1 / 1
序章
死者のログイン
しおりを挟む
序章
20XX年3月15日 午後11時45分 ゼノヴァース内
広大な仮想都市のネオンが、夜空のように黒い空間に映える。ゼノヴァース──世界最大のメタバース空間は、今夜も無数のユーザーで賑わっていた。
その一角、人気のソーシャルスペース「Sky Lounge」の一室。浮遊するガラスの床と、無重力のようにふわりと揺れる椅子。リアルの制約を超えたデザインが、ゼノヴァースの醍醐味だった。
「おいおい、またレースでインチキしただろ?」
派手な赤いスーツのアバターが、向かいに座る黒づくめの男に指をさす。
「はは、俺がズルするわけないだろ」
肩をすくめたのは、シルバーの髪に片眼鏡をかけたアバター──VerTachi, だった。彼はいつもどこか飄々としていて、仲間内ではひねくれ者として通っている。
「いや、絶対おかしいって。お前だけカーブで減速しなかったじゃん」
「それは腕の差だよ、腕の差」
「はぁ? チート使ってないって言い切れる?」
「おいおい、俺を何だと思ってるんだよ」
VerTachi, は面倒くさそうに言いながら、カクテルグラスをくるくる回す。その指先の動きは緩やかで、どこか余裕を感じさせた。
「そもそも、俺はズルなんかしなくても勝てるんだって」
「それを言うやつが一番怪しいんだよ」
「まあまあ、ゲームなんだからさ。楽しめばいいじゃん」
場を和ませるように、女性アバターが微笑む。彼女の名前はルミナ。青く輝く瞳に、プラチナブロンドの髪を揺らしながら、空中に浮かぶ小さな星型の装飾を指先で弾いた。
「そうそう、勝ち負けよりも、どう楽しむかが大事ってね」
VerTachi, が軽く指を鳴らすと、彼のグラスがふわりと宙に浮いた。
「そういえばさ、」
唐突に別のアバターが話題を変えた。「最近、ゼノヴァースの運営が何か大きなアップデートを仕掛けるらしいぜ」
「へえ、どんな?」
「なんか、AIがプレイヤーの行動を学習して、限りなくリアルに近い会話ができるNPCを導入するんだとか」
「おもしろそうじゃん。でも、それがどうした?」
「いやさ、最近、どこかのルームで『すでにその技術を試験導入してる』って噂があるんだよ」
「マジか? 誰が言ってた?」
「さあ、具体的な出どころは分からないけど、聞いたやつは『本物みたいだった』って言ってたな」
「へえ……それって、どういう意味で?」
「たとえば、会話の反応が異常に速いとか、感情表現がやたらリアルだったとかさ」
「それ、単に中の人がすごいだけなんじゃ?」
「いや、それが違うらしいんだよ。何かが、普通と違うって言ってた」
「ふーん……面白そうじゃん」
「ほう? どんな感じで?」
「さあな。でも、誰かが『本物みたいだった』って言ってたぜ」
「そりゃ、メタバースなんだから、どんなやつでもいるだろうよ」
VerTachi, は適当に流す。その視線の奥には、どこか興味を持っているような色がにじんでいた。
その時、ルームの外から別のプレイヤーがふらりと入ってきた。
「お、来たな」
仲間の一人が軽く手を挙げる。
「遅いぞ、待ってたんだからな」
「悪い、ちょっと仕事が長引いてさ」
「相変わらず社畜だな。今日も残業の鬼か?」
「おいおい、勘弁してくれよ。せめてここでは自由でいたいんだが」
そんな何気ない会話が続く。気の置けない仲間同士の空気が、ルーム内に心地よく満ちていた。
「そういや、VerTachi,、昨日リアルで何かあった?」
「別に。何もないけど?」
「そうか? なんか様子が違う気がしたんだけどな」
「気のせいだろ」
この時、誰も知らなかった。VerTachi, がリアルワールドでどんな状況にあるのかを。
そして、この場にいる誰一人として、その事実に疑問を持つ者はいなかった。
──まだ、この時点では。
それから数時間後、VerTachi, はゼノヴァースから忽然と姿を消した。
20XX年3月15日 午後11時45分 ゼノヴァース内
