収監令嬢は◯×♥◇したいっ! ~全く知らない乙女ゲー世界で頑張ります~

加瀬優妃

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第7幕 収監令嬢はたくさん学びたい

第7話 久しぶりに会えたの

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 週末休暇の初日は、スコル達とミカヅキバナを見に行って、旧フォンティーヌ邸をぐるぐると探検して。
 厩舎に行ってニコルさんに挨拶をし、ラグナと朝駆けをする約束をして。

 泥だらけの身体をお風呂で洗い流し、ヘレンにしっかり全身マッサージをしてもらう。さすがに2年も経つともう慣れちゃったわね、ヘレンの気合のマッサージ。いつも感謝しています。

 ポカポカした身体の上から薄手の水色の部屋着を着たところで、ヘレンが
「それでは夕食の支度をして参ります」
と言って黒い家リーベン・ヴィラを出て行った。

 秋に入ったばかりだけど、まだまだ日は長い。
 バルコニーに降り注ぐオレンジ色の夕陽を浴びたくなって、そっと外に出る。
 ここでは色々なことがあったなあ、と目覚めてから今までのことを思い出し、ふと笑みがこぼれた。

 今日は思いっきり遊んだし、動いたなあ、と思う。空気も美味しいし、いっぱい笑って、いっぱい喋って、やっと心の底からくつろげた気がする。
 ……だけど。

「……全然違う、な」

 フォンティーヌ邸はずれの塔。武骨な石造りの街並みを、大した距離でもないのに馬車に乗り、湖のほとりにある聖者学院に向かう。
 近衛武官のお出迎えを受けて、学院の中へ。

 授業を受けている間は、まだいい。授業を聞いて、メモを取ったり考えたり、やることはいろいろあるから。
 だけど……休み時間は緊張が走る。移動している間も、ずっと視線を感じる。ヒソヒソ話している声が聞こえる。

 だからおかしな振舞いはしていないかな、と気を張ってないといけなくて、聞こえてくる陰口も聞こえてないフリをしないといけなくて、あくまで優雅に堂々と胸を張っていなければいけない。
 それが、大公世子ディオンの婚約者、公爵令嬢マリアンセイユ・フォンティーヌの役目だと思うから。

 だから、誰にも愚痴をこぼす訳にもいかなくて。
 学院に行きたいと言ったのは私だから。貴族令嬢は大変ね。

「はぁ……」

 休み時間や放課後の友達とのお喋りって、大事だったんだなあ。別に悩みを打ち明けたりしなくてもさ。話してるだけで気がまぎれたり、何となく励まされたりするもんね。
 友達、欲しいな……人間の。

「――マユ」

 懐かしい声がして、慌てて振り返る。
 いつもの場所――扉のすぐ近く、大きな絵画のすぐ傍にセルフィスが立っていた。
 両手を前で組み、やや右肩を下げて。長い黒髪を右肩から前に垂らしている。金色の瞳が心なしか丸みを帯びている気がする。

「セルフィス……っ!」

 すごく久しぶりな気がする。そう言えば、いつから会ってないんだろう。
 ここにいる間はずっと見守ってくれていたのに。
 私が表に出たら、もういいの? 大公の間諜という役目が終わったから? 会いに来る必要はないって?

「何でっ……」

 バカバカ、何か変なこと考えちゃった。今、精神的に弱ってるからだ。
 よりによって、何てタイミングで来るんだろう。おかげで泣きそうになっちゃったじゃないの。
 嫌だ、またからかわれちゃうよ。いつもの調子で、
「本当にマユは堪え性がないですね」
とか何とか言って。

  セルフィスが柔らかい笑みを浮かべたまま、少しだけ首を右に傾ける。

「来てはいけませんでしたか?」
「いいよ! いいに決まってるじゃん!」

 いつも、いつの間にか現れていつの間にか消えるセルフィス。隠密行動だから仕方ないんだろうけど、今日は駄目。消えないで。

「セルフィス……っ!」

 どうにか留めたくて思わず駆け寄ろうとすると、

「マユ、近寄らないでください!」

と、ビシッと右手を前に突き出して拒絶されてしまった。ビクッとして思わず足を止めてしまう。
 セルフィスとの距離、約2m。いつもの距離と言えばいつもの距離だけど。
 伸ばしかけた私の両腕が、空しく宙を彷徨う。

「な、何で?」
「マユの魔精力は強いので」
「は?」

 ちょっと、久々の再会よ。私が珍しく、可愛らしいところを見せたのよ。
 ここは
「わーん、セルフィスー!」
「よく頑張りましたね、よしよし」
的なシーンじゃないかしら!? それが師匠と弟子の在り方なんじゃないかしら!?

