしたのだろうか。
朝日が見えない。大丈夫だろうか?
……本当は、無理矢理でも抱きしめたかった。
朝日の存在を、確認したかったから。
「転んで頭を打ったのかな。丸一日、目を覚まさなかったから……心配したよ」
さすがに行動には移せない。拳を握りながら……俺は精一杯気持ちを抑えて、朝日に話しかけた。
「……ごめんなさい」
声が……微かに震えていた。
朝日が何に対して謝っているのかわからなかった。
俺達を心配させたから?
……いや、違う。
何だか、まるで消えてなくなりたい……そんな風に聞こえる。
俺はもう少し何か話したいと思ったけど、夜斗が
「……ユウ、とりあえずもう少し休ませよう」
と言って立ち上がってしまった。夜斗に遮られ、朝日の手すら見えなくなる。
心配だけど……そっとしておいた方がいいんだろうか。
夜斗の顔を見ると、夜斗は黙って首を横に振った。
俺に部屋を出るように促す。
「……わかった。朝日、何かあったら呼んで。僕、自分の部屋にいるから」
それだけ、何とか伝えた。
朝日はさっきよりもっと小さい声で「うん」と返事をした。
けれど……布団に深く潜ったまま、顔を見せようとはしなかった。
俺は何度か振り返りつつ、朝日の部屋を後にした。
夜斗も一緒に部屋を出た。
『ユウは休め。ずっと起きてたんだから』
夜斗がポツリと言った。
『夜斗から見て、朝日はどうだった? 大丈夫そう?』
『……目を覚ましたし、大丈夫だろう』
夜斗はそう言うと、さっさと自分の部屋に入ってしまった。
廊下に残された俺は、仕方なく自分の部屋に戻った。ベッドに腰掛ける。
何だろう……何か、違和感を感じる。
今まで、朝日は……何があっても、真っ直ぐ俺に向かってきていた。
部屋で二人きりになってしまって俺が困って、それで少し冷たくしてしまっても……それでも真っ直ぐ、俺を見上げて話をしていた。
そしてじーっと俺を見て……少しでも何かを感じようと体全体で向き合っていた……そんな感じ。
でも、さっきは……逆に体全体で俺を拒否していた。そう、思えてならない。
――ひょっとして、倒れた原因は俺なのか?
……いや、無理だ。
これ以上考えると、また迷宮に入ってしまう。
どっちみち、朝日が元気になるまで俺から話しかけることはできない。
もし、前みたいに真っ直ぐ見てくれなかったら……と思うと……。
「……!」
そこまで考えて、俺はハッとした。
朝日は、今までどんな気持ちで俺と話していたんだろう。
テスラで朝日を助けに行ったとき……そして助けたあと、俺は戒めが解かれたのもあって、すごく自由だったと思う。
多分、今までで一番、自然な俺だったんじゃないか。
でも、倒れて……自分の無力さや、現実なんかを考えてしまって……。
夜斗に対しても、朝日に対しても、とても慎重に言葉を選んでいたと思う。
それは……本当の意味で誰とも向き合っていないということで……朝日は、それを察していたんじゃないか?
俺はうまく取り繕っていたつもりだったけど……単に自分の殻に引き籠っていただけなんじゃないのか?
――去年の体育祭のときに朝日に言われた、あの過ちを……もう一度繰り返していたんじゃないか?
事実……俺は、朝日がどう思ってるか、なんて考えたこともなかった。
なぜあんなにも一生懸命なのか……。
そして、夜斗についても……。
* * *
――ぐるぐる考えている間に、少しまどろんでいたようだった。
起き上がると、もうお昼の一時だった。廊下に出てみたが、何だか辺りがシンとしている。
夜斗も朝日も……いないんだろうか?