広大な仮想都市のネオンが、夜空のように黒い空間に映える。ゼノヴァース──世界最大のメタバース空間は、今夜も無数のユーザーで賑わっていた。
その一角、人気のソーシャルスペース「Sky Lounge」の一室。浮遊するガラスの床と、無重力のようにふわりと揺れる椅子。リアルの制約を超えたデザインが、ゼノヴァースの醍醐味だった。
「おいおい、またレースでインチキしただろ?」
派手な赤いスーツのアバターが、向かいに座る黒づくめの男に指をさす。
「はは、俺がズルするわけないだろ」
肩をすくめたのは、シルバーの髪に片眼鏡をかけたアバター──VerTachi, だった。彼はいつもどこか飄々としていて、仲間内ではひねくれ者として通っている。
「いや、絶対おかしいって。お前だけカーブで減速しなかったじゃん」
「それは腕の差だよ、腕の差」
「はぁ? チート使ってないって言い切れる?」
「おいおい、俺を何だと思ってるんだよ」
VerTachi, は面倒くさそうに言いながら、カクテルグラスをくるくる回す。その指先の動きは緩やかで、どこか余裕を感じさせた。
「そもそも、俺はズルなんかしなくても勝てるんだって」
「それを言うやつが一番怪しいんだよ」
「まあまあ、ゲームなんだからさ。楽しめばいいじゃん」
場を和ませるように、女性アバターが微笑む。彼女の名前はルミナ。青く輝く瞳に、プラチナブロンドの髪を揺らしながら、空中に浮かぶ小さな星型の装飾を指先で弾いた。
「そうそう、勝ち負けよりも、どう楽しむかが大事ってね」
VerTachi, が軽く指を鳴らすと、彼のグラスがふわりと宙に浮いた。
「そういえばさ、」
唐突に別のアバターが話題を変えた。「最近、ゼノヴァースの運営が何か大きなアップデートを仕掛けるらしいぜ」
「へえ、どんな?」
「なんか、AIがプレイヤーの行動を学習して、限りなくリアルに近い会話ができるNPCを導入するんだとか」
「おもしろそうじゃん。でも、それがどうした?」
「いやさ、最近、どこかのルームで『すでにその技術を試験導入してる』って噂があるんだよ」
「マジか? 誰が言ってた?」
「さあ、具体的な出どころは分からないけど、聞いたやつは『本物みたいだった』って言ってたな」
「へえ……それって、どういう意味で?」
「たとえば、会話の反応が異常に速いとか、感情表現がやたらリアルだったとかさ」
「それ、単に中の人がすごいだけなんじゃ?」
「いや、それが違うらしいんだよ。何かが、普通と違うって言ってた」
「ふーん……面白そうじゃん」
「ほう? どんな感じで?」
「さあな。でも、誰かが『本物みたいだった』って言ってたぜ」
「そりゃ、メタバースなんだから、どんなやつでもいるだろうよ」
VerTachi, は適当に流す。その視線の奥には、どこか興味を持っているような色がにじんでいた。
その時、ルームの外から別のプレイヤーがふらりと入ってきた。
「お、来たな」
仲間の一人が軽く手を挙げる。
「遅いぞ、待ってたんだからな」
「悪い、ちょっと仕事が長引いてさ」
「相変わらず社畜だな。今日も残業の鬼か?」
「おいおい、勘弁してくれよ。せめてここでは自由でいたいんだが」
そんな何気ない会話が続く。気の置けない仲間同士の空気が、ルーム内に心地よく満ちていた。
「そういや、VerTachi,、昨日リアルで何かあった?」
「別に。何もないけど?」
「そうか? なんか様子が違う気がしたんだけどな」
「気のせいだろ」
この時、誰も知らなかった。VerTachi, がリアルワールドでどんな状況にあるのかを。
そして、この場にいる誰一人として、その事実に疑問を持つ者はいなかった。
──まだ、この時点では。
それから数時間後、VerTachi, はゼノヴァースから忽然と姿を消した。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
幼馴染の許嫁
山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる