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収監令嬢・その後SS

召喚聖女は二人に会いたい

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ずっとフェルワンドにしごかれていたハティとスコル。
その後……というお話。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『わー、スゲー』
『お水、いっぱい』

 聖女の匣迷宮、第1層。魔王が作った疑似太陽の光の下、きらきらと輝く湖面を眺めながらスコルとハティが声を上げる。
 ずっとフェルワンドの領域で修業を続けていた二人だったが、マユに会えるのは彼女が領域に来た時だけ。

 マユが帰ろうとすると
『もう帰んのか?』
『うー、マユー』
と、それはそれは淋しそうな瞳を向けるのに耐え兼ね、
「ハティとスコルを一度匣迷宮に招待したいんだけど……」
と魔王セルフィスにお願いしたのだった。

「招待……ああ、そうですね、召喚は使えませんからね」
「前にマデラを入れるのは良くないと言ってたけど、ハティ達は聖獣だからいいのよね?」
「魔精力の性質から言えば魔界由来と天界由来が半々といったところですが……」

 聖女シュルヴィアフェスから名前と共に力を分けてもらい、聖獣となった二人。
 しかしフェルワンドによる地獄の特訓により魔界由来の魔精力が増大したはずだが、とセルフィスはやや難色を示した。

「フェルは何と?」
「身体が大きくなった分、魔精力を蓄えられるようになったから大丈夫じゃないかって。スコルはその辺り特に苦手だったんだけど、漏れなくなったみたいだし」
「そうですか。なら、いいんじゃないでしょうか」

 という訳で比較的すんなり魔王の許可が下り、やっと二人は匣迷宮にやってくることができたのだった。

「ハティ! スコル!」

 ハチメイドに連れてきてもらったマユが、湖の前で佇む二人を見つけて背後から声をかける。

『あ、マユー!』
『おっ、何か久しぶりな感じー!』

 振り返ってダダダダーッと駆けてきた二人だが、当然マユとの抱擁は叶わずひょいっと避けられてしまった。その勢いのままズダダダダーッとかなり遠くまで行ってしまう。

「あらら」
『……あれっ?』
『ン?』

 避けられたことに気づいた二人が、灰色の尻尾を垂らし項垂れながらポテポテと戻って来た。

「大きくなったから、飛び掛かるのはナシね」
『あー、そうだった』
『むー』

 ややガックリしている二人を、マユが笑顔で出迎える。
 もう、前のようにしゃがみ込む必要は無かった。やや前屈みになり、頭や背中を「よしよし」と撫でる。
 二人は体長二メートルほどの、狼と呼ぶには大きすぎる獣になっていた。つぶらな碧の瞳はそのままだが、口からは鋭い牙が覗き、体には屈強な筋肉がついて逞しくなっている。尾も二つに分かれる前兆なのか先端の毛が二股になっていた。

「それにしても、二人とも大きくなったわね。おとなの虎ぐらいあるわ」

 マユが感心しながらそう言うと、スコルは
『そー』
とやや不満げに鼻を鳴らした。

『地上に降りるときはちょっと気をつけないといけないんだよなー』
「そうね、スコルは特に昼間に降りるから。人間が見たらびっくりするものね」
『地上の生き物は食えなくなったし』
「あら、どうして?」
『すぐ見つかるようになっちまって、逃げられるんだ。いくら魔精力を抑えられても、このデカさじゃなー』
「なるほどね」

 そうスコルと話すマユの服の袖を、ハティが
『マユ、マユ、見て、見て』
と咥えて引っ張る。

「ん?」
『……ン!』

 ハティがきゅうっと瞳を閉じ、四肢を踏ん張って身体を震わせる。
 すると“ポン!”という軽い音と共に、ハティの姿が消えた。
 ふわり、と巻き起こった魔精力の中心を見ると、灰色の子犬が鎮座している。

『……キューン』
「か、か、可愛いー!」

 足元にうずくまるその愛らしい姿に、マユは自分の両手を両頬に当て叫んだ。
 下向きに垂れた三角の耳、丸い身体、太くて短い手足。
 もふもふとした灰色の毛並みはそのまま、ぎゅっと小さくデフォルメされたような姿。

「こ、子犬ー! 抱っこしていい!?」
『クウ!』

 どうやら魔法を使っている間は人語を話すこともままならないらしい。
 マユに抱き上げられるハティを見たスコルが、
『あー、ずりぃぞ、ハティ!』
と声を上げた。

「魔法? 練習したの?」
『クウ。クゥ……』

 鳴き声で返事したハティがプルプルと震える。
 そして“ボン!”という重めの音と共に、あっという間に元の姿に戻った。

「ひいぃ!」
『でも、すぐ戻るの』
「さ、先に言ってね、ハティ! 潰されるかと思ったわ!」

 魔精力の気配を察知して咄嗟に飛びのいたマユは、かろうじて難から逃れた。バクバクする心臓を押さえ、冷や汗を浮かべながらハティに注意する。
 ン、と頷くハティの隣で、スコルが
『もー、完璧にできるようになってから見せる予定だったのによー』
と不満そうに声を上げた。

「スコルもできるの?」
『オレはまだ無理だし、多分オレだけじゃできないかも。ハティにかけてもらわねぇと』

 どうやら魔法に関してスコルよりずっと優れているハティが、まず先に形態変化の魔法を覚えたようだ。スコルはハティに魔法で補助してもらいつつ自らも発動することでようやく子狼の姿になれるらしい。

『ったくよー。先走りやがって』
『ごめん、なの』
「待ちきれなかったのね」
『ウン』
『オレもがんばろーっと。マユ、そのときはめいっぱいおっぱいモミモミスリスリさせろよな!』
「……体は立派になっても中身は相変わらずね、スコル」


 地上にいた頃と変わらない、他愛無い会話。
 魔物の聖女と魔界に上がった聖獣となってからも――そして遠い未来、真の聖女と真の聖獣となったあとも、恐らくずっと変わらないであろう語らいが、そこにはあった。


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