とりあえず朝日の部屋をノックしようとしたら……誰かに腕を掴まれてどこかに連れて行かれた。
――夜斗だ。夜斗の……瞬間移動。
気がつくと、庭の木蔭だった。
『な、何……』
『前の話の続きをしよう』
夜斗が真っ直ぐに俺を見た。
……そうだ。俺は夜斗に対しても……だいぶん長い間、向き合っていなかった。
遠慮していた気がする。
そう思い直して、俺も夜斗を真っ直ぐ見返した。
『……少しは目が開いたみたいだな』
夜斗がちょっと笑った。
『隠蔽してるから何を言っても何をしても構わないぞ』
『……で、続きって?』
『朝日をどうするか……考えたくない、の続きだ』
夜斗が家の壁に寄りかかり、腕組みをした。
『あれ、どういう意味だ?』
『……戦争を終わらせることが重要だ。それ以外のことはあまり考えないようにしていたから、それが口をついて出てきただけだ』
『ふうん……』
何となく後ろめたさを感じて、俺は夜斗から視線を逸らせてしまった。
『じゃあ、質問を変える。来週にはテスラに戻るよな。戦争を終わらせるために』
『……ああ』
『ミュービュリに来ることは、もうおそらくないだろう』
『……』
多分……そうだろうな。
戦争が終われば、フィラやエルトラを立て直す為に奔走することになるだろう。
……俺も、夜斗も。
『朝日は置いていくのか?』
『……ああ』
俺は夜斗を見た。
このことについては、とっくに答えは出ていた。確信を持って答えられる。
『戦争さえ終われば、朝日が組織的に狙われることはなくなる。夜斗のおかげで、兵士が二、三人ゲートを越えて来たところで朝日がやられることはないだろう。だったら、わざわざテスラに連れて行く必要はない。それに……テスラにいたら、むしろチェルヴィケンの直系ということで帰してもらえなくなる可能性もある』
俺はヒールの顔を思い浮かべた。
そんなことは、ヒールだって望んでいないはずだ。
『だから……置いていく』
夜斗は俺の顔をじっと見ると
『まぁ、それについては反論はないな』
と言って頷いた。
『俺もそれでいい、とは思う。ただ……』
そして、俺の目の前まで歩いてくる。
『この十日で、朝日とお別れだぞ。お前は、本当にこのままでいいのか?』
『……!』
痛いところを突いてくる。
……そんなこと、俺だって何度考えたかわからない!
俺が夜斗を睨むと夜斗も俺を睨み返してきた。
『俺が朝日を助けた最初の一歩は……朝日の強制執行だけど、二歩目からは俺の意志だ』
『……』
『エルトラに対しての裏切りだよな。ひょっとしたら、二度とテスラには帰れなかったかもしれないよな。でも、そのとき考えたのはそんなことじゃなかった』
『……じゃあ、何だよ』
俺が聞くと、夜斗はジロッと俺を睨んだ。ガッと俺の胸ぐらを掴む。
『先のことはわからねぇ。でもここで朝日を助けなかったら、俺は一生後悔する。そう思ったんだよ!』
『……!』
『……そういうことじゃないのかよ』
俺はまじまじと夜斗を見つめた。
夜斗は息をつくと、俺を掴んでいた腕を離した。
先も見ずに無謀な行動をとる。……そうだよな。
必死な時ってそうだよ。――大事な存在なら、なおさら。
でも、それは本当に正しいのか?
『結果的にお咎めなしだったけど……仮にエルトラの反逆者になってしまったとしても、俺はこの選択を後悔しない』
俺を真っ直ぐに見返す夜斗は、とてもかっこよかった。
朝日を助けることは、夜斗にとってそれほど大事だったと……そう言いたいのか?
