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第1幕 収監令嬢は外に出たい(プロローグ)

第1話 プルンがスゴすぎるのよ!

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 ぼんやりとした意識の向こうで、ぬるっとした生温い風が右の頬を撫でていったのが分かった。
 何だろう、あの大雨が降る前に吹く風みたいな?

 寝返りを打つと、ふかふかした布団に身体がずぶっと沈み込んだ。
 何これ、すごい。私、こんな気持ちいい布団で寝たことないわー。

 とか思った瞬間、ぶにゅんとしたものが右腕の上に乗っかってきた。
 何だ、邪魔。
 
 ぎゅっと左手で掴むと、その感触は柔らかく、妙に生温かい肉の塊だった。
 握ったその感覚が自分にダイレクトに伝わってきて、バシッと目が開く。

「んぎゃ――!」

 私の左腕と右腕の間に挟まれて、ぐにゃりと潰されている双丘。その間には、それはそれは深い谷間がある。

 ゆ、指を入れてみたい。

 じゃなくて!
 何コレ、何コレ!?
 私は絶対、こんな巨乳じゃなかった!

 ガバッと起き上がると、私の動きに合わせて胸もゆさっと揺れる。身体の前面が重い。
 おそるおそる自分の胸を見下ろす。

 うん、偽物じゃない。確かに私の胸についているおっぱいだわ。
 いや待て、胸イコールおっぱい? あれ?

 寝ボケと驚きで混乱した頭のまま、そろそろと両手をお腹の方から上に滑らせてみる。
 ぷにゅんと下チチに当たって、

「ふわぁっ!?」

と、ヘンな声が出た。
 違う、別に感じた訳じゃないから!

 な、何この段差! ノーブラなのに垂れてない!
 このアンダーの細さは何!? この張りはどういうこと!?
 この世のものとは思えない体形だわ!

「うわ……」

 ゴクリと唾を飲み込み、両手の五本の指をくわっと広げる。
 いく? いっちゃう? 思いっきり掴んでみる? 揉んでみる?

「――マリアンセイユ様!」

 あん? 何て?

 声がした方を振り返ると、どうやら扉が開かれ、こっちを見ているような女性の姿が。
 
 どうやら、というのは何やら白い薄い布が私の視界を遮っているから。
 何じゃここは、とここに来てようやく辺りを見回す。何しろおっぱいしか見てなかったし。

 このベッドはダブルも超えたキングサイズのようで、四方にはグレーの柱が立っている。左側と右側、そして足側にはその白いレースのカーテンが下ろされている。
 天井もこの白い布がたゆんたゆんとなっている。
 まさか、これがお姫様御用達の天蓋付きベッド、というやつなんだろうか。

 いやちょっと待て、私は何でこんなすごいベッドで寝てるんだろう?
 確か私はごくフツーの家で育ったごくフツーの女子高生だったはず。

「…………あれ?」

 自分の記憶を辿ろうとしたけど、そっちもあやふや。
 ワタシハダレ、ココハドコってこういうのを言うのかな?

「失礼します!」

 私がボヤッと考え込んでいる間に、その女性がシャッと白いレースのカーテンを開けた。
 フリルのカチューシャをつけた二十代前半ぐらいの女性が、驚愕の眼差しで私を見つめている。
 茶色い細い瞳に「し」の字のような鼻、小さな口。顔は浮世絵の女性みたいだけど、髪は赤茶色。耳の後ろぐらいできっちりとお団子にしている。
 そして出で立ちはと言うと、黒い長そでワンピースに白いエプロン。いわゆるクラシカルメイド、というやつ。

「お目覚めになられたのですね!?」
「え、あ、はぁ……」
「しばらく、そのままで! そのままでお待ちくださいね!」

 そのメイドさんはそう叫んだあと、ダダダーッとどこかへ走り去ってしまった。
 何だかポツンと取り残されたような気持ちに……。

 うーん、それよりも。
 そのままって、この自分のおっぱいを揉みしだこうとしたこの手のままで?
 そんな訳ないよね。

 さすがに今のうちに揉んでおこうという気にはなれず、力なく腕を下ろす。
 ふうーと深い息をついて俯くと、髪の毛がふぁさっと目の前にこぼれてきた。
 ――紫というよりもっと薄くて上品な感じ。藤色の、波打つ髪が。

「ひゃあああ!」

 思わず叫び、むんずと掴む。ぐんと引っ張ってみると、頭皮が引っ張られて痛みが走った。

 生えてる、確かに生えてるわ! カツラじゃない!
 ちょっと待って、記憶は定かじゃないけど、これは絶対に違う!
 私は純日本人、真っ黒でまっすぐな髪の毛でした!

 いつの間にコスプレしたの?
 ちょっと待って、私は今いったいどうなってるの?

 ベッドから飛び起き、レースのカーテンの向こうに出る。
 そしてそのまま、固まってしまった。目に飛び込んできた光景が信じられなくて。

 そこは、三十畳はありそうな広い部屋だった。薄いグレーのふかふかの絨毯の上に、複雑な装飾が施された白い家具が壁際に配置されている。
 ミニテーブルと二人掛けの椅子。これも白。白に淡いピンクの花柄が施された可愛い感じ。少し離れた場所には、三人掛けぐらいの高級そうなソファーも。これも白にピンク、家具とお揃いだ。グレーとベージュの四角いクッションが2個ずつ置かれている。
 壁紙は品のいい淡いピンクで、天井は白。いくつものチューリップの花が咲いているような素敵なシャンデリアが、天井の中央を陣取っている。

 これは、まごうこと無き、貴族のお姫様の部屋! しかもすごく手が込んでいるというか、質がいいというか、気を配っているというか!
 はぁっ、こっちの壁には何か立派な絵画も! どこだ、ここは!?

 ハタと気づいて、自分の恰好を見回す。
 薄い水色のネグリジェを着ている。細かい刺繍が入っていて、胸元はゆったりと丸いカーブを描いていて、中央にはリボンが結ばれている。そしてそこには、くっきりとした谷間が。
 ノーブラだけど、重力に負けないこのソフトボールみたいな胸。嘘みたいだわ。
 いや、胸はとりあえず置いておこう。前はバンザイしたらブラジャーがずり上がるぐらいのナイチチだったからって、こだわりすぎだわ。

 そんなことよりも。
 私はどうして髪を藤色に染めてネグリジェなんか着て貴族のお姫様みたいな部屋に寝ていたのか、というその根本的な疑問がね、解決してないんだけど。

「……あっ!」

 白い家具の間に姿見を見つけて、駆け足で飛びつく。
 そこにいたのは、腰まである藤色の波打つ髪を靡かせ、エメラルドグリーンの瞳を大きく見開いたあどけない美少女の姿。
 どう見ても日本人じゃないけど、顔立ちは特にとんでもなく彫りが深いわけではなく、どこかアジアっぽい。
 配色はとんでもないけど、違和感は感じないのよね。何て言うかな、ゲームキャラみたいな感じ?

「は……はははっ!」

 バカバカしいこと考えちゃった、と笑ってみたけど、私の声に合わせて、目の前の美少女が引き攣った笑顔を見せる。
 そのあとあっかんべをしてみたり、ダブルピースしてみたりしたけど、姿見の藤色髪の美少女が全く同じ動きをする。いろいろと残念な感じだ。
 うーん、やはり私自身の姿、ということで合っているみたいだ。信じられないけど。

 何でゲームキャラのコスプレなんかしてるんだろう?
 しかも、全く知らないキャラだし。

 ツンと自分の髪の毛をもう一度引っ張ってみる。やっぱりカツラじゃない。
 それに、目もカラコンじゃない。何の違和感もないもの。

「そうだ!」

 バッと右手でネグリジェの胸元のリボンを引っ張る。はらりと解けて胸が露わになるけど、そんなことに構ってはいられない。左腕を上げて覗き込む。

「な、ない!」

 ワキ毛がない! 一本も!
 永久脱毛とかじゃないの。毛穴すらないんだもん。つるつる。
 あり得ない。あり得ないよ、ヒトとして!

 念のため右の脇も見たけど、やっぱり無かった。
 となると、だ。

「……うーん」

 左腕でネグリジェの裾を捲り、自分の下半身を見る。
 ノーブラだけど、パンツは穿いてる。
 気は進まない。非常に進まないんだけど、コレしかないか。

 右手で履き口をそっと引っ張り、恐る恐る覗き込む。

「……ひぃえぇぇぇ……」

 思わずパッと手を離してしまった。ゴムが縮んでパツンと自分のお腹に当たる。
 ぐらんぐらんと眩暈がする。

 は、生えてた。
 生えてたけど、こっちも藤色だったーっ!

 ということは、信じられないけど染めたんじゃなくて、私自身がもう藤色の毛を持つ女の子になっちゃってるってことだ。
 だって下の毛まで染める訳ないもんね! ねっ! ねっ!

「マリアンセイユ様!? 何をなさってるんです!?」

 さっきのメイドさんの声が聞こえてきて、ギョッとして振り返る。
 胸元はリボンが解けておっぱいを出しっぱなし。
 そして私の左腕は、ネグリジェの裾を捲り上げたままだった。

「え、あ……」

 メイドさんの後ろには白髪交じりの黒い髪をひっつめ、濃いブルーのドレスを着た老女が立っていた。
 あの、山奥から都会にやってきて夢遊病になった女の子を厳しくしつけてたオバさん、分かる? あーゆー感じの人。

 メイドさんとオバさんの二人は、ぽかーんと口を開け、巨乳をさらけ出してネグリジェを捲り上げ、パンツを丸出しにしている私を呆然と見つめている。

「えーと、あの、信じられなくて……」
「しっ、信じられないのはこっちです! 早くこちらに腰かけてください!」
「は、はぁ……」

 もたもたとリボンを結ぼうとすると、メイドさんとオバさんに両脇から抱えられ、おっぱい丸出しのまま強引にベッドに座らされた。


 ――こうして訳もわからないまま、私の『マリアンセイユ・フォンティーヌ公爵令嬢』としての人生が始まったのだった。
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