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間話7

近衛武官の舞台裏

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 マリアンセイユの護衛を担当するのは近衛武官と呼ばれる面々だが、正式には『リンドブロム近衛部隊大公宮兵士官』という。
 上流貴族八家の当主がそれぞれトップとなっている『リンドブロム聖女騎士団』は、国内外の『魔物の違法討伐・違法取引』の活動に重きを置いており、それに伴って密輸や強盗なども取り締まっている。

 一方、『リドブロム近衛部隊』は国内の治安維持が主な任務であり、リンドブロム大公国を守ることが第一。大公宮の警備や必要に応じて国内への兵の派遣を担う『司法部』、大公家および上流貴族八家を補佐し、必要に応じて国としての方針を決め、実行する『内政部』、実際に国内各所に人員を派遣し、民の生活を含め円滑に国が治められているか調査する『外政部』の三つに分かれている。

 今回、マリアンセイユに近衛部隊大公宮兵士官を付けることとなり、各部から交代で当番を決めることになった。今回はただの護衛だけではなく、マリアンセイユ自身を監視する目的もあったため、三部すべてが関わることになったのだ。
 この人員の選抜については、多忙な部隊長に代わり各部の副部隊長に一任された。

「護衛任務なのだから、やはり我々『司法部』を軸として決めるべきでは?」

 『司法部』の副部隊長、アインスが相変わらずの大声で力強くアピールする。

「未来の大公妃殿下ですから、『内政部』も同程度は関わらせて頂かなければ」

 『内政部』の副部隊長であるツヴァイが静かに異を唱える。

「大公妃ともなれば民に無関心でも困るし、『外政部ウチ』も一枚噛ませてもらいたいよね。そのために僕たち三人に任されたんでしょ?」

 歴代最年少で『外政部』の副部隊長にまで昇りつめたドライが、さらに二人を牽制するように口を挟んだ。

 三部の副部隊長による特別会議。今回の任務はただ見張りをすればいいというものではなく、マリアンセイユの資質を見極め、不穏な動きをしないか、そして彼女に、ひいては大公家に害をなす人間がいないかにも目を光らせなければならない。
 大公世子ディオンから直接授かった重要な任務であり、その成果によっては今後の大公宮内での立ち回りも変わってくる。
 副部隊長である彼らにとっては、自ら指揮を執って実行に移す、後の部隊長としての資質も問われる大事な任務であった。
 
「ではやはり、三部で交代にしますか。人選は……」
「ツヴァイ。護衛というのは、どのような方かを知らねば守れない」

 三人の中で一番の年長であるアインスが、威圧的な声でツヴァイの言葉を遮る。

「確かに……そうですね」
「じゃあ、まずは僕たちでマリアンセイユ様のお供をし、任務後三人で情報を共有して、それらを元に正式に決めたらいいんじゃない?」
「うむ」
「では、そうしましょう」

 こうして、まず一日目は護衛任務に慣れている『司法部』のアインスが就くことになった。


   * * *


※一日目・アインスの当番後

「どうでした? アインス殿」
「……素晴らしい美貌の持ち主であった」
「それ、任務に関係あるのかなぁ」
「大ありだ、ドライ! 気を抜くと持ってかれるぞ!」
「うわぁ、メロメロじゃん……」
「傍にいればわかる! 世間知らずのとても可愛らしいご令嬢だった!」
「世間知らず、では困りますね。そう言えば、ずっと眠ってらしたとか」
「それじゃあ色香に惑わされなさそうなツヴァイさんが、ちゃんと厳しい目で見たらいいんじゃない?」
「そうですね」
「惑わされたわけではない! 心根も素晴らしかった!」
「何を根拠に仰ってるんです?」
「……名前を聞かれた」
「は? 名前ですか? 何か失態でもあったのですか?」
「違う」
「じゃあおべっか使ったとか?」
「違う! 一日お世話になるのだから名前を呼びたい、と仰られて……」
「……」
「……四十男の赤面、ちょっとキモい」
「俺はまだ三十八だ!」
「奥様に報告いたしますよ」
「そういうのとは違う! ……ああ、緊張のあまり殆ど話せなかった……」
「お喋りは任務に含まれていないんですがね」


   * * *


※二日目・ツヴァイの当番後

「ツヴァイさん、お帰りなさい」
「……どうも勝手が狂いますね」
「ん? どうした、ツヴァイ」
「まさか頭を下げられるとは。あの危うさでは、はたして貴族の方々の中で堂々と渡り合ってやっていけるのか……」
「めっずらしー、公私混同しないツヴァイさんが本気でマリアンセイユ様を心配してるー」
「ドライ、茶化さないでください」
「えー」
「一人の人間として接しようとして下されば、当然こちらも情が湧きます」
「そうだな。おのずと力が入るものだ」
「アインス殿は入り過ぎです。……で、試しに諫言を申し上げてみたのですが」
「ツヴァイ、マリアンセイユ様に何を言ったー!?」
「頭ヤラれちゃった熱狂的ファンは黙っててください。好奇心旺盛であちこちウロチョロされようとするので、諫めただけです」
「え、それで泣いちゃったの?」
「違います。こちらの言いたいことを即座に理解され、謝られてしまったのです」
「ツヴァイ、貴様ー!?」
「アインスさん、おとなしくして」
「うっ……ぐふ、首、くる……」
「その後はわたしの意見を聞き入れて本当にじっとしておられましたが、わたしから見ても少し気の毒になる環境ではありますね。察しの良い方ですので、なおさら」
「ふうん。じゃあ、自由にさせてあげた方がいいってこと?」
「ええ。ご本人は他の方の邪魔にならぬよう、ひたすら背景に徹しようとはされていますし」
「いや、無理じゃない? あの容姿と立場じゃ」
「ええ。ですのでその辺も留意して。そして決まり事などは本当に知らないご様子ですから、問題がある場合はちゃんと止めてくださいね、ドライさん」
「りょーかーい」
「…………」
「あ、うっかり落としちゃった。おーい、アインスさーん!」


   * * *


※三日目・ドライの当番後

「ただーいまー」
「む、ドライが任務から戻ってきたようだ」
「もー、何だよ、ツヴァイさん。すごくか弱い令嬢、みたいなことを言うから誤解しちゃったよー」
「何です、突然?」
「マリアンセイユ様、カッケー! 誹謗中傷なんか物ともしない!」
「誹謗中傷だと?」
「ですよー。『男を侍らせている』とか『特別扱いはズルい』とか」
「何という言い草だ! 初日はそこまで酷くはなかったぞ。特別控室でも何も……」
「さすがに上流貴族の方々は我々のことをご存知ですし、迂闊な発言はなさらないでしょう。ましてやアインス殿を見て軽はずみなことが言えるとも思えませんし」
「そーそー。言ってたのは下流貴族、しかも末端ね」
「さぞかし心を痛められていたのではないか、マリアンセイユ様は。泣いておられたりはしなかったか!? どうだったんだ!?」
「アインスさん、暑苦しい。ウザい」
「ウザいとは何だー!」
「アインス殿、うるさいですよ。それでドライ、実際のところどうだったんです?」
「マリアンセイユ様は堂々としたものでしたよ。さすがにどうかと俺が視線で牽制していたら『放っておけ』と言われちゃいました。『戯言も情報収集の一環』『不満は押さえつけるより適度に言わせとけ』って」
「ほほう……」
「思えば外政部ウチの仕事ってそんな感じですからね。わかってるなー、この方!と思って。僕もファンになっちゃったなー」
「だろう!?」
「二人とも、馬鹿なことを言ってないで仕事をしましょう。明日からの当番を決めないといけないんですよ?」
「……それなんだが」
「僕たち二人で回しちゃ駄目?」
「駄目に決まってるでしょう! 本来の仕事が山のようにあるんですから! ディオン様にも、くれぐれも人選が偏ることのないようにと言われています!」
「それってヤキモチ?」
「そういうのではないだろうな。護衛と監視はどうしても必要だが、婚約者に良からぬ悪意がつきまとわぬように、婚約者が余計なことをしてしまわないように、ということだろう」
「婚約者の不備からディオン様の大公世子としての立場が揺らいでも困ります。シャルル様を推す一派は少なからず存在しますから」
「なーんか勿体ないなあ。杓子定規というか、形式ばっているというか。ディオン様は、マリアンセイユ様と親しくなる気はないのかな。自分の妻になる人なのに」
「『リンドブロム聖者学院』の学院長として正しく力を見極め、公平な目で『聖なる者』を選ばなければならない。そのことを最優先にしておられるのだろう」
「我々はその意向に沿わねばなりません。そして、大公殿下の意向はあくまでディオン様を後継者に、ということ。我々が仕えるのは大公家です。大公家の方々の意向を最大限に尊重しなければ」
「まぁね……」
「うむ」


   * * *


 こうして、アインス・ツヴァイ・ドライの三人は夜更けまで話し合い、マリアンセイユの護衛当番を決定した。自らの部下の中で、信用が置けてより柔軟な思考ができ、臨機応変に対応できる人材を選出した。

 上司三人がマリアンセイユに好印象を持っていることは部下たちにも丸分かりで、実際に彼女と接した人間の中にはアインスにも勝るとも劣らず心惹かれるものも少なくなかった。

 そうして一カ月も経った頃には、大公宮兵士官たちによる『マリアンセイユ・隠れファンクラブ』がすっかり出来上がっていたのであった。
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