まさか……。
『夜斗……お前、朝日のこと……』
言葉にすることすら嫌だった。
途切れ途切れになってしまった俺の言葉に、夜斗は一瞬驚いた顔をしたあと……不意にニヤッと笑った。
『もしそうだと言ったら、お前……』
俺はそれ以上言わせないために夜斗の胸ぐらを掴み、壁に叩きつけた。
『……ふざけるな』
『お前の許可は……』
『黙れ』
そのまま片手で夜斗の体を持ち上げ、地面に叩きつける。
『朝日はテスラとは関係ない世界で生きていくんだ。……お前じゃ駄目だ』
『無理だぞ』
叩きつけられた夜斗が、不満そうに俺の腕を振り払った。
体に付いた土を払いながら立ち上がる。
『フィラの三家の血は根強い。しかも直系だぞ? キエラとのハーフのヒールさん……そして、ミュービュリとのハーフの朝日。それでも、あれだけの力がある。エルトラの女王はそれほど甘くない。朝日はずっと、女王の監視下に置かれるさ』
夜斗が俺をじっと見た。
『何代も何代も……フィラの直系とはおよそ呼べなくなるほど、血が影響しなくなるほど、薄くなるまで。……わかるか?』
『……』
『俺達の耳にも入るだろうな。いや……ひょっとしたら、その監視を任される可能性もあるよな。お前の目の前で、朝日が他の……』
『うるさい』
夜斗に殴りかかるが、あっさり受け止められた。止められた拳がグウッと握りしめられる。このまま潰されるんじゃないかと思うぐらい、強く。
だけど、俺だって引けない。俺は構わず力を入れ続けた。
『……っ』
『これだけの想いを……お前、一生独りで抱えて生きていくつもりなのか? そんなところまで育ての親を真似るつもりなのかよ!』
『……!』
夜斗の言葉に、俺の拳の力が緩んだ。
ヒールは……瑠衣子さんと朝日を人知れず守るため、全て独りで考えて、突っ走った。
二人が大切だから……何も教えずに、煩わせまいと、裏で、ただ独り……。
ヒールは……今際の際、微笑んでいた。
でも……残された俺は? 瑠衣子さんは? 朝日は?
果たしてどうだった……?
『……先のことなんか後から考えればいい。大事なのは限られた時間……今、じゃねえのか』
夜斗が俺の拳をパッと離した。
『朝日は気づいてるぞ。お前が取り繕ってるって』
『……』
『本気で相手にしてもらえない淋しさ、お前にはわからねぇだろ。朝日はいつも本気だもんな』
……そうだな。そうだよ。
朝日はいつも一生懸命で、好奇心旺盛で、全然へこたれなくて……無茶もするけど、俺は、それがいつも眩しかった。
朝日が俺に向ける真っ直ぐな視線が、大好きだった。
『……もう心が折れた、頑張れないと言っていたけど』
『!』
俺はギョッとして夜斗の顔を見た。
でも、夜斗は……ちょっと笑っていた。
『そうは言っても、また頑張るんだぞ、あいつ』
『……そうだな』
俺は苦笑した。
目を閉じて……深呼吸する。
庭の木々の青い匂いがする。日光が……心地いい。
ああ……何か、憑き物が落ちたみたいだ。
ずっと胸に抱えていた鉛みたいなものが――すっかり無くなっているのがわかる。
『……何か見えたか』
黙って俺を見ていた夜斗が、ポツリと言った。
『ああ、おかげさまで』
『……本当だろうな』
『うん。……ありがとう、夜斗』
俺は夜斗を見てにっこり笑った。
『……ふん』
夜斗は少し照れたように目を逸らすと、手を掲げて隠蔽を解除した。
瑠衣子さんには伏せて、俺と夜斗で交替で朝日を見守った。
「……朝日……」
傍の椅子に腰かけて、眠っている朝日の顔を見つめる。
俺は、朝日のこと、好きだよ。
でも、俺は……朝日には、テスラとは関係のないところで、笑っていてほしい。
そしたら……この戦いが終わったら、俺のことなんて忘れた方が……きっと、朝日のためだと思う。
そう思ったら、中途半端なことはできない。俺の気持ちをぶつけるのは間違いなんだ。
――朝日が、俺を、忘れる……?
自分が考えたことをなぞって、ゾッとする。
朝日が? 忘れる? 俺を? 俺のことを?