 何かいろいろ台無しにされて、涙がすっかり引っ込んでしまう。ショック療法ってやつかしらね、急に頭が冷えたわ。
 ソファが目に止まり、とりあえずボスンッと乱暴に座る。セルフィスは両手を前で組み、立ったままだ。

「何で近づいちゃ駄目なのよ」
「わたしがマユと密会していることがバレるとマズいからです」
「み、密会……」

 間違いじゃないけど、その単語はちょっと何だかドキドキするわね。
 だけど、それと私の魔精力に何の関係が?

 首を捻っていると、セルフィスがピッと右手の人差し指を立てた。

「杖を入手し、学院の授業を受け始めたことで、マユの魔精力は活性化しつつあるのです」
「うん。まぁそれは、何となく気づいてたけど」
「特にマユは『名付け』に力を発揮するので、わたしの名を呼んで抱きつかれると、マユにマーキングされる可能性があります」
「はいっ!?」

 何だそれは? 犬のおしっこじゃあるまいし。

「全然わかんないんだけど?」
「簡単に言うと……マユの魔精力がわたしに染みついて、そこからわたしがマユに会ったとバレる可能性がある、と言うことです」

 本当に犬のおしっこ的なやつだった!
 何なの、それ! 膨大すぎる私の魔精力ってどこまでハタ迷惑なのかしら。
 そもそも黒い家リーベン・ヴィラに閉じ込められたのもそうだし、学院でも監視付きだし。

「じゃあ、名前を呼ばなければセーフ?」
「まだそこまでコントロール出来てはいないでしょう?」
「……うん」
「誰でも嗅ぎつけられる訳ではありませんが、大公殿下はあなどれません」

 今の私は淋しくて凹んでて、セルフィスが来てくれてすごく嬉しいって思っちゃってるから、『縛る』ぐらいのことはしちゃいそうだなあ。
 そうか……って、あれ?
 アルキス山の子爵別邸にいたとき……真夜中に会ったときって、セルフィスから近寄って来なかったっけ? 私の右腕をギュッと掴んでさ。

 思わず、自分の左手で掴まれた右腕を握る。
 やっぱり、あれは夢だったの?
 いやそもそも、あのとき無職になるようなことを言っていたような? それとも、今でも大公の間諜を続けているの? だから大公殿下を気にしてるんだろうか?
 あれ? どうなってるんだろう? 何が正しいの?

「ねぇ、セルフィス」
「何ですか?」
「すごく久しぶりに会う気がするわね。いつ以来だったかしら?」

 今は間違いなく起きてるわよね、私。そしてセルフィスは、確かに目の前にいる。
 ここで語られることが、正しい現実のはずだわ。

「ここで召喚魔法について説明したとき以来ではないでしょうか。マユはそのあと、ギルマン領に行ってしまったでしょう」
「あ、うん。……そうだね」
「ですから、約1カ月前ですね」

 そうか。あの真夜中に会ったのは、やっぱり夢だったんだ。
 あれだけ気をつけてください、って言われたのにハティ達と契約して。挙句の果てにはパルシアンを飛び出してアルキス山に行き、予定外に外に出てしまったから。
「勝手なことばかりしていますね」
とセルフィスに怒られるかもなあ、なんて考えてたから、夢に見ちゃったのかな。

 それに1カ月ぐらい空くのは、この2年間の間ではよくあることだった。セルフィスは私の様子を大公に報せるという仕事だけではなく、市井の様子も探っていたはずだから。

 じーっとセルフィスを見上げる。私の視線に気づいたセルフィスが「何ですか?」とでも言うように首を傾げる。いつもの余裕あり気な笑顔、だけど。

 あれは夢だったことにしてください、と。そういう可能性もあるかな、と漠然と思った。
 どうもセルフィスらしく無かったしね。だからよく覚えてるんだけど。

「結局、私の様子をこっそり大公に報告する、という仕事は終わったのよね?」
「ええ。マユが公に出てきましたからね」
「今はどうしてるの?」
「内緒です。もう、マユは監視対象じゃないですから」

 そう言われると、急に疎外感を感じるわ。
 でもまぁ、密偵的なことをしてるんでしょう。だとすると、任務に関係のない人間に内容を漏らすのはおかしいわよね。聞いても無駄かも。

