収監令嬢は◯×♥◇したいっ! ~全く知らない乙女ゲー世界で頑張ります~

加瀬優妃

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おまけ・後日談

聖女の魔獣訪問 番外・サルサ(後編)

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 サルサは自ら魔物になることで、妹と村を救った。
 しかし同時に、帰る場所を失った。人間の心を失わなかったからこそ、生まれ故郷を去るしかなかった。

 それから何百年の時を経て、サルサはミーアと出会った。
 二人が一緒に過ごした時間は、そう長くはない。だけど少なくとも、サルサの人間だった頃の記憶と感情を鮮やかに呼び起こした。

 そして、そんな話を私にしてくれたということ。
 少しは、私に心を開いてくれたのではないかしら?

「で? あんたは何を望むの?」

 両腕を胸の前で組み、サルサがどこか挑戦的な瞳を向ける。
 しばし考え込んでいた私の様子に、何かを感じたらしい。

「あら、お見通しなの」
「伊達に人間たちを眺めてきてないわよ。ただお喋りするためだけにこの場所に来たわけじゃないでしょう」
「……そうね」

 ああ、今こそ本気で魔物の感情値データが欲しいわ。
 上手くいくかどうかはわからない。……だけど。

「――カイ=ト=サルサ。あなたと、取引したいと思って参りました」

 これは、『魔物の聖女』としての取引。
 姿勢を正し、気持ちを引き締めて、真っすぐにサルサを見つめる。

「あら、なぁに?」

 空気が変わったことに気づいたサルサは、やや右の眉を上げ、ニンマリと笑った。

「ここから出るために――『魔物の聖女』である私に縛られていただけませんか?」

 思い切ってそう告げると、サルサは一瞬だけポカンとし、

「…………はあっ!?」

と一オクターブ高い声を上げた。
 あんぐりと口を開け、意味が分からないという風に何度も瞬きをしている。

「縛……ええっ?」
「私があなたに、『聖女マリアンセイユ』の輩下としての名前を授けます」
「名前?」
「ええ」

 どれぐらいサルサを縛れるかはわからない。彼女が私にどれだけ心を開いてくれたか次第。
 だけど……もし彼女を縛ることができたなら、少なくとも私の意に反することはできなくなるはず。
 何しろ魔王の配下であるはずのリプレは、『聖女が命令するなら魔王の命令に逆らえる』と言ったのだから。

 そしてフェルワンドは、ハティとスコルに対して
「多少、魔界由来の魔精力を取り込んでも歪みは抑えられる」
と断言していた。今なら聖女に縛られている、だからその間に鍛え上げるのだ、と。

 同じことがサルサに言えるのでは? サルサは能力はとても高いけれど、魔獣として考えた場合にあまりにも防御が弱い。セルフィスが魔界の風から守っているのは、そのため。

「もしあなたが私を信頼して心を預けてくれるのなら、私はあなたを聖女の輩下である聖獣にしたいと考えています。そうすれば、少なくともあなたは私を裏切れなくなり、あなたを閉じ込める必要はなくなります」
「自由になれるってこと?」
「先に言っておきますが、完全な自由ではありません。あくまであなたは私の輩下。ひとまず、私がいま住んでいる聖女の領域に来てもらいます」
「……」
「そして時折、私の代わりに地上へ降りる役目を与えようと思っています」
「!」

 サルサの瞳が急に大きく見開いた。
 恐らく察した。『ミーアに会うことも不可能ではない』と。

「勿論、魔界や魔王、魔物の聖女である私の情報を漏らすのは禁止です。あなたの役目は、情報を与えることではなく入手すること」
「……」
「どうでしょう?」
「――いいわ」

 思いのほか早く、サルサが了承した。

「ここも悪くはないけど、何もすることが無いしね。飼い殺しにされるくらいなら、そっちの方がマシだわ」
「そう言って頂けると嬉しいです」

 あとは……私にそれだけの力があるかどうか、ということ。
 王獣と魔獣をすべて訪ねて回り、聖女として認められた。
 魔界を渡り歩き、自分の目で見て、考えて。
 ――そうして、私は真に『魔物の聖女』としての一歩を踏み出す。

 死神メイスを床に置き、両手を頭にやる。二連の銀の環となっていたうちの一本をそっと取ると、ベールを押さえる役割を果たしていた片方が無くなり、ふわりと外側に広がった。

 魔獣訪問をする際、ずっと額にはめていた銀の環。アッシメニア様の元へ訪れたときも、この銀の環だけは身につけていた。
 十三体の神獣・王獣・魔獣に聖女と認められた証。
 すべては、このときのためだったのかもしれない。これを触媒として、カイ=ト=サルサを縛る。

 そのしっとりとした感触を味わいながら、体の中を巡る魔精力すべてを胸の一番奥へと集める。凝縮させて、磨いて、ひときわ美しく輝く一つの珠に。

「【聖女マリアンセイユが命じる。彷徨の聖獣よ、われと共に】」

 私の口から発せられた文言が力となって銀の環を包み、ふわりと私の手から浮き上がった。中央に光の珠を掲げ、サルサの方へと飛んでいく。

「――……ああっ!」

 するり、とその環がサルサの額を締め付けた瞬間、サルサがひときわ大きな声を上げた。一瞬だけ大きく目を見開き、わなわなと震える。
 しばらくして震えが治まると、サルサはゆっくりと瞳を閉じた。フッと体全体から力が抜けたように首がガクン、と落ちる。