「……もう明け方だ。交替するぞ」
夜斗が部屋に入って来て、俺はハッとして顔を上げた。
黙って立ち上がり、夜斗と交代する。
夜斗が椅子に座って朝日の顔を覗きこんたとき……朝日がうっすらと目を開けた。
俺はドキッとして夜斗の後ろから朝日の顔を覗きこんだ。
ボーっとしている。意識がはっきりしていないんだろうか。
「起きたか?」
夜斗がそっと話しかけると……朝日がゆっくりと顔をこちらに向けた。視線が夜斗に向く。
そして――夜斗の後ろにいた、俺にも。
朝日は一瞬泣きそうな顔をしたあと、ハッとしたように頭から布団を被った。
「……!」
俺は少なからずショックを受けた。
何だか、拒絶された気がしたからだ。
「大丈夫か? 一昨日の夜……朝日の部屋から何か音がしたから、悪いけどユウと二人で入ったぞ。そしたら部屋の真ん中で仰向けに倒れていたから……」
夜斗が話しかけると、朝日が布団の中でちょっと動いたような気配がした。
「……ごめん。喉が渇いて……起きたところまでは覚えてるんだけど……」
小さい声。
俺からは布団を持つ朝日の手しか見えなかったけど……震えていた。
今どんな顔をしているんだろう。何か怖い思いでもしたのだろうか。
朝日が見えない。大丈夫だろうか?
……本当は、無理矢理でも抱きしめたかった。
朝日の存在を、確認したかったから。
「転んで頭を打ったのかな。丸一日、目を覚まさなかったから……心配したよ」
さすがに行動には移せない。拳を握りながら……俺は精一杯気持ちを抑えて、朝日に話しかけた。
「……ごめんなさい」
声が……微かに震えていた。
朝日が何に対して謝っているのかわからなかった。
俺達を心配させたから?
……いや、違う。
何だか、まるで消えてなくなりたい……そんな風に聞こえる。
俺はもう少し何か話したいと思ったけど、夜斗が
「……ユウ、とりあえずもう少し休ませよう」
と言って立ち上がってしまった。夜斗に遮られ、朝日の手すら見えなくなる。
心配だけど……そっとしておいた方がいいんだろうか。
夜斗の顔を見ると、夜斗は黙って首を横に振った。
俺に部屋を出るように促す。
「……わかった。朝日、何かあったら呼んで。僕、自分の部屋にいるから」
それだけ、何とか伝えた。
朝日はさっきよりもっと小さい声で「うん」と返事をした。
けれど……布団に深く潜ったまま、顔を見せようとはしなかった。
俺は何度か振り返りつつ、朝日の部屋を後にした。
夜斗も一緒に部屋を出た。
『ユウは休め。ずっと起きてたんだから』
夜斗がポツリと言った。
『夜斗から見て、朝日はどうだった? 大丈夫そう?』
『……目を覚ましたし、大丈夫だろう』
夜斗はそう言うと、さっさと自分の部屋に入ってしまった。
廊下に残された俺は、仕方なく自分の部屋に戻った。ベッドに腰掛ける。
何だろう……何か、違和感を感じる。
今まで、朝日は……何があっても、真っ直ぐ俺に向かってきていた。
部屋で二人きりになってしまって俺が困って、それで少し冷たくしてしまっても……それでも真っ直ぐ、俺を見上げて話をしていた。
そしてじーっと俺を見て……少しでも何かを感じようと体全体で向き合っていた……そんな感じ。
でも、さっきは……逆に体全体で俺を拒否していた。そう、思えてならない。
――ひょっとして、倒れた原因は俺なのか?
……いや、無理だ。
これ以上考えると、また迷宮に入ってしまう。
どっちみち、朝日が元気になるまで俺から話しかけることはできない。
もし、前みたいに真っ直ぐ見てくれなかったら……と思うと……。
「……!」
そこまで考えて、俺はハッとした。
朝日は、今までどんな気持ちで俺と話していたんだろう。
テスラで朝日を助けに行ったとき……そして助けたあと、俺は戒めが解かれたのもあって、すごく自由だったと思う。
多分、今までで一番、自然な俺だったんじゃないか。
でも、倒れて……自分の無力さや、現実なんかを考えてしまって……。
夜斗に対しても、朝日に対しても、とても慎重に言葉を選んでいたと思う。
それは……本当の意味で誰とも向き合っていないということで……朝日は、それを察していたんじゃないか?
俺はうまく取り繕っていたつもりだったけど……単に自分の殻に引き籠っていただけなんじゃないのか?