「じゃあ……ここに来たのは、任務じゃないってことよね?」

 これだけは確かよね、と思いながら真っすぐ聞いてみる。
 どうしても確認したかったの。大事だと思ったの、これだけは。

「ええ、そうですね」
「……そっか」

 ふふ、そっか。もう任務は終わったけど、私のことを気にして、黒い家リーベン・ヴィラに帰っていることを知って、ここまで足を運んでくれたのか。

「やっぱり、ロワネスクの本邸に来るのは難しいのね」
「そうですね。人目があり過ぎますし」
「そうよねー。人だらけよね。作られた自然ばかりで、本物は全然無いし。……あ、そうだ! 聞いてくれる!?」
「何ですか?」
「あのねー……」


 それからしばらくの間、私はセルフィスにロワネスクでの生活の不満を洗いざらいぶちまけた。
 だってセルフィスはもう大公の間諜じゃないんだから、大公に報告する義務もないもの。単に私の身を案じてきてくれたんだから、黙って私の愚痴ぐらい受け止めてくれるはず。

 ……とは言っても、完全に私の我儘だっていう自覚はあったし不安だったから、話の途中で何度も
「これ絶対内緒なんだけど」
と念を押したんだけど、セルフィスはそのたびに
「解ってますよ」
と頷いてくれた。

 だけどセルフィスはただ黙って愚痴を聞いてくれるようなキャラではないので、

「それはマユには荷が重いですね」
「マユは淑女としてはまだまだですからね」

と全然慰めてはくれず、私が「何でよ!」「ひどい!」と文句ばかり言う羽目になったんだけど。

 だけど、話し終わった頃には胸の中の重しはどこかに消えていて、不思議と軽くなっていた。
 この黒い家リーベン・ヴィラで前向きに頑張っていた頃の自分に、戻れた気がする。


「決ーめた。毎週、週末にはここに帰ってこようっと」
「そうですか」
「ラグナにも乗りたいし、ハティやスコルとも思いっきり遊びたいし。本物の自然に触れたいし」
「そうですね」
「……だから、セルフィスも来てよ?」
「はい?」

 はい?じゃないっつーの! 何、その張り付いたような笑顔! セルフィスの感情が全く読めないわ! まぁ、読めた試しはないけどね!
 きいぃっとなって憤然とソファから立ち上がると、セルフィスが「おおっ?」というように身体をのけぞらせた。

「学院の勉強で聞きたいことができるかもしれないし! また鬱憤が溜まってるかもしれないし!」
「わたしは便利屋じゃないんですよ?」
「何よー、嫌なの!?」

 嫌とは言わせないわよー、今日だってはるばる来てくれたじゃないの~~、と念を込めながらセルフィスを睨みつける。
 セルフィスはフッと鼻で笑った。いつもの、ちょっと小馬鹿にしたような笑顔。
 だけど多分、一番セルフィスらしい笑顔。

「嫌ではないですよ。毎週は無理ですが、1か月以内には来るようにします」
「よし!」
「だいたいマユは、肝心なことを忘れています」
「え……何?」

 聞き返すと、口を開きかけたセルフィスはプルプルと首を横に振った。両手を広げ、肩をすくめる。

「覚えてないなら、もう時効ですね」
「時効? 時効って何?」
「ある刻限を過ぎるともう罪に問えなかったり権利が消滅する、ということです」
「誰も時効という言葉の意味を聞いてないんだけど?」

 しかしセルフィスはクスクス笑うばかりで、それ以上何も教える気はないようだった。
 いっつもそうよ。回りくどい、思わせぶりなことばかり言って、肝心なことは何も言葉にしてくれないんだから。

「それでは、マユ。もう言いたいことは無いですか?」

 すっと私に向けて右手を差し出し、セルフィスが首を傾げる。
 ……ああ、そうだ。同じポーズで、前に言われた。思い出した。

 ――今わたしがここにいるのは、他でもない、マユがいるからですよ。
 
 そうだった。使命感にかられて嫌々来てるのかしら、と拗ねていたらそう言って微笑んでくれたんだった。
 でも、思い出したセルフィスの声が、そのときとは違う響きに聞こえるのはなぜだろう。胸がきゅうっとするのはどうしてだろう。

「……うん、もう無い」

 思い出したこと、言わない方がいい気がしてそれだけ答える。

 私たちの間には、つねに2メートルぐらいの距離があって。
 その差し出された手すらも握れないことが、何だかもどかしく感じた。
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