「……サルサ?」

 そっと声をかけると、サルサがハッとしたように顔を上げ、両手を上に挙げた。蒼い髪につけられた銀の環に触れ、
「はああああ……」
と大きく息をつく。

「……気分は、どう?」

 ありったけの魔精力を練り上げて放出したから、少し目の前が霞む。
 それでも、サルサをちゃんと縛ることができたのかどうか見届けなければ。

 ゆらりと崩れ落ちそうな身体をどうにか支え、やっとの思いで声をかける。

「……悪いわ」
「え?」

 失敗したのかしら、と眩暈を感じていると、サルサが少しだけ右の口角を上げた。

「あたしの半身……蝶の部分が、銀の環に込められたマリアンセイユの力に吸い寄せられている。抗おうにも、無理ね」
「……それじゃ……」

 すっとハンモックから立ち上がったサルサが、私の方へと右手を差し出す。
 小首を傾げ、薄く微笑んだ。

「よろしく、マリアンセイユ。あたしの聖女」
「……」
 
 よかった、上手くいった。ちゃんとサルサを聖獣にできた。
 これで、私は地上と繋がることができる。そして、サルサとミーアも……。

 ほうっと安堵の吐息が漏れた瞬間、全身から力が抜けて――サルサの手を取る前に、私の視界は真っ白に染まった。



   ◆ ◆ ◆



 マユの身体がぐらりと傾いだ瞬間、サルサの目の前を黒い影が横切る。
 肝が冷えるような気配を感じ、サルサは咄嗟に後方へと飛びすさり、ハンモックを支えていた樹の後ろに逃げ込んだ。
 そして恐る恐る覗き込むと……魔王セルフィスがマユを両腕に抱え、溜息をついていた。

「まったく……無茶をする」
「……ま、魔王……」

 サルサの呟きに、セルフィスが横目で視線を投げかけた。その金の瞳がすっと細くなり、サルサの銀の瞳に怯えたような色が宿る。

「“ミーア=カイ=ト=サルサ”」
「!」

 新しく付けられたばかりの『真の名』を呼ばれ、サルサの肩がビクリと震えた。ぞわり、と体中の毛が逆立つ感覚。
 契約を交わさずとも、真の名を呼ばれることは主従関係を想起させる。
 しかも相手は魔界の長、この世界の頂点である魔王なのだから。

「……確かに、名がその身に刻まれたようですね」
「……」
「どうか、わたしを……そして聖女マリアンセイユを裏切ることのないように」

 ――でなければ、やはりわたしはあなたを始末しなければならないので。

 急所をナイフで抉るような鋭い口撃に、サルサは言葉を失い、すくみ上った。踵から膝の裏を通って背中まで、冷たい痺れが駆け抜ける。
 それと同時に、自分の立場がいかに危ういものだったかを思い知った。

 魔王は自分の存在を好ましくは思っていない。これまでも、自分を試すような言動はいくつかあった。そのどこかで少しでも歯向かう素振りを見せれば、容赦なく殺されていたに違いない。
 だが恐らく、聖女マリアンセイユのために生かされていたのだ。彼女がいつか、魔物サルサを必要とするかもしれない、と考えたから。

「聖女は、どうしてあたしを……」
「ミーアのためです」
「え?」

 予想外のことを言われ、ますますサルサの頭の中が混乱する。
 ミーア? ミーアとマリアンセイユは、敵だったのでは?
 いや……違う。マリアンセイユは、ミーアの未来を救った。彼女のために、あのリンドブロム闘技場で全身全霊をこめた演説をした。

 そして、ミーアも。
 どうしてそんなことになったのかは分からないが、あのとき確かに、ミーアはマリアンセイユと心を通じ合わせていた。
 魔界へ独り向かう彼女を、本気で心配していた。

「同士、だそうですよ。『人が想像以上の力を発揮するときは、たいていは自分のためじゃない』。聖女の言葉、まさにその通りですね」

 あのときの光景を思い返しながらも未だ腑に落ちないサルサに、魔王が言葉を付け加える。
 まさか本当にカイ=ト=サルサを縛るとは思いませんでした、と言い、魔王セルフィスは苦い笑みを浮かべた。

 ――本意ではない。だが、他ならぬ聖女が望んだことだから。

 そういう、諦めのようなそれでいて憂慮のようなものが見え隠れする。
 
「彼女に免じて、あなたを見逃すことにします。そのことは、肝に銘じておいてください」

 再び凍てつくような眼差しをサルサに向け、冷たく言い放つ。
 そして魔王セルフィスは、マントを翻して忽然と姿を消した。

 その場に残されたサルサは、魔王の言葉と聖女の言葉、そしてミーアのことを思い返し――しばらくの間、その場に立ち尽くしていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――
次回、後日談の最終話です。
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