――去年の体育祭のときに朝日に言われた、あの過ちを……もう一度繰り返していたんじゃないか?
事実……俺は、朝日がどう思ってるか、なんて考えたこともなかった。
なぜあんなにも一生懸命なのか……。
そして、夜斗についても……。
* * *
――ぐるぐる考えている間に、少しまどろんでいたようだった。
起き上がると、もうお昼の一時だった。廊下に出てみたが、何だか辺りがシンとしている。
夜斗も朝日も……いないんだろうか?
とりあえず朝日の部屋をノックしようとしたら……誰かに腕を掴まれてどこかに連れて行かれた。
――夜斗だ。夜斗の……瞬間移動。
気がつくと、庭の木蔭だった。
『な、何……』
『前の話の続きをしよう』
夜斗が真っ直ぐに俺を見た。
……そうだ。俺は夜斗に対しても……だいぶん長い間、向き合っていなかった。
遠慮していた気がする。
そう思い直して、俺も夜斗を真っ直ぐ見返した。
『……少しは目が開いたみたいだな』
夜斗がちょっと笑った。
『隠蔽してるから何を言っても何をしても構わないぞ』
『……で、続きって?』
『朝日をどうするか……考えたくない、の続きだ』
夜斗が家の壁に寄りかかり、腕組みをした。
『あれ、どういう意味だ?』
『……戦争を終わらせることが重要だ。それ以外のことはあまり考えないようにしていたから、それが口をついて出てきただけだ』
『ふうん……』
何となく後ろめたさを感じて、俺は夜斗から視線を逸らせてしまった。
『じゃあ、質問を変える。来週にはテスラに戻るよな。戦争を終わらせるために』
『……ああ』
『ミュービュリに来ることは、もうおそらくないだろう』
『……』
多分……そうだろうな。
戦争が終われば、フィラやエルトラを立て直す為に奔走することになるだろう。
……俺も、夜斗も。
『朝日は置いていくのか?』
『……ああ』
俺は夜斗を見た。
このことについては、とっくに答えは出ていた。確信を持って答えられる。
『戦争さえ終われば、朝日が組織的に狙われることはなくなる。夜斗のおかげで、兵士が二、三人ゲートを越えて来たところで朝日がやられることはないだろう。だったら、わざわざテスラに連れて行く必要はない。それに……テスラにいたら、むしろチェルヴィケンの直系ということで帰してもらえなくなる可能性もある』
俺はヒールの顔を思い浮かべた。
そんなことは、ヒールだって望んでいないはずだ。
『だから……置いていく』
夜斗は俺の顔をじっと見ると
『まぁ、それについては反論はないな』
と言って頷いた。
『俺もそれでいい、とは思う。ただ……』
そして、俺の目の前まで歩いてくる。
『この十日で、朝日とお別れだぞ。お前は、本当にこのままでいいのか?』
『……!』
痛いところを突いてくる。
……そんなこと、俺だって何度考えたかわからない!
俺が夜斗を睨むと夜斗も俺を睨み返してきた。
『俺が朝日を助けた最初の一歩は……朝日の強制執行だけど、二歩目からは俺の意志だ』
『……』
『エルトラに対しての裏切りだよな。ひょっとしたら、二度とテスラには帰れなかったかもしれないよな。でも、そのとき考えたのはそんなことじゃなかった』
『……じゃあ、何だよ』
俺が聞くと、夜斗はジロッと俺を睨んだ。ガッと俺の胸ぐらを掴む。
『先のことはわからねぇ。でもここで朝日を助けなかったら、俺は一生後悔する。そう思ったんだよ!』
『……!』
『……そういうことじゃないのかよ』
俺はまじまじと夜斗を見つめた。
夜斗は息をつくと、俺を掴んでいた腕を離した。
先も見ずに無謀な行動をとる。……そうだよな。
必死な時ってそうだよ。――大事な存在なら、なおさら。
でも、それは本当に正しいのか?
『結果的にお咎めなしだったけど……仮にエルトラの反逆者になってしまったとしても、俺はこの選択を後悔しない』
俺を真っ直ぐに見返す夜斗は、とてもかっこよかった。
朝日を助けることは、夜斗にとってそれほど大事だったと……そう言いたいのか?
まさか……。
『夜斗……お前、朝日のこと……』
言葉にすることすら嫌だった。
途切れ途切れになってしまった俺の言葉に、夜斗は一瞬驚いた顔をしたあと……不意にニヤッと笑った。
『もしそうだと言ったら、お前……』
俺はそれ以上言わせないために夜斗の胸ぐらを掴み、壁に叩きつけた。
『……ふざけるな』
『お前の許可は……』
『黙れ』
そのまま片手で夜斗の体を持ち上げ、地面に叩きつける。
『朝日はテスラとは関係ない世界で生きていくんだ。……お前じゃ駄目だ』
『無理だぞ』
叩きつけられた夜斗が、不満そうに俺の腕を振り払った。
体に付いた土を払いながら立ち上がる。
『フィラの三家の血は根強い。しかも直系だぞ? キエラとのハーフのヒールさん……そして、ミュービュリとのハーフの朝日。それでも、あれだけの力がある。エルトラの女王はそれほど甘くない。朝日はずっと、女王の監視下に置かれるさ』
夜斗が俺をじっと見た。
『何代も何代も……フィラの直系とはおよそ呼べなくなるほど、血が影響しなくなるほど、薄くなるまで。……わかるか?』
『……』
『俺達の耳にも入るだろうな。いや……ひょっとしたら、その監視を任される可能性もあるよな。お前の目の前で、朝日が他の……』
『うるさい』
夜斗に殴りかかるが、あっさり受け止められた。止められた拳がグウッと握りしめられる。このまま潰されるんじゃないかと思うぐらい、強く。
だけど、俺だって引けない。俺は構わず力を入れ続けた。
『……っ』
『これだけの想いを……お前、一生独りで抱えて生きていくつもりなのか? そんなところまで育ての親を真似るつもりなのかよ!』
『……!』
夜斗の言葉に、俺の拳の力が緩んだ。
ヒールは……瑠衣子さんと朝日を人知れず守るため、全て独りで考えて、突っ走った。
二人が大切だから……何も教えずに、煩わせまいと、裏で、ただ独り……。
ヒールは……今際の際、微笑んでいた。
でも……残された俺は? 瑠衣子さんは? 朝日は?
果たしてどうだった……?
『……先のことなんか後から考えればいい。大事なのは限られた時間……今、じゃねえのか』
夜斗が俺の拳をパッと離した。
『朝日は気づいてるぞ。お前が取り繕ってるって』
『……』
『本気で相手にしてもらえない淋しさ、お前にはわからねぇだろ。朝日はいつも本気だもんな』
……そうだな。そうだよ。
朝日はいつも一生懸命で、好奇心旺盛で、全然へこたれなくて……無茶もするけど、俺は、それがいつも眩しかった。
朝日が俺に向ける真っ直ぐな視線が、大好きだった。
『……もう心が折れた、頑張れないと言っていたけど』
『!』
俺はギョッとして夜斗の顔を見た。
でも、夜斗は……ちょっと笑っていた。
『そうは言っても、また頑張るんだぞ、あいつ』
『……そうだな』
俺は苦笑した。
目を閉じて……深呼吸する。
庭の木々の青い匂いがする。日光が……心地いい。
ああ……何か、憑き物が落ちたみたいだ。
ずっと胸に抱えていた鉛みたいなものが――すっかり無くなっているのがわかる。
『……何か見えたか』
黙って俺を見ていた夜斗が、ポツリと言った。
『ああ、おかげさまで』
『……本当だろうな』
『うん。……ありがとう、夜斗』
俺は夜斗を見てにっこり笑った。
『……ふん』
夜斗は少し照れたように目を逸らすと、手を掲げて隠蔽を解除した。
0
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~
絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
【完結】探さないでください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。
貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。
あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。
冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。
複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。
無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。
風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。
だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。
今、私は幸せを感じている。
貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。
だから、、、
もう、、、
私を、、、
探さないでください。
愛する人は、貴方だけ
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。
天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。
公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。
平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。